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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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八十話 宵闇の再開

 星が瞬き始めた、ドラテア王都。大通りから少し逸れた道を、二人の少女が歩いていた。片や長い黒髪を、片や綺麗に巻かれた金髪を、それぞれ揺らしながら。


「本当に綺麗な宝石ですわね……」


 エガリテの国宝、赫翡翠(ジェイドル)の首飾りを手に持ち、うっとりとした表情を浮かべながら、ジュエリアはそう呟いた。


「さっきからそればっかりですね。もう六回目ですよ」


 隣を歩きながら、リリムがそう言って微笑む。


「しょうがないじゃありませんか! だって――」

「赫翡翠は超が付くほどの希少な鉱石で、市場でお目にかかることなんてできないし、もし流通しても恐ろしいほど高額になるから、ですね」


 先程から、二人はこの会話を繰り返していた。それだけの、特に何の意味も無い真っ白な時間。()()との、日常の一コマのようなひととき。それでも、リリムにとっては幸せなひと時だった。


「よお、クソッタレの魔王様。随分と星が綺麗な夜だと思わないか?」


 その言葉を、聞くまでは。声の主は、二人の進んでいた道の先に佇む少年。真っ黒い捻れた角を二本頭に生やし、漆黒の翼と尻尾を持つその姿は、悪魔族を示すもの。


「……まさかまた会うとは思わなかったわ」


 リリムはその幼い顔に、見覚えはない。ただ、彼のことを()()()()()


「へぇ、体変えたのに分かるんだ。っていうか覚えててくれたんだ」

「私は貴方のことが大嫌いですからね。リーデル」


 声に乗った魔力が、リリムの不快感を的確に刺激していく。一触即発という言葉が的確なほどに、明らかに二人の間の空気が悪くなっていた。


「お、お知り合いですの……?」

「まぁ、一応ね」


 恐る恐る尋ねたジュエリアの声に対して、恐ろしいほどに素っ気なくリリムは言葉を返した。よく見ると、彼女の額が微かに揺れている。今、彼女は殺意を抑えていた。理由は二つ。抑えなければ、周りへの被害が余りにも甚大になってしまうだろうということが一つ。


「てっきり出会い頭に殺してくるかと思ってた。意外と冷静なんだね」

「殺して欲しいなら今すぐにでもやってあげますよ? ただここでやったところで、貴方には意味がないんでしょう」


 これが、二つ目の理由だった。リリムが知っているだけでも、この男は国を一つ滅ぼした上で、魔竜の一柱を手駒に加えかけたという事実が存在する。たとえ戦ったとて、リリムが負けるような未来はありえないが、そんなことは彼は織り込み済みだろう。ならば、おそらくここにいる彼は分身であり、殺されたところで構わない……そうリリムは結論づけていた。


「それで、何の用ですか」


 わざわざ接触してきたのには何かしらの理由があるはずだ。


「話が早くて助かる。実はちょっと取引でもしようと思ってさ」


 そう呟くと同時に、彼は小さな青色の水晶を取り出した。彼がそこに魔力を込めると、二人の間の空間に、何かの映像が浮かび上がる。


「映像結晶……?」


 そこに映っていたのは、闘技大会のとある試合の映像。腹部に巨大な口を持つ、異形の化け物が、褐色の肌を持つ青年と相対している様子だった。


「びっくりしたよ。まさかあんな気まぐれで選んだただのガキがさ、厄災の器として適応するなんて思わなかったからな」


 その言葉を聞いて、リリムは思い出した。初めて出会ったときと、厄災について知った時の二度、自身の妹が言っていたこと――()()()()()()()()()()()()()()()()という言葉を。


「……あの子にあんな力を宿らせたのは、やっぱり貴方だったんですね」


 その‘旅人のお兄ちゃん’は悪魔族だったとも、トニアはリリムに言っていた。彼女の記憶と、先のリーデルの発言を照らし合わせれば、事実なのは疑う必要もない。沸々と、リリムの殺意は高まっていた。


「それで何より驚いたのがさ、たまたま俺がやらなきゃいけないことをやってる国に来てくれたんだよ。嬉しかったね」


 嬉しかった、などと言いつつ、彼の表情はあまり明るくは無い。


「ただ何よりも問題なのが、なんでか知らないけどお前みたいな化け物と仲良くしてることなんだよな」


 腕を組み、せめて最後まで話は聞いてやろうと衝動を抑えながら、リリムは黙っていた。一瞬鋭い視線をリーデルに向け、続きを促す。


「俺はあの子の中に居る厄災の力が欲しくてさ、でも実力行使で奪うなんて到底無理なんだよ。お前のせいでな。そこで取引をしようってわけ」

「……取引、ね」


 明らかに不機嫌な声で、リリムは答えた。


「俺が欲しいのはあの子。その代わりに俺はそうだな……聖杯でも出そうかな?」


 リリムの答えなど、既に決まっている――が、それとは別に、どうしても気になる言葉が聞こえた。


「聖杯……」


 この国の地下で聞いた、国家転覆の話。そこで出てきた、錬金術の終着点である、願いを叶える聖なる器。それを担保にできるということは、彼は聖杯の創り方を知っているどころか、既に創っている可能性が非常に高い。それに加えて、おそらく――というかほぼ確実に、その計画に一枚嚙んでいるだろう。


