七十二話 本戦 開幕
「……というわけで。みんな、仲良くしてね」
地下通路から観客席に戻り、リリムはトーヤ、メルディラール、アルラ、フリート、トニアの五人を、それぞれ軽くではあるが紹介していた。なぜそこにメレフの姿が無いのかというと……
「……まさか、私が居ない間に準決勝が始まろうとしてるとはね」
リリムが地下通路で出会いを果たしているうちに、既に第四ブロックの試合が終わっていたからであった。既に準決勝の試合割は決まっており、第二ブロックの勝者と、第四ブロックの勝者が一戦目。残りが二戦目だった。
「メレフ、かなりやる気みたいだけどお相手は?」
ステージに既に降り立ち、試合を待つメレフを指して、リリムは尋ねた。答えの予想がついている質問を。
「アガレスさん。さっきの試合、とっても強かったんだよ」
やはりかと彼女は、闘技場に入ってすぐ出会った、白髪の老兵を思い浮かべる。彼は、並々ならぬ力を有している。予選程度、勝ってくるのが当然だろう……そうリリムは考えていた。
『さぁさぁ、お待たせ致しました! ここからは一対一! 観客席の皆様、選手の姿を見届けましょう!』
前触れなく、司会の放送が鳴り響く。それに呼応して、会場の熱気は一気に上昇していた。同時に、白髪の老兵が、ステージに現れる。
『それではメレフ選手とアガレス選手による、準決勝第一試合、開幕です!』
大きく鳴ったのは、鐘ではなくゴングの音。それと同時に、アガレスが踏み込む。淀みない動作で、背負った大きな直剣を抜き放ち、片腕で一閃。その動作は、音を置き去りにしていた。
「随分遅いではないか」
涼しい顔で、さも当然のように、メレフはそれを受け止めていた。刃無き、長い杖で。
「まだまだ、小手調べという奴ですよ」
その言葉と同時に、アガレスが飛び退く。左手に握られていたのは、機械仕掛けの小さな武器。魔法を応用し、『殺す』という行為に重きをおいた、血塗れの道具。
「……魔銃か!」
アガレスが握っていたのは、魔力を動力にした、一丁の回転式拳銃。北の、とある軍事大国でのみ製造されている武器だった。
「ご名答です」
メレフの言葉に答えつつ、アガレスは三度、引き金を引いた。その銃口から爆音と共に、凄まじい速度で、魔力を帯びた弾丸が放たれる。それらは、メレフの頬を掠め、飛んで行く。
「ふむ、やはり鈍っていますな……」
「は、バカを言うな……」
乾いた笑いを零したメレフの顔は、引き攣っていた。彼女が反射的に顔を引かなければ、その三発は容赦なく、メレフを打ち抜いていただろう。
「ははっ、死を感じたのは久しぶりだな!」
高笑いと共に、メレフが一度大杖を振る。
「興が乗った。やるとしようか!」
高らかに笑い、予選でも見せた漆黒の玉座に魔竜は座していた。
「おや、竜には成っていただけぬのですか?」
吹き荒れる魔力をものともせず、剣を構えながらアガレスは言葉を投げかける。
「悪いな、そう易々と見せられぬのだ」
その言葉に笑みを返すと共に、彼の姿が掻き消えた。魔力よる気配の遮断でも、透明化をしている訳でもない。ただ純粋な身体能力で、その姿は消えていた。
一瞬、ステージを静寂が包む。直後、玉座の影、メレフにとって完全に死角から、瞳に殺気を宿したアガレスが姿を現し、そのまま、剣を振り抜く。
そんな当然の場所からの攻撃を、メレフが予想していないはずがない。彼の刃に合わせて、漆黒の魔力が展開。その一撃を、受け止めていた。
「っ……?」
メレフの頭に浮かんでいたのは、とある違和感だった――この男が、こんなあっさりと受け止められるような攻撃をするのか? それとも自分の過大評価だったのか? と。
直後、メレフは自分が抱いた違和感は、やはり間違いでは無いと確信することになった。ステージの床から真紅の『刃のような何か』が伸び、鍔迫り合い状態に陥っていた彼女に迫っていた。
「……血の力。貴様、吸血種の血統か!」
「よく……ご存じでっ……」
その押し合いは、完全に拮抗していた。拮抗していたが故に、血で作られた無数の刃は、状況を大きく変える火種と成りうるものだった。
「黒咆哮!」
それを許すつもりはない、と、始祖の生命が咆哮を上げる。それが響くと共に、彼女の規格外の魔力が吹き荒れる。それは、鮮やかな真紅の刃の全てを撃ち落とし、彼女と押し合っていた老兵の体を、勢い良く弾き飛ばす。
「ぐっ……今ですっ!」
それを待っていたかのように、空中で衝撃を殺しながら、彼は声を上げた。既に右手の獲物は、直剣から魔銃へ。咆哮を放った後の、メレフの隙を突くように、弾倉に込められた六発全てを、メレフ目掛けて放った。
「はぁっ……!」
即座に、メレフは防御のための魔力を展開する。アガレスの狙いは正確。故に彼女は、頭部だけに魔力を集中させた。他の防御は要らぬ、と。
