03話 追放されたけど、パーティーから奪った力で無双します!
大地生きる人々は闇の底より生まれる魔王に脅かされる時、光より現れし勇者が討伐せしめん。
この世界で何度も繰り広げられてきた光と闇の物語だ。
そして今代。
長い戦いの末、魔王は勇者の力に恐れ慄き、西の山脈に逃げ込んだ。
あと一歩のところで、魔王を取り逃してしまった勇者は今度こそ魔王を討滅するため、選ばれた精鋭と共に旅立つ事になった。
しかしある日、魔王討伐の旅をしていた勇者の消息が途絶えた。
その情報は人類の国々だけでなく、魔王軍にもすぐさま知れ渡ることになる。
人類の希望であり、抑止力となっていた勇者パーティの行方不明。
かくして好機とばかりに魔王軍による侵攻作戦が再び始まった。
「隊長! ダメです、扉も持ちません!」
「耐えろ! あと数刻、耐えれば援軍が到着する!」
その城塞は魔族領と人類圏の境目に位置する堅牢な城塞。人類の重要拠点の一つだ。
その砦が魔王軍による猛攻にさらされていた。
「ゆくぞ同胞たちよ! 勝利は目前だぁー!」
「「ウオオオオオオオオー‼」」
咆哮を上げる獣人たち。
帝国やとある宗教に迫害され、奴隷として扱われる現状に耐えかね一斉蜂起した獣人たちによって構成された魔王軍の一軍……陸獣大隊である。
獣の力を備えた身体能力を持つ彼らの進撃に人間たちは明らかに劣勢を強いられていた。
さらに、城門は櫓による丸太を幾度となく叩きつけられ、歪みついに限界を迎えようとしており、城壁の方にも幾人もの獣人が登り詰めており、城に敵がなだれ込むのは時間の問題だった。
やがて空を仰いだ兵士の一人が何かを発見する。
「隊長……上空を見てください!」
「今度は何だ……⁉」
部下の指さす方向を見やると、隊長は絶句した。
そこには幾影もの翼竜の群れが見えていたのだ。
「空竜騎衆……!」
隊長は呻くようにそう言った。
魔物の中でも最強の種族、一部の地域では神の御使いとまで呼ばれている竜によって構成された空の支配者たち。
(奴らまできたというのか!)
彼らは城塞の真上まで来るやいなや、炎や雷といったブレスを吐き散らかし、背に乗せた兵士が火炎や爆発の術式を仕込んだ魔石を落とす。
「うわあぁああああ!」
「退避、退避ー!」
「コラ逃げるな最後まで戦……グァ!」
破壊の雨に逃げ惑う兵士たち。
反撃するため、弓兵は弓矢で応戦しようとしたり、魔法兵が空に向けて魔法を飛ばすが、所詮は焼け石に水だ。
城壁はみるも無残に破壊され、次第に原型を失っていく。
もはや趨勢は決した。こうなれば自身が数名の有志者とともに殿を務め、砦を捨て撤退する他ない。
そう覚悟したその時だ。
「ちょっとぉ崩壊寸前じゃない」
「こんな状況じゃ仕方ないですよぉ」
「これだから男は……あのお方以外ダメだな」
そこに場違いな女たちが現れた。
やたらと目を引く見目麗しい女性たち、鎧や魔力を秘めたローブを着ており冒険者なのだとわかるが、いかんせん緊張感に欠ける雰囲気で、明らかに物見遊山といった風だ。
だが、彼女らの中心にその男がいた。
「やれやれ、なんて頼りにならない奴らだ。ここはやはり俺が出向かねばならないな」
わざとらしくかぶりを振る豪奢な鎧を身に纏った長い金髪の男。
女たちと同様、戦場に来たとは思えない軽い雰囲気で、必死で戦っている者らを嘲るように、戦場を睥睨していた。
何者か、問おうとしたその矢先、男は城壁から飛び降り、そのまま単身で魔王軍に向かって駆けだした。
自殺行為に等しいその愚行を、魔王軍の獣人たちは、呆気にとられながらも、決して油断はしない。むしろ罠の可能性を鑑みて、最大限に警戒して手に持った剣と槍をもって迎撃しようとする。
だが……。
「聖剣よ、来い!」
男が叫ぶと同時に、一瞬にして男の手の平に光が集約して剣の形となる。
そのまま男は光の剣を横に一閃する。
「「グギャアアアアアアアーー!」」
横凪ぎに放たれた光の一撃は武装していたその魔王軍の一隊を斬り滅し、また吹き飛ばした。
