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17話 簒奪勇者のざまぁは続く

「っはああああ⁉」


 意識が覚醒したジャックはベッドから跳ねるように飛び起きた。


「ジャック、よかった目が醒めたのね」

「まったく心配したぞ……」

「ど、どうなる事かと思いましたよぉ」


 辺りを見回してみると、パーティーの女たちやの軍のお偉いさんたちに囲まれていた。


 どうしてこうなっているのか、ジャックは気を失う直後の自分をうっすらと思い出す。

 そうだ。確か自分は魔王軍の大幹部ガルドフとの戦いに敗れ、とどめの一撃を喰らう寸前だったはずだ。


 だが、振り下ろされたガルドフの大剣は、遠くから凄まじい勢いで放たれた投剣がジャックを閉じ込めていた障壁すら貫通して、ガルドフの刃の面に直撃する。


 振り下ろされた刃は軌道がそれて、ジャックのすぐ隣の地面に突き刺さり、思わずジャックはすくみあがる。

 障壁すら破壊破壊させたのは……アンチ魔法効果を付与されていた短剣だ。


『ぬう。邪魔立てするか……ぬぅ⁉』


 地面に転がるその短剣が飛んできた方向にガルドフが怒りの目を向けるも、ゴゴゴとそちらから地響きと共に何かが迫ってくる。

 それは水。全てを飲み込まんと水魔法によって生じた大津波が押し寄せてきたのだ。


『グオオオオオオオッ!』


 津波は自分やガルドフどころか敵味方の軍勢ごとたやすく飲み込んだ。

 そのままロクに泳ぐこともできずに溺れるジャックだが、後ろから誰かに首根っこを捕まれて、陸へ引き上げてくれた所で緊張感が途切れて、そのまま意識を失ってしまったのだ。


「か、彼らが助けてくれたんです」


 部屋の端にいた魔法使いの女と黒装束の男が頭を下げる。


 女は三角帽子を目深にかぶり、男は仮面をつけ、二人共顔はよく見えなかったが、彼らは獅子と鷲が十字に交差する絵が記された腕章を腕に巻いており、ジャックはそれに見覚えがあった。


 あの腕章は確か人類の連合の中でも特に屈強と呼ばれる軍事大国オメガニオ帝国。


 ……ということは特に帝国最強と名高い戦翼師団とかいう連中だったはずだ。

 話によると、出自も経歴もバラバラであるにも関わらず、皇帝自らが実力だけを評価して選出した一騎当千の戦士たちらしい。


 そこまで思い出した後、女の方が報告を始める。


「勇者殿、魔王軍はここから三里ほどの距離まで撤退して、そこで陣を敷いて、そのまま引き籠っているようです。現状は目立った動きはないとのこと」


「は、ははは……」


 それを聞いたジャックはそのままベッドの中でへたり込んだ。

 つまり自分は九死に一生を拾ったという事だ。やはり自分はついている。


 己の幸運を噛みしめていると、そこへ一人の僧服の男が割って入ってきた。


「おお、勇者殿。ご無事で何よりです!」


 壮年で痩せぎすであるが、その目にはどこか鋭さを持つ男だ。

 男は意識が戻ったジャックの姿を確認すると、安堵のため息をついて涙ぐんでいた。

 そこでようやくジャックはその男が自分をここまで取り立ててくれたバンショウ教の司祭だと思い出す。


「勇者殿が魔王軍の幹部に敗北したという報告を受けて慌てて参上した次第で御座います。勇者様は我々にとって共有の人類の希望。あなた様にもしもの事があると思うと私は……」