「もらいっ」
メレフの耳に聞こえたのは、アガレスでは無い、誰かの声。楽器のように透き通った、少女の声だった。思わず彼女は、彼女は視線を空を舞う弾丸から声の方向へ向けた。そこに居たのは、明るい緑の髪色を持つ、人猫族の少女。
「キャロル……?」
観客席のリリムが思わずそう漏らしてしまうほどに、キャロルと瓜二つの存在が、そこに居た。彼女が魔王と成った日に、覚めぬ眠りについたはずの、キャロルの姉が。
「猫葉ノ爪!」
魔力で水色に輝く爪を形成し、真っ直ぐメレフの元へと飛び込む。先のアガレスの、『今』という言葉は、どうやらこの少女が飛び込むタイミングのためだったようだ。一体何者だそうか……メレフにとって、気にはなるが、斬り捨てるべきなことだった。
短い時間で、メレフは考える。目の前の攻撃への対処を。もう数瞬の後には、アガレスの魔力が乗った弾丸が自身に命中する。そこで崩れた体勢にちょうど刺さるようなタイミングで、人猫族の少女が駆けて来ていた。
「ふむ……しょうがないか」
考えた結果、メレフは無傷で突破することをやめた。弾丸は、魔力を集中させねば受けきれず、少女の爪に宿る魔力も、並大抵のものでは無い。弾丸に対処すれば、少女の攻撃を受ける。逆もまた、然り。
動かない彼女の頭部に、六発の弾丸が命中した。それによってグラついた小さな体に、少女が魔力を込めた爪を振り抜く。固有魔力は絡まない、純粋な身体強化の一撃。
「ぐぅっ……」
痛覚を猛烈に刺激した一撃に、メレフは呻き声を漏らした。彼女が魔力を集中させたのは、頭部。弾丸は弾き、受けても戦闘不能にはならないであろう少女の一撃を受け止めることにしたのだ。
「……捕まえた、ぞ!」
攻撃を起点に、二体一の状況を覆す為に。メレフの小さな手は、がっしりと少女の腕を、掴んでいた。闇の魔竜にふさわしい、恐怖を搔き立てるような笑みがその顔には張り付いていた。
「嘘っまず……」
「逃がすか!」
少女が振り解くよりも先に、メレフは既に動いていた。彼女の腹部目掛けて、黒き雷の槍を五発、放つ。過剰なまでの魔力が、小さな体に流れ込む。そのまま、メレフは少女の体を放り投げた。おまけの追撃と言わんばかりに、黒き槍を撃ちこむ。絶対に、アガレスとの戦闘中に邪魔をされることがないように。彼女の異能が判明していない以上、深追いをしないのは適切だったと言えるだろう。
「ぁう……」
微かな呻き声を上げる少女に目もくれず、遠くに着地したアガレスの元へと、玉座の背もたれを踏み台に彼女は跳んだ。魔力で空に固定された玉座は、大地よりも安定する。老兵の元に舞い降りたメレフの速度は、観客席のリリムでさえ目を見張るものだった。
「竜装、展開!」
その速度を乗せたまま、メレフは獲物を両手で掴み、アガレスへと叩きつけた。長杖ではなく、竜の顔を模した、巨大な戦鎚を。
「ぐぅ……おぉ……!」
避けることは無く、アガレスは直剣を重ね、それを受け止めていた。ステージ全体に、一気にヒビが入る。それは、その攻撃の威力を如実に示していた。
「はぁっ……潰れろ!」
彼女が戦鎚に魔力を上乗せする度に、腹部から血が溢れる。彼女が、魔力をそこまで集中させてもなお、アガレスの体は耐えていた。
その状況を打開するように、彼の足元から、魔力ではない何かが溢れる。それは、先程見せた血の刃。彼を守るように、数百の刃が展開された。
「――ちっ!」
巻き込まれまいと、大きく空を蹴り、メレフは飛び退いた。攻撃に回していた魔力は、一度腹部の回復に回す。クルクルと勢いを殺しながら、静かに彼女は降り立った。
「……っ?」
着地後、刃が消えたのを確認し、距離を詰めようとしたメレフの体が、ガクンと止まった。彼女の体を抱きかかえるように、人猫族の少女が飛びついていた。
「な、貴様何故っ……!」
メレフの疑問は、当然なものであった。なぜなら少女の腹部には、風穴が開いていから。それでも、非常に強い力でメレフを拘束していたのだった。
「爺、私ごと!」
「承知!」
ひび割れた地面を蹴り、一切の躊躇なく、アガレスの直剣はメレフの体を貫いた――彼女の後ろの、少女ごと。刹那、少女は光の粒となって空気に溶けるように、消えた。同時に彼女の魔力から、何かをメレフは感じ取ったようだった。
「はは、なるほどな、あやつは精霊か……それなら、無茶も理解がいく……」
アガレスの刃が抜けると同時に、メレフの体は膝から崩れ落ちる。どろっと、紅い液体がその傷から、溢れ出す。
「ははっ、今回は余の完敗のようだな……」
そう告げる彼女の口元は、清々しいほどに笑っていた。色々敗因はあれど、今は負けを受け入れることにしたのだった。




