01話 されたんじゃなくて追放した
「ジャック。君を追放する」
冷たい声で僕……勇者ラッシュは目の前にいる仲間にそう言った。
場所は冒険者ギルドが経営している宿屋。
僕らはずっとここまでやってきたパーティーの仲間である彼に三下り半を突きつけていた。
「君をこれ以上このパーティーに置いておくことはできない」
続いて発した言葉は、自分でも驚くほど無機質で冷たく感じられた。
誓って言うが、本意ではない。
今まで共に戦ってきた仲間を、こんな吊るし上げる形で追い出そうだなんて気分が悪い。
それでも僕はリーダーとして言わなければならなかった。
「追放?」
一方で言われている軽薄そうな金髪の男……剣士ジャックは何を言われたのかわからないのか、キョトンとしていたが、しばらくして、ようやく言葉の意味を理解して、それでも僕の言葉をまだ信じられないのか、半笑いでかぶりを振る。
当然の反応だろう。
僕だって同じようなことを言われたら、何の冗談かと思う。
「ちょっと待ってくれよ。俺はこのパーティーの古参メンバーとして長い間、みんなのために前線で力を尽くしてきたはずだよね?」
「力を尽くしてきたですって? アンタ本気で言ってる?」
ジャックの言葉に、いち早く赤髪の小柄な少女……魔法使いのアンジュが反応する。
彼女の眼には追い出される者への嘲りや蔑みではなく、ただ純粋な怒りが込められていた。
「勇者であるラッシュと重戦士のガンズが前衛で敵を迎え撃って、後衛のシスカは皆の回復。アタシは魔法で遠距離からの援護射撃。そして、剣士で一番小回りの利くアンタがラッシュたちと前衛を行いつつも、状況に応じて後衛のアタシたちの援護に回ったりアイテムを渡す。それがアタシらの基本スタイルだったわよね」
振り返るように、これまでのこのパーティーの戦闘スタイルを語るアンジュ。
「でも、ここ最近のアンタはどうなのよ? やる気っていうのが感じられない。戦いが始まると、ラッシュやガルドの後ろに隠れて、それどころかアタシたちに援護が遅いって野次を飛ばしたり、どころかアンタが本来請け負う分の敵をこっちに誘導して押し付けたり! 昨日なんてアタシ死にかけたんだけど?」
今までの鬱憤を吐き出すような剣幕でアンジュはジャックを糾弾する。
「――あぁ……。あれは災難だったな。ゴメンゴメン」
だが、言われたジャックは呆けたような表情をしていたが、やがて思い出したのか、軽く頷いたように謝る。
アンジュはそんないい加減な様子の彼にさらに怒りを募らせ顔を真っ赤にする。
「トボけてんじゃないわよ! あと今日だって、アンタが戦闘中に魔力を回復する霊薬だって渡した薬、アレ敵に投げつける毒薬だったじゃない! もう少しで飲むところだったわよ!」
間違えましたじゃすまない、と非難するアンジュだが、ジャックは特に気にした様子も見せず、どころか呆れたようにため息をついて返した。
「やれやれ。黙って聞いてれば。俺は自分よりも弱い魔物相手に油断しないように発破をかけていただけだぞ。アイテムの件は確かに俺のミスだが、間違いは誰にでもあるものだ。それをいつまでもあげつらっていてはお前の器が知れるよ?」
「ア、アンタねぇ!」
「落ち着けよアンジュ」
憮然とした態度のジャックに我慢の限界が来たアンジュは顔を真っ赤にして殴りかかろうとする。それを後ろから背の高い偉丈夫が押さえつける。僕らの守護を一手に担ってくれている重戦士ガンズだ。
しばらくアンジュを宥めすかしていたガンズだったが、彼女が落ち着いて席に座ると、やがて険しい顔つきで今度は彼がジャックに向き直る。
「ジャック、話はそれだけじゃないんだ」
「なにかな?」
「お前、以前からちょくちょく情報収集とか言って、単独行動をしていたな。だけど実際は歓楽街で豪遊していたりと随分と羽振りがいいな?」
「ああいう場所とかの方が情報は集まりやすいんだよ。元傭兵のガンズだってわかってるだろう?」
「そうだな。だが、お前はその豪遊する金をどこから持ってきてるんだ?」
ガンズは語り始める。
ジャックが勇者パーティーの名を使って、訪れた町や村から恫喝まがいのやり口で人々から散々金品を巻き上げていたこと。無理やり家に押し入れられて、家中を荒らし回ったということ。
しかも、それを咎めようとした家主が殴られて怪我をしたという話まである。
ガンズの話を静かに聞いていたジャックは心外とばかりに再びため息をつく。
「やれやれ。俺たちは魔王討伐という崇高かつ過酷な使命があるんだぞ。それを成就させるには軍資金が必要なんだよ。それに対してこの国の連中はもっと俺たちに協力をするべきだと思わないかい? いわゆる必要経費ってヤツさ」
「だったら国に要請すればいいだけの話だ。活動費は常に国から支給されていたはずだからな。大方皆に分配するのが嫌だったんだろうが! 金を独占したお前はその奪った金を自身の装備にだけあてたり、夜の店で遊び歩いてたんじゃないのか⁉」
「ふむ。自分で言うのもなんだが、俺はパーティーの中で一番弱いからさ。多少皆より良い装備を揃えてもいいんじゃないかな?」
「ヌケヌケと……っ!」
