10話 魔石収集クエスト
「疲れたぁ!」
リズベルの泣き言が山中にこだまする。
僕らは街からアルファムさんの導きで街から出て、山の方を歩いていた。
場所はゴブリン退治や骸骨兵を行った逆の方向に位置する。
既に2時間ほど歩き通しだった。
「ちょっと休憩しましょうよぉ !もしくは誰かおぶってぇ!」
既に体力と足に限界が来ていたリズベルの泣き言が後ろから尽きない。
君だって冒険者の端くれだろうに。
……でも、アルファムさんの方といえば息切れ一つ無しで僕らの先頭を行っているんだよね。
いや、あの人高齢のお爺さんだよね?
現役時代の職業も賢者だよね?
そこまで考えて、僕はかつてのパーティメンバーの聖女シスカもかつては聖騎士で、オーガの集団との戦闘中に魔力が尽きてしまった時、素手でオーガと殴り合って最終的に勝利していたのを思い出す。
ジョブって当てにならないのかなぁ。
「フッ。こう見えて持久力には自信がないのよ」
一方で不敵な笑顔で情けないことを言い出している現役冒険者の彼女を、僕とアルファムさんはガン無視して置いていくことにする。
「冗談! 冗談だってば! 置いてかないで!」
「うわっ背中に張り付かないでくれっ」
山道で取っ組み合いを始めかけていたその時、アルファムさんから声がかかる。
「つきましたよ」
彼が指さす先には小さな集落があッた。
建てられた家は十軒にも満たない。
村と呼んでいいかも怪しい。
「あ、アルファムさん。おいアルファムさんが来たぞぉ!」
「本当かい? 本当だ! 誰かジイさんを呼んで来い」
「茶の用意せにゃあなあ」
その中心で井戸の水をくんでいた者がこちらに気付いて、それを皮切りに
家から幾人もの人が出てきて、こちらを迎える。
だが、僕が一番目を引いたのは彼らのその長いとがった耳だった。。
「エルフ」
思わずそう口に出してそう呟いた。
エルフ。
森の精霊の末裔にして、守人の民と呼ばれる耳長の亜人族だ。
彼らはドワーフ同様人間と盟約を結び、多くの国からその地位と身の安全を保証されている。
聖森を始めとしたいくつもの自治領を有しており、独自の文化と魔法技術を持っている彼らは時たまに人間国と交易していたりする。
だが、現在は魔王との戦争がはじまると、各々で結界を張って引きこもってしまって、人間領に暮らしているような個人を除いて、ほとんどお目にかかれない状態になっていた。
「なんだい。新しい人かい。けっこう若いじゃないのさ」
「今年の作物は実りがいい。一つ持っていくかい?」
「ちょうどいいや。新しい土魔法を開発したんだ。あんたもちょっと見て行ってくれ。人間の意見を聞きたい」
彼らはこちらを見ると、多少怪訝な顔をするも、気さくに笑いながら接してくれたり、畑の作物を持ってきたりしてくれる。
もっと厳格で気難しいイメージがあったから意外だ。
アルファムさんの紹介という事で、普通に迎えてくれているのだろうか。
そのままあっという間に囲まれる。
まさか、街のすぐ近くにこんな場所があったとは。
なんでもアルファムさんの話によると、彼らは自分を始めとした街の有権者ともつながりを持っていて、時たま降りてきているらしい。
彼らは先代魔王に住んでいた自治領を焼け出されて、先代勇者に庇護されたらしい。
