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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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七十三話 再臨

「……次は、負けぬぞ!」


 観客席に戻ってきたメレフは、自身の隣に座る老兵に、そう言い放った。既に試合で負った傷は癒えていた。


「えぇ、先程勝てたのは初見だったからこそ。次やったら勝てないでしょうな……とは言え」


 アガレスが、こつんと鞘に入った剣でメレフの頭を叩く。


「命を懸けた闘いだったなら、二度目はありませんぞ?」


 彼女を窘めるその姿は、孫娘とその祖父のようにも見えた。


「その、アガレスさん」


 傍に立ち、そんな彼らの姿を見ていたリリムが、口を開いた。どうしても、聞きたいことがあったのだ。


「あ、魔王様だ!」


 彼女が質問を投げかけるよりも先に、その関係者がぴょんと、姿を現した。緑髪の、人猫族(ケットシー)の少女だ。メレフと同じく、既に傷は残っていない。


「あの時は解放してくれてありがとう。あの操られてる状態、そこそこ苦しかったんだ」


 そのまま自然とリリムの手を取り、ぶんぶんと振り回す。落ち着いた面が目立つ妹とは違い、彼女は随分と快活なようだ。


「あの時って……」


 リリムにとっては、あまり思い出したくない場所の記憶。彼女が全てを失った時の出来事。全て、鮮明に覚えている。故に、聞かねばならないことだった。


「貴女は、一体何者なんですか? あの日、確かに私が……」


 そう、あの日、彼女はリリムが斬ったのだ。だから、この場に居るはずがない。それがどうしても疑問だった。


「えっとねぇ、私は確かにあの日死んじゃったんだ。だけど、色々あって、精霊としてこの世界に再臨できた。おかげで今もこうやって生きてるってわけ。あ、私の名前はギムレットね。呼びやすいように呼んで」


 その、『色々あって』の部分がとても気になる。そうリリムは思った。同時に、自分が踏み込む話題だろうか、とも。


「説明を端折る。悪い癖ですぞ」

「えー……だって面倒だし……」


 アガレスの嗜める声に口を尖らせたギムレットを見て、彼は説明を引き受けることにした。


「リリム殿がギムレット嬢を解放した夜。私は()()()()()()、ウレード王国の近くに居ました」


 リリムは静かに、彼の言葉に耳を傾ける。


「宿に泊まり、眠っていた夜に、私はとてつもない魔力を感じました……リリム殿のもの、でしょうな。流石に乱入する気にはなれなかったですが、何があったかは気になるというものです。私はリリム殿が立ち去ってから、あの国の玉座に足を踏み入れました」


 記憶を辿るように、そして端的に、アガレスは話を進めていく。


「血に染まった城、空の玉座。そこに、ギムレット嬢は眠っていました」


 リリムが気になるのは、そこからだ。言葉を返すこともなく、ただただ話を聞く。


「……私とギムレット嬢は、彼女がフェルランドを統治していた時からの友人でした。故に、そのまま立ち去ることはできませんでした」


 そう言うと、彼は一つの魔法陣を空中に組み立てる。リリムは、()()に見覚えがあった。


「……死者蘇生」

「その通りです」


 彼が感嘆の笑みを漏らすと共に、空に浮かんだ魔法陣がフッと霧散する。


「私は、ギムレット嬢に対してこの術式を使用しました」


 ……誰も、それを責めるようなことはしなかった。柔らかな笑みを浮かべつつ、さらにアガレスは話を続ける。


「ところが、ギムレット嬢は一度、フェルランドが落ちた時に死んでいたようです。その魂を、剥製の体に無理矢理に隷属させられていた。あり得ない存在だったわけです。故に、正しくこの世に戻ることが出来なかった」

「……だから、私の魂を定着させる器をアガ爺が創って、私はそこに宿った。その器が精霊の力で創られてたから、今の私は精霊なんだ。あとは、()()()()()()()()()()()だったし」


 説明の最後は、ギムレット自身が行った。それを聞けば、彼女が精霊である理由も、納得がいく。特殊な体質、というのは気にはなったが、不用意に踏み込むべき話題では無い気がしてリリムはそこを追求はしなかった。


「それで今、私たちはどこかで生きてるはずの私の妹を探しながら、私の夢を叶えられる存在を待ってるの」


 夢……彼女の願いを、リリムは知っている。彼女が探す存在から、聞いたから。


「ギムレットさん、良いお話が二つあります」

「良い話?」


 きょとんとした顔を浮かべ、小首を傾げながらギムレットはリリムの顔を見た。


「まず一つ。私の夢は、全てが共存できる世界を作ること」


 リリムがそう告げた瞬間、彼女の瞳の色が変わった。リリムの手を取り、じっと瞳を覗き込む。そこに含まれていたのは、期待と驚き、そして……若干の心配。その夢の途中で、折れてしまうのではないかと、そう言いたげな。


