表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
71/138

七十一話 大公錬金術師 生命のメルディラール

「いやー、助かった。お嬢さん、いい人だねえ!」


 半壊した木の像の前であっけらかんと話すのは、つい先程まで掠れた声で助けを求めていた、()()。長いウェーブのかかった紫の髪に、彫刻のような耽美な顔、床につくほどに長い白衣。その下には、種族を……人蜘蛛(アラクネ)であることを表す蜘蛛の足が覗く。栄養の足りていなそうな細い腕の先には、星の装飾があしらわれた、黒い皮のグローブを身につけていた。


「……錬金術師か」


 リリムは、その人物を、警戒していた。助けを求めていたがために、反射的に解放してしまったが、隠された通路の先という明らかに怪しい場所にいた()()を、警戒するなという方が無茶かもしれないが……


「ひとまず、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


 人蜘蛛にそう尋ねたトーヤの両手は、腰に刺した大太刀に添えられている。不審な動きをすればいつでも刃を走らせることができる体勢――即ち、彼もリリムと同じく、警戒しているようだった。


「警戒されてるねぇ、怖い怖いっ……」


 そんなことを言いつつ、人蜘蛛は大きく伸びをして見せた。まるで少しも意に介していないかのように。


「私はメルディラール。大公錬金術師、生命のメルディラールさ。性別は……()()()。戦いは苦手だ。どうか武器を下ろしてくれると助かるねぇ」


 手袋の星の装飾を、六芒星に変えながら放たれたその言葉に、敵意は無かった。


「……トーヤ、ひとまず警戒を解いて大丈夫よ」

「承知」


 リリムに促され、警戒を解いた彼を見て、メルディラールはにこりと笑顔を見せた。


「君ら強いねぇ。そこの鬼の……トーヤ、と呼ばれていたね。君はともかく……綺麗な髪のお嬢さん、君は一体何者かな? とんでもない魔力の量と質だ……私は言ったのだから、君の名前くらいは聞いてもいいかな?」


 笑顔のまま、彼はそう言った。ただ、その視線は真っ直ぐ、リリムに注がれている。彼女の一挙一動を、観察しているようだった。


「……リリム=ロワ=エガリテです。よろしくお願いします、メルディラールさん」


 もちろんそれを、リリム自身は気づいている。ただ、特に咎めることはしなかった。言葉と共に差し出されたリリムの右手を、メルディラールは不思議そうに見つめていた。上半身の人間の腕と、八本ある蜘蛛の足のうち、一番手前の二つを組み、考えているような素振りを見せる。


「……あぁ、握手というやつかな?」


 合点が入ったかのように手をポンと鳴らすと、彼は同じように右手を出し、リリムと握手を交わした――


「っ……!」


 その瞬間、メルディラールの長身が宙を舞った。リリムの細い腕が、彼の右の頬を撃ち抜いていたのだった。空気を切り裂く弾丸へと変わったその体は、部屋の中央、大きな木を模した像に激突し、止まる。


「……リリム様、一体何を⁉︎」


 声を上げたのは、トーヤ。リリム自身も、何をやったのか分かっていないような顔だった。


「――は、すっ……すみません!」


 ひとまず、自分が彼を殴ってしまったことは理解できたらしい。珍しく焦りの表情を見せながら、リリムはメルディラールの側へと駆け寄った。


「いや、謝らなくていい。キミではなく、私の落ち度だ」


 ゆらりと体を起こしながら、メルディラールはリリムにそんな言葉を返す。彼女に撃ち抜かれた頬を、何度か触り、クククと少し不気味な笑みを浮かべていた。


「悪いね、私が()()()()を切るのを忘れていた」


 メルディラールが、黒い手袋を外しながら言う。その下、彼の手のひらには、淡い光を放つ複雑な魔法陣が刻まれていた。


「よく使う術式は、一からの起動が面倒だからここに刻んでいたんだ。その中に分解の術式があるから、反応してしまったのだろうね? 熱された物に触れれば反射的に手を引くように、おそらくリリム君に備わった防衛機構のようなものだ……なにか、そうさせるような過去があったのだろうね。まぁ、気にする必要はないさ」


 そんな説明をしているうちに、歪んでいた彼の顔が自然と元通りになる。錬金術を絡めた再生だろうか。小さな手鏡を取り出すと、メルディラールは自分の顔を見て、数度うんうんと頷いていた。


