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05話 冒険者体験

「ギヒヒィィイイイ!」


「うわぁ本当に多いなコイツら。いつの間にこんなに沸いてやがったんだ!」

「おい。何匹か上位種が混じってるぞ。気をつけろ!」

「わかってらぁ!」


 冒険者の一人が草原で怒号が響かせる、十人もの冒険者がそれに応える。

 一方で彼らを迎え撃とうと、二十匹ものゴブリンの群れが棍棒や朽ちた剣を振り回し突進してくる。


 武器が打ち合い、怒号が響く中、それを見守っていた僕を含む冒険者数名が頷いて、草原の先の森の奥深くに潜入する。


 やがて小さな洞穴を見つけた。


 入り口には何匹もの魔物の腹が裂けた死体が転がっていた。……おそらくはアレを使って増えたのだろう。

 ゴブリンは仕組みはわからないが、人間は勿論、他の魔物のメスの胎を使って繁殖することができる。

 おまけに悪意と欲望は人一倍強い。

 それゆえか、ゴブリンは他の魔物からも蛇蝎の如く嫌われていたりする。


 洞窟の入ると、数匹のゴブリンが待ち構えていた。

 手にいっぱいの干し肉や武器を持っている個体も見るに、逃げようとしていたのかもしれない。

 なんにせよ。ここで逃がすわけにはいかない。


「みんな行くぞ!」

「おう!」


 僕らは武器を構えて突撃する。

 所詮はゴブリンだ。油断は禁物だが、充分に対処ができる。

 しばらくして、戦いを終える。


「これで全部か?」

「……いえ、まだいます」


 冒険者の誰かが一息つくが、奥からただならぬ気配を感じた僕は注意を呼び掛ける。


「ギュルルルル!」


 すると咆哮と共に凄まじい火柱が横薙ぎに僕らを襲った。


「うわぁ!」


 すんでの所で僕らはそれをかわす。……危ないところだった。

 炎が飛んできた奥から現れたのは一匹のゴブリンだ。だが、さらにその奥……そのゴブリンが鎖を手に引っ張りながら、何かを連れ出してきた。

 鎖の先にいたのは牛ほどもある斑模様の赤い大トカゲ……サラマンダーだ。


「ギイイイィ!」

「ギュルルルァ!」


 後ろの方にいるもう一匹のゴブリンが合図とばかりに錆びた短剣でサラマンダーの背中を刺す。

 サラマンダーは悲鳴を上げるように大口を開けて火炎を吐き出す。


「チッ! 一旦、後方に下がるぞ。ここじゃ狭くて的になる!」


「ギュルルルルゥ!」

 

