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24話 思わぬ再会

「いい加減にしてよ! こんな毎日毎日、うちの店の前で嫌がらせするのはやめてください!」


 薄い茶髪を両結びにした可愛らしい少女が男たちに対して必死に食い下がっている。


 見ると、彼女らが揉めている店前の足元にはゴミが散乱していた。


 彼女の言葉から察するに、これをやったのはあの男たちであろう。


 だが、当の男らはニヤニヤと嘲りを込めた笑みを浮かべている。


「ん~? 悪いなぁ俺らはてっきりここはゴミ捨て場かと思っちまったんだよぉ」


 弁解どころか言い訳ですらない戯言を吐き出す男たち。

 まともにしらばっくれようというつもりすらないらしい。


「……! もう許さない、衛兵さんに突き出してやるんだからっ!」


 涙ながらに少女が訴えるも、チンピラたちに動じた様子はない。


 どころか我慢できないとばかりに大きな笑い声を上げる。


 周りにいる人たちも悔しそうな顔をしながらも、悔し気な顔を浮かべるばかりで、何も言い出せずにいる。


「ギャハハ。許されるんだなぁコレが」

「この街で俺らに逆らえるやつらなんていねえのさ」

「てめぇらこそさっさと店を畳んじまえよ」


 自慢げに語るチンピラの一人が一歩前に出て少女をドンと突き飛ばす。


「きゃあ!」


 そのままバランスを崩しかけて、ゴミだらけの地べたに尻もちをつこうとしたその時。


「……えっと大丈夫ですか?」

「えっ……あ、はい」


 寸前に僕は慌てて手を伸ばして彼女の腰を抱きとめた。


 ……流石にこれ以上は見ていられなかった。


「……は? なんだコイツ」

「お前ヨソ者かぁ?」


 チンピラたちは何が起こったのかわからずポカンと口を開けていたが、僕という異物が割り込んできたと理解すや否や興醒めしたかような顔で突っかかってきた。


「お兄さんよ。あんまり正義感振りかざしても……イダダダダッ!」


 チンピラの一人……太った小男がこっちに手を伸ばそうとしたその寸前に僕はそいつの腕を無造作にひねり上げた。


 こんなことをする人間に遠慮をする必要なんてないだろう。


「テ、テメェ……」


 すると別のチンピラの角刈りの男が逆上して懐から何かを取り出そうと手を伸ばす。


 おそらくは武器だろう。


「イダダ……ってあれ?」


 僕は太っている方の手を離してすぐさま角刈りの方へと瞬間的に走り出す。


「おい。そこの青二才……コレを見ろぉ! コレ……あれ? 俺のナイフは?」


 僕は角刈りの懐に手を突っ込み、それ……ナイフを彼よりも先に取り出す。


「お、俺のナイフ……」


 得物を奪われたと気付いた男は青褪めている。


「まだやりますか?」


 僕は残ったもう一人のチンピラを睨み付ける。


 やがてそいつは苦虫を噛み潰したように舌打ちすると、他の二人へと目配せする。


「覚えてやがれ。この礼はいずれしてやる」


 一目散とチンピラたちは身を翻して立ち去っていく。


 やがて、パチパチと周囲からまばらに拍手が聞こえた。


 リズベルがヒューと口笛を吹いている。

 彼女の両手には肉串とか小麦菓子とか色々収まっていた。

 いつの間に買い込んでいたんだ。……あとで少しちょうだい。


 とりあえず、僕はその場から去ろうとする。


「待ってください!」


「助けていただいてありがとうございます。あ、あの……お礼と言っては何ですが、よければウチで夕飯なんていかがでしょう!」

「喜んでっ!」


 リズベルが秒速で反応した。


 彼女の視線の先は食堂だった。


「しょうがないなぁ」


 ……僕はゴホンと咳払いする。人からの行為を無碍にするのはいけないよね?