戦いが落ち着いて、全てのエルフにとっての故郷の森に帰れる目途がついたものの、既に森に居場所はなく、ここで静かに隠遁しているという。
そして、それをこの土地の領主と仲介し、住めるように整備したのもアルファムさんとの事であった。
「街の住人の中にも知っている人も多くおりますが、このご時世、亜人というだけで諍いになったりするケースがないとも限らないですからね。街に降りる時は変身魔法で耳を誤魔化しているのですよ」
ということはリズベルも知っていたのかと思ったら、僕と同じく目をパチクリさせているので、どうやら知らなかったらしい。
「リズ、言っただろう? こっちの方が研究がはかどるって」
アルファムさんはリズベルにそう言って、村の一番の高齢……長老と思わしき人の所へ何やら話をしに行く。やがて長老様はこちらを見て、そのまま僕らは彼の家に招待された。
「お姉ちゃん、冒険者ー? じゃあ色んな所冒険してるのー?」
「そうよ。人々を悪漢や魔物から守ったり、誰も足を踏み入れたことのない秘境を巡ったりしてるのよ」
既に打ち解けたリズベルが子供のエルフたち相手にドヤ顔で語り始めている。若干盛ってるな……。
肩の力が抜ける、だけど緊迫した空気の中で話すよりはかえってありがたい。
すると長老様が話を切り出す。
「あなたが勇者様とは……」
「元ですが」
自嘲する僕に長老はいやいやと首を振る。
「そう己を卑下されることはありません。勇者という称号は只人に選ばれたりはしません。何かしらの素質を持つ者だからこそ選ばれるのです。あなたにはまだ未知の力が眠っているはずですよ」
未知の力、と首を傾げると長老は左様です、と話を続ける。
「先代勇者様は自分がいなくなった時のため、また勇者や魔王以外の脅威が現れた時のため、賢者殿は様々な剣やマジックアイテムの研究を続け、我々もエルフの知識をもって手伝ってきました」
そう言って長老は箱から二つの箱を取り出した。
中に入っていたのは手に収まるサイズの赤と青の鉱石だ。
長老はアルファムさんと頷き、それらを目の前で金槌で叩き始める。
「えっ、ちょっ……」
思わずこっいが声をかけても、彼らは無視して砕き続けた。
それを鉢に入れて、さらにゴリゴリと回して粉末状にする。
なんだ。
僕は何を見せられているんだ。
最終的にその鉱石だった粉は湯煎で煎じられて、二つの液体となって僕の前にお出しされた。
「はい。それではどうぞ飲んでください」
「はい?」
ずいっと薦められる。
いや。
いやいやいやいやいや。
思わずアルファムさんの方を見るが、コクリと笑顔で頷く。いや、だから説明してほしいんですけど。
いや、でも高名な賢者様のことだ。きっと何か思惑があるに違いない。
僕は思いきって赤い方を飲んでみる。
やがて、身体の中から熱いものが宿ったようにポカポカしてくる。
いや、力が漲ってくる!
「体の具合はどうですか?」
「いや少し体が熱い、いやむしろ熱すぎるくらいですね。でも大丈夫です。」
「ふむ。では続けてもう一つの方もお願いします」
お次は青い方だ。
ここまできたら、僕も腹を決める。
さっきと同じように一気に飲み干した。
よし。こっちもなんともな――身体が寒い――あれぇ?
なんだ?