 冒険者の中の誰かが言った言葉に、僕らは無言で同意して踵を返す。

 それを逃がすか、と言わんばかりにサラマンダーが、後ろから追うように炎の弾を撃ちだす。


 殿を務める巨漢の冒険者の人はその炎弾の直撃を浴びる。


「熱ぅ……でも効かねぇ!」


 だが、心配はない。直撃を受けた彼はピンピンしている。


 サラマンダーの目撃情報は以前斥候に出たシーフからの情報で把握済みだった。

 だからこそライムが親父さんに火耐性の加工を施された鎧を注文していたのだ。


 後ろから襲い来る炎を巨漢さんが受け持ちながら、やがて僕らは洞窟の外まで戻ってくる。


「グギャ⁉」


 外は既にゴブリンの討伐が終わっており、待機していた彼らも陣形を整えていた。


 僕らを追って出てきたサラマンダーとゴブリンは遠くに待機していたリズベルさんが弓で狙い撃ちにされる。    

 鎖を引っ張っていたゴブリンは頭を射抜かれて、そのまま動かなくなる。

 それに併せて、僕はサラマンダーを拘束していた錆びだらけの鎖を腰に差していた手斧で断つ。


「ギュルルルルルゥ!」

「ギ、ギィイイイイ⁉」


 するとサラマンダーは即座に周囲のゴブリンを喰らい出す。


 今までコキ使われていた恨みを晴らすかの如くであった。やはり調教が済んでいなかったのだろう。

 ようやく自分たちの不利を悟ったゴブリンの何匹かは逃走を開始する。


「おい飛び入り、そっち行ったぜ!」

「はいっ!」


 巨漢と共に暴れ狂うサラマンダーに警戒していた顎髭の冒険者の人が飛び入り……僕の方に指示を飛ばす。

 僕は逃げ出そうとしていた二匹のうち一匹の首を斬り飛ばして、距離があったもう片方のゴブリンには短剣を投げつけ、頭部に命中させる。


 取りこぼしはないか、周囲を確認してみる。

 見ると、顎髭の人らがサラマンダーを討伐して勝鬨を上げていた。


 ……どうやらこれで全てのようだ。



◆□◆



「みんなご苦労さん。いやぁ早めに対応できてよかったよ。このまま放置してたら、数がさらに増えて厄介なことになってたからなぁ」


 今回の冒険者パーティでリーダーを務めていた顎髭の人が皆を労う。

 確かに彼の言う通りこのままだったら、街の娘まで攫われて群れの勢いが増し、辺境の冒険者では手に負えなくなっていた可能性も高い。


「アンタもご苦労さん、助かったよ」


「突然来てなんだコイツと思ったが、やるなアンちゃん」

「謙遜しやがって、意外と動けるじゃねえか! 今度俺と街の地下ダンジョンに潜ろうぜ!」

「すごいわねアナタ。その腕でどうして店番なんてやってたの?」


 顎髭の人を始めとしたリズベルさん含めた冒険者の人たちに持て囃されて、僕は返答に困る。

 まさか、前は勇者やってましたからなんて言えるわけがない。


 どちらにせよ、彼らの足を引っ張らないで良かった。けっこうやれるもんだな。


 思えばスキルやステータスを失くしたと言っても僕らの中でも個人差があった。

 アンジュは魔力が大幅に落ちて、高等呪文が使えなくなったが、基礎系統の呪文は残っていた。

 ガンズは守護方法を忘却してしまったが、体力とタフさはけっこう残っている。

 シスカも光属性の魔力はもちろん、低級の回復術は使えた。


 僕は勇者としての超人的なステータスとスキルをほとんど失ったが、反射神経や戦いの勘……のような体に刻まれた感覚、あとは基礎体力が残っているようだ。

 そのおかげで新人の冒険者よりもいくらかはマシに動けたらしい。


 そんなこちらの心境も知らずに、リズベルさんが僕の周りをピョコピョコと小動物のように回っている。


「いやー最初、この人本当に大丈夫かな、とか思ってゴメンなさい」

「ははは、君が疑うのも無理ないよ」

「でも、そんなに強いのになんでソロで生活してるの? パーティーとか入らないの?」

「……色々ありまして」

「? ……あ、みんな獲物捌いてる! ほらお兄さんも行かなきゃ取り分ボラれるわよ!」

 

 グイッと袖を引っ張られる。

 見ると、皆ゴブリンを討伐した証として、耳や指の部位、または良質な素材となるサラマンダーの解体作業に移っており、僕も解体用のナイフを渡される。


「なんだいアンちゃん、解体こういうのは初めてかい?」

「ええ、まぁ……」


 勇者として選ばれた時の頃、、何度か経験を積むためと言われて、魔物の討伐に同行したことはあったが、こういった作業はお付きの騎士様が勝手にやってくれていて、僕はそれを眺めているだけだった。

