表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
78/138

七十八話 友達

「……随分と人数が増えたものね」


 柔らかなソファに腰掛けながら、リリムはそんなことを呟いていた。その視線の先には、妹が一人、魔竜が二人、鬼人族が一人、錬金術師が二人に、精霊術師とその精霊が一人ずつ。綺麗に整理された広い部屋で、彼女の仲間が思い思いにくつろいでいた。


「みんな、気に入ってくれたみたいでなによりだよ」


 扉の開く音とともに、その部屋に聞こえてきたのは、ここを提供してくれた若い人狼族(ウェアウルフ)の青年、ガルムだった。


「急に頼んだのに、悪いわね」

「構わないよ、空き部屋だらけだし。個室ももう少しで準備ができるから、待っててくれよ」


 彼に一度頭を下げ、リリムは静かに窓の傍に寄り、外を眺める。視界の端に、部屋の隅で何やら話しているギムレットとメレフを捕らえつつ、たくさんの人が行き交うドラテアの港町を、ただぼんやりと。


「……外、行ってくるかい?」

「良いの……?」


 振り返り、目を輝かせるリリムを見て、ガルムは思わず笑みを零す。


「そもそも、別に俺の許可は要らないだろ? 好きに過ごしておいでよ」

「……分かったわ!」


 満面の笑みを浮かべて、リリムは軽やかな足取りで部屋を飛び出した。その顔は、『魔王 リリム=ロワ=エガリテ』では無く、一人の『リリム』という十六歳の少女のものだった。


 ……というわけで、リリムは今、束の間の休息を楽しんでいた。人でごった返す、広い路地を、ただ一人歩いて行く。


「……やっぱり好きだな。活気のある街」


 小さく笑みを零しながら、リリムはそんなことを呟いていた。もう戻れない、記憶の中に残る自分の国に、少しだけ想いを馳せつつ、特にあてもなく歩いて行く。人混みに揉まれる感覚も、耳に届くたくさんの声や足音も、彼女の心を揺らしていた。


「昨日は雨だったのかしら」


 街中に植えられた木や、道端のベンチの上には、雫が乗っている。それが、沈みだした日の光を反射して、キラキラと光っていた。


「押さないで、押さないで! 宝石は逃げて行ったりしませんから!」


 ふと、そんな声が彼女の耳に飛び込んできた。声の主に目を向けると、自分と変わらない年頃――に見える少女が、何やら露店を開き、客を捌いているようだった。その様子は余りにも手馴れており、職人と称するのが正しいかもしれない。


「宝石、か」


 彼女が売っているらしい商品は、少しだけリリムの興味をそそった。その露店に向かってずらっと並ぶ長蛇の列に、足を運ぶ。一つくらい、お土産にいいだろうと彼女は考えていた。

 読みかけの小説を開き、静かに頁をめくりながら、彼女は列が進むのを待った。彼女の番が回ってきたのは、ちょうどその小説が読み終わったころのことだった。それを虚空にしまって、少女へと向き直る。


「こんにちは」

「いらっしゃいませ、本日はどんな宝石……」


 流れるように商売を始めようとして、少女の動きが止まった。その瑠璃色の瞳は、リリムの首元の宝石を見つめ、動かない。まるで石にでもなってしまったかのように、ほんの少しも。


「えぇっと、どうかしました……?」


 そんな反応をされては、リリムのような者は当然心配するというもの。彼女の顔を覗き込んだり、視線の先に手を振ってみたり……色々な行動をとってみていた。それでも、彼女は微動だにしない。


「……はっ」


 彼女が反応を取り戻したのは、時間にして二分程が経過した頃だった。


「……どう、しました?」


 当然、心配そうにリリムが少女に声をかける。


「し、失礼しました! あんまり綺麗な宝石を持っているものでしてつい……!」


 キラキラと目を輝かせて、少女は言う。その中に秘められた意志は、単純。


「……も、もっとよく見ます?」

「良いんですか!」


 少女はリリムの右手を両手で掴むと同時に、より一層目を輝かせていた。一瞬、彼女の視線がリリムから外れたかと思うと、直ぐに戻ってくる。どうやら、他の客を気にしているようだった――幸い、と言うべきか、列の最後尾は、リリムだった。


「も、もしよろしければ、少しお話しませんこと?」


 ふっと、少女の纏う雰囲気が変わった。手慣れた宝石商から、純粋無垢な少女のものへと。彼女がリリムに向けていたのは、興味と尊敬……そして好意。


「良いですよ、ちょうど暇してましたし」


 全く躊躇うことなく、リリムはその提案を了承した。彼女に敵意が無かったから……などという理性的な理由ではなく、ただ『この子とは仲良くなれそう』という、感情からの行動だった。


「少々お待ちくださいね!」


 リリムにそう告げると、少女は手早く自分の露店を片付ける。カウンターや棚に並べられた宝石を回収し、大きなリュックサックに入れると同時に、露店の屋根にかけられた札を裏返す。『使用中』から、『ご自由にどうぞ』へ。


