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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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九十八話 意地

「お前は魔竜(俺たち)の中で、一番世界を大切にしてたじゃねえか。それなのになんでこんな事を……なんで世界を壊そうとしてんだよ!」


 破壊された街の中、炎の魔竜の声が響く。


「……何故、か。それを聞いてどうする。彼の魔王殿を裏切り、我に手を貸してくれるのか? 違うだろう。説得は無駄だ。もう、辞めるつもりはない。これ以上話すつもりもな」


 それだけ告げると、セレスティアは純白の剣の鋒をフリートへと向ける。そこには確かに、殺意が宿っていた。


「あぁ、そうかよ……」


 諦めたような、小さな呟き。どこか寂しそうで、悲しさに満ちた声。


「俺を育ててくれた人は、俺を魔竜にしてくれた人は……俺の、親は……そんな奴じゃ無かったって言うのに」

「失望したか? それなら結構。我は我の選んだ道を征く」


 その言葉を最後に、セレスティアは既に臨戦体勢に入っており、相対するフリートもまた、その姿を人でも竜でもある姿へと変えていた。

 四肢に生えた凶悪な形状の鱗を僅かに振るわせ、太い尾で大地を鳴らす。口の端からは吐息と共に紅蓮の炎が漏れていた。


「少しは強くなったのだろう――」


 彼女の口から溢れた言葉を待つことなく、フリートの拳が彼女の頬を打ち抜いていた。幾棟かの建造物を貫き、その体は住宅街へ転がり、止まった。

 彼女が体勢を立て直すよりも早く、炎の魔竜はそのすぐ側に飛来する。翼を広げ、飛び退くのとほぼ同時に彼女が横たわっていた場所にフリートの拳が打ち付けられていた。


「……不意打ちとは、関心せんな」

「最低限の敬意を払われるような行動を取ってから言いやがれ」


 彼のめり込んだ拳が引き抜かれた時、その内側はボコボコと沸騰する赤色の液体に変わっていた。


「何があったのか知らないけどよ……ぶん殴ってでも目を覚まさせてやるからな。歯ぁ食い縛れ」

「目を覚まさせる……お前が知っている姿で我は生きろと? 相変わらず冗談は下手なようだな。勝手な理想で他人を分かった気になるなよ、フリート。それを押し付けるのはやめることだ」


 その声は、子供に言い聞かせる母親のように優しい。しかしその声色とは裏腹に、剣を納め握りこんだ彼女の拳には殺意の籠った魔力が纏われていた。


「……さて、殴り合いが好みなら付き合ってやろう。お前は潰しておかねば、あまりにも障害として大きすぎるからな」


 その言葉を開戦の合図に、二人は地を蹴った。大地に足跡を刻み、ひび割れさせるほどの踏み込みの後、肉薄。空間を揺らす魔力を纏った二人の拳が、正面から激突――引き起こされた衝撃波は、広い街に張り巡らされた路地を駆け巡った。

 二撃目を先に放ったのは、フリート。自身と拳を重ねる相手の足目掛け、業火を纏う右の足を薙ぎ払う。炸裂する閃光と、舞い上がる土煙と共にセレスティアは飛び退き、二人の間合いは大きく開いた。


「……まともに食らえば致命傷は避けられんな」


 両腕に淡く輝く魔力を纏いながら、彼女はそう呟く。両腕を軽く構え、落ち着いた姿勢を見せる彼女は動かない。今のフリートには、怒りが満ちているが故に自分から踏み込む必要は無いと考えていたからである。

 事実、その推測は当たってはいた。確かにフリートは、次の瞬間には当然のようにセレスティア目掛けて攻撃を繰り出していた。但し――


紅星襲降槍(ドロップ・クリムゾン)


 その一撃は、拳ではなく上空から撃ち込まれた一本の真紅の槍として。


「……ほう」


 土煙を切り裂き飛来する完全な意識外からの攻撃に対し、セレスティアは翼を広げ、飛び立った。自身のいた場所に深々と突き刺さる槍を視界の端に捉えながら空へ駆ける。

 彼女の視界が広がった瞬間、そこに映ったのは翼をはためかせる炎の魔竜――自身へ、魔力を極限まで込めた煌々と輝く魔法陣を向けるフリートの姿だった。


「殴り合いではなかったのか?」

「俺は一言もそんなこと言ってねーよ!」


 そこから解き放たれた、夥しい魔力を以ってフリートの姿を隠すほどの量を誇る炎で形どられた蛇の群れ。そのうちの一匹が先陣を切り、セレスティアに襲いかかる。


「邪魔だ」


 彼女が小さな結界で、自身に伸びる蛇の牙を弾いた瞬間、その炎が膨れ上がり、炸裂した。


「っ……!」


 そこに込められた濃密な魔力に、セレスティアは防御の姿勢を取った。体の前で腕を組み、翼を羽ばたかせ後方に飛び退く――その咄嗟の判断が功を奏したか、爆炎は彼女の腕に纏われた鱗を焦がすだけに留まっていた。


「まともに食らえばひとたまりも無いな……」


 そう小さく呟き、彼女はもう一度翼を羽ばたかせた。その目的は無論、眼前の敵から逃げるためなどでは無い。


「追え、滅界を呼ぶ神蛇(イオルムンガンドル)


