真偽
「ここに神殿からの書状がある。」
喚くスザンナを無視して王子然とした表情を保ちながら、アルバートは神殿から届いた書状を広げて見せた。
「正式な発表は日を改めてになるが、リリアを聖女として認定する旨が記されている。」
王子のその言葉に、周囲がワッと沸き立った。数十年間不在だった聖女の位に女神のような美少女が就くのだ。その瞬間に居合わせた幸福にリリアへ賛辞を述べる周囲を他所に、スザンナはガンッと机を蹴った。
「違う!その女は偽物よ!イカサマだわ!そんな貧乏女が私より綺麗で特別だなんてあり得ない!私こそ真の聖女よ!!」
誰もがリリアに称賛の目を向ける中、スザンナは声の限り叫んだ。
「偽物は貴様だろう。リリアが神聖力で治した人々を利用して自分の功績のように偽装し、聖女だなどと詐称して民衆を騙した。イカサマはどっちだ?」
鋭いアルバートの声に、スザンナはしどろもどろになりつつ声を張り上げる。
「嘘よ!そんな筈ないわ!何かの間違いよっ!!聖女は私!私こそ王子様の伴侶に相応しい、聖女で未来の王妃よ!私が手を合わせて祈りを捧げたから皆治ったのよ!その女の力な訳ないわ!その女は勘違いしてるのよ!
そもそも、突然美人になるなんて、怪しいじゃないっ!皆の記憶が突然戻ったのだって、きっと何かの罠よ!呪術とか魔法を使って私達を騙そうとしてるのよ!」
違う、違う、と首を振りながら叫ぶスザンナへ、アルバートが怒りを滲ませた声で淡々と語る。
「これまではリリアを守る為に、私が魔法でリリアの姿を目立たなくなるよう隠してきた。今リリアが突然変わったように見えたのは、それを解いたにすぎない。
つまり、これがリリアの真の姿だ。そして、リリアに関する記憶を一部操作する魔法も使っていた。だからリリアに関する記憶が急に戻った生徒達がいるのだ。」
神殿の承認に加えて、王子の証言、戻った記憶、実際に目にしたリリアの神聖力。その全てが、本物の聖女は誰なのかを物語っていた。
そうして顕になったのは、自らを聖女と自称して人々の信仰につけ込んでいたスザンナが、偽物であるという事実。
傲慢な態度、優しさや品性の欠片もない言動、それでも聖女だからと彼女を信じていた平民達は、偽物に対して怒りの目を向けた。
最早、取り巻き達でさえ、スザンナを好意的に見る者はいなかった。
何故なら取り巻きの平民達こそ、リリアが直接神聖力を使って救ったことで、『聖女』を崇めていた者達だったからだ。当然、リリアに関する記憶を思い出した者は、自分が崇め感謝すべき相手を間違えていた事に気付き憎しみをスザンナに向けた。
信仰が強かった者ほど、騙されたと声を荒げる者が多い。
つい先程まで信仰の対象として一身に賞賛を浴びていたスザンナは、一転して憎悪と怒りの視線に包まれ、わけが分からず怒鳴り散らした。
「何よ!?アンタ達、助けてもらった恩も忘れて私をそんな目で見ていいと思ってるわけっ!?
聖女は私!私こそ聖女!正しいのは私なのよ!!」
味方が1人もいないこの状況をまだ理解できていないのか、高圧的な態度のままスザンナは叫び続けた。
「そもそも神聖力は、相手に接触しなければ発動しない。手を合わせて祈る?そんな方法で神聖力を使うなんて有り得ないことだ。」
王子の言葉に、周囲は完全に侮蔑の籠った瞳をスザンナへと向けた。
「違うわ!そんなの間違ってる!正しいのは私よ!!」
髪を振り乱し主張するスザンナは目を血走らせて眉間に皺を寄せ、とても聖女とは思えないような表情をしていた。片やリリアは、そんな彼女を心配そうに見つめている。
「そうよ!王子様!あなただって、私と結婚したくてわざわざ法律を変えたりこの学園を作ったりしたんでしょう!?私が平民だから!平民の私と結婚したくてここまでしたくせに、私と結婚できなくなるのよ!?いいの!?」
支離滅裂なことを言い出したスザンナに、アルバートの血管がブチ切れた。
周囲も呆れ果ててスザンナを見ている。何より事の成り行きを見守っていた国王が不快そうに眉を寄せていた。
「ふざけるな!私が貴様と?妄言もいい加減にしろ。私が愛しているのはリリアだけだ。全てはリリアの為に行った事だ。私が将来を共にしたいと願うのも、私の全てを捧げたいと思うのも、リリア唯一人だけだ。」
