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26話 あれよあれよと

「ラッシュと言いましたね。あなた、私と決闘しなさい」


 私はラッシュを指差して言いました。

 ……言ってしまいました。


「僕とシス……君がこの場で?」


 ラッシュは呆けた顔で言葉を返します。


 ……そうですよね。私は本当に何を言っているのでしょう。


 ついカッとなってとんでもないことを口走ってしまいました。

 体中の汗が止まりません。


「ご、ごめんなさい。今の言葉は取り消しに……」


「よおし、ラッシュがんばえー(ぎゅっと抱き着きながら)」

「ちょ……リズベル離してくれ」


 ビキッ。


「そうです。あなたのような不埒者は成敗して差し上げます」


 あばああああああああああああああっ!


 桃髪の彼女がラッシュに抱き着いている姿を見たら、思わずまた我を失ってとんでもない事をー!


 ドンドン引き返せなくなってきてますぅ!


 むしろ誰か私を成敗してぇ!


「おいおい。貴様らはさっきから好き勝手何を言っているんだ!」


 口を挟むのはいつの間にか泥酔状態から復活したドグリー。

 今この一瞬だけ私はこの人に希望を見出しています。


 お願いです。


 私の暴言を無効にしてください。


「なかな派手で面白そうではないかぁ! もっとやれぇ!」


 このドングリ男、何を言っているんですの⁉

 ……この人よく見ると、顔が真っ赤で、目の焦点も合っていません。

 まだ酔っていらっしゃる!


「ようし。だったらいっそ武豪祭に出場して競ってみたらどうよ?」

「ほほう。いいないいな。俄然面白くなってきたのぅ!」


 誰だかの提案にドグリーも上機嫌に賛成します。

 あなたたち反目しあってましたよね?


「お断りします。そもそも受ける理由が見つかりません」


 そこへ冷や水を浴びせるかのようにラッシュが毅然と返してくれます。

 そうですよね。

 私もそう思いますわ。

 言った本人が言うのも何ですけど。


「なぁにぃ⁉ よぅし。ではこうしよう。このシスカに勝てたら、ここ一帯からワシらは手を引こう!」


 酔っぱらったドグリーはとても楽しそうにとんでもないことを言ってのけました。


 当然、その場にいる全員が驚いています。


 ……って本当にいいんですか⁉

 いえ、私個人としてもむしろありがたいのですが。


「ほ、本当ですか」

「うむうむ。なんなら契約魔法が編み込まれた誓約書でも持ってくるが良い! サインしてやる!」

「だ、誰か急いで紙とペンを持ってきてくれ!」

「うん!」


 食いつく定食屋の店長さんの言葉に、娘さんが嬉しそうに奥に走っていきます。


「だ、旦那ぁこれ本当にいいんですかい?」

「なんだぁ貴様ぁ。ワシに意見する気かぁ⁉」

「い、いえ……」


 取り巻きのチンピラも何も言い返せず、引き下がります。

 どんどん状況が変な方向に進んでいきます。


「やっちまえ、兄ちゃん!」

「ドグリーの奴等を全員ボコボコにしちまえ!」


 なんか他の人たちも空気にあてられて好き放題言ってらっしゃいます。


 まぁ、この人たちにとってもありがたい状況ですし、仕方ないですよね。


「フゥーハッハッハ! 大会は二週間後か! 楽しみだわい!」


 高らかに笑いながら、ドグリーは手下を引き連れ去って私も続きます。

 こんなことを思うのもなんですが、酔いが醒めたら、どんな顔をするか少し楽しみです。


 私は最後にチラリとラッシュの方を見ます。

 そういうわけで、私と彼は武豪祭で戦う事となりましたとさ。

 

 ……神様助けて。




◆□◆



「頭が痛い。ガンガンウするぅ……」

「あんなに飲み食いするからだよ」


 僕はベッドで寝込むリズベルに水をやりながら、昨日の事を思い返す。


 とんでもない事になってしまった。

 元々、武豪祭には出るつもりだったけど、まさかシスカも出場するとは。


 でも、おかげで言質を取ることもできた。もしかしたらこの場所を守ることができるかもしれない。


 あの誓約書は一種のマジックアイテムだ。

 魔法の効果でしらばっくれることもできない。


 まさか、シスカはここまで計算していたなんてことは……。


 いやでも、だってリズベルが原因だし、彼女の行動を予測するなんて僕にだって不可能だし。


 ……待てよ。


 僕はシスカの能力を見誤っているんじゃないのか?

