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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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八十五話 黒き円卓に集う者

 広く、明るい部屋の隅。アンティーク調の装飾が施された、天蓋の取り付けられた木製のベッドに、魔王は静かに眠っていた。銀色の透き通る髪が、備え付けられた灯りを反射し、微かに煌めく。その寝顔は穏やかな笑みを湛えており、幸せな夢を見られていることが見て取れた――そう、幸せな夢を。


「スヤスヤお眠りみたいだなぁ、お姫様は」


 薄い布を捲り、中を覗き込みながら一人の悪魔は、そう呟いた。


「へ、変に刺激しないことを……お、おすすめします」


 声を詰まらせながら、一人の少女がそうリーデルに声をかける。小柄な体で、大きな杖を大切そうに握る、フードを深く被った黒髪の少女。その右手は、リーデルの服の裾を掴んでいた。


「まぁそうビクビクすんなって、エウレカちゃん」


 エウレカと呼ばれた彼女の制止を振り切り、リーデルは右手をリリムに伸ばした。そこに、影を纏わせて。


「寝てんだぞ? 今なら少しくらい効くだ――」


 リーデルの右手がリリムに触れる直前、彼の体が大きく吹き飛び、広い部屋の壁に大きくヒビを入れた。まるで何かに弾かれたかのように。


「……いってぇ……バケモンが……!」


 原型を留めない程に潰れた右腕を治しつつ、そう悪態をつく。リリムの眠るベッドの周りに、彼女を守るように魔力が展開されていた。


「エウレカの言う通りにしないからだよ、おバカさん」


 そんな彼を嘲笑うかのような声が、部屋の中央に配置された黒色の円卓に座った少女の口から発される。金髪のツインテールを大きく揺らし、真っ赤な瞳を輝かせて彼女は笑っていた。同僚が危うく死にかけていたというのに、それが心底堪らないとでも言いたげに。


「いっそのこと死んでくれれば良いのに」

「リルフィン、ちゃん……あんまりそんなこと言っちゃダメだよ……」

「知らないし。だって私こいつのこと大っ嫌いだもん。()()()が居なかったら今すぐにでも殺したいし」


 自身の背丈程の大きな鋏――彼女の獲物だろうか。その刃を布で拭きながら、リルフィンはそう言った。


「……んだとテメェ。上等だ、殺してやろうか」

「すぐキレる。そんなのだから魔竜強奪に失敗するんじゃない?」


 その言葉が引き金になったか、リーデルは殺意を持って、魔力を解き放った。激しく吹き荒れる魔力の中、リルフィンも同様に。いつ殺し合いが始まってもおかしくない、そんな二人の動きが、何かに縛られたように止まった。


「け、喧嘩はやめてくださいっ……」


 円卓に座していたエウレカの杖が、不気味に輝いていた。そこから魔力の鎖が伸び、二人の四肢に巻き付き、縛り上げている。数度腕を動かしてそれが壊れないことを確認し、リルフィンが口を開いた。


「……分かったよ、エウレカ。解いて」


 溜め息混じりの声で、解放を要求する。それはリーデルも同じだった。


「……エウレカちゃんがそう言うなら、しょうがねえな」


 殺意は互いに残っているものの、二人は魔力を収めた。ホッとしたように、エウレカが胸を撫で下ろす。何かに、怯えたような顔をして。


「相変わらず彼女らが揃うと賑やかだね」


 真紅の液体が入ったグラスをくるくる回しながら、一部始終を見ていた人狼族(ウェアウルフ)が、隣に座る赤髪の人竜族(ドラゴノイド)に向かってそう呟く。共感を求めるように。


「そうだね。ガルムはこういうの好き? 僕はうるさくて嫌いだけど」


 卓に置かれた菓子に手を伸ばしつつ、キャナはそう答えた。


「全部このバカが悪いだろ」


 そんな彼の言葉に、リルフィンがそう口を尖らせる。


「まぁね、少なくとも今回はリーデルの自業自得ってやつだ」


 不機嫌そうに、リーデルが空いている席に座る。お前らと馴れ合う気はないと、敵意を少しも隠すことはせずに。


「……で、鉄クズはまだ来てないのかよ」


 円卓の上に足を上げ、彼が問う。誰も、その質問に答えることは無い。気まずい雰囲気が、そこには満ちていた。


「……私はもう居るぞと、誰か言ってくれても良いのではないか?」


 その雰囲気を切り裂くように、円卓の椅子から声が鳴った。


「なんだよ、居たのか」


 リーデルの呟きに応えるように、その椅子は独りでに動き始めた。わざとらしい駆動音を響かせながら、姿を変えていく。ものの十数秒で、それは一つの、人型の絡繰り人形に変わっていた。


