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嫉妬




 スザンナはその日、いつも通り取り巻き達に囲まれて気分良く登校した。


 天気は良くて、聖女様と囃し立てる声、スザンナを見れば逃げ出して行く貴族生徒達。どれもがとても心地よかった。そして何よりも。


 伯爵令嬢のローズマリー、彼女はスザンナが窘めたあの日からずっと学園を休んでる。とてもいい気味だ。


 偉そうな伯爵令嬢でさえ思い通りにできる自らの力を、スザンナは凄くて偉いと自己評価した。


 しかし、スザンナの上機嫌は長く続かなかった。


 取り巻きのうちの一人から、とてもあり得ないような噂を聞いたのだ。


「それが…あちこちで見たって言う人がいるんです。」


「本当なの?そんな馬鹿げた話、信じられないわっ!」


「でも、隣のクラスでは有名な噂だって…」


「何ですって!?」


 頭に血が昇ったスザンナは、怒りに任せて廊下を突き進んだ。


 スザンナが耳にしたのは本当に馬鹿げた噂話だった。


 アルバート王子が、王子と同じクラスで隣の席の平民の少女と恋に落ちたと言うのだ。しかも、2人は既に恋人同士で、堂々と手を繋いで歩いたり、一緒にランチをしたり、登下校も王子が送迎していると言う。


 あり得ない、馬鹿げてる。あり得ない。


 だって王子は、スザンナと恋に落ちたのだ。


 こんなに可愛いスザンナを差し置いて、どこの誰とも知れない平民の女なんかを好きになる筈がない。


 きっと何かの間違いだ。


 何せスザンナは聖女なのだ。聖女を差し置いて他の女を選ぶだなんて、よっぽどの阿呆じゃない限りあり得ない。


 何度も自分に言い聞かせながら、スザンナは突き進んだ先の教室を覗き込んだ。


 偶然を装い王子に接触しようとして幾度となく通り過ぎてきた、王子の教室。




 中を覗いたスザンナは、絶句した。




 いつ見ても無表情で冷たい空気を纏っていた王子が、にこやかに目尻を下げながら、愛おしそうに誰かと話している。


 スザンナは自分の目が血走るのを感じた。


 王子に話しかけられているのは、くすんだ灰色の髪に印象に残らないほど地味な顔の女だった。



 怒りと嫉妬に気が狂いそうになったスザンナは、そのまま教室に乗り込もうとして何とか思い留まった。


 こういうパターンはよくあるものだ。


 恋愛小説ではライバルが必ず出てくる。その危機を乗り越えてこそ真実の愛を手に入れられるのだ。


 今ここでスザンナが割り込んだところで、王子にマイナスの印象しか与えないかもしれない。


 それよりも、裏から手を回して、王子の見ていないところであの生意気な女を懲らしめた方がずっと効果的だ。


 鼻息荒く、目を血走らせたスザンナが必死で握り拳を作りながら耐えている間にも、王子と身の程知らずな女は談笑を続け、仲睦まじい姿を見せている。


 スザンナは思った。王子はきっと、騙されているのだと。


 平民の物珍しさを売りにでもしたのだろうか?それとも、金で釣ったとか?いや、貧乏人なら不可能か。あの地味顔に、貧相な身体では色仕掛けなんてのも無理だろうし。


 スザンナでは考え付かないような卑怯な手を使ったに違いない。


 それ以上見ていると我慢ができなくなりそうで、スザンナは廊下を踏み荒らしながらその場を立ち去った。




 それからスザンナは、取り巻き達を使ってあの地味女を徹底的に調べ上げた。


 ラリアだかリリアだかいうその女は、街外れに住む貧乏な老夫婦の孫娘。両親は既に死んでいて、祖父母に引き取られて学園入学前までは働き詰めだったらしい。


 しかし、学園に入学する際は読み書きのできる王子と同じクラスになり、運良く席も隣になる。気付けばすっかり打ち解けていたらしい2人は、度々一緒にいる姿が目撃されてはいたが、ここ最近距離が急接近して恋人になったらしいと噂される程だと言うのだ。