「ふむ、完璧に元通り。私のお気に入りの顔なんだ。とっても綺麗だろう?」


 こちらの心情など考えず投げかけられた言葉に、リリムは頷くしか無かった――まぁ、実際綺麗な顔立ちではあるし、否定する理由は無いのだが。


「さて、聞きたいことがあるんだろう? そういう顔をしているよ、リリム君」


 脱線しかけた話のレールを、メルディラールが元に戻した。誰のせいでそうなったかは、まぁ考えない方が楽だろう。


「……あ、はい。ここは一体、何なんですか?」


 リリムの問いに、彼は一度腕を組んだ。


「ふむ、ここが何か……ねぇ」


 それだけ言うと、メルディラールの口は閉じてしまった。答える気がないというわけではなく、純粋に、どう答えるべきかを迷っているようだった。


「一応私の保身のために、ここは私とは無関係な場所だということを先に明かしておく……そうじゃないと、君を敵に回すことになりそうだ」


 彼の言葉に、リリムは頷く。自分を敵に回したくないであろうことは、彼女自身がよく分かっていた。逆に言えば、それさえやらなければ、真実を話してくれるということになる。故に、それ以上彼女は何も言わなかった。


「端的に言えば、国家転覆の根城……と言えるかな」

「……は?」


 突拍子のないその言葉に、思わずリリムは硬直する。


「もう少し、詳しくお願いしても?」


 その問いは、当然のものであったろう。


「別に構わないとも」


 それだけ言うと彼は、懐から小さな盃を取り出した。親指程の大きさの、本当に小さな盃を。


「リリムちゃん、聖杯というものを君はご存知かな?」

「聖杯……ですか……」

「願いを叶える力を持つ、聖なる器。錬金術の終着点の一つ、だったはずです」


 口籠るリリムに助け舟を出したのは、トーヤだった。


「おや、トーヤ君は錬金術に興味が?」

「たまたま、最近読んだ書物に錬金術について記されていただけですよ……ただ、聖杯は理論のみが提唱されただけで、作成は不可である。そう記されてもいましたが?」


 訝しげな表情を浮かべる彼の指摘に、メルディラールはうんうんと頷く。


「その通り。ある天才が最近、理論上では可能であることを示したんだ。その試作品が()()さ」


 彼の手から、リリムに向けて小さな盃が投げられる。


「……とっ」


 両手で包み込むように、リリムはそれを受け取った。小さなサイズからは想像できないほどに重い。重いのだが……同時に、どこか不十分でもあるとリリムは感じた。


「なぜ聖杯が『理論上は』という扱いなのか。それは、作成に魂を使うからだね」


 リリムが、頭の痛そうな表情を浮かべる。理解が及んでいないといったところだろうか。


「聖杯とは、器なんだ。死して、冥府に落ちる前の魂を宿すためのね。そして同時に、宿した魂を代償として、願いを実現する魔術式でもあるのさ。その試作品は、魂を宿す前の段階だ。まぁ、もちろん不可能なことはあるよ? 例えば死者の蘇生なんかだね。一度冥府に落ちた魂を呼び戻すことはできないとも」

「……それと、この部屋に一体どんな関係が?」


 ひとまず、リリムは納得がいったらしかった。おそらく、先程リリムが感じた不足感は、魂が宿っていない故に、か。この説明を経てようやく、問いは最初のものへと戻る。


「ここは、ある人の計画のための、いくつかある施設の一つさ。それに使用する魔力を、闘技大会の舞台から、この木に蓄えているんだ。その計画とは、『この国を丸ごと材料に、聖杯を作ること』だ。故に、結果的に国家転覆につながる場所というわけだ」


 それ以上は、彼は何も話さない。リリムの言葉を、待っているようだった。


「……その計画の詳細を、ご存じですか?」


 リリムの目は、燃えていた。そんなことを、許せるはずがないと。


「残念ながら、君が求めているようなことは、私は知らないよ。強いて言えば、実行は三日後であるだろう、ということくらいかな」

「三日後……それだけ分かれば十分です」


 そのまま黙ると、考え込むような素振りをリリムは見せた。


「おや、もしかして止める気かい?」

「もちろんです」


 当然、リリムはそう返す。


「私は部外者です。ですが、ここまで聞いて、我関せず……そんなことは、私にはできません」


 毅然と言い放ったリリムを、メルディラールは優しい笑みで、見つめていた。


「君は、私の可愛い後輩にどこか似ているね。改めて気に入ったよ。この生命のメルディラールが、手助けするとしよう」


 そんな提案に怪訝な表情を浮かべるのは、リリムではなくトーヤだった。


「おや、まだトーヤ君は私を信用してくれないのかな?」

「……おや、そう見えますか?」


 事実トーヤは、いつでも攻撃を仕掛けることが出来るように、魔力を構えていた。


「安心したまえよ。私は自分の興味が行動原理さ。リリムには実に興味をそそられる。それに、寝首を掻いたとしても、私程度に殺せるような存在じゃ無いとわかっているだろう?」

「確かに、一旦は信用するとしましょう」


 その言葉と同時に、彼の纏っていた魔力が霧散する。それを見て、リリムは安心したようににこりと笑った。


「では改めて。よろしくお願いします、メルディラールさん」

「あぁ。よろしく頼むよ、優しい魔王のリリムちゃん」


 しなやかな手と、細く角張った手とで、しっかりと握手が交わされる。リリムは既に、この国を渦巻く陰謀に、巻き込まれていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