23話 邪霊提督メア
『ありがとうございます。この御恩は忘れません』
到着した港町シープスに辿り着き、積み荷を届けることができた商人さんはこちらの手を握って礼を言った。色々と読めない人だけど、少なくとも悪人ではないのだろうな、と感じられた。
『……またヨーグに来るような事があったら会いに来い。メシぐらいは奢ってやる』
ぶっきらぼうに言ってくる斧の人。
こちらこそ彼らには大分助けられた。
何より、あそこの料理を奢ってもらえるのはありがたい。大変ありがたい。
そうして彼らと別れた後、僕らは馬車に乗って三日ほど揺られて、ようやっと自由都市ヤンタタに辿り着いた。
「うわぁー! 人多いー! 初めて見る店ばっかー!」
散々馬車に揺られて、腰を痛めていたリズベルは初めて見る人ごみに目を輝かせていた。
僕は興奮して犬のように走り回る彼女を見失わぬように、人ごみの中を掻き分け進む。
元々、この都市はドワーフを始めとした鍛冶職人や錬金術師が商人たちと結託して作られた都市だ。
故に珍しい金属で作られた装備や魔法剣が沢山揃っている。
とはいえ、僕は装備を揃えるため、勇者として以前にもここに来たことがある。
だが、今回はその時とはさらに一際と賑わいを見せている。
おそらく、近々開催される武闘会……武豪祭のせいだろう。
そこは職人は己の技術を、戦士は己の腕を、商人は己の商才を発揮するために、都市そのものが盛り上げようと力を尽くすこの都市の一大イベントだ。
「もう少し見て回ってもいいじゃん……」
「駄目。……たしかこの辺だよな」
そんな中で僕らは一つの店を探していた。
親父さんからもらった地図を頼りにようやくそこを見つけ出す。
「えっと……ここだね」
「おお。店の装いもなんだか似ているね」
とにかく一回訪ねてみよう。
僕は親父さんから預かった手紙を握って店にお邪魔した。
……。
「どうせ私なんて……」
「「えぇ……」」
そこにはカウンターの椅子にチョコンと座った痩せこけた一人のドワーフの男が、暗い表情で俯きながらブツブツと呟いていた。
見た目こそ親父さんに面影がどこか似ているが、纏っている雰囲気があの元気で豪快崩落な親父さんとは似ても似つかない。
とりあえず、話しかけてみるか。
「あの……」
「ああ、お客さんかね。いいよ適当に見て行ってくれ」
「いや、僕は……」
「もっともこんな落ちこぼれの鍛冶師の作ったものなんてこれっぽちも価値なんてないだろうがね。なんらタダでもいいよ? フヒヒ……」
この世の終わりのような顔をしながら、自虐気味に話してくる。
なんだか、会話しているこちらも陰鬱な気分になる。
そこへ店奥から一人の可愛らしい金髪の女の子がやってきた。
「あのねー、お父さん。今年のお祭りに捧げられる剣に選ばれなくって落ち込んでるんだよー」
お父さんというと、この子は彼の娘か。
確かにドワーフの特徴的なものがチラホラ見える。ハーフだろうか。
それよりもこの子の捧げられる剣という言葉が引っ掛かった。
そういえば剣の品評会とやらはもう終わっていたんだっけか?
