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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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六十話 人竜国への道

「トニア、さっきから元気ないけれど大丈夫かしら?」

「んー……なんだか頭がくらくらする……」


 リリムとトニアがエガリテより出立して半日ほど。彼女達は今、マルシャンが手配した小船に揺られていた。彼と同じ犬人族(コボルド)の少年が舵を握るその船は、対岸の見えない程に幅広い川を、のんびりと下っていた。


「少し船酔いでもしたみたいね。ゆっくりしてなさい」


 甲板に備え付けられた小さなベンチに彼女を座らせ、自分もその隣に。顔色の悪い妹の頬を優しく撫でつつ、雲一つない青空を見上げてみる。


「綺麗ね……」


 思わず、そんな言葉が漏れていた。


「リリムさん、少しお時間良いでしょうか?」


 船の後方、舵を制御する運転席から、芯のある低い声が聞こえた。


「はい、今行きます……トニア、少し離れるわね」


 自身の肩に体を預けるトニアをそっとベンチに寝転がらせ、リリムは船の後方に――とは言え先も言ったように小さなものが故にすぐそこなのだが――向かった。


「これ、見てください」


 犬人族の少年が、舵を握りながら、器用に一枚の紙を広げて見せた。その紙には、赤い点がゆっくりと動いている。まぁ、大方今のリリムたちの居場所が映し出されているのだろうが。


「今僕たちが居るのがこの赤い点……もうすぐ海に出る辺りですね。本当はこのまま海を突っ切れば、すぐにドラテアなんですけど、どうも海が荒れてるみたいで……」

「少し回り道でもしていくってことですか? それなら構いませんが……」

「恐らくドラテアに着くのは夜になりそうですから、のんびりしていてください」


 これからの方針を手早く済ませると、リリムはまたトニアの隣へと戻った。


「何の話だったの?」


 ぐったりとしながら、トニアがリリムに尋ねる。


「最初の予定よりも少し時間がかかりそうだって……」

「うぅ……そっか……」


 真っ青な顔でそう呟く彼女の頭に軽く触れ、冷たい魔力を注ぎ込む。簡単――に見える酔い覚ましの魔法。


「少しは楽になったかしら……?」


 一見普通に使ったように見えるこの魔法は、個人個人の魔力特性によって、効き目がまるで変わってしまう。例えば、回復してしまうこともあれば、逆に悪化してしまう事だってある。それが、リリムの心配そうな声の原因だった。


「大分楽になったよ、ありがと!」


 そんな心配をよそに、トニアの顔色は元の、健康なものに戻っていた。彼女のその笑顔に、リリムは安堵した。


「リリムさん、トニアさん、もうすぐ海へと入ります。さっきまでよりも揺れが大きくなりますから、気をつけてくださいね」


 運転席から、そんな声が聞こえた。確かに、鼻の奥に塩の香りが届く。


「辺り一帯全部水……これが海かぁ……! 初めて来たなぁ」


 そんな嬉しそうな声を上げるトニアを見て、リリムは微笑んだ。確かに、昔自分が初めて海に来た時もこんな反応だった気がするな、なんてことを想いながら。


「ねえお姉ちゃん、ドラテアってさ、人竜族(ドラゴノイド)の国なんでしょ? 人竜族って、リーディア君みたいな竜人族(リザードマン)とはどう違うの?」

「えっとね、すごく簡単に言えば、肉体の占める割合の話なの。人間がメインになっているのが人竜族、竜がメインになっているのが竜人族って感じね。ちなみにこんな感じの特徴って、他の種族には無いのよね。その辺もちゃんと理由があるんだけど……まあ今はこれ以上はいいでしょ」


 なるほどぉ、と分かっているのか分かっていないのかはっきりしない調子で、トニアはベンチから立ち上がった。少し澱んだ空を見上げ、その一点に指をさす。


「あの人みたいなのが人竜族?」


 彼女の指の先には、竜の翼を背に持ち、それを羽ばたかせて飛ぶ少女が居た。ドラテアには近づいているし、何ら不自然なことではない。ただ一点、彼女の飛び方が、力が入っていないかのようにフラフラとしていたことを除けば。


「そうそう、あんな感じの……って、あれは……!」


 それに、リリムはあの少女の事を知っていた。大きな黒い二本の捻じれた角を頭に生やし、同じ色の髪を足元まで伸ばした、竜の翼を持つ少女の事を。


「メレフ! 貴女メレフでしょ!」


 プラドーラの騒乱で出会った少女の名を、リリムは呼んだ。その声に気が付いたのか、空を飛ぶ彼女はリリムのすぐ傍へと降り立った。


「思いのほかすぐの再会だったな……とはいえこんな場所だとは思わなかったがな」


 そう言って笑うメレフの頭へ、リリムは癒しの魔力を纏った腕を伸ばす。


「まったく、こんな酷い怪我して治療しないなんて、一体何があったの……?」

「あはは、バレていたか。さすがはリリムだな……少し、()()()()()()の途中でヘマをかましてな。逃げていたところだ」


 全身でリリムの魔力を受けながら、メレフはそう言って笑う。随分と酷い怪我だというのに、能天気なものだ、とリリムは少し呆れた。まぁ、この辺りは長生きしているが故の価値観の違いとでも言ったところだろうか。


