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04話 どこにでもいる店番です

 僕……ラッシュがパーティと別れて半年が経過した。


「ヘイ、イラッシャイ。安いよー。頑丈だよー。よく斬れるよー。見て行ってー」

「……おまえ、もう少し愛想よくできんのか?」


 武器屋のカウンターで、ぎこちない対応をする僕にドワーフの親父さんが呆れたようにダメ出しする。


「お前さん、勇者やってただけあって、せっかく顔はいいのになぁ……。少し微笑みゃいくらでも女が寄ってくるじゃろうに」

「勇者は関係ないんじゃ……こ、こうですか?」

「いや、両頬引っ張って無理やり笑顔作らんでいいぞ。怖いわ」


よっぽどアレなスマイルだったのか。ドン引きしている親父さん。

僕は返す言葉も見つからず、椅子に腰を下ろす。


 ここはファルノア王国とオメガニオ帝国の境に立つ交易都市の武器屋だ。

 現在、僕はここで住み込みで働かせてもらっている。


 王国のお尋ね者となりパーティーと別れたあの後、約一か月ぐらいの間、僕は国内で追いかけてきた騎士や衛兵を散々に引っ掻き回した。やがて、ギルド施設の掲示板でパーティの皆が残した目印で無事国外へ逃亡したと知ると、僕も王国を抜けた。


 それから、密偵や刺客の目をごまかすため、さらに二か月ぐらい色んな国や地方を転々としてきた。

 幸運なことに、騎士団長の言う通り追手はかけられたものの、さすがに国外まで執拗に追いかけるつもりはなかったらしく、追跡はすぐに打ち切られたらしい。

 だが、その頃には僕も路銀と食料が尽きてしまっており、それでも何日も飲まず食わずで歩き続けたのだが、度重なる疲労により行き倒れてしまった。


 もはやここまでか、そう覚悟した時。

 

「なんじゃい。お前勇者殿か? 久しぶりじゃないか! ……ってなんで生き倒れとるんじゃ?」


 こうして親父さんに拾ってもらったのだ。

 元々、この親父さんは以前、店を開くための資金稼ぎといって冒険者をやっており、僕が勇者として参加した先の戦争でも傭兵として参加してくれて、共に戦った戦友でもある。


 まさに奇跡的な再会だった。

 僕は久しぶりに会えた知人にすっかり気が緩み、その勢いで今まであった事を洗いざらいぶちまけた。


「ふうむ。面倒なことになっとるなぁ! よし、ウチで住み込みで働け!」

「えっ? ちょ……さすがにそれは……うわぁ!」

「なぁに。気にすんな気にすんな! あの戦争でワシもお前さんらには何度も救われた一人だからな! 住む家ぐらい見繕ってやるわい!」


 そのまま僕は山賊にさらわれる婦女子のように親父さんに店まで担がれていった。

 これが僕がこの店で働く事になった経緯である。


 まあ、多少強引ではあったが、親父さんにはここに置いてくれているのだから感謝している。……それでも僕は国に追われている身だ。

 立場を考えれば、迷惑をかける前に早くここを出るべきなのだが、どこへ行けばいいのかあてもないため、しばらくはここで潜伏生活を送るという結論に戻ってしまう。

 ほとほと自分の不甲斐なさに嫌気がさす。


 ――勇者っていう看板がないと僕はこんなにも無能なのか。


 そんな事を考えていると、後ろからパコンと親父さんに頭を叩かれる。


「客商売でそんな辛気臭い顔をしてどうする。また余計な事を考えとるな? ま、察しはつくがの」


 親父さんは面白くなさそうに鼻を鳴らす。


「しかしジャックの奴がのう。ふん、アイツが勇者なんぞ悪い冗談じゃわい。そもそもワシはアイツが最初に会った時から気に喰わんかったんじゃ!」


 その時のことを思い出すように親父さんの顔にどんどん不機嫌の色が濃くなる。


「嫌味な雰囲気を醸し出しておったし、こちらが武器の扱い方を教えようとすると、小馬鹿にしたような顔して鼻で笑いおった。いつか痛い目を見ると忠告しても聞く耳を持ちゃあせん」


 そういえば顔を突き合わせるごとにいつも揉めてたっけな。

 思い出しながら、段々と顔を真っ赤にして憤慨する親父さん。

 だけど、親父さんの言葉はどこかそんなジャックの危うさを心配してる風にも聞こえた。本当に根は良い人なのだ。


 

「あのう……すいません。この前注文した剣盾一式を受け取りに来たんですけども」


 

