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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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七十七話 ノックス・ドラギアラ

「リリム=ロワ=エガリテ選手。第五十八回クラクオン闘技大会の優勝、おめでとうございます」


 リリムが居たのは、決勝戦でボロボロに壊れたステージの中央。そこで彼女は、この大会の覇者として表彰を受けていた。司会を行なっていた、逞しい肉体の人竜族(ドラゴノイド)の青年が、彼女に一枚の賞状を差し出す。


「このような素晴らしい大会で頂点に立てたこと、とても嬉しく思います」


 この言葉と、上品な礼と共にリリムは賞状を受け取った。それに呼応して、試合を見ていた――後半に対しては、見ることの出来ていた者がどれだけ居たのか不明だが――観客席から、大きな拍手が上がる。それに対しても、彼女は一礼。


「それでは、優勝賞品の贈呈を以て、今回の闘技大会を閉幕とさせて――」

「まぁ、そう急がなくても良いだろ?」


 司会者が告げていた締めの言葉に乱入したのは、リリムの知らない声。ズン、と大地を揺らすような足音と共に、ステージに人竜族の青年……というよりは少年が一人、現れた。


「ノックス……様……!」


 しなやかで太い竜の尾と、四枚一対の黒い翼。人間で言う耳の辺りから生えた捻れた二本の角と、金髪の逆立った髪は、威圧感を放つ。革製のジャケットを纏い、リリムを見下ろすその巨躯は、彼女と同程度の年代に見える若い顔に似合わず、一切の無駄なく鍛え上げられていた。


「試合見てたぜ、リリム」

「はい……えぇと、貴方は?」


 歯を見せ笑う彼に対し、リリムが問う。ノックスと呼ばれたこの男は、一体何者なのだろうか、と。


「俺はノックス・ドラギアラ。多分お前の求めてる答えで言うと……この国を統べる者、だな」


 まさかの人物との、邂逅だった。元々この国に来た理由は、彼に会うためだ。


「あの、ぜひお話ししたいことが――」

「まぁまぁ、少し待てよ」


 言葉の内容を聞くこともせず、ノックスはそうリリムに返した。その右手には、いつの間にか鈍く輝く戦斧(ハルバード)が握られている。


「一戦、手合わせしてくれよ」


 その目は、キラキラと輝いていた。リリムに対して悪意だとか、敵意だとかがあるわけでは無く、純粋に力をぶつけてみたい、といったところだろうか。断る理由は……今のところ、リリムには見当たらなかった。


「……ルールは?」

「お、乗ってくれんのか! ありがとな!」


 そう言った彼の顔は、一点の曇りもない笑顔だった。どうやら、感情が真っ直ぐ顔に出るタイプのようだ。リリムからすれば、変に勘ぐる必要が無くてやりやすい。


「……と、ルールだったな。単純だ。殺すのはだめ、それ以外は何でもあり。見た感じ、殴り合いよりは魔法の方が得意みたいだしな」


 刹那、ノックスの纏う魔力の量が跳ね上がる。戦いたい、そんな意志が全面に溢れ出していた。同時に、司会者がステージの上から立ち去る。巻き込まれない為の、正しい判断だと言えるだろう。


「始めて良いか?」

「はい、いつでも」


 ノックスの問いに、リリムは頷く。それを確認すると、彼は懐から一枚のコインを取り出し、真上に放り投げた。


「……行くぞ」


 放物線を描いたコインが、軽い音を立てて床に落ちる。それを開戦の合図として、二人は動き出した。リリムは薔薇の髪飾りを血の剣に変え、構える。それと同時に、ノックスの巨体は搔き消えていた。一度の轟音と共に。


「……狼歩」


 静かに、冷静に分析すると同時に、リリムはボロボロのステージに、深紅の剣を突き刺した。体勢を下げ、そのまま動かない。

 そんな彼女の背後に、ノックスは姿を現した。両手で握った戦斧を、リリム目掛けて容赦なく振り下ろす。


深紅の(スカーレット・イ)無限剣(ンフィニティレイン) 亜式(アナザー)


 深紅の剣を中心に、同色の巨大な魔法陣が展開される。そこから、無数の刃が解き放たれる。ひとつ前の試合で見た、アガレスの技を模倣し、リリムが使いやすいように術式を少しだけ変更した魔法。『対象に撃ちこむため』だった元とは違い、『自分を守るため』に深紅の刃は、ステージを吹き荒れた。


「だろうな……!」


 振り下ろされる途中の戦斧を止め、自身に向けられた反撃を叩き落としつつ、ノックスが大きく距離を取る。そのまま間髪入れず、先程叩き落した隙間めがけて、踏み込んだ。


「おらぁっ――!」


 間合いに入ると共に、今度は下から上に、リリムの頭を切り上げるようにノックスが獲物を振る。リリムの強さを信頼しているが故……だろうか、確実に命を狙った攻撃だった。


「遅い」


 リリムは一歩身を引き、最小限の動きだけでそれを躱す。直後には、その隙目掛けて、間合いを零距離に詰めていた。彼女がちらりと視線を向けると、ノックスの顔には驚愕の二文字が張り付いていた。それは即ち、先程まででリリムが見た彼の性格から鑑みるに、決定的な隙であることを示していた。

