20話 その頃の重戦士と魔法使い
とある森の奥深く。
人里からも大分離れている木々が生い茂る山岳地帯。
魔王の支配からも逃れた多種多様な魔物たちが多く生息するため、滅多に人も立ち寄らない。
そんな人の手が入っていない未知の領域が今は数多の明かりと共に物騒な喧騒に包まれていた。
「ちくしょう。どこに行きやがったあの人間ども!」
「手当たり次第、煙幕を撒き散らしやがって……」
「なんとしてでも見つけ出せ!」
騒いでいるのは松明を持った武装した獣人たち、竜人や果ては知恵のあるアンデッドまでもが混じっている集団だ。
彼らはこの地域に派遣された魔王軍である。
「侵入者はまだ見つからないの?」
その中で、捜索を続ける彼らに、この現場を任されている指揮官の女が部下に状況を問う。
軍服から覗かせる漆黒に近い褐色の肌、そして長い耳を持つ美しい女、ダークエルフだ。
「も、申し訳ありません。必死に捜索しているのですが……」
部下である犬の獣人は頭を下げる。
彼らとて決して無能ではないのは彼女とてわかっていた。
どうやら報告を聞いている限り、おそらくは冒険者。しかも並の腕ではないようだ。
彼女らの目的は二つある。
一つは魔王軍の目的はここに拠点を設置すること。そして、もう一つは世界に点在する古代文明の遺跡のマジックアイテムの探掘だ。
そのはずだったのだが……。
「まさか隠蔽魔法で木造の小屋が隠されていて、その中に二人の人間が隠れ潜んでいたなんてね……」
魔王陛下直属の近衛である自分が陛下から勅命を受けて、この遺跡での発掘と調査を任され大分たつが、目撃報告を受けるまで、そんな建物が存在するなんてついぞ知らなかった。
己の不明さを恥じるばかりである。
「調べてみた所、その小屋には大量の魔法研究や遺跡でも記されていた古代魔法についての記述が残されていありました。書物の状態から相当前のものであると思われます」
「そんなに長い間……私たちが来る前からここで暮らして研究を続けていたというの?」
「い、いえそこまではまだなんとも……」
「とにかく、人間どもに我らの動きを悟られるわけにはいかないわ。絶対に捕えなさい。場合によっては殺しても構いません」
「はっ!」
ダークエルフの女の命令に部下の獣人はかしこまり、捜索に加わっていった。
……その一方で逃走しているという人間の二人は、魔王軍の追跡を振り切ろうと必死に森の中を駆けずり回っていた。
「あーもう。なんでこんな所に魔王軍がいるのよっ!」
「知るかよ。あーもう、クソっ! ホントついてねぇ!」
実際に駆けずり回っているのは二人の片割れの男の方。
もう片割れの赤毛の少女は愚痴りながらも、彼に両手で抱き抱えられながら熱心に手元の書物を読んでいる。
それに対して、男が限界近く足を動かして、息切れしつつも問う。
「回収するのは本当にそれだけでいいのか?」
男……ガンズの問いに少女……アンジュは頷く。
「ええ。今の私じゃ他の術式なんて理解もできないし、扱えもしないわ。もちろん魔王軍の連中にもね」
そもそも彼女らは古代遺跡を目的に来たわけではなかった。
元勇者パーティの聖女シスカと魔法使いアンジュに重戦士ガンズの三人は勇者ラッシュと別れた後、自由都市ヤンタタに潜伏していた。
だが、その間も彼女たちは失った力を取り戻すために研究や調査を進めていたのだ。
結果、アンジュは都市の図書館の古い文献を漁っているさなかでとある資料を見つけた。
それはかつての勇者パーティーの魔法使いレヴァンノが残した書記だ。
幅広い知識を持ち、それらを他者に広める事を旨としていた賢者アルファムと違い、己の魔導を極める事に注力していたこの人物は、最強の魔法の開発と会得という、より尖った探求を続けていた。
そのために彼はありとあらゆる魔法を調べて吸収していった。古代文明で実在したとされる失われし古代魔法の再現と今となっては禁忌とされる禁断魔法の研究。
