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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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九十四話 油断大敵

 数メートルおきに配置された火を灯す燭台のみが光を放つ、長い長い暗闇の中で、睨み合う影が二つ。


「さっきの発言、本気で()()考えているなら、一刻も早くキミの大事なお友達と魔王様を拾って逃げたまえよ」


 自身の背後で座り込む少女に向けて、メルディラールはそう告げる。既に彼の姿勢は低く前傾になっており、いつ眼前の兵器が仕掛けてきても対応できるように髪色と同じ紫紺の瞳でその姿を見据えていた。


「で、でも……」


 イチナナの魔法封印は既に解除されたのか、魔力をその体に迸らせながらエウレカは異を示す。そんな彼女の姿に、心底面倒くさそうに彼は深い溜め息を吐いた。


「また魔法を封じられて足手纏いになるつもりかな? 悪いが私はエウレカちゃんを助けに来た訳じゃ無いのでね、守りながら戦うつもりは毛頭無いとだけ言えば、賢いキミなら分かるだろう?」

「……はい」


 促されるまま、大切な親友と夢に閉ざされた魔王を前後に抱え、エウレカは廊下を駆け出した。疾風のように駆けて行く彼女の姿が見えなくなるのに、そう時間はかからなかった。


「――さて、魔力駆動式自律思考殺戮兵の……えぇと、十七番君だったかな? 会話中の私達に襲いかかってこないとは、随分お利口なようだ」

「当たり前だろう? 元は同じ志の元に同じ君主に遣えた仲間だ。本当に敵対するつもりなのかを聞くべきだと判断した。ボスは貴殿の能力をいたく評価していたしな」


 まるで鍛えられた軍隊の一員かのように、未だ硝煙を漂わせる銃口を天井へ向けた歩兵用小銃(アサルトカービン)をその肩に携え、イチナナは目の前の男にそう告げた。


「それに対する答えなら、先の行動で分かるのでは無いかな? あと一つ訂正しておこう。私は君達から依頼された立場に過ぎない上に、最後までそれを完遂するつもりも無かったとね。君のボスの崇高な志とやらに、私は全く共感もできないからね」

「……そうか、残念だ」


 イチナナが銃を構え、引き金に右手の指をかける。それでも、メルディラールの口は止まらない。


「残念、君は今残念だと言ったのかい? これは傑作だ。たかが刻まれた術式通りに動く装置に過ぎない君が、残念と感情を口にするとは。決めた、元々はその壮大な名前の実力を見たかっただけだが、少しその中身も見せて――」


 彼が言葉を言い終える前に、暗闇を切り裂く激しい閃光が瞬く。


「ならば話は終わりだ」


 左腕の肘あたりから伸びる、筒状の何かを握った細い二本目の腕(サブアーム)を畳みながら、イチナナは銃の引き金を強く引いた。視界を奪う光に満ちた中で、無数の乾いた破裂音と、耳を覆いたくなるような鈍い音が鳴り響く。金属の黒い雨が、場を支配していた。


「ふぅ、流石の火力だな……もう少し反応が遅れればミンチになっていたところだ」


 イチナナが弾倉内の弾を全て撃ちきり、閃光も収まった頃。つい十数秒前まで錬金術師が居たはずの場所には、鈍く輝く銀色の球体が存在していた。その表面には無数の凹みが生成されており、先の銃弾の雨を受け止めていたことが見て取れる。()()から、調子の変わらぬメルディラールの声は聞こえた。


「守ってくれてありがとう、キュロン」


 その声に反応したように球体は流動、収縮し、自身の内側から白衣の錬金術師を解放した。そのまま形を不定形に揺らしながら、彼の足元で脈打つ『生物と呼んでいいのか分からない何か』は、明らかに異質な存在だった。


「眠たかったかい? 起こして悪いね。もう少しだけ力を貸してくれるかな」


 伸ばされた彼の右腕に纏わりつき、その整った顔に、先の言葉に同意を見せるように自身の体の一部を細く伸ばして触れさせる姿はこの世界に存在する、とある生物の特徴と合致していた。

 不定形、原形質の姿を持ち、その体で物理的な軽い攻撃程度なら受け流し、稀に小災害を引き起こすことのある厄介な危険生物(モンスター)――


「スライムのようだろう?」


 自身の頬に伸びる()()と握手しながら、メルディラールはそう告げた。その口角はきゅっと上がり、不敵な笑みを浮かべている。


過電粒子砲(オーバードライヴ)!」


 何かを察知したのか、イチナナが駆動音を鳴らしながら両腕を前へと突き出す。刹那、その両の手のひらに備えられた装置から解き放たれたのは、空気を焦がす高音を纏う直線の廊下を飲み込むほどに極太の熱線。当然のように、経路上に存在する大公錬金術師も、その体に纏わりつく粘液性の生物も、等しく飲み込んでしまった。

 

「――流動性硬質金属(ヒュドラルキュロス)という素材を知っているかな。常温で液体であり、衝撃を受けると一瞬硬質化する特殊な金属でね。この子はそれを素材として私が創り上げた初めての命だ。生命の錬金術師としての処女作と言っていい。言葉は話せないが知能はとても高くてね、よく力を借りているんだ」


