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14話 そして勇者(簒奪した方)はざまぁされる

「ハハハハハ! 今日も快勝だったな!」


 今日も魔王軍との激しい戦いを終えたジャックは、今日も今日とて天幕の下で戦勝記念に酒盛りをしていた。


 といっても彼がやることはいつも同じだ。

 たった一人で敵陣に乗り込み、襲い来る軍勢を蹴散らす。

 魔王直属の騎士と名乗る幹部共も彼にとっては敵ではなく、何人破ったかもわからない。

 もはや勝利など彼にとっては当たり前のルーチンワークに過ぎなかった。


「さすがねジャック。私が惚れ込んだ男だけはあるわ!」

「他の軟弱な男どもとは違うな! もうお前一人でいいんじゃないか?」

「こ、心強いですぅ」


 ジャックのパーティーメンバー……女魔術師のキーコ、女剣士のアイノが両隣で酌をしながら称賛し、そこから少し離れたテーブルで女僧侶のミルが祝杯をあげながら褒めそやす。

 彼女たちはジャックのパーティーメンバーにして恋人の女たちだ。

 しかも彼女らもその中の一部でしかなく、他にも何十人もの美女が側仕えのメイドとしてローテーションでジャックの世話を交代して行っている。


「やれやれ。俺はまだ本気を出していないんだけどね。俺が全力を出すに値する敵はどこにもいないのか。強者の孤独って奴は辛いな」

「「きゃー!」」


 眼鏡の三つ編みメイドが持ってきた果物の詰め合わせをつまみながら、わざとらしく嘯くジャックにキーコとアイノは沸き立ち拍手する。


「で、でもジャックさん、どうやら魔王軍の援軍が向かってきているそうですよ?」


 やがてミルがさっき他の側仕えの一人から伝えてもらった情報を思い出して伝える。

 彼女はジャックのパーティーの中でも、比較的に慎重で真面目な性格であった。


「なあに、恐れることはないさ。俺を誰だと思ってる?」


「さすがジャック最高ね!」

「ミルは心配し過ぎだ。彼が敗北するところなんて想像できるか?」


 自信満々に返すジャックに他の二人はウットリと誉めそやし、ミルも「そ、そうですよね。ジャックさんなら大丈夫ですよね」とまるで自分に言い聞かせるように納得する。


「しかし、このタイミングで援軍となるとそろそろ三魔将の奴等も来るか?」


 一方でジャックは戦争の頃を少しばかり思い出した。

 自分とて軽剣士としてかつての勇者パーティーの一員だったのだ。魔王軍の大幹部……三魔将の顔も知っている。

 もっとも奴らが現れる度にひっそりと自分だけ離脱していたので、あくまで遠巻きで見ていたため、直接的な面識はないが。

 

 一騎当千の武を持った竜の戦姫、百獣を率いる統率力と軍略を備えた獅子の将、絶大な闇の魔力と狡知に長けた死霊使いの令嬢。


 彼ら三人が戦場に現れる度に、こちらの軍は壊滅的な被害を被り、かつての勇者パーティーも何度も全滅しかけた。毎回早々に戦線を離脱していた自分は利口だと今でも思っている。

 あの時はラッシュたちとの死闘は身震いしながら眺めている事しかできなかった。

 今の自分は違う。


 なぜなら実質、今の自分は当時のパーティー全ての力を結集させているのだ。面倒なチームワークなんて必要ない。達人の剣も高位魔法も両方使えるし、怪我をすれば自前の回復魔法で事足りる。