「相変わらず変な登場だな、えーっと……なんだっけ、なんとかかんとか式……殺戮……」

「魔力駆動式自律思考殺戮兵型番十七だ。顔を合わせるのは五度目なのだが、そろそろ覚えてくれると嬉しい」


 そう声を発すると、ちょうど顔の辺りに配置された水晶に、点で笑顔の模様を浮かべる。


「ごめん、長すぎて私も覚えてないや」


 鋏の手入れを再開しながら、リルフィンがそう言い放った。ごめんとは言っているものの、少しも謝罪の意思はその声からは感じられなかった。


「そうか……」


 悲しそうな顔の模様を浮かべ、人形はガックリと肩を落としていた。大袈裟に、悲しむように。


「そ、それならイチナナさんとか、名前としてどうでしょうか……」


 おもむろに口を開いたエウレカに、全員の視線が集まる。それに驚いたように一瞬強張ったような表情を浮かべ、彼女はフードを深く被り顔を隠した。


「忘れて、ください……なんでも――」

「良いじゃん、イチナナ。決定ね」


 発案者本人の反応も、そう呼ばれた本人の反応も、ついでに周りの者の意見も無視してリルフィンが笑顔を浮かべる。絡繰り人形――もといイチナナも、同じく頭部に笑顔を浮かべていた。


「チャーミングな名前、感謝する」


 機械的な音声に、確かに感情を込めて彼はそう言った。ピリついていた円卓の雰囲気が、微かに和らぐ。内気ながらも協調を図るエウレカのお陰だろう。


「皆、揃っているな?」


 部屋の、入り口。大きな扉を押し開け、そこから踏み入る影が一つ。兜の無い黄金の鎧をその身に纏う、竜の翼を持つ背の高い騎士が、そこにいた。鎧と同じ長い金髪と、そこに良く調和した整った顔は、見る者全ての心を揺らすほど。天を穿つように側頭部から生えた角は、何処か威厳を放っていた。


「大公さん以外は揃ってますよ、ボス」

「……あの子は、むこうに残っているのだったな」


 一つだけ空いた席を引きつつ、ガルムがそう告げる。軽く頭を下げ、彼女はそこに座した。


「計画は順調、といったところです」

「そうか、流石の眼だ。それは我も持てなかった力……大切にすると良い」

「……はい、全てはより良き世界の為に」


 彼からの報告に、騎士は静かな笑みを見せていた。


「……アンタが、ずーっと私らをコキ使ってたボスってやつ?」


 リルフィンがそう騎士に尋ねる。その声には、含まれていたのは、不満。


「いかにも。君には会う時間を作れず指示を出すだけになってしまったな。申し訳ないと思っている」

「いやいや、別に良いんですよ、ただ――」


 言葉の途中で、不意に彼女が立ち上がった。一瞬のうちに円卓の上に立つと巨大な鋏を広げ、それを騎士に突きつける。リルフィンが両手を閉じれば、いつでも騎士の首が断てる状態になっていた。


「ちょっとこの前散々な目にあったんでねぇ」


 その瞳はギラつき、闘志を宿していた。先の言葉を口実に、


「リルフィンちゃん、やめてって……!」


 彼女を止めんと立ちあがろうとしたエウレカを、騎士が手の動きだけで制止する。変わらず、穏やかな笑みを浮かべたまま。


「このまま、我の首を斬るか?」


 その言葉と主に、彼女の魔力が溢れた。部屋全体の空間が歪み、異様な音が鳴り響く。自身と相手との実力差をはっきりと示すように、異常とも言える量の魔力が彼女には纏われていた。


「……もう一度問おう。我の首を斬るか?」


 騎士の顔から、穏やかな笑みが消えていた。氷のように凍てつく声と、貫くような鋭い視線。いつでも殺せるぞと、そう言っているようにリルフィンには聞こえた。


「失礼、しまし……た……」


 大きな鋏を手から落とし、膝から円卓に崩れ落ちる。その瞳には、もう畏怖しか残っていない。


「リーデル、お前もやる気か?」


 視線をリルフィンに向けたまま、彼女はそう言葉にしていた。


「何で俺なんだよ……やるわけねーだろ? そもそも俺は貴方のために動いてんだからよ」


 降参を示すように、リーデルがひらひらと手を振る。賢い選択だと言えるだろう。そのやり取りを最後に、騎士の魔力は収まった。


「そう怯えるな、リルフィン。我が腕の中に来るか?」


 円卓の上で蹲り小さな体を震わせる少女に、騎士はそう言って両手を広げる。幼子を慰める母のように――あるいは、愛玩動物を愛でる飼い主のように。


「お願い、します……」


 声は確かに怯えながらも、彼女はその体を騎士に預けた。慈愛に満ちた表情と手つきで、リルフィンのことを抱き留める。


「ボス、約束を果たしてくれないだろうか?」

「……約束、と?」


 イチナナの発した言葉に対して、何処かピンと来ていないような表情を彼女は浮かべていた。


「顔合わせの際に名前を聞いたが、計画実行の際に伝えると、そう約束していた」

「そう言えば、そんな言葉を交わした覚えがあるな。すまない、失念していた」


 少女を優しく抱きしめたまま、騎士は静かに立ち上がった。


「……我が名はセレスティア・クローリー。原初の七大魔竜が一角、光の魔竜にして……世界の再生を望む者である」


 穏やかな声で、彼女はそう告げた。


「この世界の命は、知恵を得た。感情を得た。その結果生まれたのが争いの消えないこの世界だ。命ある限り、争いは消えない……ならば造り直してしまおうではないか。全ての命を根絶し、零から」


 これこそが、騎士の――神の座より降りし光の魔竜の野望だった。

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