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魔王が運ぶはフェアリーレン  作者: 和水ゆわら
一章 平穏の国 パシフィスト
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五十二話 決戦 Ⅵ

 自身の元へと近づく足音に、キャロルは体を起こした。魔力の尽きた肉体は重く、自分が動かしているとは思えないほどの違和感があった。


「全く……あんたら姉妹は本当に強いのね……」


 落ち着いた声と共に、紅い髪がキャロルの視界に映る。アンジュが笑顔で、キャロルの顔を覗き込んでいた。


「アンジュさん……来てたんですね。その、何も考えずに撃っちゃったけど……皆さん大丈夫でしたか?」


 不安そうな表情を浮かべるキャロルの頭を、アンジュが優しく撫でる。


「大丈夫、全員無事だよ。お疲れ様」


 少しのこそばゆさを感じつつも、しばらくの間キャロルは、大人しく撫でられるがままにしていた。溜まっていた疲労が一気に押し寄せ、全身の力が抜けていく。


「……キャロルちゃん、立てる? 走れる?」


 突然、アンジュの手が止まった。浮かんでいたキャロルの意識も現実へと引き戻される。アンジュの視線は、遠い空へと向けられていたーー正確には、その先より飛来する強大な魔力に。それにキャロルは気づくことができなかった。魔力切れが故に、広大な魔力探知ができていなかったのである。

 彼女がそれに気づいたのは、魔力の主が降り立った時だった。二本の角を頭に生やし、真っ黒な翼と尻尾を持つ少年……先程消し飛ばしたはずの悪魔(リーデル)が、そこには立っていた。


「私は強いから安心して。動かないでね」


 リーデルの姿に恐怖を感じ、身を震わせるキャロルに、アンジュは優しく笑いかけていた。


「紅髪のお姉さん、その子渡してくれない? そしたらさっさと帰るからさ」

「渡すわけないでしょ」


 彼が動く間も無く、アンジュがその手に握る瑠璃色の剣を四度、振った。自身とキャロルを中心に、それを囲うように大地に境界線が走る。


「この線はなんのつもり?」

「ここを越えたら斬る」


 そう告げ、アンジュは魔力を解放させつつ、全身の力を抜いた。どこから攻撃を仕掛けられても、最高速で反撃できるように。リーデルはその魔力に一瞬驚愕の表情を浮かべるも、直後にはいつもの怪しい笑みに戻っていた。


「お姉さん強いから、本気で戦うとするか……」


 リーデルが手を空へと伸ばす。その先に、無数の黒い影が、どこからともなく集結していた。その量が増えるにつれて、彼の魔力も跳ね上がっていく。


「この影は全部俺の人形。いつでもそこに逃げられるし、全部が俺の魔力なんだ」


 得意気にそう言いながら、彼の魔力は高まっていく。その魔力の余波からキャロルを守ることで手一杯で、アンジュは何も手出しできずにいた。


「待たせたね、やろっか」


 余波が収まると同時に、リーデルが告げる。彼が構えた姿がキャロルに見えた直後、その指先が彼女の眼前まで迫っていた。それを隣から、岩で造った拳でアンジュが弾き飛ばす。

 キャロルにとって、リーデルは怖かった。反応出来なかったことよりも、彼の魔力を全く感じないーーつまり彼と自分とでは立つステージが違うということが。自分と戦っていた時は、少しも本気で戦うつもりがなかったことが。同時に、その本気ではない彼に辛勝しかできないことがたまらなく悔しくもあった。

 力なく座り込むキャロルの前で、リーデルとアンジュの激しい攻防が繰り広げられていた。彼女が視認できる情報から言うと、アンジュが少し押されているように思えた。理由は一つ。彼女が()()()()()()()()()()()こと。


「……吾輩のせいだ」


 キャロルの口から漏れた言葉は、正解である。彼女を襲わんとする戦闘の余波や、リーデルの攻撃の流れ弾などの全てをアンジュが逸らしていたのだ。キャロルへと意識を割かねばならない以上、リーデルへの対応が遅れるのは仕方のないことであった。


「ねえ、ちゃんと俺と戦ってよ」

「は……?」


 攻撃を交わす中で、リーデルはそう言った。どこか、つまらなそうな顔をして。アンジュがキャロルを庇いながら戦っていることに不満があるようだった。


「あの子がいなけりゃ、本気で戦ってくれるかな?」


 そう呟くや否や、リーデルが攻撃の矛先を変える。精霊の力をその腕に纏い、黒い炎を乗せてキャロル目掛けて、それを放った。


「え……」


 目の前に急速に迫る、黒き炎。自らを飲み込もうとするそれに、キャロルは思わず目をぎゅっと閉じたーーが、いつになってもそれが彼女を飲み込むことは無かった。


「大丈夫、怖くないよ」


 子供をあやすかのような声に、キャロルは恐る恐る目を開ける。彼女に見えたアンジュの姿は、天使と形容するのが正しいだろうか。背には光を反射して煌めく三対の巨大な翼を持ち、頭の上は輝くリングが浮かんでいる。右耳の六芒星の飾りは、不自然に白い炎で燃えていた。キャロルには魔力は感じられ無かったが、雰囲気が明らかに変わっていることは分かった。


