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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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七十話 地下 暗黒の道

 戦闘……と呼べるかは怪しかった第三ブロックの試合を終えて、リリムは闘技場の地下通路を歩いていた。


「いやぁ、一方的でしたね……」


 隣に、和服を完璧に着こなしたトーヤを連れて。控え室で少し地味な格好をしていたのは、どうも試合が始まる前から珍しい格好だと注目されるのが嫌だった……とのことらしい。


「むしろ私に、剣を出させたことを誇って欲しいですね」


 なんてことを、リリムはさも周知の事実のように言い放つ。これで実際、強さの格がはるかに違うのだからタチが悪い。


「ええ、十分誇らせて頂きますよ」


 そう言って立ち止まったトーヤが、リリムの顔を覗き込む。彼女よりも高い……具体的には、ちょうど二メートルくらいか。四十センチほど身長差があるが故に、リリムの顔を見ようとするとこうなるのは自然であった。


「……随分と悲しい過去をお持ちのようで」


 澄んだ水のような瞳でリリムを見つめると、そう彼は言った。リリムがきょとんとしていると、トーヤは一瞬ハッとしたような表情を浮かべ、すぐに頭を下げる。


「申し訳ありません、つい癖で貴女の記憶を……失礼致しました」

「……読心魔法、得意なんですか?」


 記憶に踏み込まれたことを特に咎めることもなく、リリムは彼に尋ねた。


「えぇ、幼い頃から……」


 へぇ、と短く声を上げると、さらにリリムは言葉を付け足した。


「過去、見ちゃったんですね? どうします?」


 わざと、少し意地悪な言葉を選んで。何故か、優しい彼を少し揶揄ってみたくなったのだ。どうする? というあまりにも抽象的な言葉に、一瞬トーヤは言葉を詰まらせ、目を伏せていた。


「……あの過去を見てしまって、手を差し伸べる気が起きないことがあるでしょうか?」


 言葉の整理がついたのか、リリムの前に立ち、トーヤは口を開いた。風のない湖のように、穏やかな笑顔を彼女に向けながら。


「私の刃、振るいましょう。貴女に降り注ぐ敵意を払う為に」


 片膝を着く、最上位の敬礼……リリムにとっては、従者(キアレ)のおかげで見慣れているその所作と共に、トーヤは告げる。蒼き瞳には、僅かな憂いを湛えていた。


「えーっと……それは私の下に着く……と、そう受け取っても良いかしら?」


 完全に予想外の答えに驚きつつも、リリムは態度を崩さずに言った。見た目に似合わぬ、王としての威厳、人を惹きつける力……カリスマというものを、無自覚に発しながら。


「お好きに判断なさってください。私がリリム()を気に入っただけの話ですから」


 トーヤは、リリムを気に入っていた。控え室でのエフロスとの口論を見た時から、人の為に怒っていたリリムのことを。元々、試合が終われば話せる友程度になれたら、と思っていたのだ。そんな時に、彼女の過去を除いてしまった……この結果に落ち着くのは、なんら不思議なことではないだろう。


「そう。じゃあよろしく頼むわ。トーヤ」


 リリムの彼に対する態度は、『さっきまで刃を交わした相手から』既に、『自分の仲間』に変わっていた。


「はい、仰せのままに。リリム様」


 深々と頭を下げ、その後トーヤは立ち上がった。観客席へと向かうリリムの数歩後ろを、見守るように、歩いた。


 トーヤがリリムに忠誠を誓ってから、数分。彼女ら二人がいたのは、トニア達が待つ観客席……ではなく、暗い闘技場の通路の途中。真っ直ぐ進めば既に観客席に着いているはずなのに、リリムがふと、壁を見つめてぼうっとしていた。


「……リリム様?」

「……ん? あぁ、ごめん」


 不思議そうに声をかけたトーヤに、リリムは軽い調子で言葉を返す……も尚、その視線は壁に向けられたまま。


「ねぇ、トーヤ」

「はい、なんでしょう?」


 新人従者に声をかけながら、リリムはその壁に触れた。パキッと、氷を踏み破るような音がして、何の変哲もなかった壁が一本の通路へと変わる……いや、魔法で隠蔽されていた通路が、元に戻ったと言うのが正確か。


「面倒ごとは、好きかしら?」

「嫌いではありませんね……参りましょう。共に」


 見るからに怪しい通路に、リリムは何かを感じていたようだった。賛同の意を示した彼と共に、その通路の中へと進む。何かあってはいけないからと、トーヤが先導し、リリムはその後ろに続く。その通路には光がなく、ただ暗いだけ。そんな場所を、二人は歩いていた。


「トーヤ、見えるかしら?」


 リリムは、魔族の血を持つが故に夜目が効く。だが、トーヤはそうはいかない。人間だ……と、リリムは思っていた。振り返った彼の右の額に生える、一本の角を見るまでは。


「……驚いた。貴方鬼人族なの?」

「はい。珍しいでしょう?」


 鬼人族……(あかざ)の国にのみ繁栄している種族。驚異的な身体能力と、高い再生力を有する、強者達だ。


「隠してたんだ」

「希少種族は、面倒ですから……」


 それだけ言うと、トーヤは口を閉じる。リリムもそれ以上は追求しない。普通は、こうなのだ。希少種族、それだけで目をつけられる。見た目、種族の才能……勝手に妬まれたり、逆に蔑まれたり。それが、リリムは嫌いで嫌いで仕方ない。