 先程と同じく、鈍色の流体生物(キュロン)が主を守るように包み込んでいた。内側からは、誰も聞いていないと言うのに、勝手に話し続ける声が聞こえている。


「貴殿の話を聞く機会など、そう易々と得られるものでは無いのだろうがな」


 だからと言って、イチナナの攻撃の手は緩まない。中距離を保ったまま、熱線と銃弾を織り交ぜ、弾幕を作り出す。近距離の間合いに踏み込むつもりはさらさら無いらしい。


「そうだとも、ありがたく受け取りたまえ」


 キュロンの球状の鎧が流動し、弾幕を受け止める中で、メルディラールは冷静に一度、錬金術を起動した。


生命錬成(オルガニズモス)暴竜(タイラント)


 素材は、長い白衣の内側から取り出した、試験管に入った深紅の液体。彼が術式を起動すると、それは無数の首を持つ竜へと姿を変えた。


「ァ――!」


 思わず耳を塞ぎたくなる程に悍ましい咆哮を上げると共に、無数の竜の首は、イチナナに襲い掛かった。濃密な弾幕も、空間を焼き焦がす熱線も、その鱗を傷つけることは叶わない――傷一つ入らないその姿を見た一瞬で、イチナナは判断した。


「少々データが足りないが……空理空論(コマンド・ヌル)!」


 機械的な叫び声が響くと共に、怪しい波動が彼の頭部でその思考を司っているであろう明るく瞬く水晶から解き放たれた。それが意味するのは、先の動けなくなったエウレカの姿――即ち、周囲一帯の魔法行使の禁止。


出力調整(キャリブレーション)対錬金術(アルケミスト)


 だが、相手が使用しているのは魔法ではなく錬金術である。故にそのまま発動しても効果がないとイチナナは分かっていた。分かっていたが故に解き放たれた波動の性質はしっかりと変性していた。

 今にも喰らい尽くさんと口を大きく開けた竜が動きを止め、その肉体を崩壊させていく。破壊されたのではなく、細胞同士の結合が千切れてしまったかのように、ドロドロと融解を起こしていた。


「……錬金術の、使用禁止か。そんな応用まで効くとは……いや、予測できなかった私の落ち度だな」


 自身の足元で形を保てずに、鈍色の水たまりのようになってしまった命を掬い上げながら、メルディラールはぽつりと呟く。先程までよりも、その声には、先程までの余裕と覇気が籠っていないように感じられた。足元はふらつき、自身の体を抱くように、隙だらけに見える彼は立っていた。


「私は騎士道などは何とも思わないが一応聞いておいてやろう……言い残したことはあるか?」


 歩兵用小銃ではなく、巨大な砲口を持つ無反動砲(リコイルレスライフル)を構え、感情の籠っていない声で殺戮兵器は告げる。


「……そうだね、少しだけ後悔しているよ」

「そうか」


 苦しそうに短い吐息を漏らし、弱弱しい笑顔を彼は見せていた。無反動砲の引き金にかかったイチナナの指に力が入る。反動を消すための爆炎を後方に解き放ちながら、その大きな砲口から質量弾が放たれた。


「……あと、勝ったつもりの君が余りにも滑稽だね」


 ただしそれが、標的に届くことは無い。飛来する経路上で、撃ちこまれた砲弾は細切れにされ、爆散した。その内側から烈炎が溢れるよりも速く、黒雷を纏った長身がイチナナの懐に肉薄する。


「油断大敵だよ、殺戮兵器君」


 神速の移動から解き放たれた、黒雷を纏う貫手。それは無慈悲に、正確にイチナナの頭部を捉え、貫いた。


「錬金術を封じれば勝てるとでも思ったかな。誰も魔法を使えないなんて言ってないだろう?」


 物言わず、ぎこちない動作で腕を振り回される機械の胸部を、黒雷が貫く。


「そもそも一流の錬金術師が封印対策をしていないはずがないだろう?」


 脳である演算装置、心臓に当たる動力源(コア)を完全に破壊され、完全に機能を停止したイチナナの体を、メルディラールの懐から飛び出したキュロンが包み込み、ゴキゴキと音を立てながら分解していく。


「……あぁ、演技に付き合ってくれてありがとう。何も言わなくても分かるとは、流石私の始まりの命だ。助かるよ。解析の後で設計を教えてくれ」


 その場から動かずに捕食行為のようなものを行うそれを置いて、ドロドロに溶け切った多頭の竜の元へ彼は足を運ぶ。


「再生成が面倒なのでね、しっかりと回収しておかないと……」


 術式を起動させながら、手をかざす。瞬きをするほどの短い時間のうちに、その巨体は元の深紅の液体に代わり、彼の手元に握られた試験管の中に注がれる。


「ふぅ、久々に魔法を使った。やはり少し疲れるな……」


 革靴独特の足音を鳴らしながら、彼は廊下を歩き出した。その背後を、慌てたようにキュロンが追いかける。すでにその体の内側に殺戮兵器の欠片は残っていない。


「行こうか。何やら盛大な錬金術の気配を感じる」


 その背中に跨りながら、生命の錬金術師はそう呟く。肯定するかのように体の一部を彼の手に巻き付けながら、キュロンは暗闇の中を進んでいった。

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