21話 港町へ
地方都市から出発した僕とリズベルは港町ヨーグへ向かっていた。
目指すは自由都市ヤンタタ。
そこでかつての勇者パーティーの仲間たちと合流するためである。
まあ、一人余計なのがついてきているが誤差の範囲だ。
「ククッ、ガキ共。命が惜しければ金目の物を置いていきな」
――ところがその道中、僕らは武装したやたらと人相の悪い男たちに囲まれてしまっていた。
「聞こえなかったのか? さっさと持っているもん全部置いて行けってんだよ」
男たちはこれ見よがしに剣やナイフを振り回し、こちらを威嚇してくる。
彼らの表情は贔屓目に見ても、友好的とは程遠く、欲望と悪意に満ちている。
(……なるほど。今僕らは山賊に襲われているのか)
人に襲われる。
魔物や魔王軍とばかり戦っていた自分としてはこういう体験は初めてなので、少しばかり新鮮だな。
「なんだ、この男。キョトンとしやがって」
「状況に頭が追いついてねんだろ。世間知らずのお坊ちゃんかよ。だったら金もたんまり持ってるかもしれねえな」
あ、うん。
確かに少しばかりのんびりし過ぎだとは思う。
でも、かつて本能や殺意全開で死に物狂いで襲いかかってきた魔物や魔王軍の連中と比べれば、言っては何だが彼らの事をあまり怖いとは思えないのだ。
それと、これは親父さんからもらったお金だ。こんな人たちに一銭たりともくれてやるつもりはない。
なにより、また一文無しなって路上に行き倒れるのは御免である。絶対に死守しなきゃ。
思えば、昔はいくらでも支援も受けられたからな、こうしてちゃんと準備してやりくりしながら旅をするなんて初めてだな。
逃亡生活の時はそんなのを味わう暇なんてなかったし。
「ちょいちょい。何ボーッとしてんのさ」
と、色々と物思いに耽ってたら、隣からリズベルに小突かれてしまった。
申し訳ない。
最近、色々と考えすぎてフリーズすることが多くなった。
「おいおい、そこのガキやる気か?」
「ひゃはは。無理するなよ、坊や」
「今なら持ちモノ全部置いて……いや、そこのお嬢ちゃんは俺たちと一緒に来てもらおうか?」
欲望をギラつかせた目でゲラゲラと嘲笑する山賊たち。
その中で一際いかつい男(おそらく山賊たちのボスだろうか)はリズベルの顔を見て、好色そうな視線を向けており、当の彼女は露骨に嫌そうな顔をする。
「くく。中々可愛い顔してやがる。体の方は……ないな。仕方ねぇ、好事家にでも売るか」
しかし、ボスはリズベルの胸の部分を見て一瞬でスン、と露骨にテンションが下がった。
「ふざけんなぁ!」
「ぐぼぉ!」
次の瞬間、リズベルの飛び蹴りがボスの顔面に炸裂した。
曲がりなりにも冒険者をやっている少女の両足を使った全力のドロップキック。
それをまともに受けた山賊のボスはそのまま地面にゴロゴロと転がった後、ピクピクと痙攣したまま動かなくなった。
まさに電光石火の早業である。……あの人、大丈夫かな。
「お、お頭ぁ!」
「て、てめぇよくもお頭を!」
山賊たちは何が起こったのかわからず、ポカンと口を開けていたが、何が起こったのかようやく理解すると慌てて駆け寄るなり、罵詈雑言を飛ばすなりしてくる。
「酷くない? コイツ明らかに私の胸を見てテンション下げてた! やっぱ山賊するような奴は人の心がないんだねっ!」
それらをガン無視して、顔を真っ赤にして怒るリズベル。
そうだね。
とりあえず恐喝・窃盗はいけないよね。ついでに暴力なんてもっての他だよね。
あと、大丈夫だよ。
さっきその人が言っていたように需要はあるみたいだし、気にすることはないって。
……って言ったら、怒るだろうと思い口を噤んでいたら、察したのか足を蹴られた。
なんで、この子こういう所だけ鋭いのだろうか。
「お、お前ら武器を構えろ。コイツら結構やるぞ!」
こちらがただ者ではない、と向こうも理解したのか。
山賊たちも油断を無くして、静かに臨戦態勢を取る。
でも、残念ながら遅いな。おかげでこちらは色々と仕込みができた。
