06話 VS骸骨の戦士
普通、スケルトンを始めとしたアンデッド系の魔物は戦場の怨念・瘴気を溜め込んだ死骸が残留思念に突き動かされることで、ひとりでに動き出す。
闇属性の魔法使いによる隷属魔法で人為的に生み出されたり、魔法使い当人の闇属性の魔力が強すぎて、肉体が変質してしまうといった例を除けば、ほとんどのアンデッド系はそうやって生まれる。
だが、目の前に現れた骸骨の戦士はあきらかにそれらとは一線を画しているとわかった。
二メートルを超す長身に着込んだ黒鉄の鎧は手入れがされており、装備した戦斧も同様だ。
虚ろな眼窩から覗く不気味な赤い光は新しい獲物を探すように蠢く。
ただのアンデッドじゃない。闇魔導士……そうとうの上位の術者が使役するような上級モンスターだ。
そして、ついに蠢いていた赤い眼光がこちらを捉えた。
「ひっ……」
僕らの中の誰かが恐怖に呻いた。
僕らはまとめて蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるが、それは向こうも同じで微動だにしない。
長いようで短い静寂が支配する。
ギギ……。ガチャン。ガチャン。
やがて、スケルトンは別の方向へ向き直り、体中から不気味な駆動音を響かせながら、そちらへ向かってゆっくりと歩き出す。
「助かった……のか?」
「いや、これはこれでまずいぞ」
安堵もつかの間、スケルトンが自分たちが住んでいる街の方角へ向かっているのを知って、僕らは血相を変える。
ゆっくりとだが確実に踏みしめる骸骨剣士。
この歩行スピードだと、あと数時間であの街に到達してしまうだろう。
その時、街にどんな被害がもたらされるのか、想像するだに恐ろしい。
「おい。お前は一足早く町の連中にこの事を伝えろ! 俺たちはできる限り時間を稼ぐ」
「わ、わかった」
すぐさまリーダーはシーフの人と罠師の人に指示を下して送り出す。
そして、その場で一息吸って深呼吸すると、気持ちを切り替えるようにこちらへ向き直る。
「俺たちはここであの化け物を足止めするぞ! いいか。倒そうなんて無茶はするな。足止めでいいんだ!」
「「おう!」」
彼の言葉を受けて、冒険者たちは一気に動き出す。
もちろん僕もそれに続く。あの街には親父さん以外にも世話になったり、顔見知りの人がたくさんいる。見捨てる事なんてできない。
数刻。
骸骨兵は変わらず街に進んでいた。
街はすぐ目の前、侵入するまで幾ばくも無い。
だが、準備を整えた僕らは直進する骸骨兵に攻撃を開始する。
「喰らえ骨野郎!」
まず、魔法使いやライムといった援護組が、遠くから弓矢と炎魔法を撃ちだす。
だが、まったく効果はないようだ。
「煙幕だ。煙幕を張れ!」
次に大量の煙が辺り一面に舞う。
アンデッドは本来生者の魂の気配を感じ取ることができるが、その煙幕玉は聖灰を混ぜ込んでおり、アンデッドにも目くらましとして有効な代物だ。
ようやく骸骨兵の歩みは僅かに鈍る。
「今だぁ!」
次の瞬間、縄に引っ掛かった骸骨兵が派手にスッ転んだ。
骸骨兵の足元には水魔法で張った水たまりができており、そこにさらに氷魔法で冷却する。
その巨躯の半身は氷に埋もれて動けなくなった。
「よおし!」
皆でガッツポーズをとる。
「こんなガキのイタズラみたいなものでも上手くいくもんだなぁ」
顎髭の人が苦笑交じりに呟く。
だが、一息ついたのも、一瞬だった。
バキバキと氷を砕きながら、ゆっくりと身体を起こしたスケルトン。
「街の方の進捗は?」
「避難はだいたい完了してる。教会からの増援は……まだかかるな」
「チッ。せめて、もう少しゆっくりしていって欲しかったぜ」
会話が途中で止まる。
骸骨兵の視線がついにこちらへと向いたのだ。
ついにアチラもこっちを排除すべき外敵と判断したらしい。
ここからが本番だ。
「くるぞ。臨戦態勢!」
手に持った己の背丈ほどもある戦斧を一振り。ビョウと空気が震える。
構えを取る。
次の瞬間、骸骨兵が走り出す。先程とは違う猛牛の突進とも呼べる走りだった。
「――!」
横薙ぎからの鋭い一撃。
巨漢の人が大盾でそれを正面から受ける。
「ぐぁ!」
「がはぁ」
それでも勢いと衝撃は止まらない。
骸骨戦士のタックルを受けた大盾はたやすく砕かれる。
さらに追撃とばかりに振るわれる戦斧の一撃で、巨漢の人は後ろにいた冒険者たちは共々吹き飛ばされた。
「危ない!」
僕は飛び出して、飛ばされてきた巨漢さんを受け止める。だが、勢いは止まらずそのまま後ろの大樹に一緒に叩きつけられた。
僕は咳き込みつつも、巨漢さんの安否を確認する。
ぐったりと動かないが、息はあるようだ。よかった。
「野郎! よくもビルを!」
「くたばれぇ!」
一方で、打ち上げた骸骨騎士のその隙を逃がさないと、リーダーや顎髭さんや魔法に覚えのある者らが弓をつがえたり、魔法を撃ち出そうとする。
その直前、骸骨兵はゆっくりと戦斧の長柄の突の部分を地面に向けて刺そうとする。
僕はそれを知っていた。
「いけない! みんな早く退避を……!」
「「ああああああああああ!」」
僕が言葉を言い終える前に、大地に雷光が走って冒険者たちを襲う。
やがて光が収まると、骸骨兵の周囲にいた冒険者たちは痙攣しながら、倒れていた。
無事だったのは、攻撃の瞬間、意図を察して木々に駆け登った僕と、さらに遠くに距離をとっていたリズベルを含めた数人だった。
あの戦斧はマジックアイテム……風もとい雷の魔法が放たれる仕組みになっているのだろう。
そして、さっきのは魔法攻撃には見覚えがあった。
確か先の戦争で魔王軍が操っていたアンデッドに似たような魔法攻撃を使用してきた個体がいた。
じゃあアレはやはり魔王軍なのだろうか?
