07話 魔王軍幹部の密議
場所は魔王城の一室。
黒を基調とした荘厳な雰囲気を放つ大広間。
そこは本来魔王軍の幹部が軍議に使う場所であるのだが、中心に設置された巨大な円卓に坐しているのは二人だけであった。
一人は長い銀髪を編み込んでシニョンにしたゴスロリ服の十代半ばの少女。
均整の取れた顔の造形と相まって、人形と見紛いそうな容姿だが、彼女はれっきとした人だ。
そんな彼女は大広間の中心に設置された大きな円卓のテーブルの上に広げられた世界地図の上にボードゲームの駒やお手製の人形・模型を置いたり、動かしたりしながら何やらブツブツと呟いている。
「ふむぅ。やっぱりこの国はスカかな。じゃあこっちの街道の方に設置したゴーレムに……あちゃ。帝国軍に壊されてる。仕方ない。南方に回してた死霊鴉を数匹回して……」
パッと見、子供がごっこ遊びに興じているとしか思えないその様子をもう片方の獣人の男……黒い軍服を着込んだ獅子の巨漢が静かに見守っている。
魔王軍の三つの軍団の内の二つ。
海幽艦群を指揮する邪霊提督メア。
陸獣大隊率いる獣鬼将校ガルドフ。
彼らこそが魔王軍最高幹部、三魔将の二人である。
「おやおや?」
やがてメアは怪訝な顔で地図のとある一か所を睨む。
そして間を置かず、その地点に置いてあった駒が音を立てて崩れた。
「あちゃぁー」
「どうした」
それを見ていたガルドフが問うてみると、彼女は困ったように笑った。
「いやぁ、例のバラまいていた骸骨の内の一体が誰かに壊されたみたいでさぁ」
「普通に人間の冒険者に討伐されたのではないか? 上級冒険者なら十分に倒せる程度の代物だろう?」
メアは魔王軍の中で不死者の軍勢を統率しているだけあって、闇属性の魔法……特に死霊術に精通している。
彼女は世界中に使い魔のお手製の骸骨の戦士や死霊鴉をバラまいて探索や陽動に使い、独自の情報網を形成しているのだ。
「まぁねぇ。今回潰されたのは一応人の気配が多い場所に勝手に引き寄せられて、その後は適当に暴れるだけ暴れて勝手に自壊する陽動役だったし。破壊されたこと自体は困ってないんだよね。……でもさ、その骸骨クン……15号が消える直前に、ほんの僅かだけど光属性の反応があったんだよ」
「光属性だと?」
バツが悪そうに答えるメアにガルドフは少しだけ眉を顰める。
光属性の適性を持つ者はまれだ。発現した者は早くにバンショウ教の教会に伝えられ、すぐさま使者を送られることになる。
そうやって彼らは高位の教会関係者……僧兵やシスターとして召し抱えられ、やがて素質次第では聖女もしくは次の教皇候補にされるのだ。
だが、反応が示した場所は国同士の交易がある場所とはいえ、もっと盛んな場所はいくつもあり、戦略的な意味ではそれほど重要な拠点ではない。また、メアの情報が正しければ、教会関係の重要施設はなかったはずだ。
だが、魔王軍にとっては反応が消えた場所は彼らが探しているモノ……もしくはそれを所有しているのではないのかとされる人物が潜伏している候補に挙がっていた場所だった。
「人間どもが我々の動きに気付いたと?」
「いや、まだそこまでわからないよ。覚醒したばかりの光属性持ちの仕業かもしれないし。でも油断はできないかもね」
メアの表情も僅かばかりに険しくガルドフも苦々しげに呻く。
「万が一、教会と繋がっていたら厄介だな。ならば次はどうする。我はこれから本隊と共に前線に赴き、人類軍と一戦交えねばならぬ。これ以上の戦力は割けぬぞ?」
現在の戦況は魔王軍にとっても芳しくない。
以前の戦いで人類側の主力として暴れた勇者、その勇者が自分らの本拠を探す旅の途中で、消息を絶ったという情報を聞いて、今こそは反撃の時とやや勇み足に再び侵攻を始めたものの、新しい勇者がすぐに現れてしまったのだ。
「ただでさえ新しい勇者の打開策も見つからぬというのに」
この情報を受けた時、メアは軍備を万全に整えたうえで再戦を仕掛けるべきと反対した。
だが、前の勇者の行方不明の報と共に、また例のバンショウ教の連中も不穏な動きを見せているとの報を受けて、このままでは後手に回るとガルドフは彼女の反対を押し切った。
(奪われた故郷の大地や奴隷として攫われていった同胞たちを奪い返そうと、我も知らず知らずに焦っていたな……)