「……あまり良くない質問だったわ。ごめんなさい」

「いえ、お気になさらず」


 頭を下げたリリムに対して、トーヤはひらひらと手を振る。気にするな、ということだろう。


「……リリム様、お待ちを」


 先導するトーヤが、そう言って足を止めた。リリムも、それに倣う。ちょうど、通路が十字の交差点に差し掛かったあたりだった。

 右、左、正面に延びた三本の通路。どこへ行く? と言いたげな表情で、トーヤはリリムの事を見ていた。


「真ん中」


 リリムは、彼のその問いかけに即答していた。何故か、と言われれば、『なんとなく』でしかない。ただ、『なんとなく』嫌な予感がしたに過ぎない。


「行くわよ」


 さっきまでは、好奇心でいっぱいだったリリムの胸が、ざらつく。気がつけば、彼女の小さな体はトーヤを追い越し、コツコツと早歩きで通路を進んでいるのだった。


「ーーけて」


 リリムの足が、止まった。鼓膜に触れたそれを探すため、一度聴覚を研ぎ澄ます。


「たす……けて……」


 彼女の耳に、微かな声が届いた。男性とも、女性ともとれる中性的な声。途切れ途切れで、力の入っていない声は、その主苦しんでいることを示していた。


「……何か、聞こえましたね」


 その声は、リリムの後ろを歩く彼にも聞こえていたようだった。そよ風のようにすっと流れた、微かな声だと言うのに大したものだ……などと、リリムは考えていた。


「少し上げる。ついてきて」

「承知」


 彼女の耳に聞こえたのは、助けを求める声。優しき魔王がそれを見逃すことなど、できるはずがなくーーいつしか、彼女の移動は走行から、飛翔へと変わっていた。漆黒の翼を広げ、狭い通路を静かに飛ぶ。そのすぐ後ろを、トーヤが体を流動化させ、追従していた。


「……トーヤ、一旦止まって」


 全く本気ではない……とはいえ、圧倒的な速度の二人が、その通路の最果てに辿り着いたのは、すぐだった。時間にして僅か数分。突き当たりを察知した彼女は、最後の曲がり角の前で先の言葉を告げていた。


「静かに」

「分かっていますとも」


 足音を立てぬように着地し、囁く声で、二人は会話する。なぜわざわざ、曲がり角の前で止まったのか。最後まで行かなかったのか。答えは簡単。


「……おい、聞いたか? 今回の出場者、桁外れの奴らしかいないんだとよ?」

「なんだおまえ、見れてないのか? 一試合目だけ見たが本当に同じ生き物かと思うくらいだったぜ」


 その角の先に、誰かが居たからだ。


「いやぁ、強い奴が戦ってくれれば、あの人の計画の手助けにもなる。助かるよなぁ」


 軽薄な拍子の、低い声。


「け、けど、永遠の命なんて成功するのかな……」


 少し不安そうな女性の声。


「あの人を信じろよ。なんてったって、あの人は……大公? だったか、そのくらいの凄い人なんだからよ」


 粗暴だが、しっかりとした芯のある男の声。

 僅かに感じる魔力から、六人の男女がそこにいる、とリリムは感じていた。同時に『どうするか』に思考を変える。リリムには、戦う理由は無い。ただの好奇心から、足を踏み入れ、たまたま途中で助けを求める声が聞こえただけに過ぎないのだから。それならば……


「トーヤ、これ着て」

「……これは一体?」

「いいから」


 トーヤに、黒い外套……隠れ身の装束を一枚手渡す。彼がそれを纏ったのを確認すると、小さな小さな魔力弾を、リリムたちがやってきた方へ、放り投げた。

 パァン、という乾いた音と共に、壁が少し抉れる。それに反応したか、先の六人の足音が、リリム達の方へと向かってきた。


「一体誰だ? まだ奥か……」


 統率の取れてない動きで、彼らはリリム達とすれ違う。入れ替わるように、二人は角を越え、通路の突き当たりに出た。


「……扉?」


 そこにあったのは、一枚の扉。ここを、彼らは守っていたらしい。


「とりあえず、入るわよ。あの声の正体も気になるし、ここまで来て引き返す訳にはいかないもの」


 そう言うと、リリムは扉を開けた。魔力で三重にかけられた鍵は、当然無視。何もないかのように、自然と。


「……ふむ、どうやらあんまり褒められたことをやってるわけじゃなさそうね?」


 中に入った二人の視界に映ったのは、暗黒の狭い通路とは真逆の、あまりにも明るく、広い部屋。中央には大きな木を象った像のようなものがあり、それには部屋の至る所から、無数の管が伸びている。


「うぁ……お嬢さん……よければ……助けて、くれないかい……?」


 通路で聞こえたのと同じ声。その主は、木の像に体を飲み込まれた、『誰か』だった。

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