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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
序章 魔王降誕
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七話 国家と罪

「さ、終わらせよっか」


 一度深く呼吸をして、リリムが呟いた。キアレは何も言わない。静かに、キアレの傍に立つ。言葉は発さずとも、肯定の意思が見て取れた。先程まで父が、アンプルが居た牢を後にして、二人は歩く。暗い廊下を、牢とは反対方向に進むと階段に突き当たった。上る前に、リリムが歩みを止めた。


「キアレ、貴方に贈り物をあげるわ」


 そう言って、リリムがキアレの方に向き直った。背伸びをして、キアレの額に手を当てようとする。身長差がある二人。バランスを崩して、リリムが倒れそうになる。それを受け止めて、キアレは少し膝を曲げた。


「これで良いですか?」


 リリムが背伸びしなくても良い高さに、キアレの額が来る。そこに右の手のひらを合わせる。


「リリム……エガリテ王国四代目魔王、リリム=ロワ=エガリテの名において、汝に名を与える……これからもよろしくね、キアレ・ウルフェリル」


 リリムはいつの間にか、父の名を、(ロワ)の名を継いでいた。彼女が、自身の従者に名を与える。キアレに、御伽噺の狼(ウルフェリル)の名を。名付けができるのは、魔王の資格を持つ者だけ。一瞬、静寂を二人が包む。それを破ったのは、爆発するように覚醒した、キアレの魔力。それは名付けが成功したこと、即ちリリムが完全な魔王として羽化したことを示していた。


「ありがとうございます。この力、この命、リリム様に捧げることを誓います」


 右膝をついて、最敬礼の姿勢を取る。そんな態度が返ってくるとは思わなかったようで、リリムは少し驚いた顔をした。頭を下げ、服従の意思を体現する従者の手を取り、立ち上がらせる。


「ありがとう。行こうか」


 階段を上る。その突き当りは、重い扉。あの素材でできた扉。リリムが拳を構えようとしたところをキアレがそっと抑える。


「ここは私が」


 先程主より拝受した、純白の大剣を握り、振り降ろす。重厚な扉が、綺麗に両断される。切断面は全く荒れることなく、綺麗だった。丁寧に研いだ包丁で、生肉を斬ったときのように。扉の奥には、武装した人間が居た。その数は、エガリテを襲撃した人数とは比べ物にならないほどに多い。飛び出そうとした主を、手を出して制止する。


「リリム様、()()()()()


 先程と同じ言葉を発する。リリムが彼女の顔を見ると、邪悪な笑みを浮かべていた。彼女に流れる、狼牙族(フェンリル)の血が、溢れ出る力を試したいと言わんばかりに、静かな興奮状態に陥っていた。


「任せる。できるかは知らないけど、できれば殺さないように」


 その言葉を引き金に、キアレが魔力を爆発させる。姿は人間のままに、獣の本能に身を委ねる。口角をきゅうっと上げ、笑みを浮かべる。琥珀色の瞳は怪しく輝き、瞳孔は震えていた。


「ひ、怯むな!」


 キアレの魔力に一度気圧された人間達が、雄たけびを上げて襲い掛かってくる。自身の体とほぼ同じ大きさの大剣を持っているとは思えないほどの速さで、人間の群れに突っこんでいく。その速さに、誰もついてくることはできない。大剣を振り回しながら、狼が人間を蹂躙していく。鮮血と肉片が、無数に飛び散る。不思議と、キアレ自身にはその血飛沫がかかることは無かった。リリムの目に映るその姿は、深紅の花園を舞う踊り子のように見えた。綺麗だった。やっている行為は綺麗とは対極に位置していたが。


「キアレ、そこまでよ。止まりなさい」


 がくんと、餓狼の動きが止まった。瞳の震えと輝きが、すうっと治まる。人間たちは全滅。力を持った狼に刈り取られていた。キアレは、ずっと思っていた疑念をリリムにぶつけた。


「どうしてリリム様は、こいつらを殺すことを躊躇うのですか」


彼女は、キアレよりも人間達が憎いはずだ。それこそ、殺したいほど。それなのに、彼女は人間を殺すことを認めようとはしない。絶対に、殺せと言わない。キアレには理解できなかった。


「私も人間は憎いよ。でも、全部が憎いとは思えない。この国は、民の総意で動いているようには思えない。」


 キアレには、主が何を言いたいのかあまり伝わらなかった。その顔を見て、リリムが言葉を続ける。


「きっとこの国は、王の独裁で成り立っているように思えるの。ダストの態度とかから。王と、それに近しい者の独断でのみ国は動く。だから――」

「命令されただけのこいつらに罪はない……と」

「そう。だからって王を殺していいとは思えないけど」


 キアレには、主の言うことがあまり理解できなかった。命令されても、命を奪う奪わない、は自分の考えだろうと、そう考えていた。


「ごめん。嘘……」


 静かに、リリムがそう言った。自分の言動が正しいとは、自信が持てていないような感じだった


「……正しさなんて、分からないものです。私にも分からないですし、きっとアンプル様にも分からないことだと思います。でも、安心してください。私は、貴女は正しいと肯定します」


