表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
87/138

八十七話 決戦会議

 相も変わらず明かりの頼りない酒場。そこにリリムを救出せんとするメンバーが集まっていた。机を並べ替え、全員の顔が見えるようにした状態でメレフが立ち上がり、口を開く。


「……さて、各々自己紹介に情報の共有、済んだだろうか?」


 辺りを見回す彼女に対し、机に座った面子がそれぞれ頷く。


「勝手ながら、この場は余が仕切らせてもらう。異論はあるかもしれんが、今はそれを聞く時間はない。納得してくれ」


 異を唱える者は、その場には居ない。最も的確な判断を下せるのはメレフであり、それを疑う余地などどこにも存在しないのだから。


「まず、敵についてだが既に余の配下が情報を手に入れてきてくれた」


 親指で隣に立つ自身の配下――アルテアを指し、言う。注目を集めると共に、彼に説明を促していた。


「はい、敵の人数は千を優に越えています。幹部と思わしき強者が六、大将らしき別格の存在が一、です」


 説明しながら、彼は宙に魔力で地図を描く。ただその地図には、明らかに何かが書き足されていた。


「……防壁のようなもの、ですかね?」


 国の中心である王城。地図には、そこを守るように大きな円が描かれていた。キアレのその言葉に、アルテアは頷く。


「結界の外側に二点、魔力の供給先を創り出し強固な結界を創り出すとこしえの技術です。今の時代に使えるものなど居ないと思っておりましたが……」


 地図上に二点、明るい光が灯される。


「ここが魔力の供給点です」

「そこを潰さない限り、私達は敵の本拠地に乗り込むことはできないと、そういうことだね?」


 眠そうに目をこするトニアを膝の上に乗せ、メルディラールが言葉の続きを紡ぐ。


「逆に言えば、そこさえ潰せば内側に入り込めると。簡単な話だろ」


 椅子から身を乗り出し、フリートが言う。


「ただそれはこちらの戦力が敵を上回っていればの話だな。人数では絶対的な不利を俺達は背負っているが故に、そう簡単な事とは思えんが」


 勢いづいた彼を窘めるように、手元に開いた小説に目を落としながらアルが言葉を返す。


「二つの場所を潰す役目は、余が片方を担う。もう片方は……」


 机の隅、椅子に座って膝を抱え、瞳の奥を煌々と燃やす狂犬の前にメレフが立つ。


「キアレ、頼まれてくれるか?」

「……私、ですか。お任せ下さい」


 その声に一切のぬくもりは無い。機械的に、メレフの言葉を承諾する――ただ、その声には少しの戸惑いが見えた。


「お前が一番リリムを助けたいであろうに、本丸へ最速で突入させられずに悪い。このメンバーで、魔竜を除いて一番強いのはおそらくお前だ。故に、託すぞ」

「……いえ、お気遣い感謝致します。期待以上の戦果をお約束します」


 立ち上がり、一度大きくお辞儀をしたかと思うと少し離れた机に向かい、彼女は自身の獲物を手入れし始める……その姿を横目に捉えつつ、少しだけ声量を増してメレフはまた話し始めた。


「城周辺の殲滅、並びに突入するメンバーを決めようと思うのだが――」

「……みんなで行く訳じゃ、無いんだよね」


 口を挟んだのは、先程から耳を様々な方向へと向けて何かを聞いていたギムレット。


「あぁ。()()()()()()()()()()、少なくともトニアを連れて行くつもりは無い」


 不意に名前を呼ばれ、瞼を何度か閉じながらトニアは顔を上げた。なぜなのかと言いたげに。


「トニアは厄災の器だ。完全にその力を抑えられるならまだしも、お前は不安定が過ぎる。連れて行って暴走でも起きれば、ただでさえ不利を強いられているこちらの首を絞めることになってしまう……すまない。分かってくれ」

「……そうだよね。大丈夫。待ってるよ」


 少し寂しそうに、悔しそうにトニアは頷いた。そんな彼女を慰めるように、メルディラールとギムレットの二人が彼女の頬を優しく撫でる。


「万が一に備えて、軽い封印魔法を使えるような者にも残って欲しいのだが……誰か、やれるか?」

「でしたら私が残りましょう、多少は封印の心得があります」

「私、使えるよ」


 メレフの問いに手を上げたのはギムレットと鬼人族の青年――トーヤ。同じタイミングで声を発した二人を見て、彼女は数度納得したように頷く。


「となれば、突入はフリートにアガレス、大公錬金術師二人……」


 指折り数えながら、メレフは一人の少年に視線を向けた。


「アルラ、お前はどうしたい?」


 椅子に腰掛けた、若き錬金術師はその顔を曇らせていた。両の手をぐっと握り締め、唇をきゅっと噛んだその表情には、悔しさが滲んでいる。


「……皆さんに着いて行っても、足手纏いになるだけだと思います。ですので、僕は残るべきだと思います」

「そうか……それならば、先の四人で決定としよう。良いな」


 先刻名を呼んだ四人に対し、確認するように視線を向ける。


「応、任せろ」

「異論無いさ」


 言葉での肯定はフリートとメルディラールのもの。アルとアガレスはそれぞれ、軽く上げた右腕と頷きとで賛同を示していた。


「……他の者はここに残り、万が一の事態に備えよ」


 その指示と共に、彼女はまたアルラに目を落とす。彼もまた、リリムを助けに行きたいのだ。そう思っていなければ、未練が糸を引き続けるような表情は浮かばない。それでも彼は――いや、だからこそかもしれないが――自分の願いを押し殺し、待つことを選択していた。力の及ばぬ無念を、それを享受する苦しさを、メレフは痛いほどに知っている。