 旅をしていた頃も、ジャックやガンズがやってくれて、自分はそれを眺めているだけであった。


「あーダメだよアンちゃん、それじゃあ鱗が傷付いちまう。サラマンダーの鱗は高く売れるんだよ」

「す、すいません!」


 そういうわけで、隣のシーフさんからちょくちょく怒られながらも、僕は自分の取り分のサラマンダーの部位を捌き終えた。


 自分の知らない所で色んな人が頑張っている。

 つくづく自分は何も知らずに、言われるがまま勇者をやっていたんだと痛感する。

 ジャックはこんな僕に苛立ちを覚えていたのかもしれない。


「さっきから何を考えこんでるの?」


 気付けばリズベルさんがこちらの顔を覗き込んでいた。


「いやぁパーティーの仲間に愛想尽かされるのも当然だなって」


 結局、僕はできる限り差し障りの無い形で、今まであった事を話す。

 彼女は静かにそれを聞いている。


「ふうん。つまりパーティの仲間の一人と決別したら、一気に連携のバランスが崩れてパーティが自然崩壊しちゃったと」

「まぁそんな感じです」


 厳密には力をほとんど失って、ロクに戦えなくなってしまったりと、色々違うのだが、自分が元勇者と明かすわけにもいかないので、そういう事にしておいた。


「まぁ、よくあることよ。気にしない方がいいわ」


 よくあるんだ。


 なんでも彼女の話によると、若いパーティーが地味ながらもそのパーティーの要だったメンバーをリーダーがその働きを理解できず、役立たずと勘違いしたり、またはその才能をやっかんだりで追放したら、要を失ったパーティーがそのまま崩壊してしまう事例はたまにあるケースらしい。


 しかも、追い出されたメンバーは他にもっと待遇の良いパーティーで入っていたり、ソロで活躍して大成したりと戻ってきてほしくても後の祭り状態だとか。


「まぁそれでもまだマシな方で、追い出した人の中には自分のミスを認められずに、意固地になって無謀な依頼に挑んだり、自分で追い出したメンバーを勝手に逆恨みして襲って返り討ちにあったり、どんどん堕ちていく人もいるから、ラッシュさんはまだ取り返しがきくと思うわよ?」


 ポンポンと肩を叩くリズベルさん。

 な、なるほど。みんな色々あるようだ。


「まぁ、そんなわけだから、追い出したパーティーの人と再会できたら仲直りできるといいわね」


 さらにはフフン、とドヤ顔で語りかけてくる。

 残念だけど、僕の場合は仲直りできる段階はもう過ぎていると思う。それこそ『もう遅い』と門前払いを受けるか、その場で犯罪者として斬り殺されかねないだろう。


 ――ふと、もうここらが潮時なんじゃないかという考えが頭をよぎる。


 ここでこうやって魔物を退治していくのも、皆の生活を守る立派な仕事だ。なら魔王討伐はジャックに任せて、僕はここで静かに暮らすのも良いかもしれない。


 そこまで考えて、別れた仲間たちはどうするんだ、とかぶりを振る。

 彼らはまだ僕の帰りを持っていてくれてるというのに。


「僕はどうしたいんだろ……」

「何か言った?」


 こちらの顔を覗き込むリズベルさんに僕は『なんでもないよ』と誤魔化し顔をそむける。

 ジャックの事も憎み切れず、ガンズたちの期待も裏切る事ができない。

 未だに僕はどっちつかずの情けない男だ。


「おい見ろよ。新しい獲物だぜ」


 そうやって自己嫌悪で項垂れていたその時、シーフの人から声がかかった。


 草むらの茂みの向こうから大きな灰色の猪が顔を出していた。

 確かニードルボアといって毛皮が剣山のように鋭く硬いらしいが、武器や防具の素材にすればかなりの一級品になるとのことだ。

 連戦で相手取るには厄介な相手だが、今のこの面子なら決して勝てない相手ではない。

 緊張と共に全員が武器を構える。


 ……だが、当のニードルボアの様子はおかしかった。

 よく見ると傷だらけで足取りはフラついており、目もどこか虚ろだ。


 やがてその猪は背中からブシャと血を撒いて倒れる。


「……え?」


 そして、後ろの方からのそりと重厚な鎧を装備した巨大な骸骨が現れた。

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