「……えっと、お姉ちゃん、この人は?」


 会話に入れていなかったトニアが、そう尋ねた。


「この子はメレフ・アペレース。あの御伽噺、原初の七大魔竜の一角よ。人竜族に見えるけれど、少し違うのよ」

「え……?」


 理解が追い付いていないのか、トニアの動きが固まった。


「ふむ、この可愛らしい少女がリリムの妹か……どっちだ?」

迷宮(あそこ)に一緒に居なかった方の妹よ。名前はトニア・グラトニー」

「ふむ、トニアか。よろしく頼むぞ」

「メレフ……さん、よろしくね」


 メレフがすっと右手を差し出す。それにハッとしたような表情を浮かべ、トニアは左手を差し出した。二人が握手を交わそうとして来た瞬間、その間に数発、魔力弾が飛来した。


「……全く、危ないわね」


 とは言え、リリムが居る状況でそんなものが脅威になるはずがなく、当然のようにその全てが弾かれる。


「い、一体何事ですか!?」


 運転席から、犬人族の少年が怯えたような声を出す。


「すまぬ、余の追手だ」


 魔力弾の飛んできた方向より姿を現したのは、メレフとは違い、純粋な人竜族の騎士のようだった。漆黒の鎧を全身に纏い、同色の兜で顔を隠している。それの到来に合わせたかのように、周囲の波が激しくなり、暴風が吹き始めた。


「混血の少女、その黒髪の娘を渡していただけますか? そうすれば貴女方に危害を加えたり……殺してしまったりはしません」


 胡散臭い声で、騎士はそう言った。当然、リリムの答えは決まっている。


「お断り。私の友達は渡さないわよ。運転手さん、速度あげて下さいな」

「はぁ……マルシャン君には今度良い情報教えてもらわないとな……」


 一度ため息を着くと同時に、船の速度が急に上がる。


「……残念です。見ず知らずの方を巻き込んでしまって」


 その速度に、ピッタリと騎士は付いてくる。リリムが風の魔力で、船の速度を少し手助けしているにも関わらず。


「メレフ、あの騎士どのくらい強かった?」


 小舟の最後尾に立ち、リリムが尋ねる。


「油断してた、とは言え余が深手を負う程度の強さはある。あまり手を抜いてかかれる相手では無いぞ? 固有魔力は良く分からんしな……」


 へぇ、と聞いた割には興味のなさそうな返事を返し、リリムは自身の人差し指に嵌った指輪に魔力を込める。直後、空より純白の大剣が舞い降りた。淡い魔力を纏う、リリムの新たな武器が。


「さてと、試し斬りと行きましょうか、神聖剣セレスティア」


 彼女の体とは不釣り合いな程に大きなその剣を、右手で握りしめる。この剣なら、全力を出せる。根拠はどこにもないが、リリムはそう確信していた。


「先ずは……」


 魔力を大剣に纏わせ、肩の辺りに振りかざす。ただ、構えただけ。それなのに、すぐ近くに居たトニアはおろか、小舟から距離のあった人竜族の騎士さえも、畏怖を覚えるほどに凄まじい魔力が、その剣には迸っていた。


「せーのっ」


 リリムが両手で構えた大剣を、そのまま振りぬいた。その直線上に、純白の魔力が飛ぶ。神聖剣の力を受けたその魔力は、大きく羽ばたく白き鳥へと姿を変えた。騎士がその姿を視界に捉えた時には、もう手遅れだった――魔力の鳥が、その鎧を貫いていた。胸に風穴の空いた、名も知れぬ騎士は、空へ浮かぶことを維持できずに、深い青色の海へと、落ちた。


「……加減が難しいわね。なにか情報でも聞き出そうと思ったのだけれど」

「あれはもう死んだだろうな……あんなの、余であっても受けられぬぞ?」


 その高い評価に礼を言いつつ、リリムは海へと目を落とした。あの騎士を貫いた感触が、どうも抜け殻のように感じて。


「なんだかあの人、嫌な感じだったな。不気味っていうか、なんて言うか……」


 トニアも、どこか違和感を覚えたようだった。


「まぁ、また来ても返り討ちにすれば良いのだろう? 今度は余も油断はしないからな」


 腰に手を当て、そう笑うメレフに、リリムとトニアの違和感は消される。今は取り敢えず、このことは考えないでおこうと、思考の隅に追いやっておくことにした。


「速度上げたんで大分早く着いちゃいましたね……荒れてる海なんて無かったみたいです……」


 彼女らが乗る船の前に見えたのは、夕陽が照らす、大きな港街。雲に届くほどに高い山に三方向を囲まれ、海だけを出入口とした王国の首都。


「ここが天然の要塞、ドラテア王国……」


 リリムが、そんな言葉を口にする。いかにも、この港街こそがドラテア王国の王都。彼女たちを巻き込む、騒乱の舞台である。

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