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09話 賢者様に会う

 賢者アルファム。

 その名は僕でも知っている。

 20年前の先代勇者パーティーの伝説にも一人もあり、生ける伝説としても知られている人物だ。自分も子供の頃によく聞かされたものだ。


 元は辺境の教会の神父であると同時に光魔法の使い手でもあり、魔物狩りとしても名を馳せていた。

 二十年前の先代魔王の襲来の折、当時の勇者パーティーの僧侶として抜擢。

 魔法使いレヴァンノと共にパーティーの魔法支援として活躍して、大規模戦闘の際は、騎士団や傭兵団を指揮する軍師としてその腕を振るった。

 先代魔王が討伐された後は魔法学校の臨時講師として働き数多くの魔法使いを育てながらも、いくつもの王家の相談役をこなした。


 その数多くの功績からついた二つ名は賢者。


 また人類を裏切って魔王と与した邪神官ロダンムとの決闘は歌にもなっているほどだ。


 講師と共に王国の重役としても召し抱えられていたが、ある時、妻が病気で亡くなったのを機に息子夫婦を連れて王国を出奔。以降は行方知れずとなっていたはずだが。


 まさか目の前の彼女の祖父が彼だったとは驚いた。


「お母さんは私を産んですぐに病死して、その数日後にお父さんも後を追う様に魔物に襲われて死んじゃったらしいから、今は私とおじいちゃんの二人暮らしなんだよね。どうせ二人っきりなんだし、王都に戻って悠々自適に暮らそうって言ってるんだけど、研究をするにはここが一番いいって言って聞かないわけでさ。ホント頑固で参っちゃうわ」


 家に向かいながら、なんてことのないように割とハードな身の上話をするリズベル。


 王都での暮らしを捨て、地方都市で隠居する賢者様。きっと僕なんかでは想像もできない事情があったのだろう。

 しかし、伝説の賢者様か……。賢者様かぁ。うん。


「……サイン用に色紙持ってくるべきだったかな?」

「いや、何ミーハー感出してんのよ、元勇者様。じゃあ私もアンタのサインねだっていいワケ?」


 それは勘弁してほしい。

 いや、でも僕にとっては憧れの英雄の一人に会えるのだから、少しばかりハシャぐのも無理はないというか。これぐらい大目に見てほしい。


「ついたよ」


 リズベルの家を前にして僕はさらに緊張で震え出す。


「ちょっと待ってくれ。僕の格好にどこか変な所はないかな?」

「すっごいキモい」

「酷い」


 慌てて最後の身なりチェックをする僕をよそに、彼女はコンコンと扉を鳴らす。


「おじいちゃん、可愛い孫が帰ってきたよ」

「……」

「おじいちゃん、おじいちゃん? おじいちゃーん! ……おいジジイ返事しろぉ!」


 一気に対応が荒くなってガンガンと扉を叩くリズベル。いや扉壊れるよ?

 やがて向こうからガサゴソと音が聞こえてきた。


「あぁリズベル。お仕事ご苦労様。無事で何よりだよ。いや、すまない。実験で手が離せなくてね」

 

