12話 VSゴーレムそして・・・
ダンジョン。
危険な魔物が生息し、同時に数多の財宝が眠る迷宮の総称だ。
ダンジョンの成り立ちは様々だ。
古代文明や歴代の魔王が秘宝を守らせるといった様々な目的で作り出した迷宮であったり、自然と瘴気が蓄積されて、魔物が生まれたり、または引き寄せられたりした場所がダンジョンと呼ばれるようになったり、時の権力者が己の兵や冒険者の修練場として魔法使いたちに作らせたり。
そして、この街にもダンジョンは存在する。
成り立ちとしては魔王が作り出したものの一つ。目的は当時の魔王軍の拠点としてだったらしい。
このダンジョンでは、ここらの地域一帯の瘴気を溜め込み、魔物を引き寄せ、ゴーレムやレイスをも今でも生み出してしまっている。
だがその一方で、大気中の魔力も同時に溜め込むため、良質の魔石も生まれて採集できるのだ。
そのため、この街の冒険者たちはこのダンジョンに解禁日を設けて、定期的に採集クエストに出かけている。
「すごい数だなぁ」
そして今日はそのダンジョンの解禁日であった。
クエストに集まった冒険者たちの人だかりを見ながら、僕は感嘆の声をあげていた。
「ダンジョン解禁はこの街のちょっとしたイベント扱いなのよ。よその村の人とかもくるんだよぉ」
隣のリズベルが、屋台で買った焼き菓子を頬張りながら付け加える。
「おっ、アンちゃんじゃねえか!」
そこにいたのはいつぞや顎髭の冒険者さんだ。
この前の骸骨兵の襲撃でやられていたのにもう動いて大丈夫なのだろうか。
「あぁ。俺は雷で気絶してただけだからな。今日は死んでも稼いで来いって嫁に蹴飛ばされてきちまったよ」
熟練の冒険者さんはあっけらかんと笑う。
「それよりも聞いたぜ。アンちゃんがあのアンデッドを倒してくれたんだとな。礼を言うぜ」
「いえ。皆さんが弱らせてくれたおかげですよ。むしろ僕が一番おいしい所を掠め取ってしまって申し訳ないです」
見ると後ろには大盾の人や斥候の人もいる。
「お前も来たのか」
「道案内なら任せとけ。アンタも筋はいいみたいだが、ここじゃ俺が先輩だからな」
「ってもオメーこの前3階層で迷ってたろうが」
楽しそうに喧騒を始める彼ら、とりあえず皆命に別状はなさそうで良かった。
すると、入口の方でガヤガヤと騒ぎがあって、人だかりも波となって動き始めた。
「おっ門が開いたみたいだぞ」
そういうわけで、ダンジョンの探索が始まった。
◆□◆
「キシャアアアアアア!」
洞窟の天井から三匹の大コウモリが僕らを真上から襲ってくる。
「アンちゃん危ねえ!」
その内の一匹を髭の人がナイフを飛ばし、眉間に命中させる。
「ファイア!」
僕はもう一匹を炎魔法で撃退する。
燃え盛るコウモリをよそに、炎の弾を撃ち落とす。
だが、それだけでは終わらない。
堰を切ったように後方から十匹ぐらいの大コウモリが襲ってくる。
「ウインドッ!」
僕はそれらを風邪の防壁で押し留めて、後ろにいた冒険者の人たちに目で合図を送る。
「よおし、俺らもアンちゃんに負けてられねえぞ!」
そのかけ声を皮切りに他の冒険者たちも応戦を始める。
こうしてダンジョンに入っての最初の戦闘はものの二十分で終了した。
……よし。風系統の魔法も拒絶反応もなく、使えるようになっている。
ついこの間まで、魔力なんてほぼ枯渇状態だったのが嘘のようだ。
久しぶりにいくつもの魔法を使った僕は感動していた。
「ちょっ……感極まってるとこ悪いけど、こっちも助けてよっ!」
大コウモリの最後の一匹がリズベルの盾に噛り付いて、引き剝がそうと悪戦苦闘していた。
台無しだよ……。
「ギキィ!」
「ぐわぁ!」
感動していると、隣にいた冒険者パーティの一人が毒々しい模様の猿に暗がりから不意打ちで爪で切りつけられていた。
「おい。大丈夫か⁉」
「クッ……すまねえ」
隣にいた別の冒険者の人が猿を瞬く間に斬り伏せると、傷を負った彼の傷を見る。
「チッ、毒が混じってるな。ただの傷薬じゃ効果がねえ。おうい、回復魔法使える奴はいるか?」
「はい!」
その冒険者さんの呼び声に応えた僕は彼らの下に慌てて駆け寄る。
手負いの冒険者の人に今度は水属性の回復魔法をかける。
水魔法による治癒は一部の例外を除いて、人間の治癒能力を活性化させて、再生させるという仕組みなので、いささか光魔法とは趣が変わる。
「へぇ。さっきの戦闘といい、アンタ複数属性だったのかよ」
怪我が塞がった様子を眺めていたオジさんが感嘆の声を上げてくる。
もっとも僕がそうなったのは昨日ぐらいなのだが。
僕は相槌を打とうとすると、クラリと眩暈がしてフラつく。