「お父さん、いいかげん元気だしなって。そりゃ去年まではずっとお父さんの剣が連続で皆勤賞だったけど、たまにはそういう年もあるでしょ。ほら、お客さんも来てるよ」
「シャノ、慰めはよしてくれ。私のような男が作った剣など使い手に取って迷惑でしかない」
うわぁ、面倒くさい。
頑固で取り付く島もない所は親父さんと似ているな。
「あの……僕はお兄さんから言伝を預かってきたんです!」
そこで僕はようやく本題を切り出す事ができた。
「うん? 兄貴からだって?」
良かった。
ようやく顔を上げてくれた。
僕は親父さんから預けられた手紙はとりあえず店長さんに手紙を渡す。
それを一通り読んだ店長さんは突っ返す。
「武豪祭に出たいのかい?」
「……え、ええ。確か。街の誰かからの推薦が必要だと聞きましたので」
「別に大丈夫だよ。そこらへんはもう今となっては形骸化している」
「そうなんですか?」
聞いてみた所。
いつまでも、都市の関係者の戦士だけでは面白みが欠けるし、この魔王軍との戦いが激化しているご時世、少しでも強い戦士を欲しているため、各国の協力もあって、大会への出場条件はかなり緩くしてあるそうだ。
「そういうわけで用がないなら、さっさと出て行ってくれ。私は剣を打つとかそういう気分じゃないんだ」
「あーもう……お客さん、とりあえずは数日もすればお父さんの調子も戻ると思うから、時間をおいて会いに来てよ」
「あ、はい」
確かにこれ以上はここにいるのは不毛だろう。
僕らはシャノという少女の言葉に従って店を出る。
それじゃあ次はここの冒険者寄合所に行くよ。もしかしたらガンズたちにも会えるかもしれない。
「おお。ラッシュの昔の仲間興味あったんだよねぇ。楽しみ!」
最近は手紙のやり取りでさえロクにできていなかったのだ。ここらで姿を見せて安心させてやりたい。
僕らは曲がりくねった道を通り、中央のコロシアムに通じる街道を出ると、そこは賑わう人と共にどこもかしこも屋台が出回っていた。
僕等がいた今までの都市よりも、やはりここが一番人が多い。
リズベルが目をキラキラさせながら、また興奮し始めたので、とりあえず手を伸ばして、彼女の首根っこを引っ捕まえておく。
これ以上、彼女に振り回されてたまるか。
「なにすんのさー」
「ギルドの寄合所にいくんだよ。いちいち野生動物みたいに動き回らないでくれ」
「えー。もうちょっと観光していってもいいじゃんさぁ。ほら、あそこの屋台の肉串美味しそう!」
何……肉串?
しまった。思わず腕が止まってしまった。
「ラッシュ、完全に食いしん坊キャラ定着したよねぇ」
うるさい。
僕のことは放っておいて欲しい。
「いやいや。折角来たんだから楽しまなくちゃ損でしょ……あぅ!」
ああほら。
言わんこっちゃない。
僕がいる方向……後ろ向きで歩いていたリズベルは丁度横切ろうとした女の子にぶつかってしまった。
リズベルが『ごめんね』と頭を下げると、ぶつかった子も『大丈夫です』と笑顔で会釈して去っていく。
とりあえず、大事にならずに済んでよかった。
「ああ、ビックリした。でも、さっきの銀髪の子すごい可愛くなかった? 見た所、身なりもいいし、もしかして貴族の子かな?」
君はもう少し反省してくれませんかね。
溜息をつきながら、リズベルを小突こうと握りこぶしを作ろうとした矢先。
「――だから何度も言っているでしょ。店を畳むつもりはないって――」
遠くから、そんな声が聞こえてくる。
聞こえた方向へ目を向けると、そこは喧騒により人だかりを作っている。
とりあえず、僕らは声がする方に向かっていった。
◆□◆
「ああ、ビックリした。いきなりぶつかってくるんだもんなぁ」
リズベルがぶつかった少女は埃を払いながら、溜息をついていた。
黒を基調としたドレスを纏った十代前半くらいの銀髪の少女。その美しさもさることながら気品のようなものも窺える。
見る限りはそれこそリズベルの言う通りどこかの貴族の令嬢にも見える。
「災難でしたね、お嬢様ぁ。お怪我はありませんかぁ? もしそうだったら私今から引き返してあの小娘とっちめてきてやりますよぉ!」
「うん。私は大丈夫だから落ち着いてね、ミラカナ」
