18話 一旦終わって
「ううん……」
僕……ラッシュが目を覚ますと、知らない天井があった。
……なんだか、最近同じようなの繰り返してばかリな気がする。
「ここは……痛あぁっ!」
ゆっくりと体を起こそうとして、とんだ激痛に見舞われた。
体中が痛くてしょうがない。
ふと窓に映った自分の姿を見てみると、僕はミイラ系のアンデッドの如く包帯でぐるぐる巻きにされており、よく見ると治療魔法が編み込まれた術符も至る所に貼りつけられていた。
ああ、そうか。思い出した。
僕は街のダンジョンであのヴェロニカと遭遇した。そして無謀にも一騎打ちをすることになって、最後に渾身の一撃をぶつけ合って、……それでこうなっちゃったんだっけ。
しかし、それでもちゃんと僕は生きてる。これは奇跡といっていい。
……ところで、ここはどこなのか、改めて見回してみる。
清潔感のある白い部屋。心地よい風に波打つカーテンからは光が差し込んでいる。
エルフの集落の家でも、居候している武器屋から間借りしている自分の部屋でもない。
自分が寝ているベッドと同じやつがいくつも並んでいる所から、ここは病院だと辺りを付ける。
ガチャンと向こうで何かが落ちる音が聞こえた。
見ると、部屋の入口の方でタオルと洗面具を落としたリズベルが、呆然としながら立ち尽くしていた。
「起きた……」
「あ、おはよ――」
「起きたああああああああ!」
こっちが言い終わらぬ内にリズベルが泣きながら抱き着いてきた。
その顔は涙と鼻水でグジュグジュだ。いつもあっけらかんとしてマイペースな彼女とは思えなかった。
そうか。
そんな彼女に僕はここまで心配をかけさせてしまったのか……。なんだか申し訳ない気持ちになって、思わず謝罪の言葉を口にしようとしたが。
「これで死なれちゃったら私のせいになっちゃうところだったよぉ!」
……僕の申し訳なさを返してほしい。
その後、僕はリズベルから僕が気を失った後の話を聞くことになった。
ヴェロニカが放った渾身の一撃。
ギリギリ直撃はさけたものの、余波だけでも相当なもので、それをまともに受けた僕は魔力も体力も完全に使い果たしていたのもあり、丸三日ほど眠っていた。
魔力はほぼ使い切ったことでの極度の疲労。
さらには体中に大火傷、全身打ち身やら骨折やらのオンパレード。
わりと命の危機だったのだが、居合わせていた冒険者の人たちが、まだダンジョンに滞在していた治癒術師や回復魔法を使える僧侶を呼んできてくれて、なんとか命を繋いでくれた。
運び込まれた治療院での集中治療。
そして、どこで聞き及んだのかアルファムさんまで駆けつけてくれて、ようやく一命をとりとめたらしい。
本当に生きていたのが奇跡である。
本来ならば冒険者に復帰することも絶望的なほどの怪我だったのだが、快復に向かっているようだ。これも勇者だった頃の力の残滓だろうか?
