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08話 やけ酒

「なによそれ!  ひっどい話!」


 場所は冒険者ギルドが経営している酒場。

 僕から一通りの事情を聞いたリズベルさんはエールをなみなみと注いだジョッキを片手に憤慨していた。


 骸骨兵を倒したあの後、事情は後で説明するからと彼女を興奮する彼女をなだめすかし、怪我をして倒れている冒険者の人たちを手持ちの回復薬や簡易の回復魔法を使って応急手当をしていた。


 命に別状ないと判断して安堵していると、シーフさんが呼んできた応援の衛兵たちが駆け付けてきた。


 僕は彼らに何があったのか彼らに説明する事情を簡潔に説明する。


 といっても、ありのままを全部話すわけにはいかない。

 とりあえず、内容としてはゴブリン討伐の後、突如現れた骸骨兵は僕を含めた冒険者皆で戦った、という本当の事。

 その後は、次々と仲間の冒険者が倒れるも、皆の奮闘により、大分弱っていた骸骨兵をリズベルと僕が最後のトドメを喰らわせて倒した、と話した。

 最後以外はほとんど真実であるし、リズベルさんと僕の話に衛兵さんたちもそれで納得してくれた。


 話を終えると、僕らは衛兵たちと共に気絶している冒険者の皆を治療院まで運ぶ手伝いをした。

 陽がどっぷり暮れる頃にはようやく全員運び終えることができた。


 一息ついて、衛兵の詰め所を後にした僕たちはその足で酒場に向かった。

 今日はお疲れという労いと説明のためだ。

 そこでようやく、僕はリズベルさんに身の内話を打ち明けることになった。


 僕は今までの出来事を包み隠さず全て話した。

 勇者として選ばれた事、魔王軍との戦争、魔王討伐の旅路。そいて勇者の力をほとんど失って、今こうして一介の冒険者をやっている事。


「飲まなきゃやってらんねー!」


 最初の戦争や魔王討伐の旅の下りでは、興味深げに目を輝かせて聞いていた彼女だが、勇者の力を失くした辺りで顔をしかめて、最後まで聞き終わった後はこのようにプンスカと怒り始めた。


「ずっと勇者として頑張ってきたけど、勇者じゃなくなったら手の平返して犯罪者扱いとか酷くない?」


 リズベルさんは再び店員さんに注いでもらったエールをグビグビと飲み干して、ダンとジョッキをテーブルに叩くように置いて怒鳴る。

 周囲の人たちが何事かとさっきからこちらを見る。

 あの、リズベルさん……本当に目立つのでやめてください。

 話す場所選び間違えたな……。


「アナタ本当に大変だったね」

「いや、多分僕も悪かったし……」

「はぁ?」


 僕の返答に彼女は拍子抜けしたような声を出す。


「……そこで、なんでアンタが悪いになるの?」


 スン、と温度が下がったようにリズベルさんは僕をジロリと睨み付ける。

 そんな彼女の眼差しに僕は猫に睨まれた鼠のように動けなくなる。


「多分って何? あんたは完全な被害者でしょ!」


 ダンと手で机を叩く。

 従業員の娘さんに睨まれ、僕が頭を下げる。

 すると、リズベルは僕の両頬を掴んで、自分の向きに修正する。


「私もそのジャックっていう元仲間が怪しいと思うわ。てか絶対そうよ。他人のスキルを奪うスキルやマジックアイテムが稀に存在するっておじいちゃんから昔聞いてたもの」


 それが本当だとすると、僕はジャックに裏切られたのか。酷い話だ。

 しかし被害者か。

 力を失ったショックとこれからどうすればいいのかという狼狽えから、今まで自覚してこなかったな。

 でも、ジャックを恨むのは勇者として相応しい思考ではないと思う。

 こんな状況になってしまったのは僕の不徳なのではないだろうか。そう考えると、やはり全ての原因は僕に……痛い!


 リズベルさんは両頬を抓り上げて、僕はたまらず悲鳴を上げる。


「アンタ、また自分のとこ悪く思ってるんでしょ?」

「べ、別に……」


 何でわかったのだろう。

 親父さんといい、僕の周りには人の心を読むスキル持ちが多すぎるだろう。


「アンタがわかりやすすぎるだけだっつうの。ぶっちゃけポ-カーの格好のカモなんですけど? あーあ、あなた見てるとイライラするわー。どんだけ自己肯定力がないわけ? こんなのが勇者とか幻滅だわー」

「す、すいません……」


 好き勝手に言われてる挙句、勢いに押されて謝ってしまった。

 なんで年下の彼女にここまで言われなきゃいけないのだろう。確かに不甲斐ないとは自分でも思っていた。でも、こうして目の前で誰かに言われるとダメージが違う。


「こんなのを頼りにしてたパーティの人たちも気の毒だわー。いや、人を見る目がないって意味なら自業自得なのかな?」


 なんで、そこで他の皆まで悪く言われなきゃいけないんだよ。


「意思もない。気概もない。やる気もない。ないない尽くしの抜け殻野郎。それが今のアンタ!」


 ムカムカと僕の中に黒い感情が生まれていく。


「……さい」

「は?」

「うるさいって言ってるんだ! さっきからベラベラと偉そうに!」

 