普段は温厚で泰然自若としているガンズも流石に腹を立てたのか、額に青筋を浮かばせている。
「話なら私にもありますわ」
聖女シスカが、長い金髪をかき上げながら話に割り込んできて、ジャックは思わず息をのむ。
シスカはその美しくも怜悧な相貌は一見冷たい印象を受けるが、実際は物静かなだけであり、とても穏やかで思いやりに溢れた、聖女と呼ぶにふさわしい女性だ。
だが、今はそんな彼女も激しい怒りで肩を震わせている。
「シスカ。そうカリカリしてはいけないよ。君の可愛い顔が台無しだ」
「ジャック、あなた複数の女性に言い寄っていたそうですね。しかも、嫌がっていた女性には『俺の誘いを邪険にすると勇者たちが黙っていないぞ』と脅したとか」
ジャックの戯言を無視して、シスカは話題を切り出す。さすがの彼もはバツが悪そうに顔をしかめて、慌てて弁明を始める。
「シスカ違うよ、浮気じゃないんだ! 酒のせいだ。悪酔いしてハシャぎ過ぎただけなんだ!」
「何が浮気ですか! さっきからあなたは何を言っているんですの⁉ ラッシュ、ジャックの妄言ですからね。信じないでくださいまし! ……ゴホン。話を戻します。実際に私も見ている……というか立ち会ってるのですからね」
色んな意味で見当違いなことを言い出すジャックに語気を強めるシスカ。
なんでも、ついにジャックは恋人の男性と共に歩いていた女性にその場で言い寄って、間に入ろうとした男性を殴り飛ばし、そのまま女性の手を掴んで暗がりに連れて行こうとしたらしい。
それを見ていた町人の一人が、急いでシスカを探し出して連れてきたおかげで、なんとかその場は事なきを得たらしいが、さすがにこれは度を越しているだろう。
「やれやれ。そう嫉妬するなよシスカ。大丈夫。俺は君一筋だよ」
「……あなたは本気で何を言っているのですか?」
悪びれるどころか、爽やかな笑顔を向けてくるジャックに、シスカは鳥肌を立てながら顔を引きつらせていた。
「少しばかり町の話を聞こうとしただけだよ。ほら、情報収集は俺の仕事だとガンズだってさっき言っていたじゃないか。そしたら彼氏の男が色々と勘違いしてきてね。いやぁ色男は辛いね」
「とてもそんな風には見えませんでしたが」
ドン引いていたシスカだが、ジャックの物言いに再び怒りを燃やす。
「とにかくジャック、君は態度を改めるつもりはないんだね」
「ああ、俺は何も悪いことはしていない。むしろキミらこそ俺を尊重するべきじゃないか!」
どこからそんな余裕が沸いてくるのか、と聞きたくなるほどジャックは堂々としており、むしろこちらが被害者と言わんばかりの自己主張を続けている。そんなどこか人を馬鹿にしたような態度にさすがの僕も苛立ちを覚えた。
「わかったよジャック、改めて言おう。君はこのパーティから出て行ってもらう」
「フン。それは本気かい?」
僕の宣言に、ジャックは念を押すように言う。
「ああ、はっきり言う。最近の君の行動は目に余るし、改める気がないならなおさらだ。……なにより、今となっては戦力としてもパーティのお荷物だ」
自分でも追放はやり過ぎかもしれない、と最初は思った。
だが、既にジャックは勇者パーティーとしては庇いきれないぐらい問題を起こしているし、僕もこの期に及んで庇うつもりもなかった。
「本当にいいのかい? 俺がいないと困るんじゃないのか? 後から戻ってきてくれとか言ってももう遅いんだぞ?」
「ふざけないでよ! アンタが役に立ったことなんて一度もな……モガっ」
いきり立つアンジュの口をガンズの手が塞ぐ。
ジャックは最初こそちゃんとパーティーの一員として頑張ってくれてた。
むしろ、勇者として選ばれ、まだ戦い方もロクに知らなかった自分に剣を教えてくれたのがジャックだし、今日まで共に戦ってきた古参メンバーの一人だったのだ。
信頼できる仲間だと思っていた。
かけがえのない戦友だと思っていた。
でも、そう思っていたのは僕らだけだったのだろう。
本当にどうしてこうなってしまったのだろうか?
「仕方ない。俺は用済みという事か。やれやれ、俺はこんな奴らのために力を貸してきたのかと思うと涙が出てくるよ」
言葉面とは裏腹に、最後までこちらを馬鹿にしたようにニヤリと笑いながらジャックは部屋を後にした。
「――プハッ! 何よアイツ! もうちょっとちゃんとした謝罪や反論でもしなさいよ。そうすれば考え直してやっても良かったのに!」
そこでようやく、ガンズの手から解放されたアンジュが騒ぎ出す。
「ラッシュ、気にしてはいけませんよ。あなたのせいではないのですから」
「……ありがとう、シスカ」
一方でこちらに気遣ってくれるシスカに僕も微笑み返す。
だが、彼女は余計に心配そうにこちらを見つめている。
変だな。ちゃんと笑えてなかっただろうか?
翌日、ジャックは既に自分の荷物をまとめて、宿を後にしていた。
別れの挨拶だけでもしておきたかったが、顔を合わせても気まずいだけだろうし、これで良かったのかもしれない。
せめて、いなくなった彼の分まで僕らは僕らのすべきこと……魔王討伐をやり遂げる。それが僕に課された役目だろう。
この時の僕はまだそう思っていた。
……異変が起きたのは、彼がパーティーを出て行ってしばらくしてのことだ。