 そんな話していると、カウンターからお客さんが入ってきた。


 着込んだ防具や装備を見るに、おそらく冒険者だ。

 といっても十代後半……僕よりも一つか二つ下ぐらいの小柄な女の子。

 クセッ毛のある薄みがかった桃色のショートヘアの下から見えるその可愛らしい顔立ちを見ると、鎧よりも給仕服を着て食堂の看板娘をやったほうがいいような印象を与える。


「ああ、リズベルか。例の火の耐性付加なら、もう済んどるよ。ところで本気でお前さんもゴブリン退治に参加する気か?」

「ええまぁ。今はどこも人手不足だし、誰かがやらないとね」


 親父さんとリズベルと呼ばれた女の子の会話を聞いて、そういえば西の森にゴブリンの群れが出現したっていうギルドで討伐依頼が出たっという話を思い出した。


 小規模らしいけど、油断は禁物だろう。


 ゴブリンは確かに弱いけど、数が多いし悪知恵も働く。一匹でも取り逃したら、またその一匹が新しい群れを作って二次被害を出すと後々厄介だ。下手をすれば村一つ滅ぶ。


 そういう意味では並の冒険者が数人いても足りない。


 上位種がいた場合も考えれば、高ランクの冒険者も控えとしてついてきてくれればいいのだが、魔王軍との戦争が再び始まり、各地で小規模の魔物の被害が相次いでいるため、この街の腕利きも軒並みそちらに駆り出されているらしい。


「でも、そうかな。確かにまだ人手は欲しいかも……」


 当の彼女もそう思っていたのか、悩まし気にひとりごちる。

 そんな彼女を見て、ピーンと親父さんが何かに閃いたような顔をする。


「よし。じゃあ道案内としてコイツも連れて行けばええ」


 突然そう言って、いきなりこっちを指さす親父さん。え……僕?


「そこの人が?」

「あぁ、それなりに腕が立つぞ」


 そこで、ようやく僕は理解が脳に追いつく。


 ……いやいや多少どころか腕なんて立たないよ。

 そもそも、確かに冒険者の戸籍は残っているけど、一応僕お尋ね者なんですけど!


 こっちの言いたい事を察したのか、親父さんは小声でこっちに囁いてくる。


「なーに。ライセンスなんて、ほとんどの支部じゃ冒険者かどうか見るだけじゃ。いちいちソイツが本人か、どこの誰かなんてよっぽどデカいギルド組合じゃなきゃ確認せんわい」


 そういう問題じゃない気がするんですけど……。

 ほら向こうの人……リズベルさんもすごく困った顔しているし。


「ええと、それならいっそ店長さんが来ていただけたら、と。現役時代はかなり強かったんでしょ?」

「ワシはもう引退しとる。これぐらいお前さんら若いもんで対処してみせい」

「うーん。でもお兄さんちょっと頼りなさそう」


 ジロジロと見ながら、遂にぶっちゃけられた。だが、返す言葉もない。

 今の自分は勇者としての力はほとんど奪われているのだ。魔王軍の精鋭は勿論、低級の魔物にだって勝てるかどうかわからない。おそらく彼女らの力にはなれないだろう。


 そしたら親父さんの瞳がギラリと剣呑に光る。……猛烈に嫌な予感がする。


「ほう。ではコレならどうだ?」

「へ? ……ふわぁ!」


 親父さんはこちらに向けて、短剣を投げつけてきたのだ。


 僕は慌てて、それを……ナイフの柄の部分を上手く受け止めた。


 危なっ! 

 受け止められなかったら、どうするつもりだったんだ!

 

 僕が非難の視線を送ると、「お前ならやってのけると信じとったぞ」とウィンクされた。気色悪いし、無駄に腹立つだけなのでやめてもらいたい。


「な? お前さんはそこまで弱くなっとらん。……とまぁ見ての通りじゃ、リズベル。コイツはこれぐらいの不意打ちを受けれる程度には腕が立つ。もちろん人柄も保証しよう。どうだ?」

「え、あ、はい……」


 ほら、リズベルさんも親父さんの蛮行に驚いて、パクパクと口を開いたまんまだ。

 だが、当の親父さんはそんなドン引きしてる彼女にダメ押しの一言を口にする。


「今なら今回の火属性の付加代金まけてやるぞい」

「……え? マジですか? やったー! 連れてきます連れてっちゃう! そこのアナタよろしくね!」


 その言葉に一瞬で正気に戻って、……それどころかこっちに来て、ブンブンと握手しながら、一転してフレンドリーに接してくるリズベルさん。

 この子もこの子でけっこうアレのようだ。


 というか、さっきから完全に僕の意志が無視されているな。

 既にこっちに拒否権はないらしいし、これでは今更僕が何か言っても無駄だろう。


 ……そういうわけで、僕はゴブリン退治に参加することになった。

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