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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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七十九話 意地悪

「……よしよし、できたよ」


 リリムが出ていった部屋で静かに、そう呟いたのは、一人の錬金術師。息が詰まるほどに綺麗な顔に、すらりとした長身。数時間前までは蜘蛛のものだった下半身は、いつの間にか、何の変哲もない人間のものになっていた。


「見せて見せて!」


 その膝の上に収まっていた、綺麗な金髪の少女――トニアが、期待に満ちた声を上げる。


「こらこら、落ち着きたまえよ」


 ぴょこぴょこと動いていた彼女を制し、彼は懐から小さな手鏡を取り出し、丁寧に結い上げられた金髪を、そこに映す。


「おぉ……ありがとう、メルディラールさん!」


 膝の上から軽く飛び降り、トニアはぺこりと一礼。満面の笑みを浮かべるその顔には、歓喜の感情が見て取れる。素直で幼い彼女らしい。


「いいさ、このくらい片手間でもできる。別の髪型もできるが……やってみるかい?」

「本当? お願い!」


 その言葉と共に、また元通り、メルディラールの膝の上にトニアは乗っていた。傍から見れば、とても仲のいい兄弟のようにも見えるだろう。たった数時間前に出会ったというのに、二人は随分と絆を深めていたようだった。


「うーん……」


 そんな彼女らを見て、小さく声をあげる者が居た。アルラが部屋の中央のソファに座って腕を組み、眉間に皺を寄せていた。


「……どうした、何か気に入らんことでもあったか?」


 そんな彼の背後からぴょこっと顔を出し、メレフが声をかける。若干の、心配をその声色に含んで。


「そんな大したことではないんですが……あの方が本当に、()()生命の錬金術師なのかな、と」

「どういうことだ?」


 興味をそそられたのか、背もたれを軽々と飛び越え、メレフがアルラの隣に座る。小さな体で腕を組み、横目で彼を見つめていた。続きを話せ、と言わんばかりに。


「えーっと、メルディラール大公……というか大公錬金術師って、有名人なんですよ」

「そうであろうな。最高位の錬金術師というわけだし」


 前提を確かめるように話し始めたアルラに、しっかりとメレフは答える。トップならば注目される、当然のことだな――と、言葉を付け加えて。


「有名人にもなると、人格だとか、普段の生活だとか……まあいろんなことに対して、噂が立ったりするんです」

「……まぁ、面倒なことだが事実だな」


 深く、深くメレフは頷く。なぜなら、自分もそんな噂を立てられる側の存在だから、だった。七大魔竜の中で一番の荒くれものだとか、その姿を見たものは全員命を奪われているだとか……自分を畏怖するかのような伝説に、彼女自身は相当ウンザリしているようだ。


「ふむ、言いたいことが見えてきたぞ」

「……と、言うと?」


 自信満々のメレフの声に、アルラは言葉を紡ぐのを止め、聞きの姿勢をとる。


「大方、その前評判と目の前のあやつとが一致しておらず、困惑しているといったところだろう?」


 メレフの言葉に、彼は大きく頷いていた。


「その通りなんです。僕が知っているメルディラール大公っていうのは、人格破綻者で、倫理感の欠片もなく、他人は自分に利益をもたらすか否かの存在でしかない……そんな人だと聞いていたので、トニアちゃんにあんな風に優しくしているのが信じられなくて……」

「たかだか噂であろう? あまり鵜吞みにしすぎるのも良くない、単純な話であろう」


 少々呆れ交じりで、メレフはそう言った。単純など言ったが、難しいことだよなと思いながら。


「何もその噂は間違っていないと思うがね」


 そんな二人の会話に割り込んできたのは、他でもないメルディラール本人だった。トニアの髪を細い指で丁寧に編み込みながら、一切の視線をメレフたちに向けることは無く、声だけで。


「人格破綻者で倫理感の欠片も無いという点に関してだが一つも噓は言っていない。まぁそもそも人格破綻者、という言葉の中に倫理感がないという意味も少々含まれている……などという指摘は置いておこう」


 意地の悪い指摘と少々気味の悪い笑いを零しつつ、彼は話し始めた。


「私は基本的に、他人は私以下だと思っているよ。私を上回っているのは……まぁ、多く見積もっても両手の指で足りるだろうね」


 その言葉に対し、メレフは隣のアルラに真意を確かめるような、疑っているかのような視線を向ける。彼は一瞬も迷うことなく、首を縦に振った。実際、彼と同等かそれ以上の錬金術師など、そうそう居ない。なぜなら、大公の称号を得た錬金術師は、この世界には彼を含めてもたった六人しか存在しないのだから。


「大公の立場が故、色々と錬金術の絡んだ依頼なども受けるがね、その結果が私に利益を生まないのならば、その取引の裏切りや踏み倒しは日常茶飯事だ。その後相手がどうなろうが私には全く関係のないことだ」


