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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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五十四話 亡国の先

「……改めて見ると、酷い有り様ね」


 キャロルを抱えて空を飛ぶリリムが、そう呟いた。プラドーラを俯瞰し、出てきた言葉である。その国はもう、元の形を留めていない。中心部にあった筈の城は跡形もなく消え去り、更地へと変わっている。その他にも、ぽつりぽつりと何も無い場所が目立っていた。

 リリムはその更地の中心へ、ふわりと舞い降りた。そこには既に、この国での戦いを駆け抜けた者が集まっていた。


「お、戻ってきた。リーデル(あいつ)は?」


 彼女に一番に声をかけたのは、アンジュだった。どうやら彼女が、ここへ仲間を集めてくれていたらしい。


「逃げられました。何か企んでは居そうですが……そのうちまた会う気がしますので。その時に仕留めます」


 自身の側に駆け寄ってきたリズと、彼女が従える人形に腕の中の妹を預けつつ、そう答える。


「そっか。まぁそんな殺気立たなくても大丈夫だと思うよ?」


 リリムの言葉に何か危機感を覚えたのか、アンジュは彼女を遠回しに宥めていた。正直なところ、アンジュは彼に対して『少し怖い』と感じていたのだった。身体を奪う魔力も、目的も、分からないことが多すぎる彼を。


「ま、今はそんなことよりも。アナト君とテリスちゃんのお父さんは? 私、何もしていないけど大丈夫でしょうか……」


 リリムが尋ねた途端に、アンジュの瞳が暗くなった。


「……こっち」


 その態度と間に嫌な予感を抱きつつ、リリムはアンジュに連れられて、少しだけ歩いた。そう遠くない場所にある、この場には不釣り合いな、綺麗な小屋へ――アンジュが造ったものだろうか。まぁ、この際そんなことはどうでも良いが。

 その小屋に近づくにつれ、リリムの足取りは一歩一歩重くなる。頭の中に浮かんだ『最悪』が現実になっていることが、たまらなく怖かった。


「ここに居る。心の準備してから入った方が良いよ」


 ――その言葉は、リリムの中に渦巻く不安を確定させるもので。扉の前に立つ彼女は一度、目を閉じ大きく息を吸った。ザラつく心を押さえ込み、震える手を扉にかける。そこを開こうとした時、中で啜り泣く声が聞こえた。


「……入るよ?」


 扉を軽く叩き、そう告げる。一瞬の間を置いて、それはゆっくりと開いた。中に居たのは、顔を瞳から溢れる雫で濡らしたテリスと、彼女を慰めるアナト。それと寝台に横たわる小人(ドワーフ)の男性。立派な髭と筋骨隆々の肉体を持つ彼に、命を感じることはできなかった。


「リリム様……」


 ゆらり。そんな言葉で形容するのがぴったりな動きで、テリスはリリムの前に立った。


「嘘つき」

「っ……」


 テリスの口から溢れた言葉が、リリムの胸を突き刺す。それでも、彼女は言葉を返す権利は自分に無いと、そう思っていた。


「絶対助けるって、そう言ったじゃ無いですか! それなのに、それなのに! お父様……は……」


 小さな手がリリムの服を掴み、そう叫ぶ。彼女にリリムを傷つける意志などない。ただ突然の父との別れに、感情が噴き出しているだけなのだ。父との別れ(同じこと)を経験しているリリムは、それを理解していた。悪意が無いからこそ、リリムにとってその言葉は痛かった。


「テリス、そんなこと言うの――」


 妹を宥めるアナトを、視線で制止する。これは、自分が受けるべき罰だと。


「……ごめんね。約束守れなくて」


 リリムは、そう静かに告げた。それに反応して一瞬力の抜けたテリスの手を、優しく握る。


「私はお父様を喪ったから。だから貴方達に同じ思いをして欲しくなくて……それなのに、何もやれなくてごめんなさい」


 もっと、やり方はあったはずなのだ。リリムがプラドーラへ向かうのが遅れたのには、とある()()()()()()があったから。それでも、この戦いよりも優先するべきか問われると、首を縦には触れない。


「……だからこそ、私はこれをやらなきゃいけないの」


 完全に力の抜けたテリスの手を離し、リリムは双子の父の骸へと向き直る。空を指でなぞり、手のひらほどの小さな魔法陣を描く。


「今から使う魔法、見なかった事にしてね」


 双子へ向けてそう告げ、リリムはにこやかに笑った。


「行き場なき漂う魂よ。自身の器に還り給え。禁術 死者蘇生(リザレクション)


 彼女が唱えるは、禁じられし魔法。歴史の彼方へ葬られた、古の術。その中でも、禁じられし理由が明確なものだった。

 人の死は、大きく分けて二つ。肉体としての死と、魂としての死。人の肉体が死んだ時、その魂はしばらくその辺りを漂い続ける。()()()()()()()()()()()。その魂が冥府に消えてしまえば、人は完全に死んでしまう。そうなる前に魂と肉体を無理矢理結びつけることで蘇生させるというのが、この魔法。ただそれは、命の流れを操るその行為は――神の領域を侵すものでもある。それ故に、禁術。


