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15話 VSヴェロニカ

僕がまだ勇者であった頃。

魔王軍の飛竜たちが撤退していた軍を追撃しているという報を受けた僕らは救援に向かった。

そして、駆け付けた僕らの前に立ちはだかったのはたった一人で一つの軍隊を壊滅させた怪物。

それが彼女……飛竜戦姫ヴェロニカだった。


「ほう、貴様が勇者か。どれ一戦お相手願おうか」


 たった一人で叩きのめした戦士たちの残骸を山のように積み上げて、退屈そうに一瞥していた彼女は、こちらの存在に気付き、勇者パーティーだと認識するや否や凄絶な笑みを浮かべ襲い掛かってきた。


 ……そこからの戦いは悪夢のようであった。


 一撃一撃が当時の僕らからすれば必殺の威力で、下手に避けると、後方で撤退していた友軍にまで被害が及ぶ始末。

 一方でこちらの攻撃は全てかわされるわ、得物の薙刀で受け止められるわ、ようやく命中したと思ったら、彼女の鱗のような硬度の肌で逆に弾き返される始末。


 ガンズとアンジュや僕が必死に時間を稼ぎ、後ろからシスカに何度も回復魔法を重ね掛けしてもらって、嵐のような彼女の一撃一撃を、ようやく“うっかり死なないようにする”ので精一杯だった。


 やがて、パーティー全員の力を結集してようやく起死回生の一撃を与えることができた。

 ……そう思っていたら、少しは本気を出してもよさそうだ、と言ってさらに体内から溢れ出していた魔力の出力を上げ始めてきやがったのだ。


 もはやこれまで、と僕らが絶望していると、冒険者ギルドによる援軍が来てくれた事で、彼女はひとまずその場は退いた。


 魔王軍の大幹部を退けたというのに、僕らの表情は暗かった。

 言葉を交わさずとも、パーティーの皆も誰もがわかっていたのだ。

 あれは完全に遊ばれていた、見逃してもらっただけだと。


 次に遭った時こそ命がない。 


 そう。己の無力さを痛感した僕らは必死にレベルを上げて、スキルも進化させた。


 そうして数か月後、今度はヴェロニカは配下である竜の群れを率いて再戦をしかけてきた。

 その時は既に僕も勇者としての力に目覚めていて、今度はパーティーだけでもほぼ互角に渡り合うことができた。


 それでも、彼女の部下であるドラゴンの群れと僕のパーティーメンバーも戦いも併せ、以前よりもはるかに過酷な戦いを繰り広げることになった。


 今度こそ、もうだめかと思ったが、僕の勇者としての力を完全に覚醒。

 一気に形勢を逆転……いや、ようやく五分五分の戦いとなり、ここからが正念場だと思った寸前。


「――ようやく見つけたよ。勝手に飛竜たちまで動員して何してるのさ。帝国が妙な動きを始めたからそっちの対処を任せたいって、前に言ったじゃないか」

「なっ、メア待て今いい所……!」


 そんな言葉と共に上空に黒い渦(アンジュいわく凄まじい闇の魔力が渦巻いていた)から骨の腕が伸びてきて、彼女を羽交い絞めにしてそのまま取り込んでいってしまった。


 後にあれは魔王軍三魔将の邪霊提督の術で、彼女を回収しに来たのだろうという事が分かった。


 以降も、どうやら彼女は僕を好敵手として認識したらしく、その後も何度も何度も戦った。


 いくら僕が勇者としての力をつけても、彼女の方も戦いを重ねて強くなっていった。


 そして、魔王軍が撤退に追い込む契機となった最後の戦場で、僕は彼女との壮絶な一騎打ちの果て、致命傷を喰らわせた。

 直後、副将である竜人たちが割って入り、魔王軍は撤退を開始。勝負はうやむやになり、彼女の生死も不明のままだった。

 正直、あの程度で彼女……ヴェロニカを倒せたとは考えていなかった。


 だが、もう一度再起しようと決意した時、また彼女と相まみえるかもしれない、と思ってはいた。


 だけど正直、こんな早く再会することになるとは……。


 そんな彼女……ヴェロニカが僕に薙刀を突きつけながら、まるで久方ぶりに会った友人へ語りかけるがごとく笑っている。

 いや実際、彼女にとって好敵手とは友人に近い存在なのかもしれない。


「さぁ勇者よ。あの時の戦いの続きをしようか!」


 一方で、状況についていけないのは僕の傍にいたリズベルだ。


「い、意味わかんない。いきなりダンジョンをブチ破って落ちてきたと思ったら何よ、アンタ! 馬鹿じゃないの⁉ 少しは周囲の迷惑も考えろっつうの!」


 調子を取り戻したリズベルはすごい勢いでまくし立てる。

 いたずらに相手を刺激するのはやめてくれませんかね?


「うるさいぞ小娘」

「あ、サーセン」


 ヴェロニカに薙刀を突きつけられて、僕の後ろにそそくさと隠れるリズベル。

 何がしたかったんだ君は。

 僕は後ろのリズベルを無視することにして、改めてヴェロニカに向き直る。


「ヴェロニカ、そうまでして僕と戦いたいのか」

「然り。強者との戦いこそが、我々武人の価値であり誇りであろうよ」


 いかにも誇らし気に語るヴェロニカ。

 いやぁ。君の場合はちょっと戦闘狂入り過ぎてると思うけど。


「ねぇラッシュ、あの人自己陶酔入ってない? けっこう痛い人じゃない?」

「死ぬか小娘」

「ひえっ」


 リズベルは今度は僕の背中に両手両足でしがみ付く。

 重いんでやめてください。

 というか、いい加減挑発するのをやめてください。


「やめろヴェロニカ」


 とりあえず殺気を飛ばすヴェロニカに僕が一言制すと、彼女は肩をすくめて薙刀を戻す。


「ふふっ、冗談だよ。見損なうな。戦士でないものに手を出すほど落ちぶれてはおらんさ。ただそこの女がどこかで見覚えがるような気がしたのでな。ちょっとつついてみただけだ」

