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衝撃




 その日、リリアは大神官に頭頂部を突き出されていた。


「この通りです、ミス・リリア」


 大神官に頭を下げられたリリアは困ったようにアルバートを見る。


「大神官、言ったはずだ。リリアが学生の間は…」


「そこを何とか。我々では手に負えない重症患者なのです。かの方を治療するには、何としてもミス・リリアのお力添えが必要なのです。」


 どうしても力を貸して欲しいと頼まれたリリアが断る事などできるはずもなく。リリアは、ひっそりとアルバートの袖を引いた。


「アル様。少しだけ、お手伝いするだけです。お金を貰うわけでもありませんし、それだったら違法にはならないでしょう?」


「…はあ。大神官、今後リリアの善意を利用するようなことがあれば容赦しない。これはあくまでも特例だ。」


 どこまでもリリアに弱いアルバートは、自分が同行することを条件にリリアの協力を許可した。


「今日は礼儀作法の授業でリリアとパートナーになるのを楽しみにしていたというのに…」


「それは私もです。だけど、授業はまたあるでしょう?…その時もアル様とパートナーになれればいいんですけど…」


 残念そうにしてくれるリリアが可愛くて、アルバートは即答した。


「それは問題ない。必ずパートナーになるから。」


「え?」


 断言したアルバートに驚くリリアは知る由もなかった。王子であるアルバートがわざわざリリアとパートナーになれるように手を回していたことなど。慌てたアルバートが咳払いをして、急いで話題を変える。


「そんな事よりも、行くなら早く行こう。大神官、支度を。」


「はい。心より感謝いたします。」


 そうしてリリアとアルバート、大神官がリリアの家を出た時だった。


 ピピピ、と。空から白い羽と共に降る美しい囀り。


「あ!ハクちゃん。こんにちは。」


 いつぞやの小鳥が、リリアの肩に舞い降りて優しく頰に擦り寄った。


「その小鳥は…あの時リリアが助けた鳥か?」


 真っ直ぐにリリアに向かってきた小鳥とリリアの反応から察したアルバートが聞けば、リリアは嬉しそうに頷いた。


「そうです。たまに来てくれるんです。」


「これは何と…その小鳥はハタオリヅルモドキではないですか。」


 感心したような大神官に、リリアは首を傾げた。


「ハタオリヅルモドキ?」


「とても珍しい小鳥です。東洋のさらに東にある島国の伝承が名前の由来だとか。何でもこの鳥は恩を忘れない事で有名で、何があっても恩返しをする鳥だと言われています。

 ほう。よく見ると強い神聖力を纏っています。相当危ない状態から救われたのでしょう。元々この鳥はその特性から徳を積む事が多く、神聖力を得やすいのですが、その素質とミス・リリアの神聖力とが相まり、これは"聖鳥"の域に達しているかもしれません。」


「まあ!このハクちゃんが?そんなに凄い鳥なんですか?」


「はい。今後、きっとミス・リリアの助けになる事でしょう。お側に置き、大切になさった方が宜しいかと。」


「そうか。ならば俺も、丁重にもてなさなければな。リリアを慕う者同士、仲良くしよう。」


 そう言ってアルバートが小鳥の嘴をそっと撫でると、小鳥は嬉しそうに目を細めたのだった。




 こうして午前中の授業を休んだ2人は、大神官に連れられてとある伯爵家へとやって来た。


「こちらのご令息が不治の病を患っておりまして…」


「なんだと?」


 大神官の説明に心を痛めたリリアの隣で、アルバートが真剣な顔をする。

 

「アル様?」


「…リリア。俺からも頼む。リリアの力で彼を治してやってくれ。」


「お知り合いなんですか?」


「いや…しかし、王国にとって必要な人材だ。どうか頼む。」


「全力を尽くします…!」


 やけに真剣な様子のアルバートを見て、リリアは大きく頷いたのだった。


















 無事に治療が終わり、ランチを一緒にした後、午後からの授業に出るためアルバートと共に登校したリリアは、教室の空気がいつもと違っていることに気付いた。


 何だかギスギスとした雰囲気、殺伐とした空気。普段なら何かしらお喋りを楽しんでいる生徒達が一様に黙り込み、ショックを受けたような顔がクラスメイトの中にチラホラ見える。