「お、おう……大げさだな。そこまで心配するほどじゃねえよ」


 大仰な素振りで矢継ぎ早にまくし立てる司祭にジャックは思わずたじろく。

 美女ならともかくこんな中年の男に迫られても気色悪いだけだ。


「なに。我々はジャック様に期待しておるのですよ。今回は運悪く負けてしまいましたが、こうして生き残った事こそ天命、奇跡。次がありますよ」


 司祭の言葉にジャックは一瞬だけ顔を引きつらせる。


「おや。どうしたのですか顔色が優れませんな?」

「え、あっ……あぅ」


 ジャックの異変に目ざとく感づいた司祭は値踏みするようにジャックの顔を再び覗き込んできた。


「――まさか今更怖気づいたなどとはおっしゃいませんな?」


 司祭は一転して圧力のこもった口調でジャックに詰め寄り、ジャックは喉の奥が一瞬で干上がるような感覚に襲われる。


「ちょっとオジさん、失礼なことを言わないでちょうだい。私たちのジャックは逃げたりなんてしないわ!」


 そこへパーティメンバーのキーコは口を挟む。


「そうよね? あのラッシュとかいう偽勇者だって一応は負けたり、努力自体はしてきてたみたいだし!」

「ああ。失敗は誰にでもある。次でやり返してやればいいのだ」

「そ、そうです! 頑張りましょう、ジャックさん!」


「あ、ああ……」


 キーコの言葉にアイノとミルもそうだそうだと賛同し、ジャックもそれに対して、何とか笑顔を取り繕いながら答えるが、額には脂汗が滲んでいた。


「おお。これは失礼なことをおっしゃいましたな。失礼、拙僧もいささか取り乱してしまいました。勇者様お許しくだされ」


 一方で司祭は困ったように笑いながら、恭しく頭を下げるが、当のジャックは内心それどころではない。


(冗談じゃねぇぞ。またあんな化け物と戦えっていうのか? 俺のチート無双物語はどこいっちまったんだよ!)


 ジャックはあの敗北で既に心が折れていた。

 彼の今までの態度と行動は自分が全ての能力を兼ね備えた自分が世界最強であるという自信と確信をもっての事だったのだ。


 だが、今日全てが覆された。


 今回は偶然だ、運が悪かっただけ、と自分にそう言い聞かせようとしても、ついさっきがた体験した死への恐怖が今も彼の心に生々しくこびりついている。


(いっそ逃げるか?)


 そんな考えが頭をよぎる。


 魔王軍の連中もそれなりに倒した。良い女も沢山抱いたし、美味い飯も沢山食った。

 ここまで人類のために貢献してやったんだ。

 適当な理由をでっち上げて、報奨金をもらって、あとは城か屋敷でも貰って引き籠ってしまおう。

 魔王だってその内、目の前のこいつらみたいな別の誰かがなんとかしてくれるだろう。


 そうだそれがいい、と脳内で逃げの算段まで立て始めていると、


 ――逃げるのか?


 ふと脳裏の奥からそんな小さな声が聞こえた。

 ジャックは思わず周囲を見回すが、皆突然どうしたのか、と怪訝な顔をするばかりだ。

 どうやらただの幻聴、疲れているだけだと、思った直後。


 ――勇者が逃げるのか?


 今度はさらに大きな声で頭の中から明瞭に響いてきた。

 ジャックは反射的に頭を押さえる。


 ――お前の使命は魔王の討伐、それから逃げるのか?


 思わずふざけんな、とジャックはその声に対して心の中で吐き捨てた。


 何が使命だ。俺は楽して活躍して、チヤホヤされて、贅沢三昧な生活ができりゃあそれで良かったんだ。

 それがどうしてこうなってる。どうして俺がこんな苦労しなきゃならねぇ!

 とんだ詐欺じゃねえか!