 扉を開けて出てきたのは眼鏡をかけた優しそうな老人だった。

 あまりにも自然体でどこか頼りなさげに見えるけど、同時に落ち着いた雰囲気を持っている。

 やがて、その人は僕の存在に気付く。


「おや、そこのお方は……?」

「あ。ど、どうも初めまして。僕は……」

「この人は勇者よ」


 ズバッと言ってきやがったよ、この娘さん。

 なんでこの子は自分のペースをゴリ押ししてくるんだろう。もう少しこちらにも心の準備のような合間を置かせてもらえないだろうか。

 アルファムさんも、孫の発言についていけずにキョトンとしていたが、やがて僕の姿を凝視する。

 しばらくの間、気まずい沈黙の時間が流れる。


「とりあえず話を聞きましょう」


 そう家へと促されて僕はお言葉に甘えることにした。

 そうして僕はリズベルに酒場で語った話を今度は要点だけ踏まえて話す。

 ……あらかたの説明を終えた俺は出してもらったお茶をすする。


「そうですか。スキルやステータスを……なるほど大変でしたね」


 アルファムさんは静かに聞き、それだけ言った。


「しかし、まさか人生の中で二度も勇者様に会えるとは光栄ですよ」

「い、いえいえいえ。こちらこそ、まさか伝説の賢者様に会えるとは思いませんでした。サインくださ――」


 言いかけて、後ろからリズベルに頭を引っぱたかれた。

 当のアルファムさんがコラ、と非難を込めた目で孫娘の方を見るが、当の彼女は素知らぬ顔で知らぬふりをしている。


「まあ、昔の話ですよ。それに実際の私はただの小器用な一司教でした。本当の天才とは他のパーティの皆を言うのですからね」


 賢者様は遠い目で天井を見上げる。


 確かに当時の勇者パーティー、目の前にいる賢者アルファムさん以外の三人……最強の魔導士を目指し、いくつもの攻撃魔法を編み出した魔法使いレヴァンノ。

 屈強な荒くれ者や国を追い出されたはぐれ騎士をまとめ上げて、後に最強と呼ばれる冒険者ギルド「黄金の羽根」を創設した傭兵王カール。

 そして異邦よりフラリと現れ、到達不可能と呼ばれたダンジョンの踏破。いくつもの都市や騎士団を壊滅させた凶悪な魔獣魔物を討伐した勇者ナガレ。


 彼らもまた賢者に負けぬ伝説を持つ英傑たちだ。


 だが、彼らが戦った魔王も歴代と比べても強大な魔人であった。

 神出鬼没にフラリと人類圏のどこかに現れてはたった一晩で国ごと一つ滅ぼし尽くす、歩く天災。

 今代の魔王が群として最強なら、先代魔王は個として最強と呼ばれている。


 彼らの戦いは歴代の勇者と魔王の戦いの中でも、特に熾烈極まるものだったと聞いている。


「その戦いの末に先代の勇者は――」

「ええ。魔王と刺し違えて息を引き取りました」

「……すいません」

「いえいえ」


 アルファムさんの表情に影が差す。

 彼らは強い絆で結ばれていたと聞く、勇者ナガレをみすみす死なせてしまったのは彼にとってもさぞ無念であっただろう。


「我々はどうすれば良かったのか……」


 ポツリと何かを呟く。

 もっと話を聞きたかったけど、これ以上聞くのは悪いな。


「……時にアナタは勇者をやっていたそうですが、戦争がまだ続いているという事は、当代の魔王はまだ生きているのですね?」


 突然、話題を切り替えたアルファムさんに聞かれた。

 僕も話題を変えるために、二年前の戦争を思い出してみる。


 当代の魔王……思い当たる人物は確かにいた。

 撤退を始める魔王軍を追撃しようとした僕らの前に現れたのは黒い鎧を纏った騎士だ。


『勇者よ。ここは通さぬ』


 鎧の奥から響いてきたのは壮年の男の声。

 彼は自分を魔王と名乗り、撤退する軍を守るため、剣をこちらに振り上げてきた。その剣戟は今まで戦った魔王軍の幹部たちとも引けを取らぬ強さであった。

 そして、この目の前の男はそんな二人にひけをとらぬ強さであった。

 そして、今まで見たことがないほどのその濃密な闇の魔力と禍々しい存在感。

 僕はその時の彼こそが魔王だと確信していた。


「ええ。残念ですが倒しきれませんでした」

「……そうですか」


 あと、一歩という所まで追い詰めたものの。

 結局、彼と共に残った殿の軍に邪魔されて取り逃してしまった。

 

 すると、アルファムさんはとても複雑そうな表情を浮かべていた。


「話を戻しましょう。アナタの身体の事ですが、簒奪で奪われたスキルを戻す方法は、少なくとも私が知る限りありません」

「ちょ……おじいちゃん⁉」


 リズベルがちょっとと言う。


「……そうですか」


 アルファムさんの言葉に覚悟していたことなので、特に落胆はなかった。


「簒奪自体が珍しいスキルで大分資料が少ないのですが、その数少ない逸話にしても、少なくともスキルを奪われた人間が奪った者を殺しても、彼にスキルが戻ってくることはなかったそうです」


 さっきからリズベルがなんだかアタフタしているが、気にしないでほしい。

 むしろ、こちらとしては吹っ切ることができたのだから、むしろお礼が言いたい。


「それでもあなたは魔王討伐を続けるのですか?」

「まぁ、やるだけやってみますよ。ついさっき発破をかけられたばかりですからね」


 試すような賢者の問いに僕は応えた。

 さすがにあれだけ虚仮にされて、またすぐにあきらめましたじゃ格好がつかないだろう。


 当のリズベルがプイッとそっぽを向いていた。

 

「……ほう。それではさらにもう一つ踏み込ませてもらいましょう。あなたはこれまでなぜ魔王軍と戦っていましたか?」

「何って……人類の敵で倒さなくてはならないでしょう?」


 あの時は人々のために、と必死だったからな。

 現在は勇者という肩書がないからか、使命とかそういうのとは無縁だ。

 自分でも不思議なくらい心持ちが軽い。


「使命がないというなら、今のあなたを突き動かすのはなんですか?」

「それは……意地ですかね」


 我ながら最低な答えだと思う。

 だけど、もう取り繕うのはやめよう。



「男としてもう一旗揚げてみたいんですよ。俺から奪ったやつ、用済みだと切り捨てた奴らに目にもの見せてやりたいんです。僕はまだやれるぞって」

「そこに勇者としての正義や使命はないのですか?」

「……正直もうないと思います」


 

 僕を取り立ててくれた国や教会のお偉いさんたち、他でもない勇者をやっていた僕自身もこれを聞いたら、怒りそうな言葉だと思う。


 でも、かつて身の内から湧き上がる使命の声ももう聞こえない。


 そこへ僕はついさっき酒場でリズベルに言われた言葉を思い出す。


 悔しいから、見返したいから、ここで終わりたくないから。

 それが今の僕を突き動か想いだ。目の前の賢者様に幻滅されても構わない。覚悟の上で本音をさらけ出す。


「ほう」


 だけど、アルファムさんは特に落胆した様子はなく、ひたすらに面白そうにこっちを見ている。


「我が孫娘が良い影響を与えたようでなによりです。あぁ、彼女は昔から勇者に憧れてましたからな」

「おじいちゃん、昔の話はやめて!」

「何を照れているんだい? 小さい頃はよく大きくなったら勇者様のお嫁さんになるとか言ってたじゃないか」

「あああああああ――!」


 顔を真っ赤にして暴れるリズベルをアルファムさんは軽くいなす。


「ふむ。……なんにせよ、本当に勇者ではなくなったようですね。実に興味深い」


 彼が何を言っているのかいまだによくわからなかったが、やがてアルファムさんはゆっくりと立ち上がった。


「いいでしょう。奪われたスキルやステータスを戻すことはできませんが、代わりに戦う力を手に入れる事ならできる方法なら心当たりがあります」


 荒療治になりますがね、ちょっと怪しい笑顔で賢者様は呟いた。


「とりあえず、明日の朝にまたこの家に来てください。会わせたい方々がいますのでね」

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