「あの、アル様?何か変じゃないですか?」


 リリアが小声で問いかけると、アルバートも異変を感じていたのか眉間に皺を寄せていた。


「ああ。…教員室に行って確認してくる。授業が始まる前に戻るから、リリアは待っていて?」


 優しくリリアに囁いたアルバートが教室を出て行く。リリアがその背中を見送った少し後の事だった。


 アルバートと入れ違いになるように、開け放たれた教室の入り口が騒がしくなる。


 そしてズカズカと入って来たのは、隣のクラスの平民生徒を筆頭とした集団だった。


 集団は1人の生徒の机の前で止まる。集団に囲まれて怯える彼女は確か、伯爵家のご令嬢でローズマリーという名前だったはず。


 何が起こるのかとリリアがハラハラしていると、突然集団の先頭にいた女生徒がローズマリーの机を蹴り上げた。


 リリアをはじめ、周囲の生徒が驚きに肩をすくめて硬直する。

 

 机を蹴り上げた女生徒…スザンナは、すくみ上がったローズマリーを上から見下ろした。


「さっきはどうもありがとう。あなたの偉そうな指導のせいで無能な教師から注意を喰らったわ。何かお返しがしたくて調べたんだけど、あなたの家、大変みたいじゃない。跡取りの弟が病気なんでしょう?」


 スザンナのその言葉に、教室中が凍り付いた。ローズマリーは青ざめて言葉も出ない様子だった。


「私の家は大きな商会で、そういう情報は入りやすいのよ。大事な跡取りが死にそうなのに、聖女である私に楯突いていいのかしら?弟を治して下さいって土下座でもすれば助けてあげるけれど?どう?謝罪する気になったかしら?」


 リリアは、目の前で何が起こっているのか分からなかった。ただ、並々ならぬ雰囲気に圧倒されていた。


「なんてこと…由緒ある伯爵家が跡取りの危機だなんて…」


「そんな家門の重要機密を大勢の前で暴露するなんて信じられない…」


「あの家門はご子息が1人だけよね」


「ローズマリー嬢は婚約も控えてるのにお可哀想…弟君に何かあれば婚約も破談になるはずだわ。」


 ヒソヒソと声を潜めるクラスメイト達。ローズマリーは堪らず教室を飛び出した。


 自分のせいで、家門の弱味を大勢の人に知られてしまった。父や母、何より病床の弟に申し訳なくて仕方がなかった。


 そして。もし本当に、スザンナの言う聖女の話が本当であれば。自分は取り返しのつかない事をしてしまったかもしれない。


 弟を治せる唯一の方法を、ローズマリーが永遠に奪ってしまったかもしれないのだ。


 スザンナが本当に聖女なのかどうかは分からないが、確かに平民の間で奇跡的な回復や治療が頻発しているのを知っていたローズマリーは、いつか本当に聖女が現れたなら、真っ先に弟を治して欲しいと思っていた。


 万が一、弟に何かあれば。ローズマリーは可愛い弟を失うだけでなく。家門を守る為に跡を継がなければいけない。そうなると、婚約を約束していた彼との縁談は破談になり婿養子を探さなければいけなかった。


 ローズマリーは、婚約予定の彼のことを愛している。彼も、ローズマリーを心から望んでくれている。離れたくはなかった。


 しかし弟は日に日に弱り、先日は神殿の大神官でさえ手の施しようがないと言われてしまった。このままでは、家族も恋も壊れてしまう。


 そんな絶望の中で、今日の出来事である。


 決してローズマリーは、平民であるスザンナを馬鹿にしようとしたわけではなかった。ただ間違いを正してあげようと思っただけだった。せっかくならそれを機に仲良くなりたいとさえ思っていた。そこにはほんの少しの他意もない。