◆□◆



 その定食屋はその日喧騒に包まれていた。


「そんでさ。私はそいつらに言ってやったわけ。『こんなのポーションとはいえない。とてもじゃないけど飲められないわ。来週またこの店に来てください。本物のポーションをお見せしますよ』ってね」

「おおー!」

「いいぞ、嬢ちゃん!」


 リズベルが ジョッキ片手に何やら熱弁している。

 溶け込むの早いなぁ。


「ドグリー商工会……ですか?」

「はい」


 最近、ここでも名を上げている商会らしい。

 鍛冶や治療薬の精製といった冒険者のサポートを始めとした幅広い事業に手を広げている連中で、その辣腕は見事なものだが、その裏で素材を買いたたいたり、雇ったならず者で圧力をかけたり、と強引な手法で幅を利かせているため、どうにも評判が悪い。


 彼らはここらの店を潰して、自分の所の新しい系列店を作ろうとしているようだ。


 さっきの嫌がらせもその一環。なるほど、つまりは地上げというやつだ。


「あいつらには迷惑してるんです」


 それにしても、このハンバーグは実に美味しい。

 しっかり肉種の時点で旨味を逃がさないように丹念に練っているのがわかる。


「お上に相談しようにもアイツら、都市の上役の何人かに金を握らせて握り潰しているみたいで……」


 ううむ。

 大変なんだな。

 しかしこの添え物の揚げたポテトは外はカリッと中はホクホク。素晴らしい。


「ドグリーも昔はスラム出身からここまで這い上がってきた熱意を秘めた男だったのですが、今となっては……あの聞いてます?」


 聞いていますよ。あ、お代わりお願いできます?


「……はい。もういいです」


 どこか店長と娘さんが呆れたような顔をして厨房に戻っていった。


「まぁ、それだけ美味しそうに食べてくれるならこっちも冥利に尽きるわ」

 

 娘さんが苦笑している。


 どうしたのだろうか。

 それよりも、お代わり楽しみだなぁ!


「そんなに強いなら。みんなでボコッちゃえば? アナタたち冒険者上がりの人もいるんでしょ。もぐもぐ」


 いつの間にか聞いていたのか、横からリズベルが料理をガツガツ食べながら、物騒なことを言ってくる。……あと、もう少し静かに食べなさい。

 確かに向こうもあからさまな嫌がらせをしてきているのだから、こちらも多少は実力行使に出てもいいかもしれない。


 ……うん?

