13話 飛竜戦姫ヴェロニカ
機能停止したゴーレムから抽出したコア、いや黄色い魔石を僕は手に入れた。
土属性の魔石。
これで四つ目の属性が揃った。
「それでさ。どうするのコレ」
リズベルが動かなくなったゴーレムを杖でツンツンしながら質問する。
そうだな。さすがに人の目が多いこの場所で、魔石を砕いて飲んだり、直接吸収するわけにもいかないし(念じればできるらしい)、とりあえずアルファムさんの所に報告も兼ねて持っていこうか。
「うわっ! ようやく部屋の入れるぞ!」
「おーい! アンちゃん、生きてるか?」
「ってなんだぁ! この馬鹿デカいゴ-レム!」
そこへ土壁に遮られて、入れないでいた他の冒険者たちが駆け付けてきた。
どうやらゴーレムとの戦いを聞きつけてきたのだろう。隠れていた障壁も無くなっていたらしい。思えばここにくるまでの仕掛けは全てゴーレムと連動した結界のようなものだったのだろう。
「おう! アンちゃん、無事みたいだな!」
「ハハ。なんとか……」
その中には冒険者のおじさんたちもいた。
とりあえず僕らは事のあらましを説明する。もちろん魔石の事は伏せ、ただ罠にはまったという一点だけだ。一応は今回も嘘は言っていないし、皆もそれを信じてくれたようだった。
「しっかし、こんな所にトラップや隠し部屋があったとはなぁ。若い頃から潜っていたダンジョンだから、もう知らねえ場所なんてねえと思っていたんだが……」
おじさんはマジマジとその空間を見回す。
実際、他の冒険者たちも今日初めて見つけた隠し部屋に動揺と興奮を隠せないようだった。
彼らの疑問にぼくは誤魔化すように苦笑で返す。
皆、それぞれ探索を続けていたが、彼らの中の何人かは興味が僕がもっているコアへと注がれる。
やがて、おじさんが彼らを代表して言及する。
「へぇ。ところでアンちゃんいいモン見つけたじゃねえか。……いやいや取らねえよ。それは一番乗りのアンちゃんが一人でこの大物を仕留めて手に入れた戦利品だ」
勝手に一人で納得して、ウンウンと頷いているが、チラチラとこっちを見てくる。
やはり興味自体は隠せないのか。
「えー? コレが何かってー? どうしようかなー?」
隣で思わせぶりなドヤ顔をしているリズベルを後ろから軽くチョップして黙らせながら、僕はとりあえず魔石を荷物袋へと押し込む。
とにかく、これで今回の……全てのミッションはクリアだ。
自分の中で止まっていた時間が本格的に動き出している。与えられた勇者の使命とかではなく他ならぬ自分の意志で、だ。
そう思うと、胸に熱いものが込み上げてくる。
――ッ‼
そう思った矢先、体中にゾワリと悪寒が走る。
……なんだコレ。
震えと冷や汗が止まらない。
「……どうしたの、顔色悪いよ?」
心配そうに顔を覗き込むリズベル、おじさんたちもどうしたのか、と尋ねてくるが僕に答える余裕はなかった。
なぜなら、僕はこの感覚を良く知っていたからだ。
懐かしい。それでいて二度と味わいたくない感覚だ。
そう、これは勇者だった頃に運悪く格上の強敵に遭遇してしまった時の――。
直後、地震が僕らを襲う。
「な、なんだ地震か?」
「いや、これは上からだろ」
彼らの言う通り、上の方から地響きが聞こえてくる。
そう、大地が揺れているのではない。むしろ揺れの原因は上の階層からだ。
――ズガガガガガガッ!
上から聞こえる凄まじい轟音はどんどん大きくなってくる。
これは何かが岩を削り掘り進む音だ。
何事かと身構えていると、遂にソレは上の岩盤の天井を突き破って落下してきた。
落ちてきた何かが叩きつけられる地響きと共に、大量の土埃と強い風圧が僕たちを襲う。
いったい何が起こったのか、僕は目を凝らし、その中心に立つ姿を確認して凍り付いた。
「な、なんで……!」
そこに立っていたのは竜人の女だ。
黒いドレスの上に甲冑をつけ、頭には一対の角を生やした美女。
武骨な装備に反しての美麗な顔立ちは天女と見紛うほどだ。
だが、その美女がたった今、地上からここ……ダンジョン最下層まで、全ての階層を一気にブチ抜いてきたのだ。天から舞い降りたなんて表現では誤魔化し切れないだろう。
天女なんて程遠い、戦乙女……いや彼女の性根を知る僕からすれば、姫どころか戦鬼と呼ぶのがふさわしい。
「見つけた……」
そんな歩く災厄と呼んでもいい存在が、こちらに向けて、笑みを浮かべている。
並みの男が受けたら、思わず絆されてしまいそうな蕩けるような笑顔。
だが、僕は知っている。
これが格好の獲物を前にした肉食獣の笑みだという事に。
彼女はあの笑顔を張り付けて、幾人もの屈強な冒険者や騎士たちを蹂躙してきたのを、戦場で何度も見てきたのだ。忘れようもない。
「ま、魔族だぁ!」
「か、かかれぇ!」
彼女の角や纏っている魔力を察知した一部の冒険者たちが、こちらが静止を出す暇もなく、応戦する用意、もしくは彼女へと飛びかかっていた。
「邪魔だ」
そんな一言と共に、彼女は虫を払う感覚で、武器を持たぬ方の腕で一振りした。
彼女にとってはそれだけで十分だった。
その素振りから生み出された風圧だけで、彼らは吹き飛ばされ、部屋の壁の方まで叩きつけられたのだから。
「ようやく見つけたぞ、勇者よ」
そして彼らのことなど眼中に無いという面持ちで、当の彼女は本当に心の底から嬉しそうに僕に語りかけてくる。
「ふむ、どうした勇者よ。まさか私の事を忘れてしまったのか? つれない事を言うなよ。あれだけ激しく交わった仲ではないか!」
「ぶっ⁉」
なんだか、すごく誤解を招くような言い方をしてきた。
リズベルが顔を真っ赤にしてこちらをマジマジと見てくる。
いや、誤解だから!
勘弁してくれ!
一方で、そんなこちらの心境など知った事ではないと言わんばかりに、彼女は己の名を高らかに名乗り上げた。
「ならば改めて名乗ろう。我が名は三魔将が一人、飛竜戦姫ヴェロニカ! さぁ、勇者ラッシュ。あの時の戦の続きをしようではないか!」