何が起こったのか、魔王軍も人類軍にもわからなかった。
だが、彼らが目にしたのは、その男の手に握られていたのは紛れもなく勇者にしか扱えないとされる伝説の聖剣であった。
であるならば彼こそは――。
「まさか……勇者様なのか?」
「フッ、レーザーブレード!」
ポツリと呟いた兵士の誰かの問いにイエスと答えるかのように、その男……ジャックはもう一度閃光の一撃を今度は上空に押し寄せていた竜の群れにお見舞いする。
群れの中心に風穴をあけられて、飛竜の群れは混乱して瓦解させていく。
彼が放ったのは数少ない光属性の一撃と勇者としての剣技を合わせた勇者の持つ固有スキルの一つだ。
「さらに……シャインソニック!」
駄目押しとばかりに、今度は一振りごとに剣閃は光の刃となって空を飛ぶ竜の群れを刻み、墜落させる。
「まだまだいくぜ……メテオフレア!」
それでも、まだ足りないとばかりに。
上空に打ち上げた巨大な火球が何十発もの火の玉となり、雨のように降り注ぎ、竜の群れに留まらず城壁を登ろうとしていた獣人兵をも巻き込んで焼き払う。
それはかつて神童、天才と呼ばれた魔法使いの少女の必殺としていた攻撃魔法だった。
「アーッハッハッハッハ! 弱い弱い! 魔王軍っていうのはこの程度なのか!」
状況は逆転し、趨勢は決した。
魔王軍は阿鼻叫喚の地獄と化し、人間たちは感嘆の眼差しで彼を見つめている。
混乱する魔王軍の陣営……その中に重厚な鎧に身を包んだサイの獣人が単身乗り込んできた。
迎撃しようとする兵士たちを彼は装備した突撃槍でなぎ倒して、遂に勇者の前まで到達する。
「勇者よ。魔王様の近衛が一人にして三魔将ガルドフ様の側近、ザングが相手だ!」
「ふうん、少しは骨がありそうだな。いいじゃないか、遊んでやるよ」
堂々と名乗りを上げる獣人に、男はむしろ小馬鹿にするような表情を浮かべていた。
「参る!」
ザングの獣人としての膂力と今まで培った歴戦の経験と長年の鍛錬から裏打ちされた槍さばきが炸裂する。
だが、ジャックはそれを余裕の動作で受け流している。
見た目こそ舐めた小僧だが、その動きは洗練された歴戦の守り手の堅陣と呼ぶべきものだった。
「この程度か? じゃあ次はこっちから行くぜぇ!」
そして、その小僧から繰り出される一閃はまさに勇者の一撃にふさわしい。
ザングは大盾でなんとか受けきるも、衝撃を殺し切れずに足をよろけさせる。
「ぐわぁ!」
だが、ダメージを受けたのはなぜかジャックの方だった。
ザングの鎧は特別製のマジックアイテムで一定の負荷をかけると、風の魔法が発動して、風の刃がカウンターとして敵を迎撃する仕組みとなっていた。
ジャックが怯んだ隙をついて、ザングは距離を取りながら、さっき受けた攻撃からジャックの実力を分析する。
確かに一つ一つの斬撃は重いが、耐えられない威力ではない。自分ならばあと数発かは耐えられるだろう。その間に勝負を決める。
「ゆくぞ、勇者ぁ!」
「な、なに……ぐおおおおぉ⁉」
そのままザングは猛攻をかけられ、ランスの突きで削られ、胴薙ぎで叩きのめされ、ジャックの体に傷が増えていく。
勝てるかもしれない、ザングの中で光明が見え始めたその時であった。
「ぐわあぁぁあ……なーんつって!」
「何?」
嘲るような声と共にジャックは体を輝かせる、するとザングから受けた怪我の箇所が光を帯びて治っていった。
(まさか光の攻撃魔法だけならまだしも、回復魔法まで使えるのか⁉)
基本的に魔法の使い手が持つ属性は火・水・風・土の四属性、もしくは特殊あるいは異端と呼ばれる光と闇、合わせて六属性。
天才と呼ばれる者は四属性を複数持っていたりするが、そこに光か闇の特殊属性を併用できる人間はさらに限られる。
しかもさっきの回復は無詠唱による自動発動の高等術式……本来ならば聖女と呼ばれるレベルの者が扱うはずの御業である。
(勇者の強さは聞いていたが、なんだ。この違和感は……。まるでS級冒険者や英雄揃いのパーティを丸ごと相手にしているかのようだ!)
