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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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六十七話 闘技大会 幕間

 第二ブロックの試合が終わり、破壊されたステージが修復されている間の観客席。その一角に座るリリ厶達の元へ、メレフは戻ってきていた。


「お疲れ様、メレフ」

「別に疲れるようなことではないぞ。楽しかったがな」


 そう言って胸を張るメレフの背後には、翡翠色の髪を持つ、一人の少年――アルラが立っていた。何処かそわそわとしたその立ち姿に、思わずリリムは声をかけていた。


「初めまして、リリム=ロワ=エガリテと申します。第二ブロックの試合、お疲れ様でした。見ていてとっても楽しい試合でしたよ」


 その言葉と合わせて差し出された右手を、アルラは左手で握る。


「アルラ・ドレイクです。楽しい試合だったと、そう言ってもらえて嬉しいです」


 握手を交わす二人を見て、何処か満足気にメレフは笑っていた。そんな彼女に気づくこともなく、二人は席に腰掛け、会話を始めていた。それを邪魔せぬようにとメレフは彼女らと少しだけ離れて座る、トニアとフリートの元へ向かう。


「なんだ、一緒に居たのでは無いのか?」


 首を傾げながら、メレフは二人にそう尋ねた。


「第二ブロックの試合の途中までは、お姉ちゃんと一緒に見てたんだ。だけどメレフさんが結構暴れたじゃん? それでお姉ちゃんが、観客席を巻き込まないようにって魔力壁を強くしてたの。私たちは集中してるそれの邪魔しないように距離取ってたって感じ」


 なるほどなと頷き、二人の隣にメレフは腰を下ろしたその顔は相変わらず、子を見守る母のような、優しい笑顔。


「どうした? 珍しく似合わない顔して。変なものでも食ったか?」

「……ただリリムの友になれそうな者を連れてきたのが上手くいって嬉しかっただけだ。余にも笑うことくらいあっても良いではないか……」


 似合わない顔、という言葉にメレフは一瞬顔を顰めたかと思うと、頬を膨らませてフリートを睨みつけていた。子供っぽいその仕草を少し可愛いと思ったことを、トニアは黙っておく。


「それで……本音は?」


 そんな彼女の頬を指先でつつきながら、フリートが聞く。


「……あいつを引き込んでおけば、リリムの為になる。そう判断しただけの話だ」


 膨らんだ頬に溜まった空気を吐き出し、真面目な表情でメレフは答えた。その瞳は黒い宝石のように輝いている……つまり、彼女のこの行動は、未来をみたうえでのものだった。


「リリムちゃんの為、ねぇ。七大魔竜一の暴君だった闇の魔竜様が、随分と丸くなったもんだ。弱くもなっちまってるんじゃないか?」


 揶揄うような言葉と共ににやにやと笑うフリートに対し、ふんとメレフは視線を逸らす。そんな彼女の横顔は、やはり僅かに笑みを浮かべていた。

 彼女がフリートから目を逸らし、視線を向けた先には、リリムとアルラが居た。外見は同じくらいの年齢の二人が――まぁ、アルラは耳長の妖精(エルフ)が故に見た目通りの年齢ではないのだろうが――会話している様子は、とても楽しそうに見えた。


「そういえばリリムさんはどうしてこの闘技大会に?」


 メレフの耳に聞こえてきたのは、アルラからリリムに対するそんな問いだった。


「私の国が滅びちゃったので、その再興の為に……って感じですかね。この大会で優勝出来れば国王に謁見できるって聞いたので。そこで協力を持ちかけようかなと思ってるところです。」


 あっけからんと答えたリリムに対して、アルラはさっきまでの楽し気な表情から一転、どこかやるせない表情を浮かべていた。


「すみません、あんまり聞くべきじゃなかったですね……」


 リリムが流すように告げた言葉の中、国が滅びたという点に同情してくれているのだろうか。


「別にもういいんです。過ぎたことですし、前に進むことが大切ですから」


 少し遠くを見つめながら、リリムは告げた。この言葉は、半分嘘で、もう半分は、本当。前に進むことが大切なのは、リリムは分かっている。分かっているから、再興へ向けて歩んでいる。それは、紛れもない事実だ。

 しかしもう半分は、噓。『過ぎたこと』なんて、彼女は何度も強がっているが、あの国を……父親の国を思うと、いつも彼女の心には静かに雨が降る。雨が止むことはあれど、降らなくなることはないのだろう。それは彼女がどれだけ歩みを進めても、どれだけ幸せな世界を創ったとしても……いつか、彼女の紡ぐ物語が終わりを迎えたとしても。決して。


「逆に、アルラさんはどうしてここに? 錬金術大国(アルケミア)って結構遠いですよね……?」


 少し湿っぽくなった雰囲気を払おうと、わざと明るい調子で、リリムはアルラにそう聞いた。彼女が指摘する通り、ドラテアからアルケミアの間には、かなりの距離がある。大体、エガリテからこの国までの三倍程だろうか。そんな時間をかけてまで、ここに来た理由が彼女は気になった。


