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序章





「セシリーの娘、リリアだな。」




 リリアは、目の前の光景が夢の中の出来事なのだと思った。


 質素で簡素なリリアの狭い家の中に、突然ぎゅうぎゅうに押し入って来た鎧姿の騎士達、その中央でリリアを食い入るように見詰めているのは、目がチカチカする程豪華なマントを身に纏った大人の男性。

 その横には同じようなマントを身に付けた、リリアと同じくらいの男の子。


 そしてリリアの横では、祖父母が震えながら深々と床に手をつき頭を下げている。


 とても現実だとは思いたくない光景だった。


「そうです。おじさんはだれですか?」


 リリアが問うと、騎士達の間から動揺が広がった。しかし、"おじさん"は満面の笑みでリリアの前に膝を付いた。


「私はこの国の国王、この国で一番偉い男だ。」


「は、はあ…。」


 リリアは成人した後、この時の国王の自己紹介について『あまりにも偉そうだったので逆に納得した』と語っている。


「そんな偉い私から君に一つお願いがあるのだが。聞いてくれるだろうか。」


「え…?」


 困惑するリリアの答えなど待たず、国王が隣に居る無表情な男の子の背を叩いてリリアの前に押し出した。


「セシリーの娘、リリアよ。どうかこの王子アルバート…私の息子の嫁になってくれ」


 キラキラした金髪に珍しいガーネット色の瞳。素晴らしく整った目鼻立ち。こんな出会いでなければ一目で恋に落ちていただろうと確信できる程の完璧な美少年と目が合い、リリアはこれが夢であると確信した。

 こんな馬鹿げた話が、現実であるはずがない。


 先月12歳になったばかりのリリアにとって、結婚とはまだ遠い遠い夢物語。極めて現実的ではないおとぎ話のようなものなのだ。


 更には国王の息子、即ち王子様との結婚だなんて、それこそリリアが幼い頃に母から読み聞かせられた幼稚な寝物語の話だ。これが現実なわけがない。


 リリアが現実逃避をしている間に、一方の王子は、無気力だった目を次第に輝かせ始めていた。

 白かった頬は徐々に紅潮し、なんの感情も覗かせないようだった目には活力が宿って、ガーネットの瞳が真っ直ぐ一心にリリアを見つめている。



 まるで恋に落ちたかのように、それはそれはもう熱心に。



 おとぎ話の中の、理想の王子様そのもののような美少年に見つめられて、リリアの現実逃避が更に加速する。


(我ながら、あまりにも陳腐な夢ね。おとぎ話の王子様とお姫様だって、もう少しまともな出会いをするものだわ。)


 出会い、惹かれ合い、愛を育んで、その後に結婚がある。必ずしもそう上手くはいかなくとも、結婚とはそれくらいロマンチックなものだと思っていた。


 そうして家庭を持ち、子供を産み育て、平凡に暮らすこと。リリアが母から教えられた"幸せ"とはそういうものだった。


 それがまさか、突然家に押し掛けてきた王様から一方的に結婚相手として王子様を突き付けられるだなんて。

 どこの世界にそんな頓珍漢なおとぎ話があると言うのだろう。


「どうだ、リリア。我が息子アルバートはなかなかいい男だろう?この整った顔立ち、昔の私にソックリでな。

 そして君も実に愛らしい。聡明で美しさと可愛らしさを併せ持っていたセシリーに瓜二つだ。正に絶世の美男美女じゃないか。

 セシリーに似た君と私に似たアルバート。二人の子供は正真正銘セシリーと私の孫だ。

 私はどうしても二人の子供の顔が見たい。私は君の母、セシリーの事を愛していた。私の初恋だった。しかし運命に阻まれセシリーとはついぞ結ばれる事はなかった。

 だからこうして、子供同士を結婚させるという素晴らしい案を思い付いたのだ。」


 妙案だとでも言いたげなその物言いに、リリアはこの国の王様に対して、ちょっと頭がどうかしているのではないかと不敬極まりない考えが頭をよぎった。


「アル、お前はリリアと結婚しろという私の命令に呆れていたが、どうだ?実際にリリアと対面した今でも私の命令を無視できるのか?」


 最早リリアのことを熱のこもった瞳で見つめていた王子アルバートは、父王の言葉に首を横に振った。


「いいえ、偉大なる父上。私が間違っておりました。どうやら父上のお言葉は正しかったようです。頭がおかしい、耄碌している、医者に診てもらえ愚王、と罵倒した事をお詫びします。」


