表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/26

19話 新たな旅立ち

 明日にでも……と思ったものの、所詮は僕も人の子。

 確実に動けるようになるまで、一か月ほどかかった。

 

 それでもあの瀕死の状態から考えると、治療魔法と賢者さん様様である。


  そうして、ようやく怪我が完治して、退院した僕は冒険者の人たちに誘われて退院祝いの飲み会に出る。


 あのダンジョンでのヴェロニカと僕の会話を聞いて、色々と察した人もいただろうが、誰もあえてそれを聞かずに、全員あの場から生還できたことを喜び祝杯を挙げてくれた。

 本当に皆いい人たちだ。

 そのまま夜遅くまで騒いだ僕らは全員眠りこけていた。

 その中で僕は一人起きて、全員分の酒代を置いて店を出た。


 僕がずっと居候させてもらっていた親父さんの店だ。

 親父さんは朝に変えると伝えておいたから、まだ眠っているだろう。

 僕は忍び足で自分の部屋まで行って、荷物をまとめて背負い込む。


(お世話になりました)


 小声でそう呟いて、僕は店を出ようとする。


「こんな夜更けにどこ行こうってんだ?」


 扉のノブに手を伸ばす寸前に後ろから声をかけられた。

 振り返ると、カウンター席でドワーフの親父さんがいつものように不機嫌そうに佇んでいた。


「勘違いすんなよ。別に引き留めようってわけじゃねえ。……ったく挨拶の一言も言えねえのか。この朴念仁は」

「すいません」

「そんな言葉が聞きてえんじゃねんだよ。……で、本当に行くのか?」

「はい」


 僕は迷いなく答えた。

 休息は充分過ぎるほどにとった。もういいだろう。

 静寂が支配する。


「そうかい。じゃあこれを持ってけ」


 やがて親父さんは溜息をついてこっちに向けて何かを放り投げる。

 それは鞘に納められた長剣……ドワーフの手で鍛えられた鋼の剣だ。そして鞘に紐で結びつけられた巾着袋。その中には一月は遊んで暮らせる量の路銀が詰め込まれていた。


「前に貰った魔剣とやらは折れちまったんだろ? それは俺が今まで作った代物の中じゃあ一番マシなほうだ。それとコレだ」


 もう一つ手紙を渡される。


「どうせ自由都市に行くんなら、そこには俺の兄弟が店を開いている。一回そっちを訪ねてみろ。偏屈な奴だが、俺よりも人情があるから力になってくれるだろうぜ。それにこの時期なら、そろそろ武闘会みたいな祭もあるしな。出場できるように融通きかしてくれるかもしれねえ」