「……見覚え? リズベル、キミ魔王軍相手にも何かやらかしたのかい?」


 ヴェロニカの意外な言葉に僕はリズベルの方を向くが、当の彼女は知らない知らないと首をブンブンと横に振っている。

 しばらくの間、訝し気な目でリズベルを見ていた彼女だが、やがて気を取り直したように僕の方に向き直る。


「まあいいさ。戦いならまだしも。今日はメアからの使い。確認すれば後は好きにしていいと言っていたからな。ここから先は奴等も口出しはさせん」

 

 ペロリと舌を舐めずり回すヴェロニカ。

 中々に色っぽい仕草だが、彼女がやると、こちとら背筋が凍るばかりである。


 一方で彼女の言葉に僕は先日の骸骨の戦士を思い出す。やっぱりアレは魔王軍の、しかもあの魔王軍幹部のメアによるものだったのか。


「……いや、でもあの二人に後でグチグチ説教されるのは嫌だな。どうしよう?」


 一転して、オロオロ顔で聞いてきた。

 いや、こっちに振られても知らないよ。というか、怒られるのが嫌ならさっさと帰っていただきたい。


「むぅ。馬鹿を言うな。この私に目の前の獲物を見逃せというのか?」


 一転して、ヴェロニカは凄絶な笑みのまま戦意と殺気を漲らせてくる。


 既に目で見てわかるレベルのオーラが彼女が溢れ出ており、後ろにいるリズベルや他の冒険者たちは気圧とされ、既に気を失っている者もいる。


 そんな彼女に僕は観念して溜息を一つ吐く。

 仕方ない。

 失望して逆上した彼女に殺されるのも覚悟でちゃんと事情を話そう。


「なぁヴェロニカ、わからないのかい?」

「何?」

「君の眼でよく見てみるといい。今の僕の力を」


 ヴェロニカはその両の眼……微細な魔力の流れやスキルといった特殊な加護を見通せる竜眼を凝らす。

 そして、その表情は驚愕に代わる。


「……魔力を抑えているのだとも思ったが」


「諸事情あってね。今の僕は勇者じゃない。ただの抜け殻だ。君が戦うに値しない存在なんだよ」

「……」


 神妙な顔をしていたが、やがて彼女は得心がいったような顔で頷く。


「……ふむ。よくわかった。理解した」


 よかった。わかってくれたか。

 後ろにいるリズベルもホッと胸を撫でおろす。

 彼女も一角の武人だ。さっきの言葉通り、周囲の冒険者や街の人たちに害を加えるような真似はしないだろう。


 最悪納得できないといっても、僕の首一つで勘弁してくれるはずだ。

 そう思っていたのだが……


「ならば貴様の力を取り戻させてやろう。剣を取れ!」

「なんでそうなる⁉」


 想像の斜め上の返答が飛んできて、僕は思わず突っ込み返す。


 殺す。ではなく戦うときたか。

 いや、これは戦士として死なせてやる的な遠回しの介錯か。


「そんなわけないだろうがっ。力を戻してやると言っているのだ」


 ますます、わからない。


 初めて戦った時から思っていたが、未だに目の前の彼女の思考が理解できない。実際、魔王軍の仲間内でもかなり面倒がられていた気がする。


「人の真価とは追い詰められた極限の状況で発揮される。そして極限の状況とは命を懸けた闘争。しからば相応の死線を潜り抜ければそれに見合う力も取り戻せよう。かつての貴様もそうしてあの領域まで昇り詰めたのだろう?」


 なんという自分本位な脳筋思考。

 見誤っていた、彼女の馬鹿さ加減を。


「それで本当に僕が力を取り戻したら、どうする気だ! 勇者復活とか魔王軍にとっては最悪の結果だろ⁉」

「かまわん。どうせ最後は私が勝つからな」


 言いきりやがった。


「それに万が一、私が死んでもメアとガルドフがいる。あの二人ならば後でいかようでもしよう」


 仲間たちを過大評価、というか責任の押し付けしてる感がすごい。

 僕は少しばかり彼女の同僚二人に同情の念を送る。


 そう考えてる傍から、ヴァロニカが体中から魔力……いや純粋な闘気を漲らせる。


 それに対して、僕は無言で手の中にあった土の魔石を自身の胸に押し当てる。


「ぐうぅうううっ!」


 ヴェロニカは怪訝な顔で小首を傾げている。

 魔石は黄色く輝き、バチバチと火花を散らしながら僕の胸の中に吸い込まれていった。

 激痛に胸をひりつかせるが仕方ない。


 魔石といった特殊な鉱石もとい特定のアイテムを身に取り入れる吸収法。

 仕組みはポーションを飲むのと同じ要領らしいが、上手くいって良かった。


 多少強引ではあるが、目の前の強敵と戦うには少しでも力がいるのだ。


「ほう、見えるぞ……魔力の量が増えたな。それに属性の数も。随分と面白いアイテムだな。だが、つまりそれは私と戦うためにパワーアップしたという意味でいいのだな?」

「最初から僕に拒否権なんてないだろう」

「ハハハ。わかってるじゃないか!」


 新しく土の魔力が己の中に宿っていくのを感じながら、僕は目の前で高笑いする竜の戦姫を見据える。


 こうして僕……元勇者と三魔将ヴェロニカの何度目かの戦いが始まった。

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