王子の強い言葉に、聞いていた生徒達から感動の声が上がる。リリアは頬を染めアルバートを見た。
「アル様…」
「リリア、ごめん。こんなふうに大勢の前で言うつもりはなかったんだが。俺がリリア以外を想っていると、そんなおぞましい誤認を無視はできなかった。迷惑だったか?」
「いいえ、そんなことありません!…嬉しいです。」
「リリア…」
「アル様…」
見つめ合って二人の世界に飛んでいきそうな王子とリリアを前に、スザンナは地団駄を踏んだ。
「嘘よ!嘘、嘘よ!信じないわ!私は信じないっ!私が聖女よ!神殿だって、私を認めたわっ!」
「神殿からの書状に記された聖女はリリア一人だけだ。貴様を聖女に認める文言など一切存在しない。」
淡々と告げるアルバートは、リリアを見ている時以外は氷のように冷たい目をしていた。
その凍えそうな視線に怯みながらも、スザンナは何とか声を張り上げる。
「神殿が象徴花を白百合に変えたわ!それが動かぬ証拠よ!神殿が認めているのは私なのよ!」
「貴様の脳味噌はどうなっているんだ?その頭の中に詰まっているのは大鋸屑か?神殿が象徴花を変えたのは、リリアの名にあやかった為だ。何よりも大神官がリリアの為に象徴花を変えたと宣言している。…考えなくても分かるだろう。」
スザンナもリリアも、名前の由来が百合の花である事は同じだが、髪を振り乱して怒鳴り散らしながら自分を主張するスザンナと、静かに凛と立ちながらスザンナの主張を受け止めるリリアのどちらが清廉潔白の象徴である白百合に相応しいかは一目瞭然だった。
スザンナは、今度こそ何も言えずに黙り込んだ。数知れぬ怒りと蔑みの視線がスザンナを貫いていた。
「な、何よっ…何なのよっ」
「して、話は終わりか?」
後退るスザンナに向けて声を発したのは、ずっと見守っていた国王だった。
「な、何?誰よアンタ、急に出てきて何なのよ!?」
スザンナの無礼な態度に、国王のことを知っている貴族生徒達が息を呑んだ。
「私はこの国の国王、この国で一番偉い男だ。」
国王がそう告げると、スザンナは驚くほど素早い身のこなしで国王へと駆け寄った。
「まあ!国王様!?私は聖女なんです!あの女が偽物で王子様は騙されてるの!こんなに可愛くて聖女な私が王子様のお嫁になれば、国王様も嬉しいですよね!?」
国王に触れようとしたスザンナは、そのまま護衛騎士に抑えつけられた。
「何すんのよっ!離しなさい、私は偉いのよ!?」
ここまで来ても言い募るスザンナを見て、国王は息子に目をやる。
「アルバートよ。お前の言っていた事がよく分かった。」
手で指示を出し、騎士に命じてスザンナを立ち上がらせた国王は、不快感を隠しもせず眉を寄せた。
「サイコパスを通り越して別次元で生きる得体の知れない化け物を相手にしている気分…正しくお前の言う通りだな。」
国王は、低く響く声でスザンナに告げた。
「そなた、誰に物を言っているのか、理解しているのか。
ここは学園である故、ある程度は見逃そうと思ったが。国王である私に対する不敬、王子であるアルバートに対する無礼な言動の数々。学生であると言う理由で見逃すには、あまりにも不快極まりなく目に余る。」
「…っ!」
スザンナは、弁明しようとして何も言えなかった。国王から発される得体の知れない威圧が、スザンナの口を黙らせていた。
「国王陛下、ご無礼をお許し下さい。スザンナさんの態度の件に関しましては、私にも非がございます。」
そんな中、突然国王の前に出て跪いたのは、ずっと学園を休んでいた伯爵令嬢、ローズマリーだった。
「そなたは…ローズマリー嬢か。リンムランドへ行っていたのだったな。婚約は無事に済んだのか。」
「はい。お陰様でつつがなく。」
完璧な作法で頭を下げるローズマリーを前に、国王は幾分か怒りを和らげた。
「そなたに免じて、話を聞こう。申してみよ。」
「スザンナさんの礼儀作法の授業では、私がパートナーを務める筈でございました。しかしながら、私の未熟さ故、スザンナさんの学びの機会を奪ってしまいました。
ですので、スザンナさんの王家に対する無礼の数々には、私にも責任がございます。」
陳謝するローズマリーを見て、声を張り上げたのはスザンナだった。
「ちょっと、何よアンタ!私に怯えて休んでたんじゃないの!?急にしゃしゃり出てくるなんて、私を馬鹿にするつもり!?」
