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25話 聖女シスカ

 私……聖女シスカ・ライコールは勇者パーティの聖女をやっていました。


 やっていた……というのは過去形です。


 今の私は聖女でも何もない抜け殻のような女なのです。


 元々、私はライコール家という騎士の家系に生まれました。

 ですが、父が他所で関係を持った女……妾腹の子とした生まれた私の扱いは決して良いものとはいえませんでした。

 それでも私は家の名に恥じぬ人間となろうと努力し続けました。


 立派な騎士を目指し、女だてらに剣の鍛錬や魔法の修行に明け暮れる毎日。


 その甲斐あって、聖騎士として取り立てられたものの、ライコール家での扱いは変わりませんでした。


 ですがある日、私はバンショウ教の司祭たちからその光の魔力を見初められて、聖女として認められたのです。

 今まで騎士として努力してきてから、一転して聖女として生きることになり、最初は戸惑いこそしたものの不満はありませんでした。


 むしろ聖女に選ばれた事を誇らしいと思ったほどです。


 ですが、それでもライコール家の人々は誰も見てくれませんでした。


 それどころか、順調に出世していった私を疎ましく思っているようでした。


 それでも、ひたむきに結果を出せば、いずれはわかり合える。


 まだ年若い勇者様や冒険者たちと共に魔王軍との戦争に身を投じ、聖女として沢山の傷ついた方々を癒しました。


 そんな折です、勇者と共に魔王討伐の旅へ出るという勅命が下されたのは。


 戦争での既に人となりを見せてもらいましたが、勇者であるラッシュさんはとても優しく純朴な青年でしたし、ジャックを除けば他のパーティの皆さまもとっても気の良い方々でした。


 特にラッシュとは普通に話をしているだけで、こちらの胸が温かくなりました。


 私は初めて心からこの人たちと共に歩みたい、この人たちのためならどんな事でも耐えられる。

 ようやく私はそんな人たちに会えたのです。

 

 そんな時です、魔王討伐の旅の途中、聖女としての力を全て失ってしまったのは。

 

 アンジュのように泣き叫べればどれだけ楽だったでしょう。


 私の中のなけなしの存在意義が全て無くなってしまったのです。


 私は虚ろになりながらも、ただ神に祈るだけしかできませんでした。


 やがて、リーダーであった勇者ラッシュは囮とになると言い出して、パーティーから離脱しました。

 私はそんな彼をロクに引き止めることはできませんでした。彼が一番つらかったはずなのに……

 

 以降、ガンズやアンジュと三人で自由都市ヤンタタに隠遁生活を送ることになりましたが、彼が戻るまで、少しでもできる限りのことをしようとスキルや呪いについてみんなで調べ続けました。


 ですが結局の所、私は自分で何かをしようというわけではなく、アンジュやガンズの判断に任せていたのでしょう。


 ある日、アンジュが何か重要な資料をを見つけて、そのまま調べたい物がある、とガンズと共に旅立っていきました。

 最初は私も同行しようとしましたが、二人に拒否されました。


「お前今の自分の顔を見て行っているのか? とてもじゃねえが、連れて行けるわけがねえだろうが」


 ガンズの言葉に従い、鏡を見てみると確かに私の顔はやつれ果てていました。


 二人を見送り、こうして私は一人ぼっちになってしまいました。


 それでもせめて誰かの役に立ちたい、その一心で私は数人の年配のシスターが営む孤児院で働きながら、皆の帰りを待ち続けました。

 ですがある日、このままではいけない、と思い立ち、孤児院の業務の傍ら、聖騎士時代に行っていた鍛錬を再開しました。


 そんなある日、やがてやたらとガラの悪い方々が押し入ってきたのです。


 色々と喚き散らしていましたが、この孤児院を潰して新しい店を立てるとか、なんとか言っていました。

 そのまま我々は言い争いになり、逆上した男の一人が、そばにいた子供に手を上げようとしたのです。


 ふと我に返れば、私の周りにはボコボコになったチンピラたちが転がっていました。

 彼らは一様にして私を怯えた目で見ていました。


 そこで、かつて私が聖騎士として丸々残っていた腕力や剣技はそこらの悪漢を成敗するのに充分に通用すると自覚したのでした。


 結局は聖女になった折、もはや意味のないものと見て見ぬふりをしていただけなのでしょう。


 その日から私は冒険者として復帰しました。生活費はもちろん、困窮した孤児院の維持費も稼ぐためです。

 とはいえ、聖女としての顔が知られているかわかりませんので、そのままの姿で活動するわけにはいきません。


 私は男装して、面を被り、活動してきました。


 なんだか、いつも以上に人の目が集まるようになった気がしましたが、気のせいでしょう。

 ……気のせいですよね?