 フリートの言葉を受け、蛇の大群は飛び立つセレスティア目掛けて伸びていく。その体は魔力でできている故に、フリートの魔力が切れぬ限り射程の限界は存在しない。そしてその速度は、彼の力に比例する。

 自身の背後をピッタリと追従する炎の蛇に気を配りながら、セレスティアはフリートを中心に大きな円を描くよう軌道で飛んでいた。その最中には、彼が動くことがないよう適度に魔力球や斬撃を放ちながら。


「……そろそろ頃合いか」


 自身の描く軌跡が半円を形成したその時、彼女は空を舞うその軌道をおもむろに、直角に変えた。腰に刺した剣を抜き、狙うはフリートの懐。

 流石の光の魔竜といえど、一度対応を間違えば致命傷になりうる無数の攻撃が視界一杯に広がる中で距離を詰めるのは無理……そこにゆとりを持たせるために、彼女はわざわざ大きく距離を稼いでいたのだった。


竜装(ドラゴソウル)展開……!」


 セレスティアの手の中で光る純白の剣がより一層輝きを増す。空中で一段階加速した彼女は、肉薄したフリート目掛けて、少しも迷うことなく真っ直ぐに刃を振り下ろす。


「竜装、展開っ!」


 赤黒く焦げた槍を右手に握り、純白の刃をフリートは受け止める。二つの獲物は激しい火花と音を放ちながら交差し、互いの膂力と魔力を凶器に変え、押し合う。動きの止まったセレスティアの背後に、追いついてきた炎の蛇の群れ飛びかかるーーが、当然彼女がそれをまともに受ける筈がなく、その背に展開された結界に阻まれていた。


「この距離ならば、爆破はできまい……!」


 そう告げるセレスティアの口角は、僅かに上がっていた。これこそが、彼女がわざわざ大きく回り込んでまで距離を詰めた理由である。

 二人の間に存在する距離は、手を伸ばせば届くほど。そこで魔力を炸裂させれば、まず間違いなくフリートごと飲み込まれてしまう。そんな被弾は避けるだろうという、強者に対しての、ある種の信頼の上辿り着いた判断である。


「爆ぜろ!」


 しかし一切の思考を挟むことなく、フリートが取った行動はその信頼を裏切るものだった。左腕でセレスティアを逃がさないようにしかと掴み、彼女の背後、結界に牙を突き立てる己の魔力を爆裂させる――紅蓮の光が、二人を飲み込む。

 ()()には一匹でさえ、適切な防御を取ったセレスティアにダメージを与える威力があった。フリートが自身を巻き込みながら弾けさせた炎の蛇は、軽く見積もっても二十は優に超えていた。彼女の予想を裏切る一撃に、防御の姿勢を取る時間は存在しない。

 

「っ……ぁ……ぐっ……」


 結果として、地上に二つの影が落ちた。セレスティアの全身を覆う、美しい純白の鎧は黒く焦げ、全身の至る所から血が流れ出ていた。無論、フリートも無傷だった訳ではない。彼女に一撃を気取らせない為に、彼も防御の姿勢は取っていない――が、炎の魔竜が故か、彼女よりは幾分か傷は浅かった。


「正気か、フリートっ……」


 ふらふらと立ち上がりながら、小さくそう溢す。ただ、彼女の瞳の炎は消えていない。


「お前のほうが、格上だ……無茶しなきゃ、勝てねぇんだよ……!」


 同じく、力の入りきらない足を奮い立たせながら、フリートもまた立ち上がる。


「……来い、フリート」

「言われなくても……!」


 二人が魔力を込めたのは、己の前身。地を蹴った二人の間に繰り広げられるのは、小細工無しの殴り合い。魔力による防御は捨て、万全とは程遠い体を酷使しての、意地のぶつかり合いだった。

 彼らの組打ちは、最初の数発は拮抗していた。互いに攻撃を避けることなど考えずに、ただただ目の前の存在に、拳を蹴りを打ちつけていく。一方は、大切な友の目を覚ます為に。はたまたもう一方は、自身の望む世界を邪魔する者を排除する為に――その差が、勝敗を分けたのかもしれない。

 振りかぶって撃ち込まれた、魔力を纏ったフリートの拳を、セレスティアが掴んだ。烈炎に手の平を焼かれながら、その腕を引き、体勢を崩す。前傾姿勢になった彼が、その隙を潰さんと翼に力を込めた時、突然の幕引きはそこに訪れた。


「……悪いな。フリート」


 彼のガラ空きの腹部に叩き込まれた、セレスティアの魔力が乗った膝蹴り。体を内部から破壊するような一撃を、フリートはモロに受けた。


「っが……」


 その威力を証明するように、彼は赤色の液体を口から吐き出した。それに構うことなく、その首を掴んで数度、顔面にセレスティアは拳を打ちつける。


「ぐ……ちく、しょ……」


 解放されたその体は、支える力を使い果たしていた。膝を着き、崩れるフリートが小さく溢したその声は酷く寂しそうなもの。その姿を、彼女が自身の視界に入れることは無かった。拒絶するように、目を背けていた。


「こんな奴じゃ無かった……か。そうか……そうかもしれんな……」


 自身に治療を施しながら、魔竜の魔力に呑まれて至る所が崩壊しかけている夜の街をセレスティアは歩き出した。その足取りは、恐らく傷のせいだろうか……壁の支えが必要なほどに重くなっていた。

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