 まるで子供の癇癪のようで自分勝手の極みであった。

 彼らにスキルや魔法を奪われた元パーティメンバーが聞いたら、憤慨しそうなセリフをジャックは心中で吐き連ねる。

 だが、相手の意志などお構いなしなのは向こうも同じだった。


 ――光の勇者が逃げるのか

 ――光の御子であるお前が、光の代行者であるお前が、光そのものであるお前が。

 ――お前の使命は闇を打ち倒すことなのだ。

 ――いわばこれは神命。逃げることなど許されない。その命を神に捧げるのだ。

 ――捧げろ。捧げろ。捧げろ。捧げろ。捧げろ。捧げろ。捧げろ。捧げろ。捧げろ。捧げろ。

 ――戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。戦え。



「ぐううううううううぅうおおおおおおおおおお‼」


 頭の中に押し寄せる言葉の波は痛みとなってジャックの頭の中を鐘のように反芻する。


「ジャック⁉」

「ジャック、どうしたの?」

「今、回復魔法をかけます!」


 思わず頭を抱えてのたうち回るジャックにパーティーメンバーの女たちが駆け寄ってくる。

 ミルや司祭から回復魔法を受けるも効果はなく、彼の頭痛の痛みは増すばかりだ。


「わかったぁ! わかったよぉ! 戦うからぁ!」


 耐えかねたジャックの叫びと共に、頭の声は静かになった。


「ふむ。ジャック殿はどうやらまだ心身ともに疲労しきっている模様。ここはそっとしておいた方がよろしいかと」


 周囲の者らが心配する中、様子を見守っていたバンショウ教の司祭が皆に退去するように促す。


 やがて、病室に一人ポツンと取り残されたジャックは途方に暮れる。

 彼はようやく勇者というものがどういうものなのか知って、さらに自分が既に引き返せない所に来てしまったことに気付いて絶望した。


「……ふむ。修正が入ったようだな。今はこれで充分か」


 そして、部屋を後にした司祭は一人になったところで小さくそう呟いた。


「だがいつまでもつか。やはり能力だけ引き継いだ紛い物では器がもたんか。また新しい代わりを用意するか、オリジナルの捜索を検討した方が良いかもしれぬ」


 歩きながら、今後の予定を自分で確認するようにあえてブツブツと口に出して呟き続ける司祭。

 実際、彼の周囲には誰もおらず、彼の姿を見ている者も、言葉を聞いている者もいなかった。


 ……ジャックが寝ている部屋の天井に忍ばせた使い魔の五感を共感して監視していたメイドを除いては。


 その給仕服を着た三つ編み眼鏡の少女……ジャックの世話役を仰せつかっていたメイドたちの一人である彼女は使い魔の視界を眼鏡のレンズにリンクさせて映し出し、屋敷の人目のつかぬ物陰で待機して、部屋で行われたやり取りの一部始終を見ていた。


 やがて、司教の後を追って彼の独り言を盗み聞きした後は、これ以上は監視と盗聴がばれると判断して彼女は使い魔を呼び戻しながら、懐から小さな四角い石板を取り出す。


「――ガルドフ様聞こえますか? 私です。勇者の事で至急お伝えしたいことが――」


 それは魔法石を加工して声を乗せる風魔法が刻んだ通信用のマジックアイテムであった。


「お二人の予想通りです。やはり今の勇者は偽者。それとバンショウ教が動き出しました。……ええ、ここは一度撤退してメア様かヴェロニカ様に引き継ぎを……」


◆□◆


「うおおおおおおっ! 勇者ジャックのお通りだぁ!」


 数日後、ジャックは声に苛まれながらも戦場に帰参して獅子奮迅の活躍を見せる。


 彼が適当に聖剣を振り回すだけで、襲い来る魔物は肉片となり宙を舞う。


 理由は不明だが、既にガルドフ率いる魔王軍本隊はこの時点で撤退しており、ジャックは幸運にも各地で点在しており、最近活発化してきた魔物の群れを狩る……いわゆる雑魚専に興じることができた。


「はははは! どうだ。これが俺様の力だぁ!」


「おお。さすが勇者様だ!」

「勇者様バンザーイ!」


 そして彼の雄姿に心奪われ、また脅威から救われた兵士や民草は彼の活躍を褒め称える。

 この時点では既にジャックの自信もすっかり回復しており、いつもの調子に戻っていた。

 元々単純な男なのである。


 ――そうだ、戦え。


「ひっ!」


 それでも、時たま身の内に響く声に彼は一瞬だけ怯えたような表情を見せるが、熱に浮かされた民衆はそれに気付かない。


 ジャックの苦難は終わらない。

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