戦慄するザングを余所にジャックは欠伸を噛み殺しながら、締めに入る。
「それじゃあ、もう少し本気を出してやろうか?」
言葉と共にジャックの剣に光が集約していく。
その危険な輝きにザングは身の危険を感じるが、後ろには撤退する友軍がいる。引くわけにはいかなかった。
鎧に刻まれた守りの術式を一斉展開する。
「ブレイブスラッシュ!」
「ぐおおおおおおおおおおおお――!」
破壊の光がザングを襲う。
その全力を込めた一撃で、鉄犀の騎士は守りの鎧ごともたやすく飲み込み、欠片一つ残さずに消えてしまった。
後に残ったのはブレイブスラッシュの余波による地面を抉る破壊痕。
部隊のいくつかが巻き添えで余波で吹き飛ばされる。
当のジャックは自分が生み出したその光景を当然の結果だと言わんばかりに感慨もなく見る。
見やると、後方の魔王軍は完全に撤退しきったようだ。
あのザングという獣人は己の身一つ囮にして彼らが退がる時間を作り出したのだろう。
「ハッ。口ほどにもない連中ね!」
「さすがですぅジャック様」
「ジャックがいれば魔王も敵ではないな!」
そんな彼に、女たちは目を輝かせながら讃え、兵士たちはその無双する姿に目を奪われていた。
「そうだ! 俺が……俺こそが真の勇者ジャックなのだ!」
「「「ウオオオオオオオオオーーッ!」」」
ジャックは聖剣を突き上げて、そう勝鬨をあげた。
彼の声に兵士たちも呼応する。
勇者復活。
今回の勝利を機に、この朗報は世界中で広まることと相成った。
◆□◆
その夜、奇跡の勝利を収めた人類軍は勝利を祝して宴を開いていた。
「まさか勇者様が援軍に来てくれるとは思いませんでした!」
「いえ、ここは我ら人類にとっても防衛の要。力を尽くすのは当然でございます」
守備隊長が礼を伝えているのは勇者ではなく、礼服を着た男だった。
彼はこの世界を造り守護する万物の神を崇めるバンショウ教の司祭を務めており、現在は勇者の側仕えも兼任している。
「しかし、私は勇者様のお姿を見るのは初めてですが、凄まじい力ですな。まさに英雄と呼ぶにふさわしい!」
まだ興奮の冷めやらぬ、といった面持ちで今日の出来事を語る守備隊長。
それを司祭は適当に相槌を打ちながら対応する。
「勇者様は魔王討伐の旅の途中、行方不明になったという噂を耳にしたので心配していたのですよ」
ああそれですか、と司祭は頷いた。
「魔王討伐の任を帯びて一年。魔王はどこへ潜伏しているのか一向に尻尾を掴めず、勇者様は仲間と共にあてのない旅を続けていました。ですが、長き旅の途中、仲間たちから手酷い裏切りにあいまして、あわや命を落としかけた勇者様はずっと我らの所で身を隠して療養しておいでだったのです」
司祭の説明に隊長は納得する。
彼は以前の戦争の時からこの砦の守護を任されており、勇者とやらを見たのは今日が初めてだった。
「なるほど、それは災難でしたな……。ところで勇者様は?」
そこで、彼は当の勇者の姿が見えないことに気付いた。
「勇者様は長旅にお疲れのご様子です。できれば今夜はそっとしておいてください」
「あぁ、確かにそうですな。ゆっくりと骨を休めていただきましょう」
◆□◆
賓客用にあつらえられた部屋で、ジャックは大きなベッドで寝そべっていた。
すぐそばにはさっきまで散々楽しんでいたのか、取り巻きの貴族の娘たちが裸で毛布にくるまり眠っている。
そんな中でジャックは身を起こして、今までの事を思い出す。