「おいおい大丈夫か?」
「え、ええ……」
本来は持ちえない属性魔法を慣れない体で多用した反動だろうか、とにかくこれ以上多用するのは危険だな。気を付けよう。
「あ、ちょっとラッシュ! 私の分のモンスターもお願い!」
リズベル、君はもう少し働け。
歩き出して数時間現れる魔物もなんなく撃退していって、結構進んだな、と思っていた時にオジさんがポツリと呟いた。
「ここが最下層だな」
大広間のようなところへ出る。
人の形をした土の塊のその中心に魔石のようなものが埋め込まれている。
おそらく未完成のゴーレムかそのなり損ないだろう。
「へへっ。俺たちが一番乗りみたいだな」
「よし採取するぞ」
皆は鉱石に夢中のようだ。
リズベルが僕の袖を引っ張る。わかっているよ。
僕らが目指すのは最下層のさらに隠し部屋だ。
地図もアハイムさんから渡されている。
「すいません。僕らは向こうの方を見てきます」
「あいよ。そこから先は行き止まりになっているはずだが……まぁ気をつけてな」
オジさんにそう断りを入れて、地図を頼りに歩き出す。
やがて行き止まりの通路を見つける。
地図によればここのはずなのだが、なかなか見つからない。
まぁそう簡単に見つかる場所に隠すわけないのだろうけど。
「あ、見つけた! あれじゃない?」
そこにはこれ見よがしに古びた宝箱が置いてあった。
リズベルがこちらの静止もロクに聞かず走っていく。
「って中身カラじゃん」
ブーたれながら宝箱を蹴飛ばすリズベル。
するとガチンと音が鳴り、ゴゴゴと地響きが鳴り響く。
壁の奥が開き、一つの通路が現れる。
「どやぁ」
「はいはい」
ドヤ顔でアピールしてくるリズベルを無視しながら、僕らは隠し通路を進む。
やがて、僕らは大広間に辿り着いた。
すると、さっきまで僕らが歩いていた入り口がも盛り上がった土によって塞がれていく。
完全に閉じ込められたようだ。
「ふぁ⁉ えっちょ……これ戻れない⁉ あばぁー!」
「……まぁそうくるか」
とりあえず、慌てふためくリズベルを僕はチョップで黙らせる。
「ゴオオオオオオオム!」
そして、どこからか聞こえてくる咆哮と共に、部屋中の壁に大きな魔法陣が展開され、土くれの巨人が現れた。
魔法人形……ゴーレムだ。
右胸の部分にさっきの黄色の水晶がはめ込まれている。
おそらくアレがコアであり、霊石なのだろう。
こんなの聞いてなかったぞ。
アルファムさんめ。
振り下ろされる一撃を僕はギリギリかわす。
ゴーレムの拳骨は勢いの付いた巨大な岩塊となって地面を抉る。
パワーだけなら、いつぞやの骸骨兵よりも上だ。
一方でゴーレムの猛攻は止むことなく、頭上から雨のように振り下ろされる一撃一撃を僕は必死で避け続ける。
だが、スピードはあれと比べれば遥かに遅いし、なにより図体がでかい。
クセさえ覚えれば攻略するのは難しくはない。
やがて、ゴーレムのもう一つの腕から拳打が放たれた。
チャンスと見た僕は大きくジャンプして、そのままゴーレムの腕から肩に伝って走り抜ける。
そのままゴーレムの横っ面を炎を纏った剣で横薙ぎに振る。
「ってうわぁ!」
ゴオン、という大きな音を反響させ、逆に僕は弾き落とされた。
……このゴーレム思っていたよりも硬いな。
僕はなんとかそこから直地して体勢を立て直すと、真上からゴーレムが僕を踏み潰そうと、大きく足を踏み出していた。
僕はそこから全力疾走で離れる。
またしても避けられたゴーレムはそのまま僕を追おうと動こうとする。
だが、大地を踏みしめたゴーレムの足がそこから動けないようだった。
避ける際に僕は風と水を合成させた氷魔法で凍らせておいたのだ。
風の魔法で僅かに足場を作り、そこからさらに急上昇する。今度は振り下ろされる水流を纏った斬撃で核を一閃する。
だが、そこでは終わらない。攻撃された核はそのまま氷漬けに凍結していった。
核である魔力炉は精密な機械だ。水は勿論、急激な温度差を受ければ壊れてしまうだろう。
「ゴオオオオオムゥ――」
ゴーレムはそのまま体中から煙や火花を出しながら機能を停止させた。
僕はまた再び動き出さないか、警戒しながらゆっくりと近付く。
やがて僕は完全に機能を停止させたことを確認すると、そのゴーレムの核の部分を守る厚い装甲を魔法や剣戟で、引っぺがしていく。
そこにはさっきのコアが張り付いていた。
僕はそれをゆっくりと慎重に取り出す。
こうして、僕はようやく最後の魔石を手に入れたのだ。
◆□◆
同時刻。
先日、冒険者たちによる大きなクエストがあった街外れの丘。