「大丈夫。私はもう、地獄を見ましたから……決して、折れません」


 リリムの言葉に、ギムレットの顔が綻ぶ。それを見て数度頷くと、彼女はさらに言葉を続ける。


「もう一つ。貴女の妹は、元気ですよ」

「え……?」


 ギムレットの動きが、ぴたりと止まった。彼女だけ時の流れから外れたかのように、丸い目をことさらに丸くして、リリムのことを見ていた。


「キャロルを、知ってる……の……?」


 彼女の手は、震えていた。


「はい。とっても優しい、良い子ですよね。ギムレットさんとは違って、少し大人しい子ですけど」


 そう言うと、リリムはギムレットに、妹との出会いを……今の関係を、伝えた。


「……そっかぁ、元気なんだぁっ……!」


 そう呟く彼女の顔は、笑っていた。大きな目に、透明の雫をいっぱいに蓄えて。


「アガ爺!」

「どうなさいましたか」


 名を呼ばれた老兵が、笑みを返す。続く言葉を、待つように。


「リリムちゃんこそ、私たちが待ってた存在だと思うんだけど、アガ爺はどう思う?」

「異論は有りませんよ」


 そう言うと、アガレスは静かに立ち上がった。リリムよりも一回りほど大きく、筋肉質な体の腰を折る。


「リリム様が差し支えなければ、私共の力を、貴女の元で振るわせて頂きたい……お手合わせして決める、という話は無かったことにしていただけますかな」


 頭を下げる彼の隣で、優雅な所作でギムレットも一礼。それに対する答えなど、リリムの中ではずっと前から決まっている。


「もちろん。二人の力を借りられるなんて、心強いことこの上無いわ。よろしくね」


 感謝の気持ちを込めて、リリムはそう告げた。それに反応して顔を上げた二人の表情は、とても晴れたものだった。


『それではまもなく、準決勝第二試合を開始致します。リリム選手、フリート選手のお二人はステージへどうぞ!』


 そのタイミングを見計らったかのように、招集がかかる。リリムは二人に軽く礼をすると、観客席からステージへと続く通路へ、足を運んだ。


「……なあ、リリムちゃん」

「どうしました?」


 その通路で、フリートがリリムに声をかけた。


「あの狂犬が下につくなんて、大した奴だな、やっぱり」

「どういうことですか……?」


 急にそんなことを言われ、リリムは困惑に表情を浮かべていた。その疑問を解消するようにと、彼は言葉を続ける。


「アガレスが誰かの下につくなんて、初めて見たからよ。相当期待されてるみたいだな」


 彼の前を歩いていたリリムが、足を止める。詳しく聞かせて……そう言うかのような表情をその顔に貼り付けて、彼女は振り向いた。


「……リリムちゃん、吸血種(ヴァンパイア)って知ってるか?」

「はい、確か……昔、この世界の覇権を握っていた種族だったはずです」


 握っていた……リリムは、そう称した。理由は単純。今この世界には、吸血種は存在していない。何の前触れもなく、ある時全て絶滅しまったからだった。


「じゃあ、そんな覇権を握ってた奴らがどうして絶滅したと思う?」

「……知らない、ですね」


 腕を組み、リリムは考えるような素振りを見せる。


「全員、殺されたんだ。一人の若い男に」


 一つの種族が、たった一人の手で絶滅させられた。その言葉に、リリムは絶句していた。吸血種は、全体数が少ない種族ではあった。が、それは個々の力が圧倒的であるが故だった。


「それがアガレスさん……? どうしてそんなことを……」


 当然の疑問だった。


「あいつは純血の吸血種じゃないんだ。母親が人間。だから、随分同族から迫害されてたらしい。あいつ自身は傷ついちゃいなかったようだが、親が殺されたからな……」

「そんな……」


 異種族と交わった者は、その子孫も、本人も裏切り者。書物にだけ残る、姿を消した少数種族ではよく聞く話だ。それをリリムは、許せない。


「……そうやって、怒れるような子だからかな。アガレスがリリムちゃんを選んだのは」


 言いたいことを全部言ったのか、フリートはスタスタと歩き出した。リリムは、その長身の後ろを追う。


「よく知ってますね、アガレスさんのこと」

「ん……あぁ。なんでそんなに知ってるのか気になるって感じか?」


 彼の問いに、隣を歩きながらリリムは頷く。


「いや、吸血種が絶滅なんてとんでもない事態だからよ。七大魔竜は世界の監視者でもあるからよ、色々調べる必要があると思ったんだ」

「とんでもない……魔竜が動くほどですか?」


 大袈裟ではないか、とリリムは訝しむ視線をフリートに向ける。軽く笑うと共に、彼はさらに言葉を続けた。


「あいつら、『死』っていう概念が無いんだよ。首を断とうが、心臓を潰そうが死なないんだ。それなのに、絶滅しちまった。とんでもないだろ?」


 流石に、首を縦に振らざるを得なかった。同時に、どうやったのかと疑問も湧き上がる。それを、フリート見越していたようだった。


「詳しくは俺も知らないけどな、なんでもあいつの固有魔力は『死』に関係してるらしいぞ。それを使ったって話だ」

「そうなんですね……」


 一応は納得したように、リリムは呟いた。それ以上、特に言葉は交わさない。暗い通路に、足音が二つ。こつりこつりと響いていた。

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