「汚らわしい貧乏女!よくも私の王子様を…」


 報告を聞いたスザンナは、手元にあったグラスを壁に投げ付けた。


「ひっ!」


「きゃっ!」


 報告した取り巻きのうちの1人が、割れたグラスの破片があたり怪我をしたが、スザンナはそんな些細なことに構っている暇はなかった。


 本当に気に入らない。


 スザンナにとって、王子に付き纏うリリアは目障りでしかなかった。


 何としてでも、消し去ってみせる。聖女の名に掛けてそう誓ったスザンナは、早速取り巻き達に命令してリリアが1人になるタイミングを監視させた。









 報告によれば、リリアはランチ後の少しの時間、昼休みの後半に王子が教員室に行っている間は1人でいるという。


 我慢の効かないスザンナは、それを聞いたその日のうちに昼休みに隣のクラスへ乗り込んだ。


 教室にはそれなりに生徒が残っていたが、王子はいない。しかし、王子の隣の席には外を眺めながら王子を待っている様子のリリアがいた。


「このっっ!泥棒猫っっつ!!」


 どこか浮足だったようなその姿を見た瞬間、怒りが限界に達したスザンナは、一目散にリリアへ駆け寄り頬を張り倒した。


 近くにいた女生徒達から悲鳴が上がる。取り巻き達でさえ、怯えながらスザンナを止めようとした。


「せ、聖女様!」


「スザンナ様、おやめください!」


 しかし、スザンナは周りなんて見えていなかった。目の前の地味な女が憎くて憎くて堪らない。今すぐ殴り倒して許しを請わせ、王子に相応しいのがスザンナであると知らしめなければ、気が済まなかった。


「よくも、よくも!私の王子様に手を出したわね!?身の程知らず!貧乏人!地味女!」


 髪を引っ張り、机を蹴り上げ、暴言を吐きながら。スザンナがリリアへと身の程を思い知らせていると。


「リリア!!」


 走ってきたかのように息を弾ませた王子が、教室の入口に立っていた。


 スザンナは微笑んだ。そして、大きく手を広げた。


「王子様!来て下さったんですね!この通り、邪魔者は退治しましたよ!ようやく私と愛を育めますわ!」



 どこからどう見ても、スザンナの圧倒的な勝利。当然王子はスザンナを抱き締めて愛の告白をしてくれるものと思って手を伸ばしたスザンナはしかし。


 駆け寄ってきた王子に、期待に満ち溢れた満面の笑みを華麗にスルーされた。


「…………え?」


「リリア!大丈夫か!?」


「アル様…」


「血が出てる、嗚呼…なんて事だ。リリア、、、」


 赤く腫れた痛々しい頬に、乱れた髪。誰も見向きもしないような醜い女を切なそうに抱き締める王子。


 スザンナは、意味が分からなかった。どうして綺麗な自分ではなく、雑巾みたいな女が王子の腕の中にいるのか。


「私は大丈夫です。だから、そんな顔しないで下さい。」


 気丈に笑って見せるリリアに、王子は震える手で優しく触れる。


「大丈夫なわけないだろう?こんなに腫れて…綺麗な髪も乱れてしまってるじゃないか。俺が傍を離れた隙にこんな事が起こるなんて…」


 苦しげな王子を見上げるリリアは、安心させるように腫れた顔で微笑んだ。


「こんなの、大したことじゃありません。ほら、すぐ治りますから。」


 次の瞬間。


 リリアは、自らの頬に手を当てたかと思うと。何でもないことのように、一瞬で傷を治してしまった。


 周囲に驚愕と混乱の沈黙が落ちる。



 スザンナでさえも、言葉を失い呆然と目の前の光景を見ていた。






「いったい何の騒ぎだ。」



 と、そこへ。ゆっくりと教室に入って来たのは。


豪奢なマントに身を包み、一目で分かるほどに強力なオーラを纏った、この国の国王その人だった。












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