いや、考えるのは後だ。
経過した時間的に救援も避難も間に合いそうにない。
どころか、骸骨兵の目的もいまだ不明瞭。
「アンタどうするんだ」
「僕が時間を稼ぎます。そっちは倒れてる人たちをお願いします」
できる、できないじゃない。やるしかないのだ。
ガンズは剣と盾の扱い方を忘れた、アンジュは半分以上の魔力と上級から上の魔法術式、シスカは女神の加護と回復魔法のほとんど。
そして、僕は勇者のスキルもステータスも全て失った。
だが、さっきの戦いで分かった事だが、一方で僕は剣技自体は扱えるし、一割にも満たない僅か程度だが光属性の魔力を操ることもできるようだ。
僕はゆっくりと巨大な骸骨の戦士へと近付いていく。
一歩。一歩。あと一歩。
間合いに入った瞬間、骸骨兵は真っ二つにする勢いで、縦に斧を振り下ろしてきた。
僕はそれをすんでの所でかわす。
服の端を僅かにかすめて、思わず身震いする。
今度は真逆からの石突きの部分による薙ぎ。今度はそれを姿勢を大きく低くしてかわす。
少しづつ移動する。
……よし。ちゃんとついてきてる。
僕は骸骨兵共々負傷した冒険者の皆から距離を取れている事を確認する。
そこは子供がよく遊び場に使う原っぱだ。
――ここなら思い切りやれる!
そのまま懐に入り込んだ僕は鋼の剣で頸椎の部分を突き上げる。
だが、骸骨兵はガギンと上顎と下顎の歯で受け止める。そのまま顎の力だけで、剣の柄を握ったままの僕は持ち上げられ、振り回される。
予想は十分できていた。僕はあっさりとそれを手放し回避する。
振り落とされた際に、体を地面に打ち付けるが、特に動きに支障はない。他の皆に比べればどうということはないだろう。
「――ッ!」
爆炎が巻き起こる。
距離をとったところで骸骨兵は大爆発を起こしたのだ。
僕は懐に入った際に、その骨の身体と鎧の隙間に火の魔力を秘めた魔石をいくつか放り込んでおいたのだ。
僕は爆風にさらされ、さらに遠くに転げ回って背中を樹木に叩きつけられる。
「やったか……?」
さすがにただではすまないだろう、と思っていたが、爆煙の奥から足音が聞こえる。
それでもスケルトンは稼働していたのだ。
鎧は砕け、片腕は吹き飛び、顔も半分無くしていた。
それでも赤い眼光は真っ直ぐにこちらを見据えていた。
無事な方の腕には変わらず戦斧が握られている。一方でこちらは全て手ぶらだ。
……まずいぞ。
「お兄さん、コレ使って!」
リズベルが自身の装備の剣を投げてよこしたのだ。
ありがたい。
僕は痛む体を押して、構えを取る。
これが最後の戦いだ。
そう思った瞬間、僕の脳裏に浮かぶのは戦争と旅の記憶だった。
何度も死線を潜り抜けた。何度も駄目だと思った。
それに比べればこの程度の死など普通だ。
気付いたら、ほとんど骸骨兵の力任せの一撃を僕は今度は受け流すようにいなしていた。
目の前の躯の顔が驚愕に震えていたのは気のせいだったのだろうか。
自身の身体に残っていた残り滓ともいうべき光の魔力を鋼の剣に集中させる。
「ブレイブスラッシュ!」
思わず叫んでしまったが、実際は違う。今となってはなけなしの光の魔力を込めた剣を勢いよく振り下ろしただけだ。
当時は魔王軍の兵士を数十人単位で吹き飛ばしたその一太刀は、目の前の骸骨の戦士を真っ二つにはできない程衰えていた。
せいぜいが肩から胸の半分くらいだ。
生者にとっては致命傷ではあっても、不死である骸骨戦士にはまだまだ行動可能なダメージ。
「まだだぁ!」
突き刺さったままの骸骨にもう残り滓ともいうべき、光の魔力を鋼の剣込める。
それだけで怨念と瘴気、そして闇の魔力により突き動かされる。不死の戦士には効果覿面であろう。
そうして骸骨兵は完全に稼働を停止した。
膝をついた僕は既に精魂尽きかけている身体を振るい起こして、再び虚勢を張る。
……やがて骸骨兵はその体を崩れ落ち始める。
「ハァハァ……」
ちゃんと攻撃として使えるかはイチかバチかだったが、上手くいったようだ。
本当に以前の自分と比べたら、情けない限りだ。
だが、それでも目の前の敵を倒せた。
この街を守ることができた。
今はそれだけで嬉しかった。
「それ……光の魔力だよね?」
そこへ、ポツリと後ろから声が投げかけられる。
振り返ると、リズベルがポカンとした表情で立っていた。
「間違いないよ、本で見たもん。聖女様とか……勇者様とかしか選ばれた人しか使えない属性なんでしょ? それに今の恥ずかしい名前の技」
やはり見られてしまったのか。……って、え、恥ずかしい名前⁉
「勇者様……?」
呟いた彼女の言葉に僕は何も答えられないまま、立ち尽くしていた。