からだがあつい。あつくてさむい。
めがまわる。
くるくるくるくるくる――。
――。
――、――。
「はっ⁉」
意識を覚醒した僕は周囲を見回す。
さっきの居間で僕は敷かれた布団で寝ていた。
どうやら僕は少しばかり寝ていたらしい。
「あ、起きた! おーいおはよう! 丸一日寝てたけど調子はどうだった? だるい所はない?」
リズベルが心配そうに聞いてくる。
ああ、大丈夫。特に体に悪い所は――ってはあ? 丸一日⁉
慌てて傍らにいたエルフの男性の顔を見る。
「え、ええ。確かに昨日と同じ時間ぐらいに秘薬を飲んだ後にそのまま倒れて寝込んでいましたが……」
秘薬。
僕は記憶が途切れる直前に飲んだあの粉薬を思い出した。
するとアルファムさんが部屋に入ってきた。
「ふむふむ。なるほど拒絶反応が起きない。本当に属性を失っていたようですね」
……今、すごい不穏な言葉が聞こえたんだけど。
「昨日、あなたが口にしたのは魔力の凝縮されて鉱物となったもの、すなわち魔石です」
魔石、それなら僕も聞いたことがあった。
世界中の至る所に魔力は宿っており、時たまに地下や森の奥にそれらが凝り集まって固形物という形で具現化するらしい。
用途は様々で、魔法使いが、魔法薬の素材として使うとアンジュから聞いたことがあるし、確か生まれつき魔力の弱い人間が自身の魔力を補強するために呑む。いわば魔法使い用の増強剤としての使い道もあったとされる。
魔法技術が発展してる国々ではそれを原動力としたマジックアイテムの開発が次々と進んでいるらしい。
「といっても普通の魔石と違い、あれは私と彼らエルフが共同で人為的に開発した使っても無くならない魔石です。今あれらを取り込んだアナタの中には火と水の複数の属性が体内に宿っています」
複数属性の持ち主は希少だ。
実際、アンジュも火と土の複数属性の持ち主だった。
「光の力をほとんど失ったアナタは実質無属性となっていたわけですが、だからこそ空になった分だけ別の属性を補える可能性がありました。そしてその読みは当たった。あなたは全ての属性を所有することができる」
全ての属性持ちって……昔話に出てくる大魔導士の領域じゃないか。
少なくとも僕やアルファムさんの代ではいなかったはずだ。
「まぁ、これを最初に考案、設計したのはかつてのパーティ仲間だったあの偏屈魔法使いで、本来の用途も自身の属性と同じ魔石を装備させて使用する魔法の増強させるためのものだったらしいですがね。最悪、体内の魔力と相反する属性の魔力が反発しあって拒絶反応が起きて体が爆散していた可能性がありましたが……いやぁ。上手くいって良かった」
なるほど……は?
拒絶反応?
爆散?
アルファムさんが爽やかな笑みで淡々と答えているが、そんなとんでもないモノを飲ませたのか!
……ってなんでこの人、何かおかしいこと言いましたかみたいな顔をしているんだろうか⁉
「まぁまぁ、駄目だった時のために当然中和剤も用意していましたよ」
懐疑的な目を向ける僕に、アルファムさんはとってつけたようなフォローを入れる。
信用できない……。
この人、実はとんでもないマッドサイエンティストなんじゃなかろうか。
「それと、もう一つ用意したものがあります」
エルフの長老が割り込んできて、傍のエルフの若者に合図を送る。
さっきの話を誤魔化してたりしないよね?
若者がもってきたのは黒い鞘に納められた一振りの剣だった。
僕は差し出されたその剣の柄を握ってみる。
すると僅かに熱のようなものを感じる。これは僕の僅かな光の魔力に反応してるのか?
「これはと聖剣を元にして鍛造された魔法剣です。さすがにオリジナルには及びませんが、少なくとも魔王軍の幹部クラスぐらいとなら充分に打ち合えるはずです」
やはり、そうか。
以前僕が扱っていた本物の聖剣。アレほどの強さは感じないが、それでも曲がりなりにもおやっさんの武器屋でいくつもの武具を扱ってきたのだ。これが相当の業物だというのはわかる。
なるほど。
光属性をほとんど失った僕にはありがたい。
「地と風の魔石はここにはありません。風はこの街の西の森に生息するワイバーンの巣に、地はこの街の中央に存在するダンジョンに隠してあります。それらにはアナタ自身で取ってきて貰いたいのです。この意味がわかりますか?」
僕はゆっくりと頷く。
力を取り戻すには、それだけの対価か相応の実力を示さねばならない。いわばコレは修行であり試練だ。
「へぇー面白そうじゃない。ワクワクしてきたわね」
さっきまで上の空だったリズベルがドヤ顔をしながら食いついてきた。
彼女はポンポンと気軽に僕の肩を叩いてくる。
「大丈夫よ。怖がることはないわ。ちゃんと私がついて行ってあげるから」
というか、ついてくる気なのか、この子は。
アルファムさんや長老さんの方を見るが、困ったようにかぶりを振る。
少しは止めてください。
数日後。
そういうわけで僕らはまず風の魔石を回収するため、まずワイバーンの巣へ向かう事になった。