第6話「お出掛けの提案」
実際、家紋のナイフが光ったからといって何かある訳では無い。
じゃあ殺し屋辞めていいよ。なんて言われる事もなく、寧ろ訓練の時期を早めようだの令嬢としての作法より殺しの技術を身につけるべきだの、父親が躍起になったのだ。
実に面倒くさい。
いや、平穏無事な生活なんざ求めても手に入らないとして、じゃあ次点で何がいいかと言われたら自由な生活と答えるくらいには、荒んだ精神と思考は求める。
だからこそ、訓練だとかは御免なのだ。
そう思いながら乳幼児期間を光の速度で駆け抜けると、私は一丁前に歩けるくらいには成長した。
その期間、この世界の情報だとかを収集しようとしたのだが、そこは殺し屋。飛び交うのは「ベークス政務官の暗殺」だったり「王政反対過激派の縮小」がほとんどで、私が知りたいことではないのだ。
私が知りたいのは、政治の話とか経済の事だとか、暗殺の事ではなく、どんな世界かという情報ではあったのだ。
いや、考え方を変えればこういった情報も世界という証明なのかもしれない。
でも、そんなのに興味は一切湧かないからこそ関係ないと切り捨てたのかもだが。
外の世界を知りたい私が、外の内側しか知られない状況に嫌気が差したのは、5歳の頃である。
「お屋敷の外、ですか?」
家の裏手、陽の当たる穏やかな一角で、私がある一人のメイドへ尋ねていた。
家事手伝いや、掃除なんかをするメイド達専用の物干し竿へ洗濯したばかりの純白のシーツを掛けるのは、私を毒ガスの中へ置き去りにしたメイド。
真っ黒な角の生えた彼女は、魔人族と呼ばれる種族だそうだ。
名前はアリオン・テルシウス。
白と紫の中間の髪色、紫紺の瞳の優秀なメイドだ。
「えぇ、わたくし。そとのこと、なにもしりませんの」
拙いながらもそう言葉にする。
なるべく幼く、なるべくお嬢様っぽく。
そう考えて選んだのは適当に思い描いたお嬢様言葉であった。
「そうですね……。確かにお出掛けされる時はいつも馬車の中でしたし……ですが、どうして急に?」
腕いっぱいに蓄えたシーツを難なく持ちながら、私にとっては追及されたくない事を聞かれる。
やば、何も考えて無かった。
ただの雑談のつもりというか愚痴に近いものだったから、この時なんて返せばいいのかしら。
物心つく前から。
私はスラム街という外の世界へ放置されていたのだ。
元々いた世界とは真逆の位置にいて、だからこそ『外の世界を知りたい理由』が分からなかった。
「え、えっと……」
適当に。なにか思いつかないか。
焦って、様々な方向から思考回路を繋げるも、それがしっかりとした言葉の出力を成す事はなく。
「と、とにかく。そとのせかい、みてみたいんですわ」
ゴリ押しを選択した。
だって、分かんないし。どちらかと言えば、内側の――温かな家庭を羨む事のが多かったから。
しかし、そんな焦った私に対して、アリオンは瞳を上げて思考へと集中している。
やっぱ愚痴る相手を間違えたかしら。
これなら父親に言った方が良かったのだろうか。
でも、「それをしてなんのメリットがある」と叩きつけられそうな予感がするし、結果論ではどちらでも良かったのかもしれない。
そんな風に諦めていると、アリオンは考えがまとまったようで桃色の唇を動かす。
「そうですね……。様々な人を観察するのも、話をするのも大事ですね」
お? それって、結構肯定的じゃない。
もしかして、あえて理由がボヤけてたから勝手に補完してくれたパターンか。
どちらにせよ、外に出られるならなんでもいい。
「分かりました。サギタリウス様にも進言しておきますね」
おぉ、結構すんなりいくじゃない。
ナイス私。愚痴って正解だった。
これで上手くいけば、外の世界がどういうものなのか分かるし、殺し屋以外の選択肢が見つかるかもしれないし。
与えられた環境よりも選択できる環境があるかもしれないし。
「様々な人の特徴や情報を把握するのも殺しには必要ですからね。特に一般人の暗殺ともなると、人混みに紛れる事や人通りの少ない時間の把握等、沢山覚えなければいけませんし。
若くして早くもその考えに至り、それを学んでいこうという姿勢が備わっているとは、流石カルミナお嬢様です」
え、いつの間にそんな話になったのよ。
てか、持ち上げるのはいいけど、なんで殺しに繋がるのよ。
そんなつもりは無かったと私が伝える間もなく、抱えたシーツを爆速で干し終わると、アリオンは父親の元へと向かっていった。
なんで、私の過ごす世界はこうも物騒なのよ。
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