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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
二章 竜人の国 ドラテア
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五十七話 帰還

 陽の光が空の頂点を過ぎた昼下がり。深い森のすぐ側で、漆黒の毛並みを持つ狼が、澄んだ空のある一点を見つめていた。


「キアレさん、どうかした?」


 その背に跨る少女が、狼へと尋ねる。その腕には木で作られた釣り竿と、沢山の魚の入った籠が抱えられている。


「トニア様、何か大きな魔力が接近中です。感じませんか?」


 キアレに言われ、トニアは目を閉じ、周囲の魔力の流れに集中する。確かに、遠くの空から巨大な魔力が近づいてる気がする。


「確かに、来てるね。言われてみれば……くらいだけど」

「この数日でそこまでできてるなら上々です」

「えへへ、そうかな」


 トニアは、リリムと出会うまでは魔法にまるで触れてこなかった。この国(エガリテ)に来て初めて、魔力について詳しく学んだ――とは言え、作業の合間合間にといった形だが。ただ、それだけでも十分な程に、彼女の飲み込みはとても早かった。


「問題はその魔力が誰のものなのか、ですが……お迎えにあがるとしましょうかね」


 トニアのために、極力体を揺らさないようにしつつ、キアレは風のように軽やかに駆け出した。背に乗る彼女は、魔力の持ち主については分からない。そこまで魔力の扱いに慣れている訳ではない。故に、静かに待つことにした。

 キアレが足を止めたのは、妖精の森(ワーグナー)から少し離れた、ただっぴろい草原。元は旧エガリテがあった場所だが、数日でその姿を変えていた。その証拠に、まだ微かにリリムの魔力が残っている。


「もう間も無く到着ですかね」


 その声に反応して、籠を抱えたままトニアはキアレの背から飛び降りた。それに合わせて、漆黒の狼は青髪のメイドに成る。少しずれていた頭のブリムを整え、静かに待っていた。


「慌てて来てみれば……やっと帰ってきたんだ」


 いつの間にか、彼女達の間には、小さな妖精女王――アイネがやって来ていた。トニアの肩にちょこんと座り、友達の帰還を待つ。キアレと同じように、空の一点を見上げながら、静かに何かを待っていた。

 空を切る大きな音と共に現れたのは、部屋を背負いし巨大な白竜だった。翼を大きくはためかせながら、ゆっくりとそれは高度を落とす。巨体に似合わぬ軽い音を立て、ビアンカの名を持つ方舟竜(ノアラゴン)は大地へと降り立った。


「ただいま!」


 弾けるような声と共に、竜の背負う部屋の扉が開き、猫人族(ケットシー)の少女が竜の背から飛び降りる。頭にそれに続いて、パシフィストから移ってきた面子も、エガリテの大地に立った。


「来る途中で聞いたが……本当に何にも無いな」

「その方がやり応えあるから良いだろ。リリム様のために頑張るぞ」


 大きな荷物を抱えてそんな会話をするのは、テクニとトニクの二人。工房にはまだ十数人居るらしいが、パシフィストには必要だからとの理由で残してきたらしい。


「リリム様、何でも造れるが手始めに何造れば良い?」

「えっと……最初は家が欲しいです。妖精の森にもあるにはありますが、国の中心にするのはここなので……それに、沢山の人を呼び込みたいので。土地はいくらでもあるので、配置とかはお任せします」


 指示を聞き、二人は何やら準備を始めたようだ。何も知らないリリムが邪魔をするべきでは無いだろうと、その場を離れる。プラドーラから移ってきた者達の前へ。


「リリムさん、俺達は何をすれば良い?」


 レウスからの質問に、リリムは少し考える。やるべきことはまだまだ多いものの、現状できる事は何があるのか……そう考え腕を組む彼女に、助け舟を出す光があった。


「手が空いてるんだったら、こっち手伝って貰いたいな」


 自身の頭の上から鳴った声に感謝しつつ、リリムは手のひらを前に出す。そこに、アイネがふわりと立った。皆に向けて、スカートの裾を摘み一礼。この辺りは、やはり妖精女王である。


「アイネ、この方達を任せても良いかしら?」

「お、任せてよ」


 淡い光を纏い、ふわふわと浮かぶ彼女を、双子達(アナトとテリス)は物珍しそうに目を輝かせて見ていた。


「ふむふむ、小人(ドワーフ)耳長の妖精(エルフ)ね……それじゃあ皆さん、私に着いてきてくださいな」


 ぴょこぴょこと手を振るアイネに先導され、レウス達は精霊の森方面へと向かった。


「リリム、私は何したら良いかな?」


 背負った棺桶の位置を直しながら、リズは尋ねた。彼女の固有魔力を考えると、一番それを活かせるのは何だろうか。テクニの手助けはできそうだが、彼女はそういうことに関しては素人なわけで、返って邪魔にならないだろうか……