そして、その一部の研究成果はアルファムに引き継がれ、思わぬ形でラッシュに貢献することになるのだが、それは今この二人の知る由ではない。
もしかしたら、自分たちの力が元に戻る手掛かりがあるかもしれない。
希望を見出した彼らはいまだに心身ともに疲弊しており動ける状態でないシスカは都市に置いて、二人はその研究資料を手に入れるため旅に出た。
レヴァンノの噂を手繰り寄せて、そうして彼が滞在していたと思わしき場所をしらみ潰しに回った結果、必死の思いでこの古代遺跡へ辿り着いたのだ。
おそらくはレヴァンノも古代文明を調べるために、そこに居を構えていたのだろう。
隠蔽魔法により、巧妙に隠されていたが、魔力と魔法の大部分を失ったとはいえ、神童と呼ばれたアンジュはそういった魔法に対する知識もあったため、魔王軍よりも先にその場所‥‥‥隠された研究ラボを見つけ出せた。
巧妙に隠されていた家の中にはレヴァンノが置いていったと思わしき、資料の山が沢山あった。
魔法使いからすればまさに宝の山だ。
だが、最悪な事にすぐそばではどういうわけか魔王軍が駐留しており、彼らは自分たちの足の痕跡をたどり、この研究ラボを見つけてしまった。
外から魔王軍の手が迫る中、アンジュは最短最速でその膨大な紙の山に目を通し、一つの研究メモが記されたそれを手に入れることができた。
決してその他のものに興味がなかったわけではないので、もしも魔王軍が駐在していなかったら、もう少しばかり探っていたかもしれないが贅沢は言っていられない。
「だけど見つけた。ついに手に入れたのよ!」
「大声出すなぁ!」
彼女の手にある数冊の古びた書物。
時間を巻き戻す魔法、呪いを無効化する魔法、魔力を活性化させ増幅させる治癒魔法。
それがレヴァンノが残した研究成果の一部だった。
「あそこにいるぞ、追え!」
「絶対に逃がすな!」
後ろから魔王軍の怒声が聞こえてきて、ガンズは血相を変える。
それでもテンションが上がりきったアンジュは気付かずに興奮で頬を赤く紅潮させている。
「これで私たちの力を取り戻せるかもしれない……! 待っててね、ラッシュ、シスカ!」
「と、とりあえず今はこの場をしのぎ切る事を考えようぜ」
すぐ後ろにまで追いかけていた獣人の兵士の手がすぐそこまで伸びてきている。
だが、ガンズは背負っていたカバンから黒い玉を取り出し、片腕だけで器用に点火して後ろに投げ捨てる。
爆音と共に後ろの方から悲鳴が上がる。
「前から思ってたけどその鎧の下どうなってるの?」
「傭兵のたしなみって奴だ」
戦う力を全て失ったわけではないが、今の自分たちであの人数を相手取るのは無謀もいい所だろう。
(なんにせよ。このままうまく逃げおおせられれば……)
――ドオオオオオオオオオオンッ‼
「きゃあっ!」
「うおぉっ! なんだなんだぁ!」
そう僅かに気が緩んだ瞬間、轟音と共に後ろの方から大きな爆発がした。
自分が投げた爆弾によるものではない。
チラリと後ろを振り返ると、いくつもの火球が降り注ぎ、森を焼き地面を爆破している。
どうやら向こうはなりふり構わず大規模な破壊魔法を繰り出してきたらしい。
「あいつら正気⁉」
「ちくしょうめ! 山火事になっても知らねえぞっ!」
上等だ。
ここまで来たら、絶対に逃げ切ってやる。
ガンズはさらに装備していた風魔法を付与した具足によって走る速度をさらに高めた。
「逃がしはしないわ」
「うげっ!」
「ひぇっ!」
そして、後ろから迫るのは爆風を突っ切って風の魔法で加速したダークエルフの女戦士。
命を懸けた鬼ごっこが始まった。
ストックほぼ使い切りました。
書きかけ完成させて投稿していきますが、元々遅筆なので、不定期になったり、粗が目立ったりするかもしれませんのでご了承ください。エタらないように頑張ります。