「先生に行ってこいって言われたんですよ。僕はいつも、研究ばっかりやってるんですけど、錬金術師なら戦闘も大事だぞって言われて……最初にあんな強い人(メレフさん)と当たるとは思いませんでしたけど」

「それは運が悪かったですね……先生って、言い方的に錬金術師のですよね?」


 小さく笑いつつ、リリムは更に質問を重ねる。


「はい。僕のこの腕と、二本の剣は先生が造ったものなんです。僕の先生、凄いんですよ? 『大公』の爵位持ってる錬金術師で、一つの国を治めつつ七人の弟子を育てて、魔王の力まで持ってるのに、人間なんですよ……ってすみません、少し熱くなっちゃいました」

「いえいえ、アルラさんはその先生のこと、すごく尊敬してるんですね……」


 リリムはその“先生”を知っているような気がした。いや、知っていたというよりも、自分の友人だと確信を持っていた。


「あの、もしかしてなんですけどその先生って――」

『第三ブロックの開戦準備が整いました。選手の皆様は、控え室へと向かってください』


 その確信をアルラに告げようとした時、ちょうどそんな放送が鳴った。タイミング悪いな、と小さくため息をつきながら、長い銀髪を揺らして、彼女はふわりと立ち上がった。


「行ってこようかな……良ければまた後で、もう少しお話しましょう。アルラさん」

「はい、頑張ってくださいね」


 小さく手を振ると、リリムはすうっと、控え室に続く通路へと消えていった。


「リリムさん、か……綺麗な人だな……」


 一人、アルラはそんなことを、完全に無意識のうちに呟いていた。直後、誰にも聞かれていないかと、思わず辺りを見渡していた。


 澄んだ声で鼻歌を奏でながら、リリムは薄暗い通路を進んでいく。目指すはもちろん、選手の控え室。この国にきてようやく体を動かせると、リリムの足取りは軽かった。少し通路を進むと、控え室の入り口らしき場所にたどり着いた。その前にはカウンターが備え付けられていて、小柄な人竜族(ドラゴノイド)の少女がカウンターの中に立っていた。


「お名前、お願いします」


 リリムの姿を見ると、その少女がそう言った。おそらく出場選手の確認をしているのだろう。


「リリム=ロワ=エガリテです」


 彼女が名前を告げると、少女は手元の紙をパラパラとめくり、そこに指を走らせる。そこに記された無数の文字の中から彼女の名を見つけたのか、その指が止まった。


「はい、確認できました。それではこちらを見ていただけますか?」


  少女はそう言うと、足元から少し大きな水晶玉を、カウンターの上に置いた。彼女は目を閉じ、それに手をかざす。しばらくすると、その水晶玉に、おぼろげに数字が浮かんだ――120と。


「こちら、魔力を測定する水晶です。この大会を盛り上げるために、ご協力お願いしてもよろしいでしょうか?」


 少し気怠そうな声で、少女はリリムに、そう尋ねた。もちろん彼女がその頼みを断る理由も、意味もない。


「かざすだけで良いんですよね?」


 すっと、リリムの右手が水晶玉の上に差し出された。


「……おかしいですね。もう一度お願いしてもよろしいですか?」


 少女は、むむむと頭を抱えていた。彼女の視線の先、淡く光を放つ水晶玉には、0という数字が、はっきりと浮かんでいた。


「別に大丈夫ですけど……」


 何度リリムが水晶玉に手をかざしても、その数字が変わることは無い。


「そんなはず無いのに……」


 少し困った表情を浮かべ、少女は呟く。そう、0になることなど、あり得ないのだ。


「偶に計ってくれない人居るしな……まぁ良いか。控え室にどうぞ。試合、頑張ってくださいね」


 結局、彼女の魔力量が0と表示された原因はわからずじまい。彼女に促されるまま、リリムはまだ誰もいない控え室に、足を踏み入れた。

 広い部屋の壁には、いくつもの武器や鎧と言ったものが乱雑に並べられ、『貸出自由』という文字が書かれた札が掛けられていた。結局自分の獲物を持ってきている人が大半だろうに、これを使う人はいるのだろうか――なんてことを考えながら、控え室の隅に置かれた椅子に、リリムは腰を下ろした。


「のんびりした人が多いのね」


 リリムが控え室に入った時には、すでに先ほどの選手招集の放送から、十分程の時間が経っていた。それだというのに、控え室どころか受付にも、彼女の他には選手が見当たらない。大丈夫だろうか、と少し不安になりながらも彼女は椅子に座ったまま、虚空から一冊の本を取り出した。


「えーっと……どこまで読んでいたかしら」


 パラパラと、手のひらに収まるサイズの、小さな本の頁をめくっていく。


「あ、この辺」


 記憶の栞を挟んでいたところを見つけたのか、彼女の、頁を送る指が止まる。まだ誰も来ない、静かな控え室。そこに、紙がこすれる音だけが鳴っていた。

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