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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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六十四話 暴食の厄災

「準備は良いか?」


 深紅の槍を構え、フリートはそう告げた。戦う相手を気遣うその言葉は、彼なりの流儀。


「……武装変形(フレック) 仮面の戦姫(グリムゲルデ)


 彼の言葉に甘え、トニアは自らが纏う鎧を変形させる。姫のドレスのようだった黄金の姿から一転、漆黒の騎士のような鎧へ。二本の大剣は、片腕で扱いやすい大きさの、銀の直剣に。その顔には、笑顔を目と口だけという最小限のパーツで現した、不気味な仮面が張り付いていた。


「随分と不気味な仮面だな……始めるか?」

「いつでも良いよ」


 その短い会話をきっかけに、二人の魔力が解き放たれる。双方の強大な魔力がぶつかり合い、ステージ全体の大気を揺らす。

 あまりの魔力の奔流に、本来壊れるはずのない、観客席とステージを隔てる魔力壁に、少しずつひびが入り始めていた。


「……まずい」


 それに気が付いたのか、トニアが一瞬、自身の魔力を緩めようとした。同様に、フリートも。少し、悲しそうな表情を浮かべて。


「全く、手間がかかるわね」


 そう呟きながら、観客席に座ったリリムが見かねて手を伸ばす。彼女の手から放たれた魔力で、魔力の壁が修復されていく。


「思いっきり闘い(やり)なさい」


 フリートにとっては、おそらく久方ぶりの、自分の相手になれる者との闘い。そしてトニアからしても、おそらく良い経験になるだろう……そうリリムは考えていた。それ故の行動だった。


「……誰か知らないけどありがとう、だな」

「改めて、始めよっか」


 改めて、と言わんばかりに二人の魔力がぶつかり合う。全く同じタイミングで、双方は地を蹴った。刹那、二人の獲物が交差する。先までよりも、更に激しい魔力のぶつかり合い。初撃は当然、魔力量で劣っているトニアが、フリートの一撃を受け止める形になっていた。


「……暴食の影(グラトニー・ベルゼ)!」


 深紅の槍を受け止めていたトニアの直剣を、漆黒の魔力が塗りつぶす。それに反応して、フリートが数歩、距離を取った。

 “魔力を喰らう魔力”を纏わせ、距離を取ったフリートの懐へと、逆にトニアが飛び込んだ。辺りに満ちた魔力を飲み込みながら、その刃を一度、振りぬいた。


「ちょっと重くなってんなぁ……!」


 それを先と同じく、フリートは槍で受け止めていた。が、その顔に浮かんでいた余裕が、少し薄れているようにトニアには見えた。そこを突くように、もう数発、トニアが斬りつける。その度に、彼女の斬撃の重みが、遥かに増していく。


「あははっ……美味しい! 貴方の魔力、大好き!」


 そこから、更に止まることなく猛攻を仕掛けるトニアは、そう高らかな笑い声を上げていた。最初は滑らかな剣技だった動きが、彼女の魔力が高まるにつれて、徐々に荒くなっていく――その動きはまるで、獣のようだった。


「それなら、いくらでも喰らわせてやるよ!」


 トニアに応えるように、フリートのテンションも上がっていた。それと呼応して、ステージの気温は更に上昇する。


「行くぞ、金輪槍(ブリューナク)


 彼が握っていた深紅の槍が、輝く炎に包まれる。それをきっかけに、フリートの猛攻が始まった。ほんの数秒前までは主導権を握っていたはずのトニアが一転、彼の攻撃を捌くので手一杯になっていた。どうにか彼女が反撃しようとしても、その隙には既に攻撃が置かれている。実力と、それを覆す経験が、トニアには余りにも不足していた。


「貫け、炎槍(ブリューナク)穿天(・インパクト)


 激しい炎を吹き出し、急激に加速した槍の一撃が、トニアのすぐ眼前に迫っていた。剣による防御も、魔力を捕食して勢いを殺すことも、もう間に合わない……目の前で輝くそれを見ながら、トニアは覚悟を決めた。


「うぐぁっ……」


 微かな呻き声を上げて、トニアは後方へと吹き飛んだ。彼女の顔を覆っていた仮面は粉々に砕け、槍が命中したであろう右の額から、出血している。空中で体制を立て直し、視界に流れ込む血を拭う。それと同時に、そこに魔力を流し、最低限の止血。あまりの衝撃に、一周回って彼女は落ち着いていた。


「はぁっ……やっぱ一撃が限界か……」


 あの一撃を受け止めて、生きている。それこそが、あの不気味な仮面に備わっていた能力。魔力を糧とし、装備者のダメージを肩代わりしてくれる、というもの……まぁ、限界を迎え割れてしまった仮面に、もうその効力は残っていないのだが。


豪火(オルマ・イグニス)


 距離の離れた彼女に向けて、フリートが巨大な火炎球を放り投げた。煌々と輝くそれは、先の槍よりも威力が高そうに見える。ただ、それを見たトニアは笑っていた。諦めた、という訳では決してない。


暴食蛇(グラトニア・オロチ)