「あの……」

「ごめん、ちょっと集中させて」


 何かを告げようとしたアナトの言葉を遮り、リリムは静かに魔力を操り続ける。先の理由に加えて、リリム程の技術があっても集中する必要があるほどの、術式を完成させる難しさもこの魔法が廃れていった理由であると言えるだろう。

 泣き腫らした目を落ち着かせつつ、テリスはその姿を見つめていた。感情をぶつけていたつい先刻とは違い、若き魔王に期待を寄せる視線を向けて。


 数刻の後。双子にとっては永遠にも思える長い時間の後、リリムの体勢が崩れた。彼女の指先から魔力の光が消えるのと同時に、その場に座り込む。肩で息をしながらも、その表情は笑っていた。


「う……」


 ゆっくりと、寝台の上の男は目を開けた。先程まで死んでいたはずの男が。全身の倦怠感に逆らいながら、その逞しい肉体を起き上がらせる。


「お父様!」


 その胸に、テリスは飛び込んでいた。一度止まっていた涙も、再び溢れ始める。ただこの涙は、嬉しさの証。それを見守る兄も、顔を抑えて静かに泣いていた。


「どこか、痛むところは無いですか?」

「痛むところは無いが……お嬢さん、君は?」


 リリムの名を尋ねる彼は、それ以外のことにも困惑しているようだった。


「私はリリム=ロワ=エガリテと申します。状況、説明しますね」


 そう言うと、リリムはパチンと指を鳴らした。その瞬間、プラドーラの王の中に、この国で起きたこと全てが流れ込む。プラドーラを襲った悪意も、それを止めた者達のことも、全部。


「こんな……ことが……」


 眉間に皺を寄せ、プラドーラの王はそう呟いた。深く、深くため息をつきながら。自分が洗脳され、意識のないうちに自国が完全に崩壊していたのだ。無理もない。リリムも、掛ける言葉が見つからずにいた。


「……ねぇ、お父様。私から提案があるの」


 思い雰囲気を破り、言葉を発したのはテリスだった。まだ少し泣き顔の彼女の頭を撫でつつ、続きを話すように父は促す。


「リリム様ね、国を作り直してるんだって。私たちも、国は無くなっちゃった訳だし、リリム様と一緒に行くのはどうかなって……思ったんだけど……」


 純粋なその意見の中で、一つ気になったことを彼は尋ねる。


「さっき名乗ってたみたいに、リリムさんはエガリテの子だよな……? あんな大国のお嬢様が、国の作り直しって?」

「……エガリテも、全部消えちゃったもので」


 寂しげに笑う少女の姿を見て、プラドーラの王は何かを感じたようだった。それ以上は何も尋ねることなく、彼女の目を真っ直ぐと見据える。


「俺はレウス・プラドーラ。リリムさんが良ければ、是非とも俺たち三人と……まだこの国で生き残りがいるのなら、そいつらも、リリムさんの建国に参加させてもらっても良いか……?」


 リリムからすれば、願ったり叶ったりといった提案だった。拒否する理由など、どこにも存在しない。


「勿論です。むしろ、ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだろうよ。子供たちを助けた上に俺のこと、生き返らせてもくれたんだ。恩返しも兼ねてってところかな」

 

 そう言い、彼は豪快に笑った。釣られて、周りの双子も笑顔になっていた。


 久しぶりに再会した家族の邪魔をこれ以上するまいと、リリムは静かに小屋を出た。扉を閉めると同時に、その場にへなへなと座り込む。そんな彼女に手を伸ばす存在が居た。


「……アンジュさん」

「随分と疲れてるね。大丈夫?」


 その手を取り、よいしょと立ち上がる。


「えっと、中で起こってた事って……」


 バツが悪そうにリリムが言う。テリスのすすり泣きですら扉を挟んでも聞こえていたのだ。リリムが禁術を使っていたことなど、恐らくここに居たであろう彼女には全て知られているだろう。


「さぁ? 私は()()()()()()()()()()()()()()から。なにも知らないよ」


 そう言うと、紅髪の彼女はいたずらっぽく笑う。相変わらずと思いつつも、リリムはそれに感謝していた。


「これあげる」


 アンジュがその言葉と共に、銀色の小さな水筒をリリムへと投げる。それを受け止めつつ、リリムはちょっと厳しい視線をアンジュへ向けた。その視線に気づいたのか、慌てて彼女が声を上げる。


「お、お酒じゃないよ? 確かに私は状況とか弁えずによく飲むけどさ……ただの葡萄のジュースだから。小さい頃好きだったでしょ?」

「そうでしたか……すみません」


 少し決めつけが過ぎたかと、リリムは軽く詫びる――内心で、普段の行いのせいだよね、とも少し思いつつ。


「じゃあ、頂きます」


 水筒の口を開け、その中身をゆっくりと口に運ぶ。甘酸っぱい、果物の味。ささやかなご褒美に、リリムは笑顔を浮かべ、一つの戦いの終結を感じていた。

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