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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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五十九話 いざドラテアへ

「キアレ、私が居ない間のエガリテをよろしく頼むわよ?」


 リリムがパシフィストでの滞在より、エガリテに帰郷してからの翌々日。一日の休息を挟み、彼女はまたどこかへと出立しようとしていた。


「かしこまりました……もう行かれるのですか? もう少しお休みになられてもいいと思いますよ、今回はお一人で向かわれるようですし……」


 優しい日の光が差し込む森の中央。空を突くほどの巨木の前で、キアレはリリムを見送っていた。その表情には、少しの心配が含まれている。


「ええ。一日ゆっくり休ませてもらったし……そんな心配そうな顔しないで」


 にこりと笑い返し、従者の頭を、背伸びしつつ優しく撫でる。


「それじゃあ、行ってくるわ」


 そう短く言うと、リリムは自身の背負う蝙蝠のような翼を大きく広げ、風の魔力を足に纏う。直後、リリムはふわりと空へ飛び立った――というのをキアレが認識したころには、既に彼女の姿は消えていた。相変わらず自由な方だ、そんなことを思いながら、キアレは一言。


「お気を付けて。リリム様も、()()()


 彼女のすぐ近くの木の上に、帷のように暖かな闇の魔力が残っていた。


 リリムが空へ飛び立ち、妖精の森(ワーグナー)を抜け、草原に出た頃、リリムは一度立ち止まった。自分の事を追ってきている魔力が一つあったから。


「……トニア、ついてくるの?」


 リリムがそう虚空へと尋ねる。その直後、平原に黒き魔力の渦が生まれ、そこからリリムの妹の片割れ、トニアが現れた。


「ばれちゃったか。ついて行っても良いかな……?」


 一度腕を組みリリムは考える。別に連れていくことは構わないのだが、もしもパシフィストのように、何か騒動が起きた場合、彼女を巻き込むことになる。そうなった時、彼女はどこまで戦えるのだろうか。戦闘能力もそうだが、メンタルの面で見ても。


「もしかして、私のこと弱いと思ってる?」


 核心をついてきたトニアの言葉に、リリムは一瞬驚いた。


「弱い、とは思っていないわ。ただトニアの強さが分からないから、もしもの時に……って思っているの」


 その言葉にうんうんと頷くや否や、トニアはどこからか取り出した大剣を構え、リリムへと振り下ろした。


「だったら私の強さ、証明する。お姉ちゃんが私のこと心配しなくて済むくらい、私だって強いんだから!」


 何か言葉で伝えるのではなく、実際に戦って強さを見せる。分かりやすいことはリリムは嫌いではない。見極めるためにも、少し相手をすることにした。

 トニアが大剣を両手で握り、魔力を注ぎ込む。彼女の魔力を受け止めたその大剣が大きく軋み、その姿を鎧へと変え、トニアがそれを纏う。リリムのものとはまた違う、機械的な翼を背負い、両腕には変形前のものよりも大きな、二本の剣。


「……いくよ、お姉ちゃん」


 出会ったときの、弱々しい彼女を見たリリムにはとても信じられない程の気迫をトニアは纏っていた。一度の爆音と共に、二人の間合いが消える。常人には認知すらも出来ない速度で、トニアが踏み込んでいた。


「狼歩、完璧じゃないの」


 神速で振り下ろされた二本の刃を、リリムが魔力で形成した盾で受け止める。狼歩というのは、狼人族(ウェアウルフ)が得意とする移動技術の一つ。動き出す瞬間に地を何度も踏み、その勢いによって瞬時に移動する、()()である。魔力の扱いに慣れていないが故に、身体能力を、魔力であまり底上げできないトニアにとって、戦闘を組み立てる上での生命線でもあった。


「まだまだっ」


 受け止められたことを確認し、またトニアの姿が消える。次に姿を見せたのは、リリムの真上だった。両腕に握った大剣に、不完全ながらも魔力を纏わせ、それを真下の姉に、投げつける。それをリリムが弾き、視線を上に向けた時、もうそこにトニアの姿は無かった。


「囮か!」


 リリムのその推察通りだった。トニアの姿は、既にリリムの懐に潜り込んでいた。


暴食蛇(グラトニア・オロチ)!」


 彼女が自身の固有魔力を解き放つ。漆黒の魔力をマフラーのように首に纏い、同じものを腕にも纏う。そのまま、凄まじい練度の猛攻が、リリム目掛けて放たれた。単純に言えば、四肢による乱打ではあるものの、隙が無い。


空振(カラグラッシュ)


 トニアの攻撃を捌きつつ、リリムが一度指を鳴らす。そこを中心に彼女の魔力が弾け、辺り一帯を激しい振動が襲う。それを見て、トニアの口角がキュっと上がった。


「お姉ちゃんの魔力、いただき」


 トニアの首に纏われた漆黒の魔力が、竜の頭部のように姿を変え、彼女を襲った振動を()()()()飲み込んだ。その瞬間、トニアの魔力が跳ね上がる。総量に比べ物にならない差があれど、その魔力はまるでリリムのようだった。