やがて周辺で屯っていた鳥や獣が何かを察知して慌ててそこを離れ始める。
しばらくして、そこに大きな衝突音がその地に響き渡った。
その凄まじい地響きと同時にそこに巨大なクレーターが作り出される。
隕石でも落ちてきたのか、と思わんその半球状に抉れた大地の中心に立っていたのは美しい女性であった。
その目も眩むような鮮烈な美貌に合わせた燃えるような紅髪に褐色の風貌、それを彩るような黒い長布であつらえた華美なドレス。まさに一国の美姫と見紛う容姿であった。
だが、装備された武骨な肩当と小手、手に持った大きな薙刀。さらにはその両目に宿した鋭い眼光が、彼女が姫ではなく戦士であることを嫌でもわからせる。
そして彼女の最も特異な点。それは後頭部に生えた二本の角、頬やドレスのスリットから覗く太腿に生えた鱗。
当然だ。彼女は人間ではなく竜人であるのだから。
「報告があったのはこの辺だな」
降り立った彼女はしばらく周囲を見回した後、己の魔力探知能力を最大限に広げる。
しばらくして、とある魔力の反応を捕捉した。
間違いない。これは盟友の持つ闇の魔力の残滓だ。
すると、彼女はそこに向けて一歩……もとい一足飛びでそこまで移動する。
普通の人間なら、瞬間移動でもしたのか、と見間違う一瞬。
彼女はそこに辿り着いた。
抉れた地面に薙ぎ倒された木々、そして攻撃魔法が使われたであろう魔力痕。
所々に散らばる細かい鎧の残骸の破片だ。
そこはラッシュたちが骸骨兵と戦った場所であり、残骸の破片はその骸骨兵のものであった。
一介の冒険者で倒せる代物ではない。
それなりに腕が立つであろう。だが、感じる力の残りと戦いの痕から相当に手こずっていたのが窺える。
まあ、いざ戦えば、自分の敵ではないだろう。
所詮は辺境を護る守り人として見逃してやるべきか、未来の脅威と見て始末するべきか。
……だが、破壊箇所から見て、良い太刀筋だ。見込みもありそうだし、少しぐらい味見しても……
「いかんな。悪い癖だ」
呟いて考えを打ち切り、己の頭を殴りつける。
『もうキミはワンマンの武人じゃないんだ。いい加減、組織の一翼を担う者としての自覚を持った方がいいよ』
盟友である死霊魔術師の少女に昔言われた苦言を思い出す。
だが今回は、よほどの脅威でなければ放置してよい、と当の彼女からも言われていたし、できる限り目立たぬようにとも言われていた。
自身も敵国とはいえ弱者を蹂躙したり、戦えない無辜の民に危害を加えるのは本意ではない。
とりあえず、彼女はその破片を手に取り、光の魔力の残滓をさらに精査してみる。
「む? ――!」
――そして、その魔力の持ち主が自身の覚えのある者と一致して、彼女は驚愕し……歓喜した。
「クハッ、アハハハハハハハハハ!」
笑いを堪えるのを我慢できずに、思わず声に出てしまう。
なんという数奇な運命だ。
以前の戦争で決着がつかなかった宿敵……あの勇者がここにいるというのか。
強敵と戦うのは自分にとっては誉れであり生き様。
特に奴との戦いは血肉沸き踊るものであった。
無論、戦場ではある以上、全力で戦うし、手段も選ばない。
……が、ここは戦場ではないし、盟友の二人からは自分の裁量に任せると言われている。
つまり己の流儀でやっても良いという事だ。
――そう、彼女は頭の中から命令も友の苦言も除外した。
そのまま彼女は背中から竜の羽根を生やして、上空を飛んでみる。
辺りを眺めると、そこから一つの街が見えた。
彼もあの街にいるのだろうか?
どうする?
今すぐ襲撃でも仕掛けるか?
無論、戦士でない民を傷つけるつもりはない。だが、建物を少し壊すぐらいならば大丈夫だろう。
自分の暮らしていた里ではそれぐらいで怪我をする者などいなかった、と人間社会からいささかズレた思考をしながら、彼女はお目当ての獲物を見つけるために、さらに神経を集中させる。
やがて、彼女の五感が街の奥底にさらなる妙な魔力の淀みを溜め込んだ穴のような場所を捕えた。おそらくはダンジョンだろう。
そして、そこには沢山の人間の気配も感じられた。
どうやら、そこは人間は魔物が大量に生息する魔窟で、その探索に人間の群れが集っているらしい。
「――見つけた!」
この気配、忘れるものか。
いささか保有している魔力が薄すぎる気もするが、隠形の術でも使っているのかもしれない。
だが、その程度では自分は誤魔化されない。
そんな小細工では自分とお前の血と闘争により紡がれた絆は絶たれはしないのだ。
それを証明するため、彼女……飛竜戦姫ヴェロニカは嬉々としてその場所に向かって真っすぐ飛んでいった。