 これならあの飛竜戦姫とも、一人でも正面から互角以上に戦えるはずだ。


 すんでの所で取り逃がしたラッシュたちと違い、自分なら単独で討ち取る事も不可能ではないだろう。


「そういや、あのヴェロニカっていうヤツも結構いい女だったなぁ」


 黒髪ショートのメイドに肉料理のおかわりを持ってこさせながら、美しい容姿の竜人の女を思い出す。


 ――ちょうど人間の女にも飽きてきた所だ。生け捕りにできたら、首輪でもつけて奴隷として飼ってやるのもいいかもしれない。


 そんな欲望一色な事を考えていると、キーコが察して頬を膨らませる。


「もう、ジャックったらまた女のこと考えてるでしょ。また増やす気?」

「元パーティの連中にも未練あるみたいだからな」

「勇者様、もう少し真面目に考えてください」


 女たちの抗議を受けたジャックは見た目だけは反省したような素振りをする。


「ああ。悪い悪い。大丈夫だよ。ちゃんと平等に愛するから」


 どこか適当に返すジャックに女たちは『まったく』と膨れながらもそれ以上の追及はしなかった。

 完全にあしわられているのだが、熱に浮かされた彼女らは気付かない。


「とりあえず明日の魔王軍を掃除したら、のんびり長い休暇でも取ろうか」


 その際は、あの見目麗しい王国の姫君もバカンスに誘おう。

 今までは病に臥せった王に代わり兄たちと共に公務が忙しい、とつれない返事ばかりであったが、魔王軍の大幹部を討ち取ったとあっては彼女も断れないだろう。

 そのままハーレムに加えて、たっぷり可愛がってやろうではないか。


 ……いやそれとも、いまだに消息を掴めない元パーティメンバーを直々に探して、自分が直接ざまぁしてやるのもいいかもしれない。

 いい加減に、あのラッシュの吠え面を見たくてたまらなくなってきた。どちらが栄光を手にするかふさわしいか思い知らせてやるのも悪くはない。 


 ジャックの脳内では既に明日の戦は既に勝利した後であった。



◆□◆



「フンッ!」

「ぐわああああああああ⁉」


 翌日、ジャックはガルドフの鉈をそのまま大きくしたような大剣の一撃に思いきり弾き飛ばされた。


「この程度か、勇者よ」

「げほっ……ど、どうなってるんだよぉ⁉」

 

 魔王領の防衛ラインに駐留している不死者と竜人混成部隊である魔王軍本隊。


 彼らをいつものように自分が突撃して大暴れして、、敵軍をおおいに混乱させた所を味方の軍が各個撃破させていく。

 そのはずだったのだが、そこへ魔王軍が別動隊として分けられていた獣人たちの大部隊が援軍として合流してきたのだ。

 丁度人類軍の後方……挟み撃ちの形で。

 そして彼らを率いるのは魔王軍の大幹部……三魔将の一人ガルドフであった。


「ははっ。ようやく大物のお出ましだね!」


 当初、ジャックはそれでも泰然自若としており、余裕綽々で先頭に立つガドルフに挑みかかった。


 実際に、最初を剣を打ち合ってからはジャックはいつも通りの圧倒的な効果の魔法と鋭い剣戟の応酬で圧倒していた……かのように見えた。

 だが、遠くから見守っていた騎士団からも明らかに雲行きが怪しくなっている事に気が付き始める。


 嵐のような剣戟は大盾と鎧による堅牢の構えによって耐えられる。

 高火力の魔法も魔力を込めた獣の咆哮に相殺されるか、耐魔属性の付与を与えた魔法に防がれる。

 光剣の一撃もガルドフの大剣の渾身の一振りによって軌道を逸らされた。


 ジャックの攻撃はことごとく空振りに終わり、そして、考えなしに大技を撃ち放ち続けた代償として、ジャックは魔力と体力の底をつき、そこからは一方的に攻められ続ける。


 形勢は逆転した。


「ふ、ふざけるなぁ! こんなわけがあるかぁ!」


 騒ぎながらも、ジャックは懐から出したポーションで魔力を回復。


 そのまま回復した魔力で自身に回復魔法をかけようとするが、ガルドフが『喝』と一声上げると回復魔法はかき消された。どうやら彼の咆哮はアンチ魔法の効果があるらしい。

 そこまできて、ようやく自分が押されていると理解したジャックは現実を受け入れきれずに再び喚き散らす。


「チクショウがぁ! 俺の方が強い! 強いはずなのに!」

「そうだな。純粋な力だけならば貴様の方が強い」


 ガルドフは正直に答える。

 確かにこの勇者は強い、そこだけは認めていた。


「だが、それだけだ。その強大な力もいたずらに振り回すだけならば対処は可能だ」


 いかに凄まじい力を持っていても、使いこなせなければ宝の持ち腐れである。

 強力な魔法も魔法自体への対抗手段を用意すればいいし、卓越した剣技も剣筋そのものが単調なら読めないこともない。


 ガルドフはメアと共に情報を集め、対策をいくつも立てた。


 ザングを始めとした部下たちの敗北から分析したスキルや魔法といった勇者のスペックを元に、魔法の軌道を歪める魔剣、魔力を拡散する大盾……勇者の攻撃に相性の良い専用の武器やアイテムを取り揃えた。

