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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
序章 魔王降誕
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八話 二人の妹?(上)

「ウレード王国、どうしますか? 今のリリム様なら、地図から消すことは容易だと思いますが」


  ウレード王国の玉座で、そんな物騒なことをキアレが言った。


「このままでいい。トップが消えた独裁国家は、瓦解するか、新しく生まれ変わるかの二択よ。少なくとも、今までの歴史ではそうだったから。」


 なんてことを言って、キアレの提案を取り下げた。リリムからすれば、真っ当な国として生まれ変わってほしかった。


「ねえキアレ、あの三人組はどうなったの?」


 リリムはふと、自分を慕ってくれていた三人組のことを思い出した。キアレに任せたあの子たちのこと。


妖精の森(ワーグナー)に預けてきました」


 その森に預けているのならば、彼らは大丈夫だろうと、リリムはそう考えた。彼女は、妖精の森の主のことを深く信用していた。


「キアレ、ちょっとゆっくり帰りましょう。彼らが大丈夫なら……現実を見るのは少しくらい後でも許されるでしょ」


 その気持ちは、キアレにも痛いほど分かった。確かに、あの失われた国をまた見つめ直すのは辛い。狼に姿を変え、リリムがその上に乗る。玉座の間の天窓を突き破り、外へ出る。空の日が傾いて、もうすぐ夜が来ることを告げていた。リリムが自身に魔法をかける。血や埃で汚れ切った服から、綺麗な白いコートを軸とした服装へと変わる。その上から、漆黒の外套を羽織っていた。


「その外套は?」

「お父様の持ってた隠れ身の装束。誰も私たちに気づかなくなるの。騒ぎはもう起こしたくないじゃない」


 リリムがしっかりとそれを着たことを確認すると、狼は走り出した。ゆっくりと北へ。


「急いでも三日はかかるので、ゆっくり行きますね」

「思ったよりもかかるのね……」


 静かに、森を駆け抜けていく。日は沈み、後は暗くなるばかり。森の中ともなれば、それは更に顕著に現れる。平原なら、まだ光は残っていただろう。彼女たちのいる森は、もう何も見えないほどに真っ暗になっていた。そんな中を、なんともないように巨躯が駆けていく。彼女にとって、暗闇など何の妨げにもなりはしない……はずだったのだが、足を木の根に取られて、キアレがバランスを崩す。放り出されたリリムが、木の枝を掴んで勢いを殺し、ふわりと地面に着地する。心配そうに、リリムがキアレの顔を覗き込んだ。


「すみません……」

「謝らなくて良いわよ。貴女も疲れているでしょうし」


 その指摘は正しい。その証拠に、キアレの姿が縮み、人間に戻ってしまう。立ち上がろうとするも、体が動かなかった。リリムがひょいと、彼女を背負う。


「あ……あそこで休ませてもらいましょう」


 リリムが何かを見つけた。かすかに見える指のその先には、宿屋があった。こんなところにも宿屋があるんだなと、キアレは感心した。リリムが入り口のすぐそばに近づくと、目元だけの仮面、ハーフマスクを被った、猫のような耳を持つ少女が扉の前できょろきょろしていた。


「あの……」

「うにゃああ!」


 リリムが声をかけると、彼女より一回りほど背の低い少女は、驚いて大きく飛び上がる。黒いロングコートの裾が、ふわりと揺れた。彼女はどこかの国の軍かのような、きっちりとした着こなしをしていた。


「ごめん、驚かせちゃったね。私はリリム。貴女は? ここで何してるの?」

「誰? 何処に居るの?」


 リリムがハッとして、外套を脱ぐ。するとまた、少女が大きく飛びあがった。


「く、暗闇から急に現れないで欲しいのです……吾輩はキャロル。見ての通り人猫族(ケットシー)。宿屋に泊まろうと思ったんですけど、中に入る勇気が無いのです……」


 吾輩、と変わった一人称を持つ彼女は、彼女が言うには、彼女自身は極度の人見知りで、話しかけてもらえない限り自分から知らない人には話せないし、知らない人しかいない宿に入るのも怖かったらしい。


「それじゃあ、一緒に入る?」


 リリムの提案で、一緒に宿に入ることでそれは解決したが。


「一泊、お一人500ロルだぜ」


 従業員は、野亜人(オーク)のようで、見た目の威圧感こそあれど、良い人のようだった。リリムに背負われたまま、キアレが代金を出そうとすると、キャロルがどんと、気前よく1500ロルをカウンターに置いた。


「ちょっとしたお礼です……」


 彼女はそう言うと、奥の、食堂と看板のある場所へとそそくさと行ってしまった。


「待って……行っちゃった」


 明日の朝にでも伝えるか、と考え、リリムは二階へと上がる。一番奥の部屋に入ると、そこは綺麗に整えられていて、二つのベッドが並んで置かれていた。少しだけ、違和感があるような気がした。洞窟の奥や森の中で野営しながら過ごす野亜人が、こんなに綺麗な宿を創るだろうか……ただ、偏見を持って考えるのは良くないし、違和感を覚えるのは疲れているからだと思うことにした。大きなベッドの片方に、キアレを寝かせる。