 彼女のは常に僕たちパーティーの仲間たちに気を配っており、とても聡明な女性だ。

 感情やその場のノリで失言をするんてことはあり得ない。


 彼女の事だ。

 ドグリーの酒癖の悪さも見抜いていただろう。

 あの一瞬で、彼女は先の状況を見据えていたとしたら……!


 だとするなら、僕らはとんだピエロだ。全ては彼女の掌の上だったということか!


 聖女シスカ……恐ろしい人だ。

 彼女が味方でつくづく良かった。


「どうやら僕の仲間はとてつもない人物だったようだ」

「……とりあえず私はアンタらがすごい愉快なことになってるのがわかったよ」


 リズベルが笑いを堪えている。

 なんか、腹が立つな。


「はぁ……武豪祭に出ることになったんだ。よかったねぇ」


 店に戻った僕らに対して、店長さんが相変わらず呆けたような顔をしている。


「まぁ兄貴の剣があるんだ。錆びてはいるけど研げば問題ないし、充分勝ち進めると思うよ」


 我関せず、とどうでもよさそうに語る店長さん。


「えぇ。一方で面倒な事にもなっちゃいまして……」

「面倒?」


 僕は事のあらましを説明する。


「……は?」


 すると、店長さんの空気が変わった。

 無表情ながらも、食いつくようににじり寄ってくる。

 なんか怖い。


「キミ今なんて言った? あのクソとドブが詰まったようなブタ野郎共と揉めたんだって!」

「え、あ……はい……」


 ブタ野郎……もしかしてドグリーの事か?

 そこまで言ってないんですけど。


「今年はねー。お父さんの剣はドグリー商工会の剣に品評会で負けたんだよ」


 横から娘さんが説明してくれる。


 そういくことか。

 なんでも、ドグリーは金に物を言わせて、名うての名工と錬金術師たちに最高の剣を作らせたらしい。

 それだけなら良かった。

 純粋に剣の出来で負けたのならば、自分の鍛冶の腕が未熟なだけだったのだから悔いはない。


 だが、違った。


 ドグリーは念には念を、と。

 あらゆる所に根回しして、審査員の一部をも買収していたのだ。


 悔しかった。


 負けたのは勿論、何より欲に眩んだ彼らの目を覚ますほどの剣を打てなかった自分自身に。


 それでも彼は己の腕の未熟さを恥じたのだ。


「店長さん、僕の剣を打ってくれませんか?」


 僕はこの人にも立ち直ってほしかった。


「気が変わった。剣を打とう」


 その表情には生気が宿っていた。


「ありがとうございます!」


「礼はいい。それよりも、あのドグリーのブタ野郎を八つ裂きミンチにして、市中引き回しにしてしてくれればなんでもいいよ」


 それはそれ、これはこれ。

 自分の未熟云々は別として、ドグリーはぶっ潰してやりたいらしい。


「わかりました。まかせてください」

「ああ。ドグリーのハンバーグ楽しみにしているよ」


 そこまではしないからっ!

 怖いよ、この人!

 完全にさっきまでとは別人となった店長さんは興奮気味に店の奥に引っ込んでいった。


 その様子を呆れながら娘さん……シャノちゃんが見ていた。


「これはしばらく店の方は休業だね」


「なんにせよ。お父さんが元に戻ったよ。ありがとうねお客さん。今回は結構長いと思ったからさ」


 シャノちゃんが嬉しそうに声をかけてくる。


 剣を手に入れる、という目的は変わってしまったが、この大会を機にシスカの真意を問いただしたい。

 そして、勇者ではなくなった自分がどこまでやれるのか、という興味もあった。

 ここまで行ったなら、どこまでいけるかやってみたい。


 その日から工房に籠って、二週間出てこなかった。

 期日ギリギリでかなりやきもきしていたが、明け方と共に。

 彼はやつれはてた表情で出てきた。


 だが、彼は以前と違いどこかやり切ったような顔をしていた。


 やがて完成したその剣は偶然にも親父さんと併せてまるで二対のような双剣となっていた。


 こうして僕はこの二振りの剣で戦うことになったのだ。

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