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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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六十三話 第一ブロック

「さてと、そろそろ始まるか?」


 円形の闘技場の周り。そこを見下ろすように設置された、ほぼ満席に近い観客席に座り、メレフはそう言った。隣に座るリリムも、妹の戦いが始まるのを待っていた。またここでも人に揉まれるのか、と少し辟易しつつ。


「トニア、どこかな……」


 既にステージに居る、百人ほどの参加者の中からトニアを探すも、リリムには彼女が見当たらない。何かあったのかと、少しだけ心配していた。


『皆様、よくぞお集まりいただきました! 只今よりクラクオン闘技大会第一ブロック、注目の二名をご紹介致します!』


 突然、逞しい声での放送が闘技場内に鳴り響く。


『経歴、家系の一切が不明! 僅か十二歳にして、このブロック二位の魔力量……その可憐さに秘める実力はいかに! トニア・グラトニー‼︎』


 その口上と共に、ステージの入り口から、トニアが姿を現した。いつもと変わらぬ、ステップ混じりの足取りで中央に立つと同時に、観客席に向けて一礼。同時に、席を埋める観客が沸き立つ。それににこりと微笑むと、ステージの端に移動した彼女は瞳を閉じ、静かに開戦を待っていた。


『それではもう一名。今回でこの大会に九度参戦し、その全てで優勝したこの男が、このブロック最後の参加者だ!』


 放送がそう告げた瞬間、ステージ中央に、濃い魔力の火柱が立つ。


『十度目の優勝なるか? フリート・イフリー!』


 名前が呼ばれると同時に、その火柱が消える。代わりに姿を現したのは、褐色の肌を持つ青年。リリムの倍は優に越える背丈と、それに似合う、鎧のような筋肉。赤い長槍を背負ったその男が拳を振り上げるのに呼応して、会場の熱気は上がって行く。彼を応援する声に、黄色い悲鳴。完全に、彼が場を支配していた。


「あの子じゃ……トニアじゃ、あの人に勝てない」


 リリムが不意に、そんな言葉を口にした。


「らしくない、と言いたいがあいつが相手ではな……」


 メレフが返した言葉も、それを肯定するもの。もちろん何の理由も無く、リリムはそんなことは言わない。当然である。ならばその理由は? 至ってシンプルなものだった。


「あんなの、魔力のレベルが違うじゃない……!」


 トニアはもちろん、強者ではある。かなりの手加減をしていたとはいえ、リリムと戦えていたことからも、それは間違いない。ステージに居る者の殆どは、彼女に勝てないだろう。ただ、フリートと呼ばれた彼は、それを遥かに凌駕する強さを誇っていた。魔力の量は恐らく、メレフと――原初の七大魔竜と同等か、それ以上。


「とはいえ、トニアに勝ちの目が完全に無いとは言えまい」


 メレフと共に、リリムは妹の勝利を祈る。それしか今の彼女にできることは無かった。


『それでは、役者は揃いました。第三百七十回ドラテア闘技大会、予選第一ブロック開幕です!』


 野太い声の放送による宣言と共に、大きく鐘の音が鳴り響く。それを開戦の合図に、ステージの至るところで魔力が解放されていた。それは、そこに参戦していたトニアも同じ。


「人が多い……となると少し抑え気味で戦わないとかな?」


 固有魔力は使わず、自身の黒色の魔力だけを纏う。そこから彼女は、戦闘を仕掛けることはせず、好機を伺っていた。ステージの端に視線を向けると、フリートは既に、戦闘を始めていた。燃え盛る炎を操り、王者を狙う多数の参加者を、一方的に撃破していく……なぜかその表情は、ひどく退屈そうだった。


「隙だらけよ!」


 トニアの死角から、そんな声と同時に一人の女性が斬りかかる。その斬撃を、視線も向けずに交わし、反撃の一撃をその背に叩き込む。無抵抗に飛んだその体は、数人を巻き込みステージの壁に激突した。


「あちゃぁ……やりすぎたかなぁ」


 そんな言葉を呟きながらも、すぐそばに迫っていた魔力弾を軽々と躱す。


「もう次か……」


 幼い彼女のことを侮っているのか、それとも強者としての彼女に挑みたいだけか……いずれにせよ、彼女のことを十数人の参加者が囲んでいた。


「しょうがない。本当は人数が減るまで、戦うのは待ちたかったけどね」


 そんな言葉と共に、虚空から大剣を取り出して構える。自身の髪色と同じく、黄金に煌めくその刀身には、彼女の黒い魔力が脈のように流れていた。

 その僅か数秒後、ステージに爆音が鳴り響いた。それは、トニアが地を数度蹴った音。それと共に、彼女の姿が消える。リリムから完璧と称された狼歩(技術)で広いステージを駆け回り、その軌道に居る者達を、片っ端から斬り捨てて行く。