 これ僕も彼女の思考パターンに引っ張られてやしないだろうか。


 一方でリズベルの言葉に対して、彼らの歯切れは悪い。


「いやぁそれがよ。ドグリーの奴。最近腕の立つ用心棒を雇ってきやがってな……」

「奇抜な格好っていうか男装した女なんだが、強いのなんの」

「そいつにスラムの方をナワバリにしていたゴロツキ共もまとめて叩きのめされちまったっていう話だ」


 へぇ。そんな人がいるのか。


 その後も彼らは愚痴愚痴とドグリーという男の悪口を叩き続ける。


「おやおや、大の男が集まって人の陰口とは随分と情けないなぁ」


 すると、店の外から野太い男の声が聞こえた。


 扉が開いて、男が取り巻きを引き連れて入ってきた。

 でっぷりと肥え太った髭もじゃの中年の男だ。

 以前護衛した商人のおじさんのような柔らかさも強かさもない。ひたすら他者を見下す傲慢と欲しいものは力づくでも手に入れる強欲を隠そうともしない顔だ。


 見ると、彼が引き連れた男たちの中にはさっき相手をしたチンピラもいた。


「……何か御用ですか。ドグリーさん」


 店長ができる限り平静を保って問う。


「なぁに。ちょいとウチの連中が無礼を働いたと聞いてなぁ。お詫びにうかがったのだよ」


 人食ったような笑みを浮かべるドグリー。


「何がお詫びよ。元はといえば、あなたたちが嫌がらせするからでしょっ!」


「おお、なんと人聞きの悪い。まあ、少しばかりスレ違いはあったかもしれんがなぁ」


 どこ吹く風といった様子で、いけしゃあしゃあとのたまうドグリーに男たちは睨み付ける。


「そもそも貧乏人共の戯言などそよ風程度にすら聞こえんわ。ワシに従っておればもっと儲けさせてやるというのに……」

「誰もアンタの儲けなんて望んでいないわ。私たちは私たちの暮らしと商売があるの」


 娘さんの言葉に憐れんだような目でドグリーはついに本性を露にする。


「小娘が吼えよるわ。いいか、よく聞け。そもそもワシは――」


「そんでさぁ。並みいるゴブリンに怯むことなく私は勇猛果敢に……もぐもぐもぐ」


「――この都市では金を持つ者が勝者であり正義。それに倣えば貴様らはワシに従うのが道理で――」


「ごくごく……うわ、このエール、キンキンに冷えててうめぇー……そんでさ。そのアンデッドを倒したのがそこのお兄さんなんだけどさ。まぁ私のアシストがあっての事だし……ばくばく」


「――ワシはただこの都市の更なる発展を願い行動してきたに過ぎん。それを底辺の連中が偉そうに権利を主張しても聞いてやる筋合いは――」


「うわ。なにこのデザート……カボチャのプリンおいしそー! いっただきまーす!」


「無論、ここで終わるワシではない。いずれはこの都市の――ってやかましいわあああああああ!」

「ふぇ?」


 散々話を遮られたドグリーはついにブチきれる。


 一方で怒鳴られ、ガツガツとゴハンを頬張っている当のリズベルは小首を傾げている。


「ワシが気持ちよく語っている最中に何なんだこの小娘は! せめてもう少し音を小さくして食っておれ!」

「……もぐもぐ」

「無視するな! 食事を続けるな! こっちを見ろぉ!」

「……すいません。コレ私のなんで、食べたいなら自分で注文してください」

「食わんわ! ちょっと申し訳なさそうにするな!」


 怒鳴り散らすドグリー。

 なんだか、一気に空気がぶっ壊れて緊張感がなくなったな。

 まあ、こちらとしては有難いけども。

 いやー第三者視点でリズベルに誰かが振り回されているのを見るのは新鮮だなぁ。


「わかりましたよ。じゃあこの野菜スープ飲み干すまで待っていてください」

「そこまでして食事優先か貴様ぁ!」


 ドグリーはさらに顔を真っ赤にさせる。

 たしかに人が喋っているのを余所にひたすら食べ続けるのは良くないだろう。


 ……あれ?

 何でみんな白い目で僕を見てるんだ?


 どんどん怒りが上昇していくドグリーに若干アルコールが入っていたリズベルはやがて得心の言ったような顔をする。


「ったくしょうがないな。よおし、これを飲みな。お姉さんのおごりだ」

「な、何をす……ゴボァー!」


 そのままリズベルが強引にドグリーの口に酒瓶を押し込ませて飲ませてくる。


 どんどん顔が真っ赤になったドグリーはフラフラと回転させて倒れてしまった。


「ド、ドグリーの旦那、旦那ァ!」

「小娘、何にしやがる。旦那は下戸なんだぞぉ!」


 取り巻きのチンピラたちの訴えにリズベルはプッと吹き出す。


「あっはっはっはっは。超ウケるー!」

「ウケるじゃねぇよ! 旦那ぁ! しっかりしてくだせぇ!」


「何だぁここは……世界が回るぅ。ワシが回るぅ……ふぬぅうう?」


 中年男が女の子に、無理矢理に酒を飲まされて目を回して踊っている。


 ……何だこの状況。色々と酷過ぎるだろう。


 だが、こちらと同じようにチンピラたちの方は素面である。


「ち、ちくしょう……よくもドグリーの旦那をやってくれたなぁ!」

「姐さん! 姐さん来てください! 出番です!」


 チンピラの声に呼ばれて、店の入り口からからもう一人入ってきた。


 騎士の礼服を着ているが、体の曲線を見るに女性……男装の麗人だ。

 なるほど、彼女が例の用心棒か。


 残念ながら、顔は仮面をかぶっていてわからないけど、なんとなく美人さんなんだろうな、とわかる。


 ……あれ?


 あの人どこかで見た覚えが……?


「シスカ、そんな格好して何やってんの?」


「……ひ、人違いですわ」


 聖女シスカは仮面から覗かせる地肌に脂汗を滲ませながら、苦し紛れにそう言った。

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