「おーい、精霊の嬢ちゃん! ちょっと手伝ってくれるか?」


 リリムの思考を、テクニの呼び声が遮った。呼ばれているなら、先の心配は不要なものなようだ。


「行っておいで」

「うん、リリムの為に頑張るよ!」


 棺桶を揺らしながら、リズはテクニの元へと駆けて行った。それを見届け、今度は妹二人の元へと歩み寄る。


「いいなぁ、その服かっこいいなぁ」

「ふふふ、そうでしょ」


 どうやら、アンジュから貰った服をキャロルが自慢しているようだった。籠を地面に置き、両手をぐっと胸の前に構えて目をキラキラとさせて彼女を見つめるトニアの肩をぽんと叩き、振り返ったところに一つの紙袋を差し出す。


「お姉ちゃん、なにこれ……?」

「アンジュさんからの贈り物。貴女にって言ってたわよ」

「私に? 開けてもいい?」

「もちろん」


 リリムが答えるよりも少し早く、トニアはその紙袋を開け、中身を覗きこんだ。そこにあったのは、リリムやキャロルのものとデザインの似た、綺麗な服だった。トニアの顔に、笑顔がぱぁっと弾ける。


「ありがとうお姉ちゃん!」

「お礼を言うならアンジュさんに、だね。今度会いに連れて行ってあげる」


 満面の笑みで紙袋を抱きしめる妹を撫でながら、もう一人の妹にリリムは視線を向けた。


「二人にやって欲しいことがあるんだけど、良いかな?」


 当然とう言うように、二人は深く頷く。


「エガリテの周囲って、野生が多く残ってるのよね。その見回りを二人には頼みたいの」


 リリムの頼みは理解しつつ、その理由がわからずキャロルは首を傾げていた。トニアも、それと同じように。リリムがそこに説明を付け加える。


「恐らく私の杞憂になるとは思うのだけど、野生が残ってるって事は、勿論危険な子達も居るはずなのよね。私達は遭遇しても対処できるけれど、そんなことが起こるような国は、国民にとっては安全な国とは言えないじゃない? だから軽く見てきて欲しいって感じよ」


 その説明で納得がいったのか、キャロルはいつの間にか側に居た白い精霊馬(ユニコーン)に跨った。トニアに手招きし、彼女もその背に乗せる。


「対処法は後で考えるから、変に狩ったりしないで良いからね」

「うん。任せといて」

「しっかり見てくるよ!」


 元気な返答と共に、二人を乗せた白馬は走り出した。それを見届け、最後にリリムは方舟竜の頭部へと跳んだ。リリムに向かって頭を差し出す彼女に手を伸ばし、その肌を撫でる。


「ここまで運んでくれてありがとね……クロア君も」

「いえいえ、大した事はしていませんから」


 ビアンカの頭上に乗っていたクロアに礼を言うも、そう返されてしまった。


「もうパシフィストに帰るの?」

「はい、僕の仕事もありますし、この子は夜になったら寝ちゃいますから早めに帰っておかないと」


 もう何度かビアンカの頭を撫で、リリムは数歩身を引いた。ゆっくりして行って欲しいが、まだここはそんな事ができるほど発展していない。それに、彼を引き止める権利を生憎リリムは持ち合わせていなかった。

 リリムが十分離れたことを確認し、クロアが手綱をしっかりと握る。少し面倒くさそうな表情を浮かべながらも、ビアンカはその翼を大きくはためかせ、空へ飛び立った。


「今度来た時は、ゆっくりして行ってね」

「お気遣いありがとうございます! それでは失礼します!」


 リリムの見送りの言葉への返事を最後に、白き方舟竜は大きく速度を上げた。息が詰まったような悲鳴が聞こえたような気がするが、リリムの気のせいということにしておいた。

 旧エガリテ跡地に一人立ち、蒼空を見上げるリリムの側に、その従者が歩み寄った。お手本のように、動作一つ一つが丁寧な礼をし、主人の帰りを迎える。


「遅くなったわね。キアレ、ただいま」

「お帰りなさいませ、リリム様……」


 すらりとした長身が、リリムの体に飛びついた。完全に意識外からのその勢いに押されて、大地に倒れる。ふかふかの尻尾を大きく揺らしながら、キアレは自身の手の中に、リリムが居ることをーー大好きな主人が自分のすぐ側に居ることを感じていた。


「……どうしたの。普段こんなことしないじゃない」


 草の匂いを感じながら、リリムは尋ねた。別にこうされるのは嫌いでは無い。ただ生真面目な彼女が、まるで仔犬のように甘えているのが、あまりにも珍しかったから。


「怖かったんです……リリム様の魔力が、一度消えたのが。たまらなく怖くて……無事にお帰りになられて、良かった……」


 声を振るわせるキアレに、自分が一度、プラドーラでの戦いで死んでいたことをリリムは思い出す。同時に、そんな心配をさせてしまった事への申し訳なさも、同時に込み上げてきた。


「ごめんね。もうそんな心配、させないようにするから」


 キアレの目を真っ直ぐと見つめ、リリムは誓う。そこから溢れた雫をそっと拭って、彼女の体ごと上体を起こす。


「さてと、私達もやることがあるでしょ? 行くよ、キアレ」

「……仰せのままに、リリム様」


 若き魔王とその忠臣は、ゆっくりと立ち上がった。いつ辿り着けるのかは分からない、全てが共存する世界へと歩みを進めるために。

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