それこそが間違いだった。
結局、前線を任せた軍はすぐに現れた新しい勇者に半壊させられ、指揮を任せた有能な部下たちがことごとく命を落とす事態となった。
しかもこの勇者、以前の勇者と比べても個の戦闘力はるかに高く、さらに性格も好戦的だ。彼は人類軍を率いて、そのままこの魔領へと進軍を開始した。
被害の規模は以前と比べても格段に上がっている。
全ては己に責任がある。
「別にそこまで気にしなくてもいいんじゃない? 奴等が進行してる場所の近くの領民の避難は完了してるし、しばらくしたらこのなにもない天険の土地に音を上げて引き返すと思うよ? それに、先の侵攻もなんだかんだで一転攻勢しかけようとしてたオメガニオ帝国やバンショウ教へのいい牽制になったと思うし、なによりこっちの本命の目を逸らす役にも立ったよ」
そう言って、駒を弄ぶメアにガルドフは苦笑で返す。
「フッ。慰めのつもりか?」
「いつまでも引き摺ってないで、前を見ろってことだよ」
幸いにその勇者。一月前に撤退していた軍に単身突撃して、深く切り込んできたものの。
殿を務めていた衛士たちが全力を持って撃退。どうにか追い返してみせた。
刃を交えた彼ら曰く、力こそ強大だが、その力を完全に扱いきれておらず、まるで猪武者とのことだ。
「それならば我にもつけ入る隙はあるやもしれぬ……」
ならば彼女の言う通り、いまさら悔いても仕方がないだろう。
これ以上、彼ら人類軍の進撃を許せば自分たちとは無関係の辺境の部族や獣人の集落にまで害が及ぶだろう。せめて己の失態の尻拭いはしなければ。
今は人類軍を押しとどめて、膠着状態に持っていかねばならない。
「とにかく今の軍から誰かを見繕うには相応の時間が必要だ」
「いや、そっちから借りる気はないよ。戦力ならとびきりのが残っているからね」
「……禍憑きの獣か? 魔王陛下のお言葉ならともかくヤツがまともに我らの言う事を聞くとは思えぬ」
ガルドフは度重なる暴走の咎により城の奥深くに幽閉されている魔獣の事を思い浮かべた。
「いやいや、あの聞かん坊の方じゃなく、我らが飛竜戦姫……ヴェロニカに任せればいいじゃない。そろそろ復帰できる頃合いでしょ?」
「馬鹿な。それこそ論外だ」
ガルドフはメアの提案を一蹴する。
三魔将最後の一人にして空竜騎衆の長。
こと戦闘においては自分やメアをも超える紛れもなく魔王軍最強。
確かに戦力としては申し分ない。それどころか過剰とすらいえるだろう。
だが、前の勇者パーティ、さらには帝国の騎士団たちと度重なる死闘を繰り広げた末に重傷を負った彼女は、故郷である竜の隠れ里で一年近く療養をしていた。
ようやくその傷も癒えてきたばかりの彼女を今またすぐに。しかもこんな使い走りに送り込もうというのか。
「これから戦争が激化する、彼女にはまだゆっくりと休息をとってもらわねばならぬのだ。今無理をさせてどうする」
「本人は『これ以上は体が鈍る』って愚痴ってたけどもね。なに、少し様子を見にいってもらうだけさ。ウォーミングアップってやつだよ。それに彼女の機動力くらいなんだよ、単騎ですぐさまこの場所まですっ飛んでいけるのは。なにより……」
同僚であり、戦友でもある竜人の戦姫の姿を思い浮かべながら、メアはいささか苦みが混じった笑みを浮かべる。
「彼女だって勇者の他に強い奴がいるかもしれないって教えれば、わりと乗り気になると思うよ」
「むう……」
駒が崩れた場所に、いつの間にか手元にあった竜の模型を置き直すメア。
ガルドフはもはや何も言わない。
彼女の言う通り、強い奴がいる、と聞けばあの戦闘狂の小娘が喜び勇んで行くのは想像に難くない。むしろ黙っていると、後から『そんな猛者がいるとどうしてもっと早く教えてくれなかった』と絡まれかねない。
なんにせよ、こちらの作戦はメアに一任されている。これ以上自分が口を挟むのは筋違いだろう。
「急げよ。陛下のお身体のこともある。事態は一刻を争う」
「わかっているよ。あの忌々しい狂信者共もそろそろ動き出す頃合いだろうしね。早く“道”を見つけなければ」
その言葉を最後に二人は各々の役割を果たすため席を立つ。
全ては勝利のために。