 さらに後日、以前の追い返した男たちが立ち退きの勧告をしてきました。

 その時、彼らの主人であるドグリーという男はやがて、私を見てこう言ったのです。


「ふむ。貴様だいぶ腕がたつようだな。ならワシから良い提案があるぞ」


 ドグリーは私を用心棒として雇うことを提案してきました。


 なかば孤児院の皆を人質にされたような私にはどうすることもできません。

 私はしぶしぶ受けることにしました。


 そこから暴力の毎日です。

 ドグリーに言われるがまま、目の前の相手を叩きのめす。

 次第に町では私の姿は恐れられ、知らぬ者はいなくなりました。


 来る日も来る日も、誰かを傷つける荒事ばかり。


 何人かのチンピラたちは純粋に私の強さを慕って寄ってきましたが、嬉しくも何ともありません。


 もはや私がかつては聖女だったと言っても誰も信じないでしょう。

 私の心はささくれるばかりでした。


 そして今日もまた私は暴力沙汰に駆り出されました。


 憂鬱でした。

 今までは大なり小なり悪漢ばかりでしたが、今回非があるのはこちら、一人の少女を助けた方を私は倒さねばならないのです。


 せめて事が穏便に済めばよいのでしょうが、ドグリーの性格では無理でしょう。


 しかし、定食屋の窓を覗いてみると、私はありえない光景を目にしました。


 ラッシュです。


 かつて共に旅をした勇者がそこにいたのです。

 ラッシュはとてもおいしそうに料理を食べており、その様子は子供のようで実にかわいらしく……違います。


 その隣に可愛らしい桃色の髪の女の子が飲み食いしているじゃないですか。


 ……え?

 誰ですか、彼女は⁉


 あのラッシュが女性を隣に侍らすなんて嘘でしょう?

 言っては何ですが、彼は女性関係では特に唐変木な方です。

 勇者の時はいくら私が距離を縮めようとしても何もなかったじゃないですか!


 沢山の酔っ払いの男たちを集めて、なにやら熱弁しています。

 ラッシュはああいう賑やかな子が好みなのでしょうか?


「リズベル、飲みすぎだよ」


 リズベル……リズベルというのですか。

 ぐぬぬ。そのリズベルという方と何やら楽しそうに小突き合ってます。


 うぅ……羨ましい。


 そして案の定、ドグリーと揉め始めました。……いえ、絡まれてます?


 とにかく、嫌な予感がします。


「姐さん、姐さーん!」


 ハッ!

 やっぱり呼ばれてしまいました。


 はわわ、どうすれば良いのでしょう。

 と、とりあえず行くしかありません。

 大丈夫。仮面をつけていますし、裏声を使えばまずバレることはありませんでしょう。


「シスカ?」


 秒でバレてしまいました……。



◆□◆



「ひ、人違いですわ……」


 目の前に現れたの男装の麗人。

 ……いや、この声は明らかにシスカだ。

 人違いじゃない。間違いない。


「フハハハ。お前らもこれで終わりだぁ!」

「姐さんは滅茶苦茶強いんだからなぁ!」


「何をぉ! この兄ちゃんだって負けてねぇぞ!」

「昼間みたいにぶっ飛ばしてやれぇ!」


 周囲の連中の熱もすごく上がってきている。

 なんだかシスカも困ってきているみたいだし、とりあえず話しかけてみよう。


「あ、あのシス……」


「ラッシュゥ。おぶってぇ甘やかしてぇ抱き締めてぇ」


 リズベルがしなだれかかってきた。

 酒臭いんだけど。


「リズベル、今立て込んでるからあとでね?」

「なんだとー私の酒が飲めないってのかよぉ。ダハハハ!」



 何がそんなにおかしいのか。どうしよう、この酔っ払い。


 あれ?

 シスカは何やらプルプルと震えていらっしゃる?


「そこのお方とはどのようなご関係で?」

「いや、この子は……」

「私とラッシュはねぇ。それはそれは深い関係なのさぁ!」


 さっきから余計なことを言わないで欲しい。


「ぐはっ!」


 一方で、シスカはなぜだか攻撃を喰らったような仰け反った態勢を取っている。


「毎晩毎晩、ラッシュは激しい事激しい事……イダダダダ!」


 無い事無い事、捏造するのはこの口か!


「……よくわかりましたわ」


 そこへシスカがびっくりするほど低い声を出した。

 彼女のこんな声初めて聞いた。正直怖い。


「ラッシュと言いましたね。あなた、私と決闘しなさい!」


 いきなり何を言い出してるんだ、彼女は。

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