 そんな彼の顎を目掛け、右手に大きく魔力を込めて、リリムは拳を振りぬく。それでこの勝負は終わる――彼女の頭の中では、そうなるはずだった。


「そう来ると思ったぜ」


 ノックスの呟きが、彼女の耳に聞こえた。その声は、先程までとは打って変わって、ひどく落ち着いているようだった。


模倣式(トレース) 起動(ブート)


 そうぽつりと唱えた彼の手から、大きな戦斧が消えた。自由になった右腕が、完全に不利なはずの体勢から、リリムの拳に、突き出された。


「……追いつくのか」


 彼女の攻撃よりも数段遅く放たれたにも関わらず、彼の腕は、それを完璧に相殺していた。一瞬頭をよぎった疑問を整理するために、リリムはノックスの巨体を蹴り、その勢いを活かして飛び退いた――同時に、無数の魔力弾を撃ち込みつつ。


「効かねえ、なぁ」


 その全てを、ノックスは冷静に、完璧に弾いていた……正確には、リリム目掛けて弾き返していた。


「……動きが変わりすぎてる」


 自身に返ってきた魔力を消しながら、つい数秒前に抱いた疑問を改めて口にする。彼の最初の動きは、甘かったのだ。実際、リリムが簡単に勝ちを確信できる反撃を、途中までではあるが叩き込めていたのだから。それが急に、彼女に追い付くまでに変わっている。


模倣式(トレース) 起動(ブート)……知らないわね」


 記憶に刻まれた魔法全てを見ても、一致するものは存在しない。ならば選択肢は自然と絞られる。


「となると固有魔力になるのだけど……」

「考え事とは、悠長だな」


 思考を切り裂いて、ノックスの貫手が、リリムの胸目掛けて伸ばされる。その速度は、周囲に衝撃波をもたらすほど。


「……邪魔」


 冷たく言い放つと共に、リリムはその貫手を逆に掴み、淀みない動作で、勢いを乗せて投げ飛ばした。一瞬の抵抗も意味をなさず、彼の巨体は軽々と宙を舞う。


「投げるの上手すぎだろ……!」


 リリムの技術に感嘆の言葉を出しつつ、ステージの壁に激突する直前で、ノックスは太い尻尾を地面に突き刺し、ブレーキをかけていた。再び仕掛けようと、彼が顔を上げた時のこと。


「貴方の固有魔力は、『自身に魔力を帯びた攻撃をした者の魔力を模倣する力』」


 リリムが、そこに立っていた。


「根拠はないけれど、それなら、私の動きに追いつけるほどの急激な強化も、私の魔力弾をあんなに正確に打ち返せたのも……強化されたタイミングも、納得がいく。模倣した上で、貴方の戦闘技術を合わせて戦う……と言ったところかしら」


 言葉を、静かに述べていく。彼女の言う通り、根拠らしいものは、何もない。ただ自分が立てた、考えうる無数の仮説の中で、一番納得ができたものを告げていたに過ぎない。


「情報何にも無いのに辿り着くとか、すげえな……」


 その声に含まれていたのは、感心と、少しの恐怖。目の前の少女が、自分の想定よりも遥かに強かったことへの、少しの動揺。


「……当たってる、ということね」


 端的に言えば、このノックスの反応は、今の状況では絶対にしてはいけないものだったと言っていいだろう。如何にリリムと言えど、不確定要素があれば慎重にならざるを得ない。それが彼女の性格だ。が、その唯一の枷が無くなってしまった。


「じゃあ、続けましょうか」


 それが何を意味するか――答えは単純。蹂躙の、始まりである。


五紋の魔弾(エリマ バレット)


 全くのノーモーションから、五種類の魔法陣をリリムは展開した。その左目は、妖しく煌めいている。


模倣式(トレース) 再起動(リブート)!」


 その魔法陣から放たれた魔弾から、ノックスは肉体性能をリリムに合わせる。弾幕と共に飛び込んできたリリムを、迎撃せんと構えていた。


「魔王闘技 親愛なる我が現身(ドッペルゲンガー)


 二人が接触する直前に、リリムは魔力を展開していた。それを維持したまま、ノックスの腹部に蹴りを叩き込む。


「がはっ……」


 その足は、まるで導かれたように、彼の迎撃を完全にすり抜けて、その巨体を跳ね上げた。同時に、ついさっき展開したリリムの魔力が動き出す。それは、リリムの姿も、力も複製した、()()()()()()()()となって、空中のノックスを、ステージ目掛けて叩き落した。大きなヒビを形成しながら、その巨体は床にめり込む。


「無理だな! 俺の負けだ!」


 飛び起きながら、ノックスは負けを認めた。同時に、彼の肉体から魔力が霧散する。リリムもそれを見て、自身の複製(コピー)を消し、魔力を抑えた。


「複製されても、その二倍で戦えば勝てる……そんなとこか?」


 彼の問いに、リリムは頷く。


「普通思いついてもそんなこと出来ないんだけどな」

「生憎、私は普通じゃありませんから」


 そう言って微笑むリリムに対して、ノックスは豪快に笑い飛ばす。


「確かにな! 分身以前にそもそも強すぎて性能合わせられなかったぜ!」


 そんなことを笑顔で言いながら、彼はどこからか取り出した紙を、リリムに手渡していた。


「明日の朝、うちの城に来てくれ。そこでお前の話を聞く」


 それだけ言うと、彼はステージから去って行ってしまった。


「思ってたのとは違うけれど……無事目標達成ね」


 そう呟いたリリムの横顔には、些かの疲れが見えた。

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