「この国の、自由商業スペースでのルールなんですの。自由に商売をしていい代わりに、空いたスペースは譲ること」


 なるほど、と言葉を返そうとしたリリムの体は、少女に半ば引きずられる形でそこから消える。自分の手を引く彼女の力が、想定よりも遥かに強かったからだった。


「魔力での肉体強化も無しにこの膂力……凄いわね……」


 少女の先導に特に逆らうことなく、人ごみの中を走りながら、リリムはそんなことを考えていた。


「……よし、ようやく落ち着けますわ」


 ――広場のベンチに座り、少女はそう口を開いた。その隣には、微笑みを浮かべるリリムが居る。


「えーっと……名乗っていませんわよね? でしたら名乗らせていただきますわ!」


 ぴょんと立ち上がり、少女がリリムへ視線を向ける。その度に、彼女の華やかでありながらも身軽な服装がふわりと揺れる。その揺れは、まるで彼女の内面を映し出しているかのようにも思えた。


(わたくし)はジュエリア。ここより遥か南の商人一家、ラピスラズリ家の跡継ぎ。ジュエリア・ラピスラズリと申しますわ。以後お見知りおきを!」


 短いスカートの上に羽織ったオーバーサイズのパーカーの裾を掴み、一礼。その所作の一切の淀みなさからも、やはり彼女の身分はそう低いものでは無い。


「……では、こちらも」


 リリムも同じように立ち上がり、同じようにコートの裾を掴んで、一礼。このくらいは、礼儀としてしみついている。


「亡国 エガリテ四代目女王にて、新生エガリテ王国の初代国王。リリム=ロワ=エガリテです。よろしくお願いします」


 彼女の名乗りに合わせて、自身の名を告げる。誰も知らない、知る理由もない、自分への戒めと、決意を込めて。


「リリム様、ですね! 是非よろしくお願いしますわ!」


 リリムの右手をまたしても奪い、上下にぶんぶんと振り回す。リリムの見立て通り、随分と彼女は活気に満ち溢れている。


「エガリテ……って、あのエガリテですわよね?」


 その言葉を口にすると同時に、ジュエリアの瞳の色が、変わる。


「あの、とは?」

「共存を掲げた、平和の国。私のイメージは、そんな国ですわ……その……」


 今まではきはきと言葉を繋げていた彼女が、急に口ごもる。必死に、言葉を選んでいるように見えた。


「……月並みな言葉しか出せず、申し訳ございませんけれど、その……辛い、ですわよね……」


 知っているんだ、とリリムは思った……彼女が今、ジュエリアから向けられている感情を受け取るのは、もう何度目になるか。憐れみと形容されるその感情を向けられる度に、彼女の心のどこかが、チクリと痛む。


「えぇ、とっても……だけど、もう良いんです。過ぎた時に立ち返ることはできない。それなら、もっと素晴らしい時間を創っていけばいいんですから、大丈夫ですよ」


 その痛みを隠すように、淡々と、綺麗な言葉を並べて静かに微笑む。噓で取り繕った、完璧な笑顔。それはとても美しく、そして、とても儚い。


「……どこが大丈夫なんですの!」

「……え?」


 次の瞬間、リリムは抱き留められていた。自分より少し背の高い、強い肉体に。何が起こっているのか、理解ができずにいた。


「そんな痛そうな顔して……大丈夫なんて、大噓じゃありませんの……!」

「な、何を……言って……」


 一瞬、リリムの心が揺らいだ。今まで誰も踏み込めなかった場所に、ジュエリアは全く臆することなく、踏み込んでいたのだ。


「だい……じょうぶ……で……」


 そう、思いたかった。


「だったらどうして泣いてるんですの!」


 ジュエリアの腕の中で、リリムは一筋、涙を零していた。


「な、んで……」


 一度決壊してしまった彼女の涙腺は、とめどなく涙をあふれさせ続けた。ずっと抑えていた痛みが、雫の形となって、リリムに襲い掛かる。


「……私は、リリム様の過去なんて、これっぽっちも知りません」


 彼女の瞳から溢れる感情を拭いながら、ジュエリアはぽつりと呟いた。


「だからこそ、その涙を受け止められます。どうぞ気の済むまで、落ち着くまで、たくさん泣くと良いですわ。全て受け入れて立ち上がれ、なんて酷な事は言いません。自分を、大丈夫だと奮い立たせる事が悪だとも」


 リリムを抱きしめたまま、彼女は言葉を紡ぎ続ける。


「ただ、辛いときには辛いと、言おうではありませんか。そうでなければ、必要な時に助けてが言えませんことよ」


 そう告げるジュエリアの顔もまた、迷っていた。感情のままに言葉をぶつけてしまったが、果たしてこれで良かったのかと。


「……どうして、ここ、まで……私に」


 少し、時間をおいての事。涙で言葉を詰まらせながら、リリムは尋ねた。何故、初対面の自分なんかに、ここまでやってくれるのか、と。


「……簡単ですわよ?」


 簡単。言っている意味が分からず、リリムはジュエリアの顔を見上げていた。


「友達、ですから!」

「……友達」


 その言葉を何度も反復し、嬉しそうに、リリムは笑っていた。もうすっかり日の沈んでしまった空には、いくつかの星が、静かに瞬いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