「お前は妹を渡してくれるだけで、どんな願いも叶えられる夢みたいな道具を手に入れられるんだ。どうだ? そんなに悪い取引じゃないと思うんだよ」


 リーデルの顔は、笑っていた。この取引がリリムに蹴られるはずがないと信じてやまないのか、無邪気ともとれる笑顔で。


「まぁ、お断りしますけど」

「……は?」


 当然、というように言い放ったリリムに対して、彼は先程までとは一転、当惑しているようだった。


「待て待て、聖杯だぞ? 妹を渡すだけでそんなとんでもない物が貰えるんだぞ……なんで断るんだよ」

「あの子は、私の大切な妹だからです」


 リリムの追加の一言に、更に彼の表情が歪む。


「意味、分かんねぇよ……」

「分からなくて結構です。それで、話は終わりですか?」


 眉間に皺を寄せ、さぞかし不快そうな顔を浮かべるリーデルに対し、リリムはそう問う。


「……決裂、って訳かよ。しょうがねえな、だったらこれでどうだ」


 ため息を吐くと同時に、彼は魔力を解き放った。呼応するように、空間を影のようなものが塗りつぶしていく。実力行使で奪うつもりなのだろうか。それなら話が早いと、リリムも魔力を解放する――直前に、彼女は見た。


「……リーデル、様」


 自分の隣に立っていた少女が、虚ろな顔で膝を付くのを。


「ジュエリアさん……?」


 リリムは、彼の固有魔力は知っていても、その発動条件を――影でできた人形を相手に宿らせるということを知らなかった。それが故に、先の魔力の解放と、一帯を塗りつぶした影に対して、何の警戒も抱いていなかったのだ。


「へぇ、この子ジュエリアって言うんだ。綺麗な名前してるじゃん。こっちにおいでよ、ジュエリア」


 調子よくそう言うと、彼女に向けて数度手招き。


「……はい」


 立ち上がり、虚ろな目をしたままふらふらとジュエリアは歩き始めた。明らかに、異常だ。


「しっかりしてください、ジュエリアさん!」


 思わず、リリムはそんな彼女の肩を掴んでいた。困惑と、焦りのようなものを心の内に秘めて。


「邪魔を、するな!」


 その瞬間ジュエリアが振り返り、リリムの顔面目掛けて、右の手を振りぬいた。


「……っ」


 反射的に手を離し、両手を顔の前で組んでそれを受け止める。その打撃の勢いは強く、不意打ちだったとはいえ、リリムの足は、数歩分大地を滑った。


「元々の身体能力に加えて、リーデルの手によっての強化も入ってるのかしらね……」


 先の拳に籠っていた、純粋ではない魔力からリリムはそう分析していた。


「なぁ、もう一回聞くぞ? さっきの取引、承諾してくれない?」


 ジュエリアという手札を手に入れたからか、リーデルのその声は随分と上機嫌だった。


「何度聞いても、答えは同じです。お断りします」

「……そうか、じゃあしょうがないよな」


 その答えは分かっていた、というように、彼の声色は変わらない。一瞬ニヤリと笑みを浮かべ、口を開いた。


「自害しろ、ジュエリア」

「……仰せのままに」


 その言葉を引き金に、リリムは動いた。彼の性格的に、こうするだろうことは予測できていた。それなら、対処は容易い。


捕縛(バインド)


 なるべく彼女を傷つけぬように、下級の魔法で縛り、動きを止める。本来は一瞬行動を奪うための魔法だが、リリムが使うならその限りではない。


「うごけ……な……」


 ジュエリアの動きが止まったことを確認すると同時に、彼女はリーデル目掛けて真っ直ぐ踏み込んだ。一瞬の迷いもなく、五本の指を揃えた右手で、彼の左胸を貫く。それを認識できた者は、どこにも存在しない。


「……許さねぇ、からな」


 最後にそう呟くと、彼は動かなくなった。その頃にはもう、リリムの意識は彼に向いていない。どうせ後でまた激突することになるのだ、一々聞く気など、彼女には無かった。


「……ジュエリアさん」


 少しだけ離れた場所で拘束に抗う少女に、リリムは声をかけた。


「ほどいて……ください、な」


 未だその目はどこか虚ろで、リリムへの敵意を剝き出しにしている。そんな彼女の額に、リリムは優しく触れた。優しい彼女を侵食している下劣な魔力を見つけ、破壊する。この程度、魔王にとっては容易いことだった。


「……ジュエリアさん、大丈夫ですか?」


 拘束を解き、支えを無くして倒れる体を支えながら、優しくリリムは声をかける。


「ありがとう、ございます……大丈夫……ですわ……」


 そう答えると、彼女はがくりと意識を失った。


「良かった。ちゃんと救えた……」


 自分より少しだけ背の高い彼女を背負って、リリムは夜の街を歩き始めた。時折空を見上げ、そこに輝く星々に目を奪われそうになりながら。

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