 不安定な彼女を支えられるのは、自分だけだと思ったキアレは、そう口にした。正しいと肯定する、は本音でもある。その誓いを聞いたリリムは、少しだけ微笑んだ。

 リリムとキアレが向かったのは、この城の玉座の間。エガリテへの襲撃を命じた張本人のいる場所へ。道中、当然のように人間が襲って来た。全て、リリムが魔力で威圧したのだが。この城で一番大きな扉の前に立ち、手をかけようとする。


「居たぞ!」


 また、人間達が二人を追いかけてきた。


「私が止めておきます。リリム様は中へどうぞ」


 言葉の通りにキアレに任せ、リリムは扉の中へ入る。中は広く、中央に玉座があり、その周りには様々な種族の剥製がきっちりと並べられている。玉座にはけばけばしい化粧をした女性が、赤黒い巨大な四足の竜……黒炎蜥蜴(サラマンダー)を二頭従えて座っていた。


「来ると思っていたわよ。私はウレード王国女王、トリッシュよ」

「リリム=ロワ=エガリテよ」


 険悪な雰囲気が漂う。トリッシュが玉座に座ったままで、指を鳴らす。それに反応して、二頭の黒炎蜥蜴がリリムを睨みつける。刹那、二頭の姿が消える。ひゅんひゅんと、風を切る音だけがきこえてくる。二頭はリリムの周りを、文字通り目にも止まらぬ速さで跳びまわっていた。リリムが、背負った漆黒の大剣を握り、一瞬だけ抜いた。黒炎蜥蜴たちの首が切断され、ごとりと落ちる。全くのズレなく同時に斬り落とされたそれらの首は、リリムが一振りで同時に斬ったことを表していた。


「あら、思ったよりも強いじゃない。ダストを殺せただけあるわ」


 トリッシュのその言葉には、恨みなど少しもこもっていないように聞こえた。


「私直々に手を下してあげるわ」


 トリッシュが玉座から立ち上がり、魔力を開放する。玉座の間を透明な壁が包み込み、密室を作り上げた。


「ここは君主の部屋(オベイエリア)。中にあるものは、全て私の支配下よ。さあ死体たちよ、私歯向かう愚か者を殺してしまいなさい!」


 トリッシュがそう叫ぶと、玉座の間に並べられた無数の剝製、先程殺した黒炎蜥蜴が命を持ったように動き出す。

 もう一度死んでいる者たちをリリムはまた苦しめたくは無かった。苦しめずに無力化する、それはリリムにとってそう難しいことでは無かった。


猫葉ノ爪(アイビークロー)


 緑髪の猫人族(ケットシー)の少女の剝製以外は。これだけ、他の操り人形よりも強い。自分の意思を持っているかのように、不規則に攻撃してくるのだ。


「あまり苦痛を与えたくは無いのだけど……ごめんなさい」


 そう謝りながら、リリムは大剣で、彼女を斬った。その瞬間、彼女は笑ったように見えた。


「ありがとう……」


 そう呟いたようにも。そのまま、剝製軍団を平等に斬っていく。あっという間に、全ての剝製は動かなくなった。


「凄いじゃない。でも、貴女は私に勝てないのよ! さあ、跪きなさい!」


 高らかにトリッシュが宣言する。が、何も起こらない。一歩一歩、リリムがトリッシュに歩み寄る。その度に、トリッシュの余裕の顔が崩れていく。


「跪きなさい……跪け! 止まれ! 止まりなさい! なんでよ! どうして効かないの!」


 金切り声を上げて、醜く女王が叫ぶ。魔王は、止まらない。


純然たる自由の女王(カルメンメイシュ)。私は誰にも縛られない」


 リリムが大剣の柄を握りしめて、振り上げる。


「い……嫌だ……殺さないで……」


 トリッシュが懇願する。


「貴女は沢山の命を弄んだ。私の大切なものを沢山奪った。許さない」


 リリムが冷たく言い放つ。さっき彼女は、王を殺していいとは思えないと、そう言った。だが実際直面してみたらどうだ。目の前にいるこの女を、どうしても殺したくて仕方が無い。命を奪うくせに、自分だけは助かろうとするその態度に、心のそこから嫌悪感がする。何も言わずに、リリムは魔力を込めて、大剣を振りぬいた。巨大な斬撃が、玉座の間を切り裂いた。作り上げられた密室とトリッシュは斬撃に飲み込まれて、消えた。


「……」


 リリムは、恐ろしいくらい何も感じなかった。すぐに戦闘の途中で気になったことを確かめに行くくらいに。猫人族の少女の死体の傍に歩み寄る。彼女の首には、三日月の装飾の、ロケットペンダントが着けられていた。その中には、彼女と、彼女にそっくりな少女の写真。ペンダントを彼女の首から外して、ポケットに入れる。頼まれたわけでもない。でも、不思議とこうするべきだと感じた。


「リリム様、大丈夫ですか?」


 キアレがリリムの傍に駆けよる。心配そうな顔をしていたが、リリムが全くの無傷だったのを見て、安心したようだった。


「……帰ろう。キアレ」

「はい、仰せのままに」

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