 気付けば、叫んでしまっていた。

 今度は僕が机を叩く。


「君みたいなイキリ田舎娘に何がわかる! 勇者である僕にとっては魔王の討伐は全て……アイデンティティだったんだ。それがあっという間に奪われた! 想像できるか? 選ばれた時から使命だと教えられて、自身もそれに向けて全てを捧げてきたものが一気に無くなったんだ。その喪失感と絶望が君なんかにわかってたまるか!」


 今まで溜め込んでいた鬱憤をひたすらにぶちまける。自分でも驚くくらい口から零れ出てきた。


「だからそこであっさり引き下がるのがダメなんでしょ! もう少し頑張ってみようと思わなかったわけ? このヘタレ!」

「ヘタレ⁉ だいたい、そっちが勝手に憧れてただけだろ、このミーハーが!」

「ミーハーじゃありませんー! 子供の頃からファンだった筋金入りですー! それももう卒業だけどね!」

「なにをこのチンチクリン!」

「モヤシ!」


 後半は何を言っていたのか、ひたすらに感情のまま喚き散らしていたせいで、よく覚えていない。

 ちなみに最後は、ただの罵り合いになっており、最終的に酒場のオバちゃんに僕らは一緒に喧嘩両成敗の拳骨を受けて、二人一緒に床にのたうち回る。


 やがて、僕らは起きると、オバちゃんに酔い覚ましの水をもらいながら、気を落ち着かせる。


 面白そうに見物していた他の席の人たちは既に再び酒を飲み始めている。どうやら酒の席の世迷言と処理してくれたようだ。


 やがて僕は大きく息を吐く。


「……そんで、どう? 少しはスッキリした?」


 リズベル(さん付けはもうやめる)がこちらの様子を伺ってくる。

 もしかして彼女はこれを狙って煽っていたのだろうか?

 いや、たぶん違うな。

 明らかに酔ってたし、あとおばちゃんの拳骨のダメージが残ってるのか、まだ涙目だし。


「……でも、ありがとう……痛っ!」


 礼を言ったら、今度は脛を蹴られた。


 この子、手癖も足癖も悪すぎる。

 このままじゃ僕の身が保たない。

 頑張って抗議の目を向けてみるも、当の彼女はそれ以上に鋭い目でジロリと睨み返された。

 うう。全然勝てる気がしない。

 正直、このまま逃げてしまいたい気持ちに駆られる。


「結局の所さ。あんたはどうしたいの?」


 すると、また彼女から問いかけられる。

 今度はさっきまでの理不尽な怒りや癇癪は感じられない。純粋な疑問が込められた問いだ。


「……どういうことだい?」

「持っていたモノ全部奪われて悔しくないのかって聞いてんの」


 彼女の言葉に心臓をわし掴みにされた気分になる。


「仕方ないんじゃないかな……」


 実際、ジャックの噂はここからでも聞こえてくる。

 本当に僕らの力を全て持って行ったのなら、いずれ魔王にも届くだろう。


「また嘘だね」


 バッサリと断じられた。


「勇者としての使命とか、そういう取り繕った言い訳は聞きたくない。私はアンタの本音が聞きたいの!」


 両頬を掴んでいた手は肩に置かれて、彼女はもう一度問いただしてくる。


「もう一回聞くよ! アンタはどうしたいの?」


 その言葉に感情を揺さぶられた僕は嘘をつくことができなくなっていた。


「悔しいよ……」


 そんな彼女にポツリポツリと口が自然に動いてしまう。


「悔しいに決まってるだろう! いきなり今まで鍛えたモノ全部奪われて、罪人扱いされて! 納得できるかよ! ジャックの奴だって見返してやりたいよ!」


 何が真の勇者だ!

 どいつもこいつも手の平を返して。

 僕がどれだけ努力してきたのかも知らないで。

 あんな連中全員、魔王軍にギタギタにされればいいんだ!

 もしも、また手の平を返して助けてくれって言ってきたらその時こそ、その手を払ってやりたい。


 今度はリズベルではなく、僕をここまで追い立てたもの全てに対して本音をぶちまける。


 はは。

 僕は本当に勇者失格だな。


 だっていうのに、リズベルは楽しそうな笑みを僕に向けている。

 なんでそんなに楽しそうなんだよ。


「それが一番聞きたかったのよ。よしよしわかった。リズベルお姉さんに任せなさい。それじゃあ、私がおじいちゃんの所へ案内してあげる」


 しかも、こっちの事情もロクに聞かずに勝手に話を進めてくる。

 最初会った時から思ってたが、彼女はとても横暴だ。

 というか、おじいちゃんって誰だよ。


「おじいちゃんはお祖父ちゃんよ。昔は賢者って呼ばれてるすごい人だったんだから。きっとアナタが勇者の力を取り戻す方法も知ってるはずだよ」


 勝手に色々と知らないワードを入れるのは勘弁してもらいたい。

 とりあえず僕にもついていけるよう要所要所待ってくれてると助かるんですけど。

 いや、待ってくれ賢者?


「フフフ。そうよ。私の祖父は賢者アルファム。ウン十年前に先代魔王と戦った先代勇者パーティーの一人だったのだー!」


 彼女の言葉を理解するまで、僕はしばらくの間ポカンとしていた。

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