とりあえず、治療院の皆さん、迷惑をかけてごめんなさい。そしてありがとうございます。
それと、リズベルが言うには突然現れた高位の魔族を僕を始めとした冒険者全員が一丸となって必死に応戦して、魔族は何を思ったか、勝手に撤退していった。……という話になっている。
憲兵や冒険者ギルドのお偉いさんからの事情聴取があったが、彼らは僕が勇者だという話はしなかった。
リズベルが必死に説得して口裏を合わせてもらったらしい。重ね重ねすいませんでした。
しかし、そうか。
やはりヴェロニカは見逃してくれたのだ。
彼女ならば今の僕の命を奪る事など赤子の手をひねるよりも簡単だ。
どうやら彼女は本当に自分なりのやり方で僕の力を取り戻そうとしていたらしい。
やり方は無茶苦茶かつ傍迷惑の極みだが。
「いやいや、違うよ。あのヤベーお姉さんは私が追い返したんだってば」
「はい?」
この娘さんは突然何を言っているのだろうか。
「いやね。いつも稼ぎ場所にしてるダンジョンがさ。あんな風に滅茶苦茶にされちゃってさすがの私も怒り心頭でさ。思わずいいかげんにしろって怒鳴ってやったわけですよ。そしたらあのお姉さん、ビックラこいて退散しちゃったわけサ!」
ドヤ顔で語るリズベル。
……はいはい。
そういや直前に変な怒鳴り声が聞こえた気がするナー。
あれ。キミだったのか。オドロキダナー。
「あ。その顔信じてないな?」
「信じるに足るモノがないんだよなぁ」
ムキーと憤る彼女の頭を包帯の蒔かれてない片手で押さえつける。
だけど、僕はちゃんと思い出している。確かに彼女の叫びと共に、ヴェロニカは動揺して、僕はその隙に彼女よりも早く一撃を叩き込めた。
けど黙っておこう。
あの一瞬、リズベルの体から濃密な魔力……魔族の気配を感じたなんて言えるわけがない。
「むがー! 離せえ!」
とりあえずこうやって茶化して有耶無耶にしておこう。
それより、もう一つ問題があった。
僕の存在が魔王軍に知られてしまった事だ。
ヴェロニカの事だから、僕の存在は本当に隠しているかもしれないが、信用できない。
はっきり言って魔王軍はそんなに甘くない。僕がここに居続ければ、いずれは魔王軍が大挙でここに押し寄せてくるかもしれない。
そうなったら、こんな地方都市ひとたまりもないだろう。
――明日にでも荷物をまとめて、この街を出よう。
僕は静かにそう決心した。
◆□◆
青空の中、雲すらも突き破らんとする勢いでヴェロニカは滑空していた。
その圧倒的な存在に大鳥は逃げ、飛竜は怯える。
彼女は勇者との戦いを終えて、魔王城への帰路へつく途中であった。
「さて困った困った。あの真面目共にはなんて報告しようか」
報告とは勇者の生存についてどう誤魔化すか彼女は頭を悩ませていた。
ふと、彼女は己の右手と胸元を見る。
右腕にはめた手甲……小手から胸部にかけての装甲がひび割れ砕けていた。
互いの攻撃がぶつかったあの瞬間、こちらの命を奪ろうと放った彼の起死回生の一撃は見事に届いていた。
素晴らしい。
勇者としての全てを奪われてなお、彼の心はいまだに腐っておらず勇者のままだ。
ともすれば、いずれはまた力を取り戻して自分の前に立ちはだかるだろう。その時こそ自分たちは雌雄を決する時だ。
決して何人たりとも邪魔はさせない。それが杯を交わした同胞たちであろうともだ。
「そこらの冒険者やはぐれ魔物にやられた、では納得せんだろうからな。困った困った」
ラッシュの今の状態を黙っておくための言い訳を考えつつ、彼女の口ぶりはどこか楽しそうだ。
しかし、その一方でだ。
ヴェロニカは勇者の傍らにいた少女の事を思い出す。
リズベルと言っただろうか、最初は取るに足らない存在だと思って無視した。
だが、戦いを始めて以降もどうしても、視界の端にちらついて、頭に引っ掛かっていた。
単なる邪魔虫と癇に障っただけだとも思った。だが、もっと懐かしさのようなものを感じたのだ。
極めつけはあの互いに最後の一撃をぶつけ合う寸前、彼女の言葉にこちらも思わず振り下ろす腕が遅れてしまった。
仕方ないだろう。
まさか、あの時あの少女の身の内から溢れ出ていた魔力が自分やラッシュ以上の規模だったのだ。面食らってしまうのも無理もない。
だが、それ以上にあまりの懐かしさに目が眩んでしまったのも事実。……自分も良くああやって叱られていたものだ。
『竜の里でお転婆娘が暴れてるって聞いたけどアナタがそうなの? 少しばかりお仕置きが必要かしら』
故郷の里で負け知らずとされていた暴れん坊の自分をたやすく叩きのめした彼女。
『ヴェロニカ。あなたはまたケンカして……喧嘩両成敗よ。説教です。こっちに来なさい』
それ以降も、ちょくちょく里に顔を出して、口よりも手が出る自分を諫めてくれた彼女。
『きっとあなたはもっともっと強くなる。あの人をお願いね……』
最後に愛する夫の身を案じながら、自分に託していった彼女。
「……似ている。妃様に」
主と認めた現在の魔王。
その彼が唯一愛した女……先代魔王アイシアに瓜二つの少女。
「謁見できる状態かわからんが、一度魔王陛下にお伺いを立ててみるか……」