「申し訳ありません。少しの間、完全に休ませていただきます……」


 彼女はそう言って目を閉じた。今のキアレは、何をやっても起きはしない。たとえすぐそばで戦争が始まっても起きないだろう。昔からそうだから。リリムも、起きている理由は無いしもう寝てしまおうと思って、もう一つのベッドに横になった。目を瞑り、眠気が来るのを待つ。しかし、いつまでたっても眠気がリリムを襲うことは無かった。どうやら、まだ意識の奥底は覚醒状態に陥っているようだった。父親と親友を失い、人生で初めて人の命を奪ったという事実が、リリムの意識をとらえて離さなかった。考えないように、考えないようにと思っても、いつの間にか思考はそこに流れ着く。そんなことを繰り返しているうちに、夜はすっかりと更けていた。窓の外を見上げると、月が高く昇っていた。


「もう、こんな夜遅くか……」


 そう呟き、部屋から出る。一度外に出て、頭を冷やそうと思っていた。一階に降りると、受付の明かりは消えていて、廊下の一番奥、食堂にだけ、細く明かりがついていた。まだ誰かいるのだろうか。少しの好奇心から、リリムはそこを覗いてみた。


 食堂のカウンター席に、突っ伏してうとうとする少女が居た。猫耳を持ち、ハーフマスクを被った彼女からは、濃い酒の匂いがする。足元には大量の瓶が転がっていた。キャロルが全て飲み干したものだ。本来彼女はお酒に強い体質ではない。それなのに浴びるように飲んだ理由はなんだったか……彼女自身も覚えていなかった。ただ、さっき出会った少女に誰かの姿を見て、それを忘れたくて酒の力を借りようとしたことを、なんとなく覚えている。彼女の隣に、さっき受付にいた野亜人の男が座る。


「なあ猫ちゃん、仮面外して顔見せてくれよ」


 キャロルの答えを聞くことなく、野亜人の男が仮面を奪い取った。


「やめ、返してください!」


 キャロルの顔は、リリムが玉座の間で戦ったあの猫人族の少女に瓜二つだった。


「へぇ、可愛い顔してるじゃん」


 男が、キャロルの肩に手を回そうとする。


「やめて……ください……」


 その手を振り払って、席から立ち上がる。ふらふらとした足取りで、逃げ出そうとする。その足が、大量の空の瓶に引っかかって倒れそうになる。倒れそうになった彼女を別の野亜人が受け止めた。


「俺も混ぜてくれよ」


 いつの間にか、食堂には野亜人の男たちが何人も集まってきていた。得体の知れない恐怖を感じ、逃げようとする。しかし、彼女の華奢な手首を、屈強な腕が掴んで離そうとしない。キャロルの思考は真っ白になる。恐怖と、酒で鈍った思考回路で何も考えることができない。


「助けて、お姉様……」


 小さく、キャロルがそう発した。無意識に零れた言葉だった。


「嫌がってるじゃない。やめてあげなさいよ」


 そんな声がした。声の主は、リリム。注意されたことに逆上するように、野亜人の男たちが一斉にリリムに敵意を剝き出しにする。


「今すぐその子を開放しなさい。しなければ……わかるわね?」


 それに対して、彼女が少しだけ、魔力を発する。深紅に染まる右の瞳が、怪しく、そして威圧的に輝く。それに怯えて、野亜人の力が緩んだのをキャロルは見逃さなかった。何とか手を振り払い、リリムのすぐそばに駆けよる。リリムの後ろに回って、袖をキュッと握りしめた。野亜人の1人が、リリムに襲い掛かる。とびかかった体が、空中で壁にぶつかったように制止する。


「やる気?」


 それならば容赦はしないよ、というのがその言葉には含まれていた。それを察したのか、野亜人の男たちは我先にと押し争いながら逃げ出した。旅館の形が歪みだす。


「やっぱりか……」


 あの違和感は、気のせいでは無かったらしい。キャロルがバランスを崩して、倒れそうになる。キャロルを抱き抱えて、そのまま宿の外に逃げる。


「ちょっと待ってて」


 キャロルに待っているように告げ、リリムはまた、歪んだ宿の中に入る。しばらくすると、眠りこけるキアレを背負ってリリムは戻って来た。ちょうどそのタイミングで、宿屋は完全に消滅してしまった。何も無かったように。中に合ったものは全て、一緒に呑まれて消えてしまったのだろうか。キアレを助けるのが間に合ってよかったと、リリムは一息ついた。


「あ、あの……ありがとうございます……」


 キャロルに礼を言われて、リリムは彼女の顔をじっと見つめる。やっぱり、そっくりだと思った。


「礼は良いよ。あの状況なら助けるのが普通。夜が明けるまで、少しじっとしていましょう」


 酔いが回ったままの彼女を放っては置けないし、とりあえず朝まで一緒に居てあげようと思った。キャロルの方はというと、ぼうっとしたような表情でその提案に頷いた。


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