「なるほど。他人の魔力を喰らい、自分のものにする……そんな感じかしら」

「うん、正解!」


 リリムからの質問に、にこりと微笑みつつもトニアの攻める手は緩まない。それどころか、どんどんと加速していく。


「はやっ……」


 その連撃が、本気ではないとはいえ、リリムの捌く速度を上回った。首に巻き付く竜と共に放たれた一撃が、リリムの身体を弾き飛ばす。思いがけず出来た隙を、もちろんトニアは見逃さなかった。


「今しか撃てないから……この技を!」


 闇の魔力しか使えない彼女が、全ての魔力(リリムの魔力)を喰らった今だけ、撃てる魔法。全ての属性の魔力を束ね撃ちこむ、比類なき極大魔法を、トニアは放とうとしていた。


「お姉ちゃんだって、これなら効くでしょ! 全てを統べる光(フェアリーレン・レイ)!」


 彼女が体の前に合わせた両腕に、純白の魔力球が輝く。それを、リリム目掛けて放とうとした瞬間だった。

 

「あ……」


 トニアの間の抜けた声。それと同時に、彼女の腕の中にあった純白の魔力球に、大きくヒビが入る。リリムに向かって放たれるはずだったその魔力が、暴発した。辺りを眩しい光が包み込み、トニアの視界は思わず、目をぎゅっと閉じた。


「……大丈夫かしら?」


 次にトニアに聞こえてきたのは、自身の姉の、優しい声だった。恐る恐る目を開けると、最初に飛び込んできたのはリリムの顔。彼女に、トニアは抱きかかえられていた。


「うん……大丈夫……」


 辺りをきょろきょろと見回すも、先の魔力が炸裂した痕跡は全く見えない。困惑の表情を浮かべる妹を見て、リリムはくすりと笑った。


「私が相手で良かったわね。あの暴発は全部、私が消しておいたわ。同じ魔力をぶつけて、相殺しておいたから大丈夫よ。周りに被害は出てない」


 それを聞いて、トニアは安心すると同時に、申し訳なくもなった。


「ごめん、お姉ちゃん」

「何を謝る必要があるの? 別に何も悪いことしてないじゃない。ただ貴方は私に力を見せてようとした。その途中で失敗しちゃった。それだけの話じゃない。何も悪くないわ」


 そう言いながら、リリムの手がトニアの両腕に触れる。目を落とすと、火傷のようなアザがそこには刻まれていた。不思議と、痛みは無かったのだが。


全てを統べる光(フェアリーレン・レイ)みたいな強力な魔力を撃つときは、同じ魔力で腕とかを守らなきゃいけないのよ。そうじゃ無いと、こんなふうに魔力に呑まれちゃうの。トニアの魔法が暴発したのはこれが原因ね……痛みとかが無いのがタチ悪いわ」


 治療を終え、元通りになった腕を数度動かしながら、トニアはため息をついた。力を見せるはずだったのに、その結果はどうだ。結局自分の未熟さをリリムに見せただけだった。このため息はそんな自分への嫌悪感と、きっと連れて行って貰えないだろうという落胆から漏れたものだった。


「さてと……行くわよ?」


 抱きかかえたトニアを降ろし、リリムはそう言った。


「へ?」


 言葉の意味を理解できず、トニアは思わず間の抜けた声を上げる。


「へ? じゃ無いわよ。行くんでしょ」

「で、でも私……」


 返答を見つけられず口籠るトニアの額を、リリムが人差し指でペチン、と軽く弾く。


「十分強いじゃ無い。あれが撃てなかったからって置いていったりしないわよ……あんなの撃てる方が珍しいんだから」


 『十分強い』という言葉に、リリムに自分を認めて貰えて、トニアの体をむずむずとした喜びが走る。


「にしても、たった数日しか無かったのに良くここまで強くなったわね。キアレの教えかしら?」

「うん、キアレさんとアイネちゃんにいっぱい教えてもらったんだ。私も、お姉ちゃんの役に立ちたいからさ」


 そこまで言ってもらえて、リリムの方も嬉しかった。あの崩れた町で出会ったこの少女がここまで強くなり、そして慕ってくれるとは思ってもみないものだった。

 連れて行って貰える喜びを隠しきれず、体を少し揺らしながら、トニアは近くに落ちていた二本の大剣を拾い上げた。それと同時に、彼女の纏う鎧が、元の一本の大剣へと戻る。


「こんな武器、どこで手に入れたの?」


 興味深々、といった顔でリリムが尋ねる。少なくとも、キアレやアイネ経由ではないだろう。二人とも、武器には無頓着なタイプだとリリムは思っている。だとしたらキャロルやオベイロンあたりだろうか。


「これはね、トニクさんが造ってくれたの。試作品だけど、良ければ使い心地を教えてって」


 使い心地を聞くには少し難しい武器な気がするなんてツッコミは置いておいて、リリムは納得できた。確かに彼ならば、こういう兵器も作成可能だろう。


「私も帰ったら何か造ってもらおうかな」

「お姉ちゃんが使っても壊れない武器なんて大変そうだね」

「そうかしら?」


 そんな会話を交わしながら、二人は草原を歩いていく。それが、また一つの国を舞台とした騒動へと続く道だという事を知らずに。

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