「巻き込みたくないから、絶対動かないでね。私の後ろには、何も通さないから」


 それだけ告げると、アンジュはリーデルの方へと向き直った。


「……結局その子を守りながらなんだ、面白くない」


 そんな不満を言うリーデルの顔のすぐ隣を、銀色の何かが通り過ぎた。彼の右頬の皮がぱっくりと裂け、鮮血が流れる。


「守りながらで十分。というかそのくらいのハンデがあっても君は私に勝てないし」

「さっきまで負けてたくせによく言うよ」


 リーデルが指をパチンと弾く。それを合図に、彼の足元から四体の黒い人形が現れる。その一体一体はそれぞれの意思を持ち、全く別のタイミングでアンジュへと攻撃を仕掛けようとしていた。

 

「さ、せいぜい頑張ってくれ」


 彼の固有魔力的に、その人形に取り憑かれればもう何もできない。ただ、アンジュはそれを知らない。


「アンジュさん、そいつらに触れちゃ――」


 キャロルの助言を聞く前に、アンジュは既に動いていた。彼女のすぐそばまで迫った一体の人形を、瑠璃色の剣で貫く。その時、彼女の六枚の羽のうち一枚が散った。直後、無数の小さな剣が、アンジュに貫かれた人形に降り注ぎ、その体を塵へと変える。


「嘘だろ……?」


 困惑の表情を、リーデルは浮かべていた。そんな彼を他所に、アンジュは追加で三枚の羽を散らす。先の人形と同じように、残りの三体も剣の嵐に刻まれ、その体を崩壊させていた。標的を殲滅し終えた無数の剣はアンジュの背へと戻ると、元のように羽を形成していた。


「使えない奴らだな……」


 なす術なく破壊された人形達にため息を吐きながら、リーデルが動いた。右手には、禍々しい魔力を纏う漆黒の剣が握られている。下段から切り上げられたその剣を、一歩も動かずにそのままアンジュは受け止めた。動きの止まったリーデルへ、左手で腰に刺したもう一本の剣を抜きながら切り払う。咄嗟に飛び退いた彼の腹部に、浅い傷が走った。


「俺は魔王だぞ……人間なんかに負けてたまるかっ……」


 空中で体勢を整えながら、リーデルはそんなことを呟いた。


「そっか、人間に負けるのは怖いんだ」


 不敵に、アンジュは笑っていた。


「一つ良いことを教えてあげる。魔王に種族は関係無いんだよ。自分の魔術分野……私なら錬金術、君なら精霊魔術かな? それを極めたうえで、魔王と呼ぶに相応しい魔力量と生まれ持つ素質が必要なだけだよ。人間が魔王になれないってのは、人間は魔族に比べると寿命が短いから、極める域まで辿り着けないだけ」


 元々の学者気質からか、敵であるリーデルにアンジュは丁寧にそう説明していた。


「それに魔王じゃ無かったからって、魔王より弱いとはならないよ。まぁ権能があるから有利ではあるだろうけど」


 そう言ってアンジュは自身の翼をはためかせる。彼女にとっての権能は、この熾天使の姿への変身である。この姿の間は、全て能力が飛躍的に上昇するといった強力なものではあるが、彼女自身はこれでも他の魔王の権能と比べると弱い方だと思っていた――それでもリーデルを一方的に倒せるほどの強さではあるのだが。

 

「丁寧に説明ありがとよ、おかげでこいつを呼べたわ」


 リーデルの背後に、一体の巨大な精霊が召喚される。四肢に鎖が繋がれた、首のない巨人。全身には無数の傷が走り、その傷から無数の目玉のようなものが覗いている。あまりの不気味さに、アンジュは一度身震いした。


「こいつが俺の最強の精霊だ! 名を奪われし者(アンノウン)、全てを滅ぼせ!」


 リーデルの命を受け、巨人が叫び声を上げる。口など無いはずなのに、悍ましい声が辺り一帯に響き渡っていた。


「はぁっ……はぁっ……」


 微々たる量ではあるが、魔力が回復していたキャロルはその圧力を不必要に感じ、震えていた。捕食者の前の餌のように、脳だけでなく肉体が逃げたいと叫んでいた。


「大丈夫だよ……とは言っても怖いものは怖いよね。目、閉じた方がいいよ。あんまり見て良いものじゃ無い」


 アンジュの、姉のような優しい指示の通りに、ぎゅっと目を閉じる。少しだけ、恐怖が和らいだ気がした。


失楽園(パラダイス・ロスト)


 キャロルの震えが少し止まったことを見届け、呟くように、アンジュが唱える。彼女の背負う三対の翼の全てが散った。リーデルの人形を斬った時とは桁の違う数の、鋭い剣が空を舞う。その無数の剣が、アンジュが右手を握った瞬間に巨人を襲う。

 神速で飛来する剣の嵐は、瞬く間に巨人を飲み込んだ。僅か数度の呼吸のうちに、その巨体の全てを刻み、人形と同じように塵へと変えた。

 

「一体何が……」


 リーデルが状況を理解する前に、アンジュの握りしめた瑠璃色の剣がその首を切り落としていた。

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