「あれで魔力による運動能力の底上げは少量か……やるな」


 そう感嘆の声を漏らすのは、観客席のメレフ。トニアの姿をしっかりと捉えることが出来ていた、数少ない人物の一人である。リリムもその意見には同調する。


「……よし、こんなものかな」


 トニアがその姿を表した時、ステージ上に立っていた者は、彼女を除いてただ一人。先の斬撃に何度も巻き込まれておきながら、その全てを躱していた男。


「やる気? やめた方が良いぞ」


 フリートがトニアにそう言うと同時に、ため息。やはりその顔は、退屈そうだった。そんな彼の眼前に、トニアが大剣の切っ先を突きつける。


「……俺とお前じゃ勝負にならないんだよ!」


 怒号と共に、フリートの秘めた魔力が少しだけ、解き放たれる。途端に、ステージ全域の温度が著しく上がる。魔力で守ってなお――トニアの魔力操作が拙いというのもあるが――肺を燃やすほどの灼熱に苦痛を感じつつも、彼女は突きつけた大剣を降ろさない。

 途方もないほどの魔力の差が、二人にはある。それは当然、トニア自身だって分かっていた……ただそれで、彼女が折れることは無い。この世界の天井(リリムという存在)を身近に知っていたから。それ故に、彼女の瞳の闘志は消えない。


「刀剣解放 鎧の戦姫(ヘルムヴィーゲ)


 トニアの手の中、黄金の剣がその刀身を変形させ、彼女を護る鎧となる。その姿は、トニアがリリムに力を見せた時と同じ。全身を覆う、黄金のドレスのような鎧に、一対の機械的な翼。ひとつだけ違うのは、握る獲物が、一本だけだということ。


「……勝負にならない、か」


 その大剣を真っ直ぐに掲げ、魔力を込める。


「その考え、後悔しないでよね」


 一分の迷いもなく、トニアは刃を振り下ろした。その直線上に、魔力を帯びた斬撃が飛ぶ。自身のすぐ眼前まで迫った魔力の波動を、フリートは右手で受け止め、握り潰した。


「だから意味ないって――」


 そんな言葉を口にしようとしたフリートの視界に、トニアは居なかった。


「起きろ、暴食の影(グラトニー・ベルゼ)


 完全に死角に回り込んだトニアの、固有魔力が解き放たれた。黄金に輝く二本の大剣が、漆黒の魔力で塗りつぶされる。そのまま、フリートが反応するよりも速く、その首筋へと向け、全体重を乗せて斬り付けた。


「……お前、殺意高いな」


 重い斬撃が、フリートの首に触れる直前で、止まった。魔力でつくられた炎に阻まれていたのだった。


爆火炎(ボルニッカ)


 フリートを中心とした、魔力による爆発が起こる。激しい炎と光、衝撃が辺りに走る。それに巻き込まれる瞬間、トニアは爆炎よりも速く、距離を取っていた。


「……さっきの発言は取り消す。戦いにならないなんて言って悪かった」


 ドレスの裾をふわりと揺らしながら体勢を整えたトニアに対して、フリートはそう言った。その顔からは、つい先刻までの退屈そうな表情は消えていた。


「それでも、槍は使ってくれないんだ」


 トニアのことを認めたような口振りなのにも関わらず、獲物を構えようとしないフリートに、彼女はそうぼやいた。


「気に入らないなら、使わせてみせな」


 そう言って微笑むフリートに、トニアは特に言葉を返すことはしなかった。大剣を正面に構え、攻撃を仕掛けるタイミングを伺う。


火蛇群(アトヴァラス)


 牽制のつもりか、先に動いたのはフリートだった。彼の足元が一瞬、激しく燃えたかと思うと、そこから炎を見に纏う無数の蛇が、トニアに一斉に襲いかかる。


武装変形(フレック)


 トニアのその言葉に呼応して、彼女の握る大剣が、二本へと分かれる。それらを構え、自らに襲い掛かる蛇の大軍へと正面から飛び込む。

 

「その魔力、いただきます」


 トニアが蛇を一匹斬り捨てる度に、彼女の攻撃速度は上がっていく。フリートの魔力によって創られた蛇の大群は、魔力を喰らうトニアにとっては、自らを強化する餌でしか無かった。優雅な舞踏のようにも見える足取りで、彼女はその全てを喰らいつくした。


「ごちそうさま」


 フリートに向き直ったトニアの魔力は、先刻までとは別人のようだった。


「行くよ」


 トニアが地を蹴り、フリートとの距離を一気に縮める。跳ね上がった魔力を二本の剣に纏わせて、斬りこんだ。しかしそれは、彼の炎の魔力で弾かれる。


「まだまだ!」


 魔力での防御に向けて、トニアは何度も斬撃を放つ。その度に、彼女の魔力は更に上昇していく。当然、その威力も。


「……まずいな」


 フリートがそんな言葉を漏らした瞬間、彼らの間を隔てていた魔力の壁が音を立てて砕け散った。もちろんその隙を見逃すことなく、トニアは右の手に握った大剣を、フリートに向かって振り下ろした。


「……ようやく抜いてくれた」


 その刃は、彼に届くことなく、赤い長槍に阻まれた。ついさっきまで、フリートが背負っていた長槍に。


「さっきは本当に悪かったな。相手にならないなんて言わない、本気で行くぞ」


 そう告げたフリートの顔は、笑っていた。トニアも、それにつられて笑みを零す。ようやく本気で戦ってもらえることが、彼女はとても嬉しかった。

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