思い出すのは、今日の勝利ではなく、かつての仲間との旅路。
苦難の日々であった。
共に歩んだ仲間たちとの思い出。
強敵との死闘。
だが、それら全ては今の自分のためにあったといっていい。
「――くふっ」
……やがて我慢できないとばかりに吹き出す。
「ふはははははは! なんて爽快な気分なんだ!」
上手くいった。
やってやった。
自分のこのスキルを奪うスキルで、あの甘っちょろい頭お花畑のラッシュやそんな小僧を持て囃しているパーティーの奴等から全てを奪ってやった。
スキル簒奪。
他人のスキルやステータス、果てはスペックといったありとあらゆるモノを奪い自分のものにするという特異なスキル。
このスキルの達成条件は奪う対象からの何らかのスキルの影響下に長期間入っていること。そして、それは同じ影響下のパーティーの者ら……共有している複数人をも簒奪対象に入れることができる。
ラッシュは勇者の固有スキルの一つである聖者の加護という状態異常への耐性をパーティー全員に付与していたのだ。それでジャックは勇者パーティーと認識されることで条件を達成することができた。
簒奪が完了するまで必要な期間は対象スキルがレアなものほど延びるものだが。あの甘ちゃん勇者はギリギリまでジャックを信用しようとして、結果として他のパーティー連中のスキルも奪う猶予ができた。
後は適当に問題を起こしてパーティーを抜けて、合流した教会にでっちあげた理由を説明した。彼らはなぜだか、こちらが拍子抜けするぐらいに、あっさり信じてくれた。
まぁ、王国のお偉いさん方への説明、説得、根回しなど。面倒な手続きは全部向こうがやってくれたので結果オーライである。
そこまで思い出して、ジャックは再び笑い出す。
全てが逆転した。まさに、この世界の主役にでもなったような気分だ。
いや、違う。
既に己こそが主役。この世界の中心なのだ。
(ラッシュの奴はいまだに捕まってはいないらしいが。まぁ、もう何もない凡人以下なんだ。恐れることはない。今頃路頭にでも迷ってそうだな。フフ……ざまぁ!)
勇者として権力を手にすることができたが、それはあくまで王国内だけだ。帝国や共和国といった同盟国には影響が及ばない。
もっとも本来ならば、最初に遣わせた騎士団が大罪人としてしょっぴいてくれれば、ここまで面倒なことにはならなかったのだが。
まったく使えない連中だ。
さっさと捕まえて屈辱に歪んだその顔を見てやりたかったが、逃げられてしまったのなら仕方ない。
まぁ、しばらくは彼らが悔しがる姿を想像して楽しむ事にした。
それでも、出会った頃から気に喰わなかった世間知らずの甘ったれの小僧が絶望する顔をリアルタイムで見れないのはちょっとだけ惜しいが。
とりあえず、しばらくは勇者としての顔を売って、自分という偉大な存在を世界中に知らしめてやるとしよう。
「まずはシスカは俺のハーレムに加えてあげなくてはね。あのクソ生意気なアンジュは……メイド服でも着せて召使にでもしてやるか」
ちなみに、どこぞの重戦士の事は頭の片隅にすら残っていないようである。
そんな感じで、およそ勇者とは思えないような言動と思考をしながら、ジャックは再会した元パーティーメンバーにどんな屈辱を与えてやろうか妄想を膨らませる。
「やれやれ。世界を救えるのは俺しかいないようだな」
一度言ってみたかったセリフを口にしてみる。
自身の薔薇色の未来……英雄伝説はここから始まる、ジャックはそう疑っていなかった。