そんな彼女の周りを飛ぶ蝙蝠は人の言葉でキーキーと騒いでおり、お嬢様と呼ばれた彼女も特に自然な調子でミラカナと呼ぶ蝙蝠に話しかける。
それよりも、むしろ彼女としては、あの桃髪の少女の傍にいた男が気になった。
どこかで見た気がするが、人だかりでよく顔が見えなかったのが残念だった。
(まぁいいさ。これからの大仕事に集中するとしよう)
まったくどうして自分がこんな場所まで来なければいけないのか。
彼女……メアは内心散々毒づく。
仕方ないと言えば仕方ない。
ガルドフはこれからの魔王軍の再編を担っており、前線の方にはようやく復帰したヴェロニカに立ってもらっている。
前線には再び勇者が参戦してくるとの情報があったが、今までの情報、そして直接戦ったガルドフからの評価から推し量るに、ヴェロニカならば今の勇者なぞ敵ではないだろう。
しかしヴェロニカといえば、だ。
「この前の辺境都市での哨戒任務。あの子絶対何か隠してるよね」
特に確証があったわけではない。
長い付き合いからくる勘だ。
下手人は元聖騎士の神父だったとか宣っていたが、メアは信じていなかった。
彼女がああも楽しそうに語るときは決まって自分やガルドフが貧乏くじを引くのだ。
できれば自身でこの案件をもっと調べてみたかったが、この通り自分も今回の作戦で人間の領内へ出向かなければいけなかったので仕方がない。
ここまでの経緯を思い出しながら、彼女は街道の端に駐留させていた馬車に乗る。
その馬車の中は黒い暗幕で車窓からの日光を遮っていた。
「ふぇ~。ようやく忌々しい陽の光ともおさらばできましたよぉ~」
飛んでいた蝙蝠は言うや否や、ボフンと白煙を上げて、中から一人の女性が現れた。
赤みがかった紫の長髪をツーサイドアップしたメイド服の女だ。
「はぁ~。この姿なら、ようやくメアお嬢様を存分に愛でることができますぅ!」
そのメイドは蝙蝠の時と変わらないハイテンションで満面の笑みと共にお嬢様と呼ぶ少女……メアに抱き着く。
「うん。ミラカナ、暑苦しいからやめて?」
当の少女……メアは心底うんざりした表情でミラカナを引き剥がそうとするが、彼女の腕力は人間と変わらないので無理な話だ。
調子に乗ったミラカナは涎を垂らしながら、暴走していく。
「はぁはぁ! メア嬢様の透き通るような白い肌! そこから薫る甘い匂い! クンカクンカ! たまらないですぅ……このままガップリ牙を突き立てて血を吸いた――ぐぇ」
「不敬……だぞ……ミラカナ」
暴走を続ける彼女の髪を何者かが後ろから引っ張る。
それは執事服を着た犬の獣人……のはずだが、服の下から見える顔や手は包帯で巻き覆われており、素顔はほとんど見えない。
「なにするのよぉ、この干物犬!」
「……主に……劣情……抱く……愚か者……諫めた……だけだ」
がなる女吸血鬼に犬獣人……のミイラはたどたどしくもはっきりとした口調で答える。
「失礼な。これは劣情ではないわぁ! ……そう、これは愛! 愛からくる忠義! 私の忠義が体中から迸っているのよぉ!」
「やぁヌビンス。首尾はどうかな?」
「万事……滞りなく……進んで……ます」
「あれれぇ~私は無視ですかぁ? でも、メアお嬢様のそんなつれない所も愛しゅうございますぅ!」
ヌビンスと呼ばれたミイラは隣でぎゃあぎゃあ騒ぐ女吸血鬼を無視して、細かな状況と経過を報告し、メアも同じく彼女を視界に入れないようにしながら、報告を聞いて何度も頷いている。
「とにかく油断は禁物だよ。海で魂の収集任務についてたシーガーからの連絡も途絶えている。何があるかわからない」
「はぁい」
「……御意……」
そうして全ての報告を聞き終えたメアは溜息一つついて車窓のカーテンをぬぐい、メアは街の様子を一瞥する。
「それにしても随分と人が多い所だね」
「……人間たち……集落……特に……賑わってる……場所……ですので」
生者と活気に満ちたその都市の様子を彼女は見守る。
「まあ人が多いのは良い事だよ」
三魔将の一人、邪霊提督メアは言葉を続ける。
「いっそ全員アンデッドにしてしまえば良い戦力になるだろうしね」
それはこの都市に住む人間にとっては最悪以外の何物でもない一言であった。