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威嚇





 アルバートは、自分でも浮かれていた自覚があった。




 愛するリリアと恋人同士になったのだから、当然だった。


 自分の為に聖女の称号を受け入れるとまで言ってくれた彼女を、溺愛せずにはいられなかった。


 神殿や学園側と話を調整しつつ、学園の中でも外でもリリアから離れず、手を繋いではリリアが誰のものであるか見せつけるように2人だけの世界を創り上げた。


 愛する人に愛されること。それがこんなにも幸福なことだとは思わなかった。リリアに出会う前。アルバートにとって愛とは、取るに足らない無駄な情でしかなかった。


 それがリリアと出逢い、一目で恋に落ち、互いを想い合うことで愛を知った。それは甘く盲目的で、文字通り溺れてしまいそうな程、胸を締め付けるように切なく暖かい感情が押し寄せてくるものだった。


 だから、幸せに浮かれていたアルバートは失念していた。アルバートの理解の範疇を遥かに超えてしまうほどイカれた女が、すぐ近くにいる事を。



 

 神殿からリリアを聖女に認定する書状が届き、珍しく父である国王が学園に訪れたので、恒例となっていた昼の教員との打ち合わせ時に今後の予定を相談していると。


 教室の方から突如悲鳴が聞こえてきて、アルバートは走り出した。


「リリア!」


 そうしてアルバートは、信じられないものを目の当たりにする。


 何よりも大切で誰よりも愛しい恋人が、狂った女に痛め付けられていたのだ。


 全身の血が戦慄き、目の前が真っ赤になったアルバートは、ひたすらリリアに向かって走り、その無事を確かめた。


「リリア!大丈夫か!?」


「アル様…」


「血が出てる、嗚呼…なんて事だ。リリア、、、」


 柔らかい頬には赤い腫れが残り、口の端から血が出ている。艶やかな銀髪は乱れていて、その何もかもがアルバートを絶望に突き落とした。


「私は大丈夫です。だから、そんな顔しないで下さい。」


 こんな時でさえアルバートを気遣うリリアに手を伸ばすと、アルバートは自身が震えている事に気付いた。


「大丈夫なわけないだろう?こんなに腫れて…綺麗な髪も乱れてしまってるじゃないか。俺が傍を離れた隙にこんな事が起こるなんて…」


 リリアを痛め付けたあの女が、驚くほど愚劣で凶暴だという事は知っていた筈なのに。


 教員達の話から、あの狂った女が王子であるアルバートに固執しているらしいとは聞いていた。しかしどうでもよすぎて、気にも留めなかった。


 アルバートがリリアを大切に扱う事で、頭のおかしい女が何をするか、少しでも冷静に考えれば想像できた筈なのに。


 あんな女にリリアを傷付ける機会を与えてしまったのは、アルバートの失態だった。


 アルバートの心を占めるのは絶望だった。愛する人が、痛々しい姿で倒れていたのだ。それも、己の不注意のせいで。後悔してもし足りない思いで気が狂いそうなアルバートを、リリアは優しく見つめる。


「こんなの、大したことじゃありません。ほら、すぐ治りますから。」


 何でもないことのように。リリアは、自らの頬に手を当てて傷を治した。


 それを見たアルバートは、絶望と虚無感の後に自分でもコントロールできない強い怒りを覚えた。


 リリアを、愛する恋人を傷付けた存在に対する、信じられない程の憎悪、嫌悪、憤怒。それはヒシヒシとアルバートの体の中を駆け巡り、殺意となって発現する。


 ………斬り殺してしまおうか。


 物騒な思考がアルバートを支配した時だった。




「いったい何の騒ぎだ。」




 教員室に残して来た国王が、優雅な足取りで教室にやって来る。


 一目見てこの惨状を把握した国王は、周囲の驚愕の目線など気にもせず息子であるアルバートに目を向けた。


 アルバートは、国王である父の姿さえ目に入っていなかった。


 まるで獣が番を護ろうとするかのように、本能的にリリアを傷つけた存在に対して威嚇をする。


 あれは"敵"だ。


 今すぐあの女を排除して、リリアを安全な場所に移したい。これ以上、敵の前に大切な存在を晒していたくはない。


 そんな思いで、アルバートはスザンナに殺意を向けた。




「アル。抑えろ。」




 しかしそこで、静かだが響くような父王の声が届き、アルバートは滲み出る殺気を何とか押し殺す。


「……」


 渋々でも父の言葉に従ったアルバートを見て、国王はやれやれと肩をすくめた。


「アルバートよ。いくらリリアを独り占めしたいからと言っても、その魔具の魔法はやり過ぎだろう。」


 そうして突然、おどけたように話し出した。


「リリアがつけているそのペンダント、最初に見た時より魔法が強化されているではないか。

 リリアの美貌を隠す為それ程に強力な幻影の魔法を施していようとは。更にはリリアと直接関わった者には忘却魔法が発動される仕組みになっているのか?

 我々には効いていないが、多くの者はリリアが地味に見えている上にリリアと関わった記憶が曖昧になっているようだぞ。」


 意地悪く笑う国王は、まるで周囲など見えていないかのように息子を見つめた。


「……余計なお世話です。」


 やり過ぎていた自覚はあるのか、アルバートはバツが悪そうに目を逸らす。


「ふん。お前のその独占欲のせいで、リリアがこんなふうに馬鹿にされ貶められてしまったではないか。隠せばいいと言うものでもなかろう。」


「ですが…」


「時に誇示することこそが、最大の守りになることもある。」


 諭すような父王の言葉に、アルバートは歯を食いしばって決意した。


「わかりました。リリア。…預けていた、そのペンダントを返して貰う時が来たようだ。それを外してくれ。」


「あ、はい。」


 親子のやり取りをポカンと聞いていたリリアは、何をそんなに我慢しているのだろうかと、アルバートの様子を不思議に思いつつも。首から下げていたペンダントを外して、差し出されたアルバートの手に返した。




 その途端。




 クラス中が、感嘆と驚愕に息を呑む。




 まるで魔法が解けたかのように。地味だったリリアの姿が、見違えるほど美しくなったのだ。


 くすんだ灰色だった髪は艶やかな銀髪になり、印象に残らなかった瞳は透き通ったアクアマリンのように煌めいて見る者を虜にした。溢れんばかりの大きく愛らしい瞳は長いまつ毛に縁取られ、すっと通った鼻筋に柔らかそうなピンクの唇、白く滑らかな肌、薔薇色に淡く色づく頬。


 スザンナなどただの田舎の地味な小娘にしか見えない程の絶世の美少女が、そこにいた。


 更に、変化はそれだけでは無かった。


「あ!あの時の天使…!」


「そうだ!俺の怪我を治してくれたのはリリアだ!」


「どうして忘れてたんだ?妹の病気を治しに来たのは彼女だ!」


「私のお母さんを治してくれたのも彼女よ!」


 次から次へと、突然記憶が蘇ったかのように証言が上がる。誰もが口を揃えて、自分や家族の病気や怪我を治したのはリリアだと叫んだ。


「な、何なのよ急に!?魔法でも使ったの?どうして地味女が綺麗になってんのよ!?

 それに!!あの女が病気を治したってどういうこと!?

 あり得ないわ!だって、聖女は私!私なのよ!!」


 怒り狂ったスザンナの声だけが、場違いに甲高く宙を切り裂いたが。すぐにリリアを称賛するその他大勢の声に呆気なく掻き消されていった。








誤字報告ありがとうございました!

申し訳ございませんでした!

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