「力が及ばぬことは、罪では無い。自分を責めるなよ、若造」


 それだけ告げると、彼女はテーブルの真ん中に戻った。天板を両手をドンと叩き、場の注目を一身に集める。


「今の余達に作戦などを組む余裕は無い。故に突入する者にも、この場に残る者にもその場での判断をさせてしまうことになってしまい、申し訳無い」


 小さな体を折り曲げ、酒場に集ったメンバーに謝罪を示す。


「メレフ殿が謝るようなことは何もありません。寧ろこの短時間で私達の行動方針を固めて頂き、感謝です」


 メレフにそう告げ、頭を上げさせたのはここまで一切の声を発さずに行方を見守っていたアガレスだった。


「貴女にも、ここに居る誰にも罪は無い。謝罪など必要ありませんよ」

「……あぁ。そう言ってくれて感謝する。些か気が楽になった」


 自分を責めるな、などと他人に言ってはいたものの、彼女もまた自身を謗っていたのかもしれない。先程よりも僅かに綻んだ顔で、彼女は高らかに宣言する。


「五分の後、ここを発つ。必ずリリムを救うぞ」


 頷き、返事、往々の反応を示して酒場のメンバーは、決戦前の会議から離れた。

 魔力を練る者、獲物の手入れをする者……各々が死闘に備えていた。


「メレフ様……」

「キアレ、どうした?」


 一足先にそれを行っていた彼女を除いて。


「ありがとうございます。リリム様を救う為にここまでしてく――」


 感謝を述べようとした彼女の口を、メレフの小さな人差し指が塞いだ。


「礼など言うな。ただリリムは余が気に入っているだけに過ぎぬよ。どうしても言いたいと言うのなら、全てが終わった後に聞こう。あの大した女の忠犬であろう? どのようなものを貰えるか楽しみだな」

「……はい、是非ご期待下さい!」


 ずっと強張っていたキアレの顔が、初めて綻んだ。彼女ならば大丈夫だと、安心したのだろうか。


「愛い奴よの。大船に乗ったつもりで居るがよいぞ」


 感謝を告げる、お手本のように綺麗な礼の後、キアレは酒場の入り口へと向かった。その様子を見届け、少し神妙な面持ちでメレフは酒場の隅へと静かに移動していた。


「……アルテア、少し良いか」


 そこに忠臣を呼び、メレフが問う。


「余に何を隠している?」


 背筋を突くような、圧のある低い声。他の者に聞かれぬようにか、その問いはとても小さな声だったにも関わらず、アルテアの胸に深く響く。


「やはり、我が王にはお見通しでしたか……」


 観念したような溜息が、アルテアの口から静かに漏れる。やれやれとでも言いたげな表情を浮かべると共に、彼女の圧が和らぐ。


「貴様は元々余から生まれた存在だ。どれほど上手く取り繕うと無駄だ。それで?」

「……命じられた通り、リリム氏を探すために私はこの国中にこの目を数頭飛ばし、見ました」


 アルテアの首元に留まっていたのは、小さな竜。彼が指を触れると、魔力となって姿を消す。


「一頭。本丸に上手く入り込むことができました。しかしそれは、刹那のうちに堕とされてしまったのです。瞬きに満たない程のその時間で、私は確かに見ました……セレスティア様が、玉座に座している姿を」

「……セレスティア、が? そんなはず――」


 ()()、とメレフは言い切ることが出来なかった。七大魔竜(同じ命を受けた仲間)であるセレスティアが、世界を破滅に導く一手を起こそうとしていると、そう言われているのに。

 彼女もまた、とこしえの時を生きている。精神を摩耗させる時間が、協調の道に進めぬ世界がどれほどまでに心を穿つのか、知っているのだ。


「リリム=ロワ=エガリテ。この世界を変える魔王……」


 リリムがあの時来なければ、時を経て彼女も同じく世界を憎んでいても、おかしくはなかった。だからこそ、否定できない。


「……だが、そんなはず」


 それでも否定は、口から自然と溢れていた。このままでは堂々巡りと自身の頬を叩き、一旦思考を途切れさせる。


「……流石は余の配下だ。相手が魔竜と聞いては、萎縮する者が居るやも分からぬ。大儀であるぞ」

「は、勿体なきお言葉にございます」


 頭を深く下げた忠臣を労うように、メレフは優しく、穏やかな笑みを浮かべていた。その内側に友の選択の、友と敵対することへの悲しみがどれほどまでに渦巻いているのか……それはきっと、この世界の誰にも推し量ることはできないだろう。


「……少しだけ待っていろ。リリム(余が友)よ、すぐに助けるからな」


 静かに告げた、決意の言葉。それは誰にも届かずメレフの心にだけ響き、明けない夜の闇の中にひっそりと溶けていった。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