 トニアの首に、彼女の魔力で造られた蛇がくるりと巻きつく。間髪を容れず、その蛇が口を大きく開き、トニアを焼き尽くさんとする巨大な火炎球に噛み付いた。


「喰らい尽くせ、暴食蛇!」


 直後、ステージを照らしていた火炎球が消えた。それに噛み付いていた漆黒の蛇が、瞬く間にその全てを喰らい尽くしていたのだった。当然、それを捕食した彼女の魔力量が爆発的に増加する。

 トニアが一度深呼吸し、跳ね上がった魔力を全身に流していく。いくら魔力操作に慣れていないとはいえ、溢れんばかりの魔力量なら、その技術の巧拙など誤差だった。


「あぐぁっ……はぁ……っ」


 トニアがフリートとの距離を詰めんとした矢先、頭が割れそうなほどの痛みが彼女を襲った。思わず頭を抑え、呻き声を上げていた。


「おい、大丈夫か……?」


 その様子に、フリートは思わず矛を収めていた。彼に言葉を返す余裕は、トニアには無い。彼女に向けて伸ばされたフリートの手を拒絶する様に、その魔力が爆発する。彼が弾き飛ばされると同時に、一瞬、ステージを闇が包んでいた。


「……マジかよ」


 巨人が、そこに現れていた。リリムが、トニアと出会った時に見た、腹部に巨大な口を持つ、異形の化け物が、闇の晴れたステージに立っていた。あの時と違うのは、その背に虫のような翅が生えていたことと、上半身だけで顕現していたことくらいだろうか。


「この魔力、おそらくお前だろ。暴食の厄災(ベルゼブブ)さんよ」


 その姿を、初対面であるはずのフリートは知っているようだった。それに言葉を返す代わりとでも言わんばかりに、大きな腕がフリートに向けて振り下ろされた。その一撃を、細い槍の切っ先で受け止める。


()()()()()()()()()()()()


 一度受け止めた巨大な腕に、槍の炎が伝播する。それを意に介す素振りも見せず、もう一度その腕が振り下ろされた。フリートがそれに対し、身を翻して蹴りを放ち、勢いを相殺する。


爆火炎(ボルニッカ)!」


 直後、彼の足と巨人の腕が触れている点を中心に、魔力の爆発が起こる。それは、トニアとの交戦時よりも遥かに威力が高く見えた。

 爆炎が晴れ、見えてきたのは巨人の片腕が欠損している姿だった。元々右手があった場所に、巨人が左手を置き、鼓膜を突き刺すほどの雄たけびをあげる。その声は、腕を捥がれたことへの怒りではなく、聞いているだけで心が抉られるような、苦しそうな声だった。


「……ったく、苦しいんなら出てこなけりゃいいじゃねぇかよ」


 フリートが呆れたような声を出した時、巨人の右腕は、さも当然と言わんばかりに再生しきっていた。それを見て、フリートの魔力の雰囲気が変わる。


「悪いな、観客席のみんな。ちょっと見せるわけにはいかないわ」


 そう彼が呟くと共に、観客席とステージの間に、分厚い炎の壁が創られる。外から中は、見えない。試合を見守っていたリリムは、この壁にはちゃんと理由があるのだろうと、何もしないでおくことにした。


原始の鼓動(プライマル・コラソン)


 炎の壁の中、フリートの魔力が荒れ狂い、渦巻き始める。その魔力は、()()()()()()()()()()


「一瞬で終わらせるぞ、暴食の悪魔」


 魔力の奔流が収まると同時に姿を現したのは、一頭の、二足歩行の蜥蜴。前肢は小さく、逆に後肢は異常に発達している。それに加えて鞭のようにしなる長い尾と、巨大な頭部を持ったその姿を一言で形容するのなら、『恐竜』が一番正確だろう。


「さてと、動かない方が楽だぞ」


 その言葉と同時に、フリートの巨体が姿を消した。透明化している……などという訳ではなく、ただ単純に、高速で移動しているだけ。それが目に見えない程に速い、というだけだった。

 一瞬、何も起こらぬ時間を挟んで、巨人の左腕が消失した。姿の見えぬフリートに、すれ違いざまに嚙み砕かれていたのだった。同様に、右腕も次の瞬間には消えていた。苦悶の声を漏らしつつ、再生していく巨人の体を、悉くフリートが壊していく。


「俺たちみたいな過去の存在は、大人しく消えとくべきだぜ」


 少しずつ、巨人の体積が小さくなっていく。再生よりも、フリートの攻撃の方が上回っていた。せめてもの反撃か、頭部に魔力が集まっているのさえ見逃さず、しなる尻尾でそこを、撃ちぬいていた。


「ゆっくり眠って頭冷やしときな。劫火封印式(フレイン・ケーラ)


 一方的な攻撃の末、両腕を失くし、頭部にも傷がついた巨人の腹部に、一瞬で人の姿に戻ったフリートの指から、五つの小さな炎が撃ち込まれる。それらが着弾すると同時に、五度の爆発が起こる。それをきっかけに、耳をつんざくような雄叫びを挙げながら、大きな体が崩壊を始めた。その中から、トニアが姿を現す。

 解放され、力無く倒れるその体を、フリートが優しく受け止めていた。自身の腕の中で静かに呼吸するトニアを見て、フリートは安心したように笑うと、真っ直ぐに拳を空へ掲げた――それは、彼の勝利の合図となった。

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