 その声に、相変わらず悪びれる様子はない。まぁ彼の中には罪悪感が少しも存在していないので当り前か。


「まぁなんだ? これ以上は言っても私の信用が落ちるだけな気がするから控えるとしよう。一応私はリリムちゃんの協力者という立場に居るわけだし、今は仲間としての信頼を失って、手を切られたくははないしね」


 勝手に話に割り込んできた上で、自分のタイミングで彼は話を辞めてしまった。しかもその理由は、言葉を選ばなければただの保身。


「なんだろうね、簡単に言えば自己中ってところかな」


 いつの間にか、メレフの隣にはギムレットが座っていた。自然と入ってきた彼女の言葉が、メルディラールという人物を現すにはこれ以上ないと言えるだろう。


「……だったら尚更気になりますね」


 納得がいかない、というようにアルラが告げる。その視線の先は、そんな自己中が大切そうに可愛がっている、トニアという一人の、無垢な少女。


「同感、だな。さっきのトニアへの提案は、明らかに喜ばせたいという意思が籠っていたしな」


 二人と、ついでに隣のギムレットの視線が彼に向く。


「……もしかしてその答えを私に求めているのかい?」


 結い上げられた金髪に、懐から取り出した数種類の宝石を順番にかざしながら、メルディラールが、三人にそう尋ねた。心底面倒くさい、という感情を声色に乗せて。


「聞きたいよ、メルディラールさん!」


 満面の笑みと共に、ギムレットはそう返す。


「断らせてもらうよ。私に話す理由が無いからね」


 彼は、そう冷たく言い切った。納得いったのか、赤色の宝石を小さな髪飾りに作り変えながら。


「じゃあ、理由があれば教えてくれるの?」

「あぁ、そうだ……ね……」


 一瞬静かになった空気を切り裂いたのは、トニアだった。意識外の相手からの発言に、メルディラールは思わず二つ返事で返してしまっていた。得意げな顔で彼女が膝から飛び降り、高らかに宣言する。


「私が気になるから、理由を教えてメルディラールさん。どうして私には優しくしてくれるの?」


 純粋な、曇りのない瞳。疑問だけが宿った紅い瞳を彼に向け、トニアは首を傾げていた。


「……そんなに聞きたいかい? 面白みなど、欠片も存在しないぞ?」


 聞き返した彼に対し、異を唱える者は誰も居なかった。もう、彼に退路は残っていないようだ。


「はぁ……まぁ、良いか」


 堪忍したのか、大きなため息と共に彼は話し始めた。


「私には妹が居てね。そうだな……感情を煽るような言い方をすると、たった一人の家族とでも言っておくべきかな? 彼女も私ほどではないが、天才でね。二人で、錬金術の世界に飛び込んだわけだ」


 言葉を続ける彼の顔は、その当時を思い出しているようで、『懐かしい』とでも言いたそうな表情が張り付いていた。


「五年ほどは共に勉強していたのだが、どうも彼女が極めたいものと私の学びたい分野が揃わないようでね。そこから別々の部門に分かれたという訳だ。実はそこから彼女とは疎遠になってしまってね……」


 一瞬言葉に詰まったかと思うと、彼らしからぬ寂しそうな顔を浮かべていた。


「トニアちゃんは、彼女にどこか似ているんだ。いくら私と言えど、肉親に対しては冷酷にはなれないさ。勝手に重ねて、可愛がっているという訳だよ。どうだ? そんなに聞く価値は無かっただろう?」


 そう言うと、彼はちらりと視線を聴衆に向ける。彼女らは、想像していたよりも切ない理由に何も言えなくなっていた。そんな様子を見て、彼は突然笑い出した。


「まあ、妹に似ているから可愛がっているという理由は本当だが、それ以外は全部嘘さ。妹と疎遠になんかなってはいないよ。何なら今でも毎日連絡を取り合うくらいには仲良しだね」


 そう言ってお腹を抱えて笑う彼に、つい数秒前までしんみりとした表情を浮かべていた四人のうち、一人の顔がみるみるうちに赤くなる。


「……余の、気の毒に思った感情を返せ!」


 メレフの絶叫は、火山が噴火するような怒り――そんな形容がピッタリだった。そんな彼女の様子を見て、一層メルディラールの笑い声は大きくなる。心底愉快でたまらない、といったように。


「やれやれ……やっぱり噂通りみたいです」


 アルラはそう呟くと、納得したように何度も頷く。ギムレットは、呆れたような笑顔を浮かべ、何も言わずにいた。


「なぁんだ、仲良いんだ……良かった。妹さん、私みたいなんだよね。会ってみたいなぁ……いつか会える?」

「はぁ……ふぅ……あぁ、是非今度会わせてあげよう」


 トニアの、期待の籠った願いに、彼は軽く息を切らしながら答えた。自身に言葉を投げつけるメレフのことは、完全に無視して。


「……絶対に、ね」


 噛み締めるように、付け加えるように小さく言ったその言葉を聞いていた者は、その部屋には存在していなかった。

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