この発言に、国王は合図を送り騎士達にスザンナの口を塞がせた。
「己を擁護する者まで攻撃しようとするとは。実に愚かだ。このような者の為に頭を下げる必要はない。ローズマリー嬢、婚約が正式に結ばれた以上、そなたは今後リンムランド王国王太子の婚約者である。
そなたの崇高な心掛けは素晴らしいが、これからは己の立場を弁え時に目を瞑る事も覚えなければなるまい。」
「……!?」
国王の言葉に、口を塞がれたスザンナが目を剥く。傲慢な貴族でスザンナにより撃退されたと思っていた悪役の伯爵令嬢が、隣国の王太子の婚約者だと知り拳を握り締めた。
王太子の婚約者なんて、未来の王妃じゃない…あの女がそんなに偉くなるなんて悔しい!と。
「陛下のお言葉、有り難くこの胸に刻みます。」
深々と頭を下げたローズマリーを見て、国王は頷くとリリアを見た。
「リリア。」
「はい」
国王に呼ばれ、顔を上げたリリアが前に出ると、国王は穏やかに微笑んでリリアに告げた。
「この娘の処分については、ローズマリー嬢の嘆願を受け入れ王家ではなくそなたに任せることとする。そなたがしたいよう、如何なる罰でも好きに与えるがいい。」
「えっ…!」
突然任せると言われたリリアは戸惑ってアルバートを見た。アルバートは心配そうな瞳をリリアに向けてくれるが、首を横に振った。
穏やかな物言いではあるが、これは紛れもない国王の勅命。拒否や辞退は不敬に当たる。
意を決したリリアは、跪いて頭を下げた。
「承知いたしました。それでは…どうか彼女をお許しください。」
「リリア!」
驚いたアルバートが駆け寄ると、リリアは困ったように微笑んでいた。
「アル様、アル様や国王様を不快にさせたのは事実ですが…彼女はただ勘違いをしていただけです。そして、彼女に自分が聖女であると勘違いをさせてしまったのは私です。」
「それは…間違いとは言えなくもない、が…しかし、君はあの女に暴力を奮われたんだぞ?」
「それはもう治りましたから。」
「そういう問題じゃないだろう…?」
呆然とするアルバートの手を取り、リリアは恥ずかしそうに俯いた。
「それに…彼女のお陰で、アル様と恋人になれましたから…」
この上目遣いに、アルバートは陥落した。文字通り吹き飛ばされた。もうリリアのことなら何だって許そうと心に誓った。永遠に保護しよう。生涯を掛けて愛で続けよう。
「コホン…リリアもこう言っておりますし、父上。リリアの言う通りに致しましょう。」
「まったく、お前という奴は…先が思いやられるが、リリアに一任したのは私だ。リリアの好きにするといい。」
こうして偽物の聖女であるスザンナは、真の聖女であるリリアの恩赦により解放された。大きな罪には問われず、今まで通り学園に通う事も許される。
にも関わらずスザンナは、一連の流れを見て解放された途端に怒りを露わにした。
「何よ!私を許すですって!?同情でもしたつもり!?偉そうに!この強欲女!」
リリアに向かい暴言を吐いた彼女を、アルバートが制する前に。甲高い威嚇するような鳴き声が教室に響いた。
ピィィイイーーーーー
何事かと驚く生徒達が見たのは、窓から入って来た白い小鳥が鋭い嘴でスザンナを攻撃する光景だった。
「ギャァ!何よ!何なのよこの鳥!痛い!やめて!ちょっと、誰か助けなさいよ!!」
泣き叫ぶスザンナを助ける者は、誰もいなかった。
「その鳥はハタオリヅルモドキといって、受けた恩を忘れず恩返しをする鳥として有名だそうだ。そして同じように、酷い行いを受けた相手に対しては、地の果てまでも追いかけて復讐する。
その様子から、貴様はこの鳥に何か酷いことをしたんじゃないのか?」
王子がそう言うと、心当たりのあり過ぎるスザンナはギョッとした。自分を攻撃しているのが、自分が鷲掴んで外に放り投げ、野犬に襲われ死に掛けたあの小鳥だと気付いたのだ。
「先日大神官が、その鳥を聖鳥と認めた。聖女であるリリアの許しにより、我々は貴様を罰しない。しかし、偽物の聖女を騙った罪については、その聖鳥の裁きを甘んじて受け入れよ。」
「いやぁーー!!やめてっー!」
王子の言葉に絶叫したスザンナは、聖鳥の気が済むまであちこちを鋭い嘴で突かれ続けたのだった。