「い、いくぞお前等……ぎゃあ!」
「ぎゃばー!」
「あべぇー!」
先手必勝とばかりに山賊たちが足を踏み出した途端、彼らは足元から思いきり吹き飛ばされる。
これはさっきリズベルと馬鹿をやりながら、仕掛けておいた魔法と火魔法のブレンドの即席地雷だ。
昔アンジュから教わった罠で弱い魔物ならこれで簡単に撃退できるそうだ。
もっとも、彼女の魔法はもっと強い魔物も倒せるぐらい威力があったが。
僕のもそこまで威力はないが、そもそも命まで奪う気はないし、場を乱せれば充分だ。
実際、山賊たちは阿鼻叫喚の大混乱だ。
僕はそろそろ各個撃破するために剣を抜く。
「よおし。こうなっちまったら仕方がない。ラッシュ、今日はコイツらが飯のタネだよ。やっちまいな!」
リズベルはビッと親指を下に向けながら怒鳴る。
……もうどっちが悪者なのか、わからないな。
◆□◆
そうして、なんなく返り討ちにできた僕はそのまま山賊を縄で縛りつけて、町まで連行した。
さすがに町中まで引っ張っていくわけにもいかないので、町の門に当たる衛兵の詰め所に引き取ってもらうことにした。
なんでも、彼らは冒険者からも捕縛依頼が出ていた連中らしく、正式な依頼を受けてないから、報酬は出せないけど、報奨金っていう形で出せるらしい。
「お金も貰いがてら、とりあえず、この町の冒険者ギルドの組合所で情報を集めてみよう」
冒険者ギルドの寄合所……酒場や宿屋も兼ねているのはどこの支部も同じらしい。
だが、ここの寄合所にいる彼らはやたらと数が少ないし、どこか顔に覇気というかやる気的なものがないようだった。
冒険者ギルドとは腕自慢の荒くれ者の受け皿となっている部分もあるのだが、そこにいる彼らは一様に顔が暗い。
「いやー報奨金って言っても結構貰えるもんだねぇ!」
とりあえず、受付の方で手続きを終えて換金を済ませたズベルがホクホク顔で嬉しそうに駆け寄ってくる。その際に彼女は隣の掲示板に目を移す。
「ふむふむ。半魚狼の討伐、氷亀の甲羅の一部の採取、行方不明になった漁船の捜索。へえ。町一つでこんなに依頼の種類も違うんだねぇ」
リズベルは貼られた依頼を眺めながら、感心したように頷いている。
「それで自由都市って奴にはどうやって行くの?」
「うん。まずは船を使うんだ」
僕は背負っている荷物袋から地図を取り出して、説明する。
僕らがいるのはこの大陸の西側だが、自由都市ヤンタタは東……逆にある。
陸路が使えればいいのだが、その途中でファルノア王国が存在している。
つまり王国の領土を横切らねばならないという事だ。
だが、この町の港から交易船が定期的にいくつも出ているそうだ。
ならばその船のどれかに乗せてもらい、大陸を挟む運河沿いに渡って、向こうのシープスという港町に行く。
そこから馬車で三日ほど進めば自由都市ヤンタタだ。
「あいにくだけど今は船は出てねえよ」
「えっ」
突然、後ろの方から話しかけられる。
そこにいたのは日焼けした肌に筋骨隆々の大男。
冒険者というよりも漁師みたいな感じの人だ。いや、それよりも気になることがある。
「船は出てないってどういうことですか?」
「そのまんまの意味だよ」
忌々しそうに男は呟く。
なんでもここ最近、海の魔物が活性化しており、漁は勿論、貿易もままならぬ状態らしい。
「こっちも迷惑してんのさ。俺も漁は休業中で、しばらくは副業の冒険者だ」
言いながら、男は背中の大斧を担ぎ直す。
「どうしても船で行きたいんです。どうにかできませんか?」
「しつけぇな。俺に言ったって……いや待てよ。商人の誰かが船を出そうとしてるって聞いたことがあるな。‥‥‥そろそろ俺も海に出たいし、探してみるか」
僕らは去っていく彼の後ろ姿を黙って見送った。
◆□◆
「さて、どうしたものか」
「そうだねぇ。お昼ご飯はどこにするか迷うね 私もうお腹がペコペコでさー」
こっちが今後の予定に頭を悩ませていると、リズベルは昼飯の予定に悩んでいる。
この子はいつも人生が楽しそうで羨ましい。