「そうだろう、そうだろう。それでこそ私の息子だ。なに、過ぎた事は水に流そう。流石の私でもお前の毒舌の数々には打ちのめされ涙したが、今となっては些細な事だ。」


 リリアは自分の夢の現実味の無さに天を仰いだ。何だこの夢は。全てが破綻している。何もかもがおかしい。


「さて、リリア。このアルバートは私の一人息子でな。ゆくゆくは王太子、国王になる予定なのだ。つまり君が了承すれば、君は晴れて未来の王妃だ。この国で最も尊い女人になれる。もちろん頷いてくれるな?」


 リリアは隣で震えている祖父母を見た。二人とも顔が真っ青でガクガクしている。

 高齢で血圧が心配な年頃だと言うのに、国王が登場した挙句意味のわからない事を言われて今にも卒倒しそうな二人に助けを求める事もできず。かと言って、いくらこれが夢であったとしても、こんな突拍子もない話に頷けるはずがなかった。


「あの、私は…」


「ちなみに断れば、国王と王子の心を傷付け弄んだ王族侮辱罪及び傷害罪で君を投獄する。」


 ひッ、とリリアの喉が変な音を立てる。

 そんなリリアを見て、国王は鷹揚に頷きながら微笑んだ。


「断るはずがない。そうだろう?リリア、私は君が息子の嫁に来てさえくれれば何だって与えよう。欲しいもの、やりたい事、行きたい場所。何だって言いなさい。全てを叶えてあげよう。

 しかし断るのならば、君も君の祖父母も牢獄行きだ。下手したら処刑台に行く事になる。絞首刑あたりが妥当だろうか。絞首刑は分かるか?首を吊られるんだ。こう首に縄を掛けて…とこの説明は後でいいか。

 さあ、難しく考える必要はない。早く頷きなさい。」


 陳腐なおとぎ話だと思っていたが、これはとんだホラーだ。

 国王と言うのは嘘で、この人は地獄の底からやってきた魔王ではないのか。怯えるリリアに助け舟を出してくれたのは、意外にも王子だった。


「…父上、リリアにも考える時間が必要です。」


 目まぐるしい展開に言葉も出せなかったリリアは、自分を庇ってくれる王子様にドキッとした。


「突然押し掛けてすぐに答えを出せとは、流石に横暴でしょう。リリアも戸惑っているはず。

 私はリリアに望んで嫁に来て欲しいです。互いを知り愛を育む少しの猶予を頂けませんか。」


 家に押し入ってきた時は無気力で投げやりな雰囲気だった王子様が、王子然とした態度で父王を諫める様は文句無しにカッコよかった。

 不覚にもときめいてしまったリリアを見て、国王がしたり顔をする。


「なるほど。この父を踏み台に、自分の株を上げる算段か。やるな、我が息子よ。それでこそ私の血を引く王子だ。」


「…父上、そういう事はリリアの居ないところで褒めるものです。」


「……」


 リリアは最早、何を信じていいか分からなくなった。夢なら早く醒めてほしい。しかし一向に夢が醒める気配はない。

 それどころか、国王と王子以外の祖父母や騎士達の空気が異様に重く、憐れむような視線が妙に生々しい。


 いや、まさか…そんな…


 そんなはずはないと、リリアは両手を顔にあてた。

 何をする気だとリリアを見た国王と王子は、次の瞬間目を瞠った。


「リリア!?」


「…いひゃい…」


 自らの頬を抓り上げ、リリアは涙を流した。

 痛かったのと、痛い事でこれが現実であるという信じ難い事実を突き付けられた故の涙。



「…泣いた顔も可愛いな。」

「同感です、父上。」


「うぅ…」


 惚けたような国王親子の呑気な感想と、リリアの嗚咽だけが狭い家には響いていた。





読んで頂きありがとうございます

完結済み過去作ご愛読ありがとうございました!

本作もどうぞ宜しくお願い致します!


よろしければブクマや評価等いただけますと嬉しいです。

今後も楽しんで頂けるよう頑張ります。

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[一言] アル様がめっちゃ男前で惚れました! リリアちゃんは健気で可愛いし、一番偉いお方もお茶目で素敵だし、とても楽しく読ませていただきました とても素敵なお話をありがとうございました(^^)
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