 そういえば自由都市ヤンタタでは武豪祭いう名の武闘会が毎年開かれてるって聞いたことがある。

 確か優勝者にはその年で都市で一番の出来の剣が授与されるんだったか。


「親父さん……」

「何も言うな。礼がしたいっていうなら、お前がまた返り咲いた時、この店を贔屓にでもしてくんな」


 僕は店を出て、ゆっくりと振り返り、また一礼する。


 このまま街を出るべきなのだろうが、まだだ。

 僕には他に寄らないといけない所がある。


 しばらく寝静まった誰もいない夜の街を歩いて、アルファムさんの家に辿り着く。


「そろそろ来ると思いました」

「こんな夜更けに失礼します」


 深夜だというのにアルファムさんは起きて待っていた。おそらく僕の行動などあらかじめ予想できていたのだろう。

 僕は自身のこれからについて説明した。

 彼は最初の時と同じように静かにこちらの話に耳を傾けてくれた。


「頼みがあります。もしも万が一、この街に魔王軍が僕を目的に攻め込んでこないように後の事をよろしくお願いします」


 押し付けるような形になって申し訳ないけれど、こんな事を頼めるのはこの人にしか、他にいなかった。


「酷な事を言いますね。今の私は勇者パーティでも賢者でもなく枯れきったしがない老人ですよ?」


「それでもです。賢者アルファム、お願いします」


 そもそもこの老人はまだ何かを隠している。僕は直感でそれを感じていた。


 ピシリと少しばかり僕と彼の間に重い空気が貼り詰める。


 どれほどの時間が経過しただろうか。

 ……やがて、アルファムさんは根負けしたようにプッと吹き出して微笑んだ。


「失礼。昔を思い出して、思わず頬が緩んでしまいました。お願いに関しては言われずともそのつもりですよ。この街は居心地が良いですからね」


 その笑顔は真意こそ読めなかったものの、少なくとも悪意は感じられず、信用に値すると、僕は思った。


「あと、これを皆に……エルフの方々とリズベルに渡しておいてください」


 僕は書いておいた手紙を渡す。

 内容は彼女やエルフの人たちへの感謝と謝罪をしたためたものだ。


「せめてリズベルには会っておいた方が良いのでは?」


 そういえば彼女にも礼を言っていなかったな。

 思えば鬱陶しいとあしらいながらも、彼女の明るさには何度も助けられた。


 だからこそ会うと辛くなるだろう。


「わかりました。あなたの旅に幸多からん事を」


 そうエールを送られながら、僕は賢者アルファムの家をあとにする。これで用事は全て済んだ。

 あとはいよいよこの街を出るだけだ。

 ところが――。


「ふっふっふ。絶対にここを通るとは思ってたわ」


 そろそろ街の外に出るという所で、不意にそばの家屋の暗がりから、その彼女の声が聞こえた。


 ……僕はとりあえず聞こえなかった事にして通り過ぎる。


「ちょ……おいコラ待て! 無視しないで!」

「……」

「え。何その露骨に嫌そうな顔。私そんなに嫌われてた?」


 嫌いじゃないよ。

 ただ面倒くさいって思っただけだよ。


 正直にそう言ったら、ウガーと両手を振り上げて突っかかってくる彼女を僕は適当にいなしながら、改めて彼女の装いを見てみる。

 彼女のその恰好と荷物……明らかに旅装束だ。なんとなく意図を察した僕はどうやり過ごすべきか、と今度は頭を悩ませる。


「ああ。その顔絶対テキトーに誤魔化そうとしてるでしょ! ムキー!」


 今度は地団駄を踏むリズベル。

 顔を会わせれば、寂しくなるって思っていたが、ひたすらにウザいだけだった。

  

 やがて彼女は居直って改めてこちらが予想していた通りの要求を言う。


「私も連れてって!」

「駄目」


 予想できていた彼女の要求を僕はにべもなく切り捨てる。


 僕の道行く先はきっと魔王軍が立ちはだかるだろう危険な旅だ。


 さらに言うと今の僕には何の大義も高尚な目的もない。

 「こんな所で終わりたくない」というただの僕の意地によるものだ。

 そんなくだらないもののために彼女を巻き込みたくなかった。


「構わないよ」


 それをリズベルは一言でぶった切った。

 そこにはいつもの怯えたり騒いだりする彼女の姿はなかった。

 どころか、むしろ強い決意さえ感じられる。


「あなただって気付いているでしょう? 私も知りたいんだってば……自分の正体」


 知らないふりをしていたが、どうやら誤魔化せなかったようだ。

 あの一瞬、ヴェロニカの動きを止めた一喝。

 僕にはよくわかった。


 あれは魔族の魔力だ。そして彼女も薄々は気付いているのだろう。


「私ね。お父さんもお母さんもいないの。死んだ理由は前に話した通りだけどさ。なんだか嘘くさいんだよね。おじいちゃんアレで嘘下手だし」


 言われてますよ、賢者さん。


「あのヴェロニカっていう人も私のこと知ってるような顔してたし、あなたについていったらもしかして私の事もわかるんじゃないかなって思うわけですよっ!」


 ビシッと指をさしながら、宣言するが、僕は無言のままノーリアクションなので、リズベルは頬を赤くしながら咳払いして、改めて要望を伝える。


「あなたの意地に私も巻き込んで、その代わり私も私のワガママにあなたを巻き込むから」


 静かにそれでいて、さっきよりも強く意思を込めて言う。

 それを受けた僕は溜息をつく。


「あとで帰るって言っても聞かないぞ」


「……うんっ!」


 リズベルが魔族であるならば、彼女は僕の目が届く場所にいた方が良いかもしれない。でも、これ絶対アハイムさん知ってるよね。

 知っててさっき送り出したよね。

 そんなこっちの心情も介さず、彼女は顔をほころばせてガッツポーズをとってる。


「それでさ。まずはどこへ行く気?」

「とりあえずそろそろパーティメンバーと合流したいから、大きなギルドの仲介所がある場所に行きたいかな」


 たぶん、偽名で冒険者やっているか。僕らにしかわからない暗号や手がかりを残しているはずだし。


「よっしゃ!じゃあさ。まずは手始めに近くのヨーグっていう港町を行こうよ。そこはね。おいしい海鮮料理が沢山あるんだってさ!」

「ねえ。なんでいきなりそんなノリ出してるの? そんな空気じゃなかったよね?」

「あはは。冗談だってばー」


 新たな相方と共に緊張感の欠片もないやり取りをしつつ、こうして僕の二度目の冒険が幕を開いた。



◆□◆



 賢者アルファムは旅立っていく二人を遠視で見送っていた。


 彼の目に映るのは己が孫娘として育てた少女だ。


 二人を眺めながら、親友から彼女を預けられた時の事を思い出す。


 何十年も前に袂を分かち、去っていった親友。

 そして十年ほどたったある日、彼は突然、自分の前に姿を現した。

 

『お前にしか任せられない。俺と彼女の子を頼む』


 彼はそう言って両手に大事そうに抱えたのは揺り籠ほどの大きさの赤い水晶。

 その中にスヤスヤと穏やかな寝顔で赤子が眠っていた。

 その赤子は目の前の男……人間と魔王と呼ばれた魔族の女との間に生まれた子だった。


『何とか奴らの目を誤魔化すために、秘術で彼女の胎内からこの中に移動させて、二十年近くも眠らせ隠し続けてきたけどもう限界だ。俺は彼女の遺志を継いで、次の魔王にならなければならない。いずれ新しい戦争が起こる。俺が起こす。そんな俺が育てちゃいけないんだ』


 自分は育てる資格なんてない。

 それに、きっと危険だから。

 実際それで彼は愛する女性……先代魔王アイシアを失ってしまった。

 

 何よりこの子の存在を世に知られるわけにはいかない。


 だから、全てを秘匿して今日まで育ててきた。


 そして、当代の勇者がこの街に来た……しかも勇者としての権能をほとんど失っていると知った時はまさに奇跡だと思った。

 なればこそ、アルファムはリズベルを彼に託すことを決めた。


 抜け殻の勇者と魔王の卵。


 全てを知ったら、あの子たちは私たちを恨むかもしれない、それでも賢者は彼女たちの旅に幸多からん事を祈り続ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