 なのにどうして…と、涙が頬を伝うのは当然のことだった。



「あの、ローズマリー様…」



 ローズマリーが泣いていると、ふと声を掛けられる。そこには同じクラスの女子生徒がいた。平民で普段は目立たないが、王子の隣の席の子だ。


「…あなたも、貴族である私を恨んでいるの?」


 疑心暗鬼に陥っていたローズマリーは、相手が平民というだけで怖くて仕方なかった。


 しかし、ローズマリーの怯えを知る由もない彼女は、そっとしゃがみ込んでローズマリーと視線を合わせた。


 差し出された手には、柔らかそうなハンカチ。


「私、午前中はお休みしたので何があったのかよく分からないんです…」


 困ったように眉を下げる彼女を見て、ローズマリーは息を吐く。


 確かに午前中にあった礼儀作法の授業には、王子とこの女生徒は欠席していた。


 嫌悪も警戒も何もない、ただ心配してくれていると分かる純粋なその眼差しに、ローズマリーは安心して体の緊張を和らげた。


「ごめんなさい…お名前は何だったかしら?」


 受け取ったハンカチで涙を拭きながら聞くと、彼女は静かに答えた。


「リリアです。」


「ありがとう、リリアさん。少し落ち着いたわ。…いったいどうしてこうなったのか、私にも分からないの。

 何もかもが上手くいかなくて、…どうしたらいいのか…」


 再び溢れた涙を拭うローズマリーを見て、リリアは優しくその背をさすった。


「きっと大丈夫ですよ。」


 それはまるで、何かとても強く尊い存在から発せられたかのような、不思議な声だった。本当に言葉の通りになるのだと信じてしまいそうな、暖かで優しい声。


 涙が引き、パチパチと瞬きをする若草色のローズマリーの瞳を見て、リリアは微笑んだ。


「ローズマリー様の瞳、弟さんにそっくりですね。」


「…え?」


 ローズマリーが驚きに思わず息を呑む。


「弟を知っているの…?」


 弟はもう一年以上、屋敷の外に出ていない。だからそんな筈はないと思いながら、ローズマリーが問うと。リリアは何でもないことのように頷いた。


「はい。先程会って来ましたから。弟さんの病はもう治りました。ローズマリー様と同じように、若草色の綺麗な瞳をキラキラさせていましたよ。」


「…!?」


 声も出ない程驚愕したローズマリー。


 それに対してリリアは、優しい表情で話を続けた。


「お姉様がお帰りになったら、以前から約束していた植物園に行くのだと嬉しそうに話してました。ローズマリー様は南国のお花に興味がおありなんですね。一つずつ説明してもらうんだと意気込んでらっしゃいました。」


「どうしてそれを…!まさか…まさか、本当にあの子が…?」


 ローズマリーの絶叫を肯定するかのように、リリアは穏やかに微笑む。


 その時、ローズマリーは不思議な経験をした。


 それまで、地味で印象に残らなかったリリアが突然、絶世の美少女に見えたのだ。

 見間違いだろうかと目を擦りリリアを見れば見るほど、リリアは輝きを増していく。


 まるで、幼い頃に弟と見た聖女の絵姿そのもののように。


「あなたはいったい…」


「リリア!」


 ローズマリーが何かを言い掛けたところで、廊下の向こうからこちらにやって来る影があった。


 その影の正体に気付いた時。ローズマリーは、本日数度目の驚愕に目を見開いた。


「アル様!」


 煌めく金髪に、ガーネットの瞳。見間違える筈がない。この国の王子、アルバート殿下その人だ。


 しかし彼は、ローズマリーが知る王子とは別人のようだった。


 氷の王子と称され、どんな時でも無表情を貫く冷徹な王子が、平民の少女であるリリアに向けて柔らかく微笑んでいたのだ。


 それも、"アル様"だなんて、愛称で呼ぶことまで許しているなんて。更には手を取り合って見つめ合うだなんて。


 王子の冷徹ぶりを知る人が見れば、天変地異の前触れだと騒ぎ立てるだろう。


 信じられないものを見せつけられて、そして色んなことがあり過ぎて、ローズマリーの思考は限界を突破する。


「あの…私、弟が心配なので帰ります!」


「あ、ローズマリー様!」


 そうして屋敷に帰り着いたローズマリーは、病床から起き上がった弟を見て再び号泣したのだった。









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