 また向こう側に忍ばせていた密偵から聞き及んだ勇者の戦いや私生活における言動から、その勇者の性格と戦闘の時のクセまでも把握して、戦術パターンを組み立てた。


「くそおおおおおお! オメガシャイン!」

「ぬぅ!」


 己の魔力ではなく、聖剣から大気中の濃密な魔力を集める。

 次の瞬間、ドミニクに向けて巨大な閃光が放たれた。

 城壁すらも穴を開ける一撃、その魔剣と盾も魔力処理は追いつかず、貫通されるだろう。


 その認識自体は正しかった。


「――ハァハァ! やった! やったぞぉ! ハハハハざまぁ見ろ。やはり俺こそが真の勇……」


 勝利を確信して、勝ち誇っていたジャックは絶句した。


 体中から煙を上げながら、ガルドフは立っていたのだ。

 といっても、いくつか鎧は砕かれ剥がれ落ちて、体中に火傷こそ負っているようだが、彼の眼光からは覇気と闘志は衰えてはいない。

 壊れた鎧から垣間見える彼の体毛は黄金のように煌いており、そこから虎のような黒い紋様が浮かび上がる。


「返すぞ」

「ぎゃあああああああああ!」


 ガルドフの一声と共に閃光の一撃が放たれる。

 その光線はジャックを吹き飛ばして、そのまま後ろにいる人類軍にまで届いて、甚大な被害を及ぼしていた。


「チッ。相手の魔力を利用して撃ち返すスキル、久しぶりに使用したが、やはりこちらも相応の体力を消費するな」


 魔力が乏しく身体能力に特化した獣人といっても、固有の特性を抱えた変異種がいくつも存在する。

 自己再生や幻術といった特殊な固有魔法を有する者、強い魔力耐性がある者。

 ガルドフもその一人であった。


 魔法攻撃を吸収そして放出させるという個有特性スキル


 それでも吸収できる魔力の量にも限界がある。

 彼の持つ装備はあくまでその能力を補完、もしくは反射と無効化は装備による力だと、敵を思考誘導するためのフェイクでしかなかった。


「……ほう。まだ生きていたとは腐っても勇者か。だが、どうやら今ので魔力は打ち止めのようだな」

「ひいっ」


 足元にはボロボロになったジャックが転がっており、ガルドフの言う通り、彼は既に全ての力を使い果たしていた。


「は、はわわ……」


 ジャックは逃げようと体を引き摺りながら、少しでも目の前の獣人から距離を取ろうとする。

 だが、その途中に見えない壁のようなものに遮られて、そこから先には進めない。

 ガルドフの手の中に魔力が込められた小さな鈴が鳴っていた。おそらくはマジックアイテムで、この障壁はそれの効果によるものだろう。


「みすみす逃がすと思ったか? 貴様をここまで追い込むために積み上げた犠牲、無駄にするわけにはいかん。勇者よ、観念しろ」

「ひっ――来るな! 来るなよぉ!」


 死を目前にしたジャックはいたずらに聖剣を振り回す。

 出鱈目に振り回される振りはやけくそといえど確かに勇者として底上げされたステータスゆえ、相当の力が込められている。


「ふんっ」

「ぎゃああ!?」


 だが、それをガルドフは避けるのも面倒と思ったのか、大盾で丸ごとジャックに叩きつけ、思いきり吹き飛ばす。


「げほっ……ぐふっ……! 痛い。いてぇよぉ!」


 吹き飛んだ先の、透明な壁に叩きつけられたジャックは、再びまた地面を這いつくばる。

 

 そのまま立ち上がろうともせず、泣き言をいう勇者にガルドフの心は冷え切っていた。


 ――こんなものか、これで終わりか。


 当初、もっと苦戦する、それこそ最悪己の命と引き換えにするのも覚悟していたガルドフは心中で僅かに拍子抜けするが、すぐに気を引き締める。


 ――たしかに今のこの勇者は巨大な力を振り回すだけの子供だ。


 だが逆を言えば、生き延びて心身ともに成長して力を使いこなせるようになれば、脅威度ははるかに増すだろう。

 この男はここで始末しなければならない。

 ガルドフは剣の柄を強く握る。


「さらばだ。戦士にも満たぬ未熟な勇者よ。貴様を本物の勇者にさせるわけにはいかん」

「ヒィ!」


 振り上げられる大剣の刃はジャックからすれば断頭台の刃に見えただろう。

 思わず、股の下から生暖かい染みが広がる。


「だ、誰かぁ助け――」


 ジャックの命乞いも虚しく、そのまま刃が無慈悲に振り下ろされた。

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