「いつまでもクヨクヨしていたって仕方ないじゃん。ほら。この店とかマジでおすすめなんだよっ」
彼女が指差す店からはなるほど。たしかに中から美味しそうな匂いが漂ってくる。
いや、でもそんな風に食べていられる状況じゃないんだってば。
「ほら。ここの海鮮鍋は絶品なんだってさ!」
ああもう。だから何度も言っているだろう。僕らはこんな所で油を売っている暇は――
「美味い! ちょ……これ本気で美味しいんだけど!」
数刻後、僕はその店で鍋をまるごと平らげながら絶賛していた。
これはアレだ。
カニの出汁が良く出ているうえに、白菜と白身魚の切り身によく染み込んでいて、この上ない愛称を引き出している。その上にタコの肉団子はプリッとした歯ごたえで……それでそれで。
「レポ下手くそかよ。……いやー、誘ったのは私だけどさ。正直手の平グリングリンでマジ引くわ」
いや。そんな目で見るのは本当止めてほしい。
今までこうやって食べ歩きしている暇とかなかったし、その反動と言いますか……。
「それで今後の予定は決まったの?」
「それなんだよなぁ……」
とはいえ、彼らからすれば商売あがったりなのもいい所だ。
さっきの人が言っていた近々護衛のための腕利きの冒険者を集めて船を出すという話。
そもそも、ついさっきこの町に到着した自分たちにそんなコネはない。
以前にそこまで危険を冒して、海路を使う必要もないだろう。
人の目が多く、時間がかかると言っても、陸路の方がまだ安全で確実な気がする。
「でも、ここの海の魔物とやらを無視したら、いつかコレも食べられなくなるよね」
鍋の汁をすするリズベルの言葉に僕は想像以上の衝撃を受けた。
なん……だと。
この美味しい海鮮鍋が食べられなくなるだと……。
「許せない……許せないぞ!」
思わずテーブルを叩く。
もうこんな美味しい鍋が食べられなくなるなんて耐えられない。
僕の中で凄まじい怒りが込み上げる。
この街の海鮮料理は僕が守る!
「おちつきなよ‥‥‥」
おや?
なんだか、うんざりした顔でリズベルがドン引きしてる。珍しいな。何があったのだろう?
「そこの旅の方。相席よろしいですかな?」
そこへ後ろから声をかけられる。
振り向くとそこには恰幅の良い柔和な笑顔のおじさんが立っていた。
身なりから商人とかだろう。
その人は店員にいくつかメニューを注文すると、話を切り出す。
「なんでも船を探しているとか?」
……なぜそのことを知っているのだろうか。
「色々と調べさせてもらいました。あの山賊たちを捕えたのもあなた方なのでしょう?」
つい半日前の事なのに、どこでそんな情報を仕入れたのだろうか。
完全にこちらの事を知られているようだ。
最初は柔和だと思ったその笑顔は今では胡散臭そうな印象しかない。
「ならば、よければ私の船に乗りませんかな」
……やはりこの人は例の商船を所有する商人のようだ。
話を聞いてみると、そろそろ貿易を再開させたいのだが、一向に魔物による海難事故は収まる様子はない。
なので、冒険者を雇い入れて、駆除することにした。
「そろそろギルドにも正式に依頼を出そうと思っていたのですが、今引き受けてくだされば手数料をお付けしますよ?」
なるほど、僕らの他にも沢山の冒険者に話しかけているらしい。
「どうですかな?」
「いいですよ。私たちで良ければ喜んで」
とにかくここはじっくりと考えなければならないのに、思った傍から、隣のリズベルが勝手に承諾してきやがった。
もう少し僕の意見も尊重……せめて考える時間をくださいませんかね。
「やりなよ。勇者なんでしょ?」
リズベルが小さく耳打ちする。
……それを言われると弱い。
例え勇者ではなくても、心だけは勇者でありたい。
それは確かに僕が抱いた決意だ。
「……わかりました。お受けします」
「おお。ありがとうございます!」
観念したように絞り出した僕の言葉を商人の人は嬉しそうに飛びついた。
「いやぁ、一度船に乗ってみたかったんだよねぇ